1人の天才的なファッション・デザイナーと、彼と恋に落ちる美しいモデルとの心理的な格闘を描いて、世界中を仰天させ、今年のアカデミー衣装デザイン賞に輝いた話題作がある。「ファントム・スレッド」だ。
まずは、物語の概要を紹介しよう。舞台は1950年代のロンドン。社交界から王室にまで顧客を持つ人気デザイナー、レイノルズ・ウッドコックは、注文が来ると自宅兼アトリエに籠もり、型紙が出来上がるとそれをお抱えのお針子たちに渡し、服の仕上がりに随時目を配っている。
彼の側に寄り添い、マネージメントを担当するのは実姉のシリルだ。要するに服作りはレイノルズ家のファミリー・ビジネスなのだ。
天才が理想の女性=モデルを見つける?
やがて、天才デザイナーがその素顔を露わにするのは、仕事で疲弊した体を癒やすために別荘を訪れた時のこと。ある日立ち寄ったレストランでウエイトレスのアルマを見かけたレイノルズは、その健康的なプロポーションと化粧っ気のない美しい肌に理想のモデル像を見出し、求愛。直後、ロンドンのアトリエでは、アルマのボディサイズを採寸するレイノルズの姿があった。
果たして、彼にとってアルマは恋愛の対象だったのか?単に理想のトルソーに過ぎなかったのか?
互いに感じ合う距離感の違い、根本的な価値観の食い違い、単なる勘違い、才能に恵まれた者とそうではない者を隔てる宿命的な溝、そこから派生する殺意、等々。
レイノルズとアルマの関係に集約される人と人との隔たりが、次第に命がけの死闘へとシフトしていくプロセスは、まるで、ファッションの殻を被った心理スリラーのよう。
監督と主演俳優が10年ぶりの再タッグ
監督のポール・トーマス・アンダーソンと主演のダニエル・デイ=ルイスは、かつて「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)でアメリカンドリームを実現した石油王の豪腕ぶりを描いて、デイ=ルイスには2度目のアカデミー主演男優賞をもたらした黄金コンビ。
今回、監督から10年ぶりの出演オファーを受けたデイ=ルイスは、これを映画俳優として最後の出演作品と公言した上で、1年間のデザイナー修業に没頭。布を広げる時の手さばき、針の使い方、手早い採寸は、さすがに俳優業を休業して靴職人の免許を取ったこともあるこだわり派の彼ならでは。
才能と常識を交換したような主人公の心理表現は、脳性小児麻痺の画家を演じた「マイ・レフトフット」(1989年)、「ゼア・ウィル~」、第16代アメリカ大統領に扮した「リンカーン」(2012年)と、オスカーに輝いた過去の3作品にも引けを取らない完成度だ。
メンズ必見! 肩が丸いWのジャケット!!
映画全体の完成度に大きく貢献しているのは、1950年代のブリティッシュ・エレンガンスを克明に再現したコスチュームの数々。
本作で本年度のアカデミー衣装デザイン賞を獲得したマーク・ブリッジスは、当時の「ヴォーグ」や「ハーパース・バザー」などのファッション誌、そして、博物館に保管されている上流社会の社交服やウェディングドレスを参考にしながら、独特の古さと新しさが共存するドレス類をデザイン。
レイノルズが羽織る肩が丸いダブルのジャケット類も含めて、監督と主演俳優の病的なこだわりが、コスチュームにも乗り移ったような究極のファッション・ムービー。それが「ファントム・スレッド」なのだ。
【作品情報】
「ファントム・スレッド」
5月26日(土)より、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA 新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト:https://www.phantomthread.jp/
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