視覚障がい者支援37年 東京視覚障害者生活支援センター石川所長インタビュー
「障がい者支援×情熱」をテーマに、障がい者雇用に携わるプロフェッショナルにお話を伺うインタビュー企画です。第1回では、視覚障がい者支援に37年以上従事されている東京視覚障害生活支援センター(以下、支援センター)の石川充英所長にお話を伺います。 障がい者雇用率の引き上げに伴い、さらに注目を集める障がい者雇用ですが、精神障がい者の増加により障がい者雇用についてニュースなどでも取り上げられるなど、大きくクローズアップされる傾向にあります。一方、視覚障がい者の職業は、瞽女やあん摩など歴史上の書物に登場しながらも、なかなか職域が開発されてこなかった経緯があります。目が見えにくい、見えないという障がいの特性から、何もできないのではという誤った認識を持たれるケースが多く、そのために実際の就労機会に恵まれないことが多いと言われています。 そういった視覚障がい者を取り巻く就労実態や課題、またこれまで支援センターでサポートされてきた視覚障がい当事者のお話や、今後の支援センターや視覚障がい者の就労についてもお話を伺いました。
閑静な街並みに囲まれた新宿・河田町。一際目を見張る歴史的建造物のレストランがあり、その隣に、ひっそりとですが確かな存在感をもって佇む施設があります。そこは、中途で見えにくい、見えなくなった人達(以下、視覚障がい者)にとって、新たな人生を作り出すためのリスタートの場所。東京視覚障害者支援センターは、昭和58年に設立され、長年視覚障がい者のリハビリテーションの一つである日常生活訓練を入所・通所により行い、視覚障がい者が社会復帰できるよう支援を行ってきました。
石川充英氏が支援センターに入職されたのは昭和61年(1986年)のことです。大学で社会福祉学を学ぶ石川氏に、当時のゼミの先生から支援センターを紹介されたのがご縁と言います。
入職当初は点字の読み書きの訓練とケースワークを担当することになり、初めてのこともあり困惑することも多かったと石川氏は振り返ります。そのような中で転機となったのは、視覚障がい者にとって欠かせない歩行訓練と巡り合ったところだと言います。
「歩行訓練とは、視覚障がい者が屋内外を単独で安全に移動するための技術習得を目指す訓練のことを言います。現在のように福祉サービスによる同行援護という制度はなく、視覚障がい者が単独で外出するためには、白い杖(以下、白杖)を使って単独で移動する必要性がありました。そのため、白杖による歩行訓練は、視覚障がい者にとって大変重要な訓練であると実感しました。また、そういった重要性を認識し、自身の視覚障がい者支援の柱になっていくと直感もしました」と、石川氏は話します。
長年視覚障がい当事者をサポートしてきた石川氏
職場の中だけを見て仕事をするのではなく周りから評価される仕事を
入職後石川氏は、歩行訓練士として日本で初めて視覚障がい者のホーム転落事故を調査した、師匠と仰ぐ村上琢磨氏が主催する勉強会に参加するようになります。村上氏は、視覚障がい者の歩行研究の第一人者である田中一郎氏の4人の門下生の一人で、他3名は視覚障がい者用の誘導ブロック(通称点字ブロック)や音響式信号機の研究者で日本産業規格(JIS)やISOの規格化に尽力された岡山県立大学名誉教授の田内雅規氏、道路横断帯(通称エスコートゾーン)の研究開発・ホームからの転落事故のデータベース化した成蹊大学名誉教授の大倉元宏氏、全国ベーチェット協会江南施設の元施設長で、フリーランスの歩行訓練士である清水美智子氏です。そのような方々から石川氏は研究や実践指導の話を伺い、視覚障がい者の歩行行動や研究方法などさまざまなことを学び、さらに、内々に留まるのではなく、広く社会に発信をしていくという考え方を学び実践してきました。
「師匠である村上先生から、“職場の中だけを見て仕事をしてはダメだ、周りから評価されてこそだ”との言葉をかけてもらいました。この言葉を胸に、これまで視覚障がいの分野で出来る限り自分自身の取り組みを論文等で発表することを心掛けてきました」
実際に専門とする歩行訓練等に関する論文や講演を数多く行い、視覚障がい者の実態や支援の在り方を発信してきた石川氏は振り返ります。
これからも論文や講演を続けていきたいと語る石川氏
また石川氏は、30年ほど前に清水氏から推薦され、新潟市内の病院に開設された中途視覚障がい者のリハビリテーションの相談を月1回受け持つようになります。現在ではNPOオアシスに引き継がれましたが、コロナ禍でもオンラインによる月1回の相談を継続しています。
視覚障がい者にとって、社会復帰に向けたステージにはいくつかの段階があり、支援センターを利用したいという方は、次のステージに向けて歩み始めた方が多いと言います。一方、病気や事故等で見えにくくなった、見えなくなった方にとって、その状況を受け入れるまでの苦しみや困難は壮絶なものであり、皆がそういった段階を経て、社会復帰への道筋を模索するという心境に至ると言います。
視覚障がい者の境遇として、それまで見えていたものが見えなくなるという現象は不安が募るものであり恐怖です。人によっては日に日に見えなくなっていく自分に絶望し、自ら命を断つという例もあると言います。また、視覚障がい者となる前に、視覚障がい者に対して偏見を持っていた人は、視覚障がい者となった自分をなかなか受け入れられず苦しむ人が多い、とも言われています。
こうした状況に対し、支援センターでも新潟の相談でも、不安に思われていること、疑問に思われていること、今後のことなどについて視覚障がい者に寄り添い、変化を受け入れ、気付きを促し、社会復帰に繋げていこうという取り組みを、石川氏は続けています。
Windows95・98の登場による職域開拓
石川氏が支援をスタートさせた頃の当時においては、今とは違った世界観で支援が行われていたと言います。その当時は、視覚障がい者の仕事といえば、あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師(以下、三療)だけが仕事という風潮が強く、職業選択の自由などは考えられない雰囲気でもありました。
「そうした中で、大きな変化が起こったのはWindows95のリリースという技術の革新でした。さらに、Windows98のリリースは社会的にも大きな影響を与え、パーソナルコンピューター(以下、PC)が企業には一人一台、家庭には一家に一台という状況を作り出しました。同時に視覚障がい者の世界でも、Windows98やソフトウェアの画面上の文字情報を読み上げるソフト(以下、スクリーンリーダー)の登場により、ワープロや表計算ソフト、メールやブラウザなどが利用できるようになり、スクリーンリーダーとキーボード操作によるPCを使った事務系職種の職域開拓が進みました」と石川氏は語ります。
こうした進歩により、視覚障がい者の仕事として新たに事務系職種が加わり、三療以外で新たな活躍を見せる視覚障がい者が次々と誕生しました。
NEC9801を使った視覚障がい者用音声ワープロと外付けの音声合成装置
視覚障がい者を取り巻く雇用環境
現在、民間企業での障がい者の法定雇用率は2.3%ですが、2024年4月より2.5%、2026年7月より2.7%へ段階的に引き上げられます。これに伴い、障がい者を1人雇用しなければならない事業主の範囲も、現行「従業員43.5人以上」から2024年4月より「従業員40人以上」、2026年7月より「従業員37.5人以上」へ広がります。※1
引き上げられる背景には、求職中の障がい者の増加もあります。内閣府「令和4年版障害者白書」※2によると、「身体障がい」「知的障がい」「精神障がい」の3区分の数は964万7,000人となっています。その数は年々増加傾向であり、2006年の調査と比べて300万人近く増加しています。同府の言葉を借りると、「国民のおよそ7.6%が何らかの障がいを有している」ことになります。
しかも、これは障がい者手帳を持っている人の数のみを算出したものです。「手帳は持っていないが障がいはある」という方は計算されないままであるため、実際の人数はもっと多いことが予想されます。
「視覚障がい者に対する誤った認識はまだあると感じます」と語る石川氏
グローバルな視点でのビジネス展開や社会の多様性を反映し、多様な人材を生かすことの重要性が認識されつつある中で、障がい者も企業の重要な人材として位置付けられるようになってきています。こうした中で、視覚障がい者は依然として厳しい環境に置かれていると石川氏は話します。
「支援センターでは、2010年から就労移行支援事業を始めましたが、その当時は、同行した面接試験で、わざわざスクリーンリーダーを入れてまで視覚障がい者が事務職に就く必要はないのではと、難色を示す企業も数多くありました。現在でも、セキュリティを理由にスクリーンリーダーのインストールに難色を示す企業もありますが、一方ではスクリーンリーダーはシンクライアントシステムに対応していないなど、課題は未だ残っています」
まだ厳しい環境に置かれている視覚障がい者の職域開拓について、石川氏は「昔からずっと職域開拓と言われてきた中で、ようやく開拓されたのが事務職です。視覚の障がいの有無に関わらず、適正にその方の能力が活かされ、価値を発揮することができるという世界が理想です。これから事務職ではない部分で、その方に合った仕事に就くことができるようにしていくのが、次の目標です」と意気込みます。
視覚の障がいが一つの身体的特徴という位置付けに再定義され、真の自己実現ができる社会を創っていくことが求められています。
※1 障害者の法定雇用率引き上げと支援策の強化について - 厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf
(2023.10.25アクセス)
※2 令和4年版 障害者白書 - 内閣府
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r04hakusho/zenbun/pdf/ref1.pdf
(2023.10.25アクセス)
障がいを超えた人柄や信頼関係構築の大切さ
一方で、障がいの有無に関わらず、キャリアを全うする方も多いと石川氏は話します。
「やはり採用されるかどうかは人柄が重要だと感じます。スキルは後からでも身につくものです。特に復職という場面では、休職前の会社との関係性が如実に表れてくるものです。休職前の職場での働きが評価されていると、会社側も熱心に考えてくれるのです」
石川氏が復職サポートをする中では、その方の働きぶりを認めて会社が積極的に復職を望み、社員の方々も歓迎し手厚くサポートをして受け入れてくれたケースもあったと言います。障がいの有無に関わらず、その方がこれまで仕事を通して築いてきた信頼関係や人柄といった要素が大きな力となり、会社を動かしていくことにつながるのです。
「障がいはある意味関係ないと言えます。その方が見えにくい、あるいは見えない方であっても、ご自身でどう乗り越えようと努力するか、また会社側も一人の人間として見た上でどのようなサポートをするのか、という部分が重要です。もともと視覚障がい者の方は、障がいがあると言っても、できることが多くあると考えています。一方で、”見えにくい、見えない”ということで、視覚による情報を把握することが困難であることも確かであり、この部分のサポートをすることが必要です。そういった支援さえあれば、ご自分でいろいろなことに取り組むことができる、と考えています」と石川氏は強調します。
やはり障がいの有無に関わらず人柄が大事だと語る石川氏
今後目指したい地方の視覚障がい者の就労実現
この先石川氏が目指していきたい未来として、地方の視覚障がい者の就労実現があります。企業が集中している都市部に比べて企業も少なく、また通勤に利用する公共交通機関が利用しにくいことで、就業機会が少ない地方では、働きたい意志があり努力をされている方でもなかなか報われないケースが多いと言います。
昨今、新型コロナの影響で在宅ワークの全国的な広がりを契機に、健常者に限らず障がい者においても在宅ワークでの就業をするケースが増えてきています。このような潮流のなかで、「"地方に住む視覚障がい者が、都市部の企業に在宅ワークで就業を実現する“というチャンスが出てきています」と、石川氏は話します。
また、石川氏は次のように続けます。
「こういった中で、我々を大いに応援してくれるのがKindAgentであり、企業側を切り開いてくれる。これから先私たちだけでは難しい部分も、KindAgentとコラボレーションすることによって、切り開いていくことができると考えています」
KindAgentと重なる、目先にとらわれない未来を見据えた支援への想い
石川氏とKindAgent株式会社の代表取締役である茅原の出会いは、2018年に遡ります。視覚障がい者の方の支援をライフワークとして取り組む茅原の第一印象は、「非常に熱い人だな、一緒に仕事をしたいとその頃から感じていました」と石川氏は話します。
障がい者の職業リハビリテーション大会を通じて出会った2人は、視覚障がい者の方への支援の在り方の理念や信条が一致し、今日に至るまでともに協力しながら視覚障がい者の支援を進め、新しい職域開拓に向けて取り組んでいます。
石川氏が日々支援を行う上で、大切にしていることがあります。
「視覚障がい者の支援では、その方の今後を大切にしています。その方の今後にとって、訓練を受けてどのようになっていくのかを見通した上で、その方にとって必要な支援をどのようにしていけばよいかを考えていくと、本当にその方に合ったサポートができるのです」
“目先の事柄にとらわれることなく、その方の未来を考えた上で、本当にその方にとってやるべきことを考え、支援したい”。こうした石川氏の想いは、茅原の大切にしている想いと重なっています。
"その方の未来を見据えた真の支援をしたい"との想いで一致する石川氏とKindAgent代表取締役の茅原
また、石川氏は次のようにも話します。
「目の前にいる支援を必要としている人には全力を尽くします。その支援を通して学んだことや経験は、次に出会った方へのより良いサポートにつながる。その繰り返しであり、常に利用者の方々に育てられているのです」
このような日々真剣な想いで視覚障がい者と向き合い支援を続けている石川氏は、視覚障がい者一人ひとりの人生だけでなく、日本社会の視覚障がい者への理解推進の道を確実に切り開いています。障がいの有無に関わらず、誰もが自己実現できる社会へ。適正にその方の能力が活かされ価値発揮できる社会とするために、秘めたる情熱を胸に、これからも石川氏と茅原は走り続けます。
▼石川充英氏
社会福祉法人 日本盲人社会福祉施設協議会 東京視覚障害者生活支援センター 所長
昭和61年同センター入職。就労支援課長を経て今年4月より所長に就任。37年以上の長きにわたり、視覚障がい者支援の第一線で尽力。特に、視覚障がい者の「歩行訓練」「パソコン訓練」といった2つの領域における長年の功績があり、論文・講演等多数。
所在地:東京都新宿区河田町10-10
URL :http://www.tils.gr.jp/
▼KindAgent株式会社について
<会社概要>
会社名:KindAgent株式会社
所在地:東京都千代田区麹町2丁目10−3 エキスパートオフィス麹町
代表者:茅原 亮輔
URL :https://kind-agent.co.jp
モットー:「情熱とアイディアで障がい者雇用の新しい価値を創造する」
<KindAgent株式会社の視覚障がい者支援>
KindAgent株式会社は視覚障がい者の支援を生業としており、企業内マッサージルーム開設コンサルティングを中心とした視覚障がい当事者の就労支援を行っております。代表の茅原はこれまで70社以上の企業にマッサージルームの導入支援を実施しており、培ってきたノウハウと経験を活かして、企業の人財活用と、視覚障がい当事者のキャリア形成の実現を目指していきます。障がいのある方の「明日を変えたい」というお気持ちに寄り添い伴走致します。
サービス詳細ページ:https://kind-agent.co.jp/service/
ダイバーシティマガジン掲載ページ:https://kind-agent.co.jp/wp/?p=166
<お問い合わせ先>
KindAgent株式会社 広報担当
TEL : 03-4405-3233
e-mail:info@kind-agent.co.jp
「障がい者支援×情熱」をテーマに、障がい者雇用に携わるプロフェッショナルにお話を伺うインタビュー企画です。第1回では、視覚障がい者支援に37年以上従事されている東京視覚障害生活支援センター(以下、支援センター)の石川充英所長にお話を伺います。 障がい者雇用率の引き上げに伴い、さらに注目を集める障がい者雇用ですが、精神障がい者の増加により障がい者雇用についてニュースなどでも取り上げられるなど、大きくクローズアップされる傾向にあります。一方、視覚障がい者の職業は、瞽女やあん摩など歴史上の書物に登場しながらも、なかなか職域が開発されてこなかった経緯があります。目が見えにくい、見えないという障がいの特性から、何もできないのではという誤った認識を持たれるケースが多く、そのために実際の就労機会に恵まれないことが多いと言われています。 そういった視覚障がい者を取り巻く就労実態や課題、またこれまで支援センターでサポートされてきた視覚障がい当事者のお話や、今後の支援センターや視覚障がい者の就労についてもお話を伺いました。
閑静な街並みに囲まれた新宿・河田町。一際目を見張る歴史的建造物のレストランがあり、その隣に、ひっそりとですが確かな存在感をもって佇む施設があります。そこは、中途で見えにくい、見えなくなった人達(以下、視覚障がい者)にとって、新たな人生を作り出すためのリスタートの場所。東京視覚障害者支援センターは、昭和58年に設立され、長年視覚障がい者のリハビリテーションの一つである日常生活訓練を入所・通所により行い、視覚障がい者が社会復帰できるよう支援を行ってきました。
石川充英氏が支援センターに入職されたのは昭和61年(1986年)のことです。大学で社会福祉学を学ぶ石川氏に、当時のゼミの先生から支援センターを紹介されたのがご縁と言います。
入職当初は点字の読み書きの訓練とケースワークを担当することになり、初めてのこともあり困惑することも多かったと石川氏は振り返ります。そのような中で転機となったのは、視覚障がい者にとって欠かせない歩行訓練と巡り合ったところだと言います。
「歩行訓練とは、視覚障がい者が屋内外を単独で安全に移動するための技術習得を目指す訓練のことを言います。現在のように福祉サービスによる同行援護という制度はなく、視覚障がい者が単独で外出するためには、白い杖(以下、白杖)を使って単独で移動する必要性がありました。そのため、白杖による歩行訓練は、視覚障がい者にとって大変重要な訓練であると実感しました。また、そういった重要性を認識し、自身の視覚障がい者支援の柱になっていくと直感もしました」と、石川氏は話します。
長年視覚障がい当事者をサポートしてきた石川氏
職場の中だけを見て仕事をするのではなく周りから評価される仕事を
入職後石川氏は、歩行訓練士として日本で初めて視覚障がい者のホーム転落事故を調査した、師匠と仰ぐ村上琢磨氏が主催する勉強会に参加するようになります。村上氏は、視覚障がい者の歩行研究の第一人者である田中一郎氏の4人の門下生の一人で、他3名は視覚障がい者用の誘導ブロック(通称点字ブロック)や音響式信号機の研究者で日本産業規格(JIS)やISOの規格化に尽力された岡山県立大学名誉教授の田内雅規氏、道路横断帯(通称エスコートゾーン)の研究開発・ホームからの転落事故のデータベース化した成蹊大学名誉教授の大倉元宏氏、全国ベーチェット協会江南施設の元施設長で、フリーランスの歩行訓練士である清水美智子氏です。そのような方々から石川氏は研究や実践指導の話を伺い、視覚障がい者の歩行行動や研究方法などさまざまなことを学び、さらに、内々に留まるのではなく、広く社会に発信をしていくという考え方を学び実践してきました。
「師匠である村上先生から、“職場の中だけを見て仕事をしてはダメだ、周りから評価されてこそだ”との言葉をかけてもらいました。この言葉を胸に、これまで視覚障がいの分野で出来る限り自分自身の取り組みを論文等で発表することを心掛けてきました」
実際に専門とする歩行訓練等に関する論文や講演を数多く行い、視覚障がい者の実態や支援の在り方を発信してきた石川氏は振り返ります。
これからも論文や講演を続けていきたいと語る石川氏
また石川氏は、30年ほど前に清水氏から推薦され、新潟市内の病院に開設された中途視覚障がい者のリハビリテーションの相談を月1回受け持つようになります。現在ではNPOオアシスに引き継がれましたが、コロナ禍でもオンラインによる月1回の相談を継続しています。
視覚障がい者にとって、社会復帰に向けたステージにはいくつかの段階があり、支援センターを利用したいという方は、次のステージに向けて歩み始めた方が多いと言います。一方、病気や事故等で見えにくくなった、見えなくなった方にとって、その状況を受け入れるまでの苦しみや困難は壮絶なものであり、皆がそういった段階を経て、社会復帰への道筋を模索するという心境に至ると言います。
視覚障がい者の境遇として、それまで見えていたものが見えなくなるという現象は不安が募るものであり恐怖です。人によっては日に日に見えなくなっていく自分に絶望し、自ら命を断つという例もあると言います。また、視覚障がい者となる前に、視覚障がい者に対して偏見を持っていた人は、視覚障がい者となった自分をなかなか受け入れられず苦しむ人が多い、とも言われています。
こうした状況に対し、支援センターでも新潟の相談でも、不安に思われていること、疑問に思われていること、今後のことなどについて視覚障がい者に寄り添い、変化を受け入れ、気付きを促し、社会復帰に繋げていこうという取り組みを、石川氏は続けています。
Windows95・98の登場による職域開拓
石川氏が支援をスタートさせた頃の当時においては、今とは違った世界観で支援が行われていたと言います。その当時は、視覚障がい者の仕事といえば、あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師(以下、三療)だけが仕事という風潮が強く、職業選択の自由などは考えられない雰囲気でもありました。
「そうした中で、大きな変化が起こったのはWindows95のリリースという技術の革新でした。さらに、Windows98のリリースは社会的にも大きな影響を与え、パーソナルコンピューター(以下、PC)が企業には一人一台、家庭には一家に一台という状況を作り出しました。同時に視覚障がい者の世界でも、Windows98やソフトウェアの画面上の文字情報を読み上げるソフト(以下、スクリーンリーダー)の登場により、ワープロや表計算ソフト、メールやブラウザなどが利用できるようになり、スクリーンリーダーとキーボード操作によるPCを使った事務系職種の職域開拓が進みました」と石川氏は語ります。
こうした進歩により、視覚障がい者の仕事として新たに事務系職種が加わり、三療以外で新たな活躍を見せる視覚障がい者が次々と誕生しました。
NEC9801を使った視覚障がい者用音声ワープロと外付けの音声合成装置
視覚障がい者を取り巻く雇用環境
現在、民間企業での障がい者の法定雇用率は2.3%ですが、2024年4月より2.5%、2026年7月より2.7%へ段階的に引き上げられます。これに伴い、障がい者を1人雇用しなければならない事業主の範囲も、現行「従業員43.5人以上」から2024年4月より「従業員40人以上」、2026年7月より「従業員37.5人以上」へ広がります。※1
引き上げられる背景には、求職中の障がい者の増加もあります。内閣府「令和4年版障害者白書」※2によると、「身体障がい」「知的障がい」「精神障がい」の3区分の数は964万7,000人となっています。その数は年々増加傾向であり、2006年の調査と比べて300万人近く増加しています。同府の言葉を借りると、「国民のおよそ7.6%が何らかの障がいを有している」ことになります。
しかも、これは障がい者手帳を持っている人の数のみを算出したものです。「手帳は持っていないが障がいはある」という方は計算されないままであるため、実際の人数はもっと多いことが予想されます。
「視覚障がい者に対する誤った認識はまだあると感じます」と語る石川氏
グローバルな視点でのビジネス展開や社会の多様性を反映し、多様な人材を生かすことの重要性が認識されつつある中で、障がい者も企業の重要な人材として位置付けられるようになってきています。こうした中で、視覚障がい者は依然として厳しい環境に置かれていると石川氏は話します。
「支援センターでは、2010年から就労移行支援事業を始めましたが、その当時は、同行した面接試験で、わざわざスクリーンリーダーを入れてまで視覚障がい者が事務職に就く必要はないのではと、難色を示す企業も数多くありました。現在でも、セキュリティを理由にスクリーンリーダーのインストールに難色を示す企業もありますが、一方ではスクリーンリーダーはシンクライアントシステムに対応していないなど、課題は未だ残っています」
まだ厳しい環境に置かれている視覚障がい者の職域開拓について、石川氏は「昔からずっと職域開拓と言われてきた中で、ようやく開拓されたのが事務職です。視覚の障がいの有無に関わらず、適正にその方の能力が活かされ、価値を発揮することができるという世界が理想です。これから事務職ではない部分で、その方に合った仕事に就くことができるようにしていくのが、次の目標です」と意気込みます。
視覚の障がいが一つの身体的特徴という位置付けに再定義され、真の自己実現ができる社会を創っていくことが求められています。
※1 障害者の法定雇用率引き上げと支援策の強化について - 厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf
(2023.10.25アクセス)
※2 令和4年版 障害者白書 - 内閣府
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r04hakusho/zenbun/pdf/ref1.pdf
(2023.10.25アクセス)
障がいを超えた人柄や信頼関係構築の大切さ
一方で、障がいの有無に関わらず、キャリアを全うする方も多いと石川氏は話します。
「やはり採用されるかどうかは人柄が重要だと感じます。スキルは後からでも身につくものです。特に復職という場面では、休職前の会社との関係性が如実に表れてくるものです。休職前の職場での働きが評価されていると、会社側も熱心に考えてくれるのです」
石川氏が復職サポートをする中では、その方の働きぶりを認めて会社が積極的に復職を望み、社員の方々も歓迎し手厚くサポートをして受け入れてくれたケースもあったと言います。障がいの有無に関わらず、その方がこれまで仕事を通して築いてきた信頼関係や人柄といった要素が大きな力となり、会社を動かしていくことにつながるのです。
「障がいはある意味関係ないと言えます。その方が見えにくい、あるいは見えない方であっても、ご自身でどう乗り越えようと努力するか、また会社側も一人の人間として見た上でどのようなサポートをするのか、という部分が重要です。もともと視覚障がい者の方は、障がいがあると言っても、できることが多くあると考えています。一方で、”見えにくい、見えない”ということで、視覚による情報を把握することが困難であることも確かであり、この部分のサポートをすることが必要です。そういった支援さえあれば、ご自分でいろいろなことに取り組むことができる、と考えています」と石川氏は強調します。
やはり障がいの有無に関わらず人柄が大事だと語る石川氏
今後目指したい地方の視覚障がい者の就労実現
この先石川氏が目指していきたい未来として、地方の視覚障がい者の就労実現があります。企業が集中している都市部に比べて企業も少なく、また通勤に利用する公共交通機関が利用しにくいことで、就業機会が少ない地方では、働きたい意志があり努力をされている方でもなかなか報われないケースが多いと言います。
昨今、新型コロナの影響で在宅ワークの全国的な広がりを契機に、健常者に限らず障がい者においても在宅ワークでの就業をするケースが増えてきています。このような潮流のなかで、「"地方に住む視覚障がい者が、都市部の企業に在宅ワークで就業を実現する“というチャンスが出てきています」と、石川氏は話します。
また、石川氏は次のように続けます。
「こういった中で、我々を大いに応援してくれるのがKindAgentであり、企業側を切り開いてくれる。これから先私たちだけでは難しい部分も、KindAgentとコラボレーションすることによって、切り開いていくことができると考えています」
KindAgentと重なる、目先にとらわれない未来を見据えた支援への想い
石川氏とKindAgent株式会社の代表取締役である茅原の出会いは、2018年に遡ります。視覚障がい者の方の支援をライフワークとして取り組む茅原の第一印象は、「非常に熱い人だな、一緒に仕事をしたいとその頃から感じていました」と石川氏は話します。
障がい者の職業リハビリテーション大会を通じて出会った2人は、視覚障がい者の方への支援の在り方の理念や信条が一致し、今日に至るまでともに協力しながら視覚障がい者の支援を進め、新しい職域開拓に向けて取り組んでいます。
石川氏が日々支援を行う上で、大切にしていることがあります。
「視覚障がい者の支援では、その方の今後を大切にしています。その方の今後にとって、訓練を受けてどのようになっていくのかを見通した上で、その方にとって必要な支援をどのようにしていけばよいかを考えていくと、本当にその方に合ったサポートができるのです」
“目先の事柄にとらわれることなく、その方の未来を考えた上で、本当にその方にとってやるべきことを考え、支援したい”。こうした石川氏の想いは、茅原の大切にしている想いと重なっています。
"その方の未来を見据えた真の支援をしたい"との想いで一致する石川氏とKindAgent代表取締役の茅原
また、石川氏は次のようにも話します。
「目の前にいる支援を必要としている人には全力を尽くします。その支援を通して学んだことや経験は、次に出会った方へのより良いサポートにつながる。その繰り返しであり、常に利用者の方々に育てられているのです」
このような日々真剣な想いで視覚障がい者と向き合い支援を続けている石川氏は、視覚障がい者一人ひとりの人生だけでなく、日本社会の視覚障がい者への理解推進の道を確実に切り開いています。障がいの有無に関わらず、誰もが自己実現できる社会へ。適正にその方の能力が活かされ価値発揮できる社会とするために、秘めたる情熱を胸に、これからも石川氏と茅原は走り続けます。
▼石川充英氏
社会福祉法人 日本盲人社会福祉施設協議会 東京視覚障害者生活支援センター 所長
昭和61年同センター入職。就労支援課長を経て今年4月より所長に就任。37年以上の長きにわたり、視覚障がい者支援の第一線で尽力。特に、視覚障がい者の「歩行訓練」「パソコン訓練」といった2つの領域における長年の功績があり、論文・講演等多数。
所在地:東京都新宿区河田町10-10
URL :http://www.tils.gr.jp/
▼KindAgent株式会社について
<会社概要>
会社名:KindAgent株式会社
所在地:東京都千代田区麹町2丁目10−3 エキスパートオフィス麹町
代表者:茅原 亮輔
URL :https://kind-agent.co.jp
モットー:「情熱とアイディアで障がい者雇用の新しい価値を創造する」
<KindAgent株式会社の視覚障がい者支援>
KindAgent株式会社は視覚障がい者の支援を生業としており、企業内マッサージルーム開設コンサルティングを中心とした視覚障がい当事者の就労支援を行っております。代表の茅原はこれまで70社以上の企業にマッサージルームの導入支援を実施しており、培ってきたノウハウと経験を活かして、企業の人財活用と、視覚障がい当事者のキャリア形成の実現を目指していきます。障がいのある方の「明日を変えたい」というお気持ちに寄り添い伴走致します。
サービス詳細ページ:https://kind-agent.co.jp/service/
ダイバーシティマガジン掲載ページ:https://kind-agent.co.jp/wp/?p=166
<お問い合わせ先>
KindAgent株式会社 広報担当
TEL : 03-4405-3233
e-mail:info@kind-agent.co.jp
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう