クローン羊「ドリー」の誕生から、今年で20年が経過した。クローン作成の技術が格段に進化した現在、ヒトクローン誕生がフィクションだけの話ではなくなる日も近いだろう。
今回はクローン技術にクローズアップし、ヒトクローンが誕生する“近い未来”について考える。
花・動物のクローンは古くから一般的
by Phil Roeder 農業や園芸の分野では、クローン作成は既に一般的となっている。植物の茎の一部を切り取り、他の茎に挿して育てる「接ぎ木」は、クローン技術の元祖と言える技術だ。
初の体細胞クローン“羊のドリー”
哺乳類初のクローンは1981年、受精卵を使用した羊クローンの誕生によって実現された。そして1996年、成体の体細胞と未受精卵の細胞融合によって生み出された“羊のドリー“は、初めて体細胞によって生み出されたクローンとして大きな話題となった。
“ホノルル法”と哺乳類クローンの技術発展
その後1997年、細胞融合を利用せず体細胞を直接卵子に注入する手法によって、マウスのクローンが生み出された。
ホノルル法と呼ばれるこの技術が確立されたことで、哺乳類のクローン作成が格段に進歩し、現在までネコ・ウサギ・ブタ・ラットなどでクローンが作成されている。
クローン技術によってもたらされる恩恵
by JD Hancock 文部科学省ライフサイエンス課のホームページによると、クローン技術発展によって、以下のような技術応用が可能となる。
食料の安定供給
食品として良質な生物や、育てやすい生物をクローンで大量生産できるようになる。これにより食料の質を高められるだけでなく、人口増加に伴う食糧問題の解決へとつながる可能性がある。
医薬品の製造
医療現場で頻繁に用いられているタンパク質は、科学的に合成することが難しいため、細胞の培養によって作られている。タンパク質を分泌する生物を遺伝子組換え技術で作成し、クローン技術によって大量生産できれば、医薬品の製造を格段に効率化することができる。
絶滅危惧種の保護
クローン技術によって一つの個体を複製できるため、絶滅危惧種の絶滅を回避することが可能となる。また体細胞からクローンを作成することで、既に絶滅してしまった動物を再生できるのだ。
2009年には、既に絶滅したピレネーアイベックスのDNAを用いたクローンが作成された。クローン作成は成功したものの、誕生した個体は7分後に死亡した。
ヒトクローン実現に伴う問題
by Tanisha Pina “羊のドリー”誕生によって成体のクローン作成の実証性が明らかとなり、ヒトクローンの作成も現実味を帯びつつある。ヒトクローンは不妊夫婦の出産や人体の基礎研究、移植用臓器の作成に大きく寄与すると考えられるが、実現に向けては様々な問題点が挙げられる。
倫理面の問題
現在、日本におけるヒトクローンの作成は「クローン技術規制法」によって禁じられている。そして法律面以外にも倫理面の問題が山積していると、上述した文部科学省のライフサイエンス課が述べている。
その中でも特筆すべきは「ヒトクローンの作成は、生まれてくるヒトを手段・道具と見なすことにつながる」という点だろう。特定の容姿、能力、性格、身体的特徴を持つヒトを意図的に生み出すことによって、意識せずとも「ヒトをモノ扱いにしてしまう」事態につながるというのだ。
ヒトクローンによる臓器提供が実現した『わたしを離さないで』の世界
2005年に発表され、英米でベストセラーとなったカズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで』は、ヒトへの臓器提供を目的としたヒトクローンの育成施設をめぐるストーリーとなっている。
物語の終盤、ヒトクローン施設で育った生徒のキャシーが、教員役だったエミリ保護官に対して、次のように問いかける。
その問いかけに対するエミリ保護官の答えは、次のようなものだった。
『わたしを離さないで』の世界において、育成されたヒトクローンの臓器摘出と提供は、もはや一般的な医療行為となっている。そのような状況下でヒトクローンに対する倫理的配慮が次第に顧みられなくなる様子を、この物語は克明に描いている。
人類がクローン技術による恩恵を受けるようになって久しい。ヒトクローン誕生が現実味を帯びてきた今、特に倫理面の問題に関して、ヒトである我々があらゆる側面から議論を重ねる必要があるだろう。「実現してから考える」のでは、あまりにも遅すぎるのだ。
上述した物語において、エミリ保護官は以下のようにも述べている。この言葉が、ヒトクローン実現前夜を生きる我々への警告のように思えてならない。
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