愛知県名古屋市にある1647年創業の老舗酒造・萬乗醸造(ばんじょうじょうぞう)は7月、フランス・ブルゴーニュの自社畑で栽培したブドウを現地の自社醸造所で醸した白ワイン「Kuheiji Blanc 2017」を初リリースした。
同酒造は、日本酒・ワインともにドメーヌ(自社畑・醸造所)を持つ世界でも珍しい酒造。2013年にワインプロジェクトを開始し、7年目にしてようやく初リリースに辿り着いたという。
日本の酒造がなぜフランスで自社畑まで作って、ワインづくりに挑戦しているのか?従来の常識に捉われない事業展開と挑戦の原動力について、醸造家である久野九平治代表取締役に取材した。
日本酒の進化のため、ワインの懐に飛び込む
久野代表取締役は、久野家9代目から始まる萬乗酒造の15代目。大学中退後、演劇活動を続けていたが、
先代の機械的大量生産・
その後、パリに渡り、ホテルリッツ、
代表取締役社長であると共に、酒造りへのこだわりから「醸造家」を名乗っている。
-----老舗酒造である貴社が、ブルゴーニュの自社畑で栽培したブドウによるワインづくりを始めた経緯を教えてください。
久野代表取締役:弊社は2006年よりフランス・パリで日本酒の啓蒙・販売活動をしてきました。その中で思い知らされたのが、お酒のワールドスタンダード=ワインと言う事実です。
日本酒に対しても、ワインの視点で質問してきます。例えば彼らが質問するのは、「どう造っているか」でなく、「どのような米を使用しているか」「米の栽培はどうしているか」と原料目線です。
そして世界に目を向けたときに、フランス一国が輸出するワイン・シャンパン含めた総額は1兆円で、それに近い数字のワインが世界中から日本へと輸入されています。一方、日本酒の輸出は直近でかなり盛り上がっているとは言え、200億円台です。文字通り桁が違います。
そのような状況の中、「ワインの懐に飛び込むことで日本酒の進化のヒントが得られるのでは」と考え、やるからには日本ではなく本場で取り組むことを決めました。
自分の手で確かめるため、現地に自社畑
日本酒を進化させる使命を具現化させることが、フランスでワインをつくるというアクションに繋がったという。
醸造家の化学反応を目指し、2013年に同社の伊藤啓考さんが渡仏。語学学校でのフランス語の習得やワイナリーでの研修を経て、2016年にワインの醸造をスタート。
7年の年月をかけて今年、ブルゴーニュの自社畑で栽培し、現地の自社醸造所で醸したワインシリーズ「Terroir Kuheiji(テロワール・クヘイジ)」の第1弾赤ワインを5月に、第2弾白ワインを7月にリリースした。
-----なぜ、フランスに自社畑をつくることにこだわったのですか?
久野代表取締役:原料がお酒(ワイン・日本酒)に及ぼす影響は大きいと考えています。そのため、やはり「畑で仕事をし、原料から取り組みたい」と考えていました。
日本酒の進化のヒントを得られれば、と言う部分は勿論、米の栽培に関するヒントも得られればと考えてのことです。
そして何よりも、自分の手で確かめたかったこと。ワインは良い原料を得る、栽培が重要と「聞き」はしますが、体験したことはありませんでした。
私たちは造り手です。造り手の性として、聞いたことを鵜呑みにするのではなく、「それは本当に正しいのか」と実際に取り組んで正解を出したい生き物だからです。
フランスの中でも、ブルゴーニュを選んだ理由をこう話す。
久野代表取締役:ブルゴーニュはロマネ・コンティが生産される≒世界一高いワインが生産される地域であり、蔵のことをドメーヌと呼んでいるように畑仕事が基本です。
日本酒も原料である米が重要だと思っています。やはり、原料の生産が重要とされている地域で生産してこそと考えたからです。
1からの試行錯誤が、理想への最短距離に
-----新しい挑戦は大変ではありませんでしたか?
久野代表取締役:大変でした。何かツテがありフランスに渡ったわけではなく、とりあえず行ってみようという形でした。なので、もちろん醸造所の候補地があったわけでもないですし、畑の購入の目処もありませんでした。
既存のワイナリーを買収するなどした方が時間の短縮にはなるとは思います。しかし、ゼロから始めたことにより、得たものはより大きかったと思います。
1から設計し、経験し、修正する事を繰り返したことで、自分たちの理想へは、遠回りなようで、実は最短距離を進めていると思います。
-----ワインをリリースするまでに大変だったこと、また、それをどのように乗り越えたのかを教えてください。
久野代表取締役:何が大変だったかと思い返すと、全てが大変だったように思います。
醸造所の取得から、仕込、そして日本への輸出入だったり。販売もお披露目会を予定しておりましたが、コロナの影響でキャンセルとなってしまいました。(2020年3月末に予定していました)
ただ、見てくれている人はいるんだなと強く感じます。
初めはブルゴーニュの人も「よくわからないアジア系の人間がうろちょろしてるな」位だったと思います。もしかしたら、ワイン造りを始めると聞いても、「どうせ投機目的ですぐにやめるだろ」と思われていたのかもしれません。
私たちはワイン造りを始めた年、買いブドウでワインを造り始めたのですが、不作の年と言うこともあり、少量しかぶどうを譲ってもらえませんでした。翌年は少しですが、量は増えました。3年目、量・種類も増え、今までよりもランクが上のブドウを譲ってもらうことが出来ました。
“石の上にも3年”と言う言葉がありますが、現地の方に「こいつら本気でここに根付くつもりなんだ」と感じてもらえたのかなと思います。
「悔しさ」が挑戦の原動力
-----7年もの年月をかけて挑戦を実現させた原動力について教えてください。
久野代表取締役:悔しさ、言ってしまえば「負の感情」が原動力でしょうか。
やはり、ワイン・シャンパンのフランス一国が輸出する額と、日本が日本酒を輸出する額は桁違いで負けていると言えます。この状況をなんとかしたい、一業界の人間として悔しい思いです。そして日本酒はもっと進化できると信じています。そのヒントを得るための取組みです。
金銭的な面で言ってしまうと、私たちの代では回収できないかもしれません。そもそもリリースするまでの6年間は1銭も生んでないわけですし。本当に「ロマン」という言葉がぴったりなのかもしれません。
私たちは小さな蔵であるからこそ、長期的な挑戦ができたと思いますし、働いているスタッフ全員が同じ方向を向き、ビジョンを共有できているからこそここまでたどり着けたと思っています。
純粋でリアルな「志」が実現・継続に繋がる
-----新しいことに挑戦し、それを実現させるためには何が大切だと思いますか?仕事をするにあたっての考え方を聞かせてください。
久野代表取締役:「志」と言う言葉は、今は死語かも知れません。あくまで商業活動などで、採算・利益を考えないといけない事は確かな事です。
しかし、「世界で初」と言うアクションは、採算・利益を最初に考えると続かないのです。
その志は、机上のそれではなく、実体験から来る積み木の延長にあるピュアでリアルな物である必要があると考えています。そうでないと実現と継続が難しいのです。
実は自分で思いついた様で、自分で思いついたアクションは何一つありません。世界を知り、異形・異業・異市場・異人種に耳を傾け、彼らから教わった事ばかりです。
彼らの「当たり前」と私達の「当たり前」の溝を埋める。また自身の至らない部分の「気づき」を埋める。それを埋めたい気持ちは、金銭的事情優先では埋められないのです。
同社によると、革新は常に境界で生まれるという。革新的な発見は、その分野に長らくいる人より、他分野から参入した人が、さらっと引き起こすことが多いそうだ。
違う分野との境界を越え、知識・経験のミックスを起こす同社の挑戦や考え方は、新しいビジネスや事業展開にチャレンジしようとする人たちに勇気を与えてくれる。
出典元:萬乗醸造
出典元:萬乗醸造/DOMAINE KUHEIJI
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