1. 【書き起こし】「完璧の追求。失敗を恐れず完璧を目指そう」大手運送会社の運転トレーナーが語る

【書き起こし】「完璧の追求。失敗を恐れず完璧を目指そう」大手運送会社の運転トレーナーが語る

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 「完璧である必要はない」。これはみなさんの人生でも今まで聞いてきたフレーズだろう。

 また、「十分やった」や「最善を尽くした」ために自己正当化した経験はないだろうか。確かに失敗しようがしまいが、一生懸命であることを私たちは重宝している。

 それは「ナンバー1ではなく、みんながオンリー1になる」こういったメッセージの込められた曲が日本で大流行したことから一目瞭然。なるほど、私たちはいつの間にか結果ではなく過程を大事にするようになり、完璧の追求をやめてしまった。

 運送会社UPS社での運転訓練施設のトレーナーを務めるジョン・バワーズ氏だったらこれに強く反論するだろう。彼からしたら「完璧」を追求しないことは失敗への無様な逃げに相当する。

 そんなバワーズ氏が、今回TEDスピーチ『完璧を追求すべき――失敗を恐れるのをやめよう』で「完璧を求めるべき理由」を提示した。

『完璧を追求すべき――失敗を恐れるのをやめよう』

バワーズ氏:みなさんはタイポスクワッティングという言葉を聞いたことがある? タイポスクワッティングというのはGoogleのような企業がタイプミスの多いウェブサイトに広告をつけて大金儲けをしていることを指す――gmale.com(Gmail)やmikerowesoft.com(Microsoft)とかね。

(会場笑)

ちょっと面白いよね。ではこの例えはどうだろう?

ささいなミスが招いた大惨状

2月28日、Amazonで働くエンジニアがこれに似た、一見些細なタイプミスをしたんだ。「一見」と言ったのは、このタイプミスがたった4時間でインターネットの速度を大幅に落とし、Amazonに160億ドル以上の損害を出したから。

これは実際、とても恐ろしい話だ。最近、製薬メーカーであるNew England Compounding Center(NECC)の従業員が研究室の清掃を適切な手順で行わず、76名が死亡し、700名以上が髄膜炎に感染した。

これらの例はどちらもすごくヤバいよね? 打ち間違いや一般的なエラー、精一杯やったという態度、「十分」が受け入れられたのはいつごろからだろうか?

いつからか私たちは「完璧」を軽視してしまうようになり、その結果こうした事件が起きた。我々全員が常に「完璧」を目指すべきだ、というのが私の考え。それも早急にね。

バワーズ氏の教育方針(要約)

 ここでバワーズ氏は自身の職業について語った。彼は運送業者の訓練施設のトレーナーだ。「毎日100人ほどの命が失われているというのに、我々は注意して運転しない」と彼は問題提起。

 彼は「完璧」の大切さを生徒に教育するために、131文字の事故防止マニュアルを丸暗記させ、ミスがなんであろうと――たった1文字、コンマ、スペルミスでさえも再筆記の対象にしている。また、制服や時間に関しても厳しい。

「完璧」であるべき理由

バワーズ氏:多くの新入生は僕になぜそこまで徹底して厳しくするのかを問う。答えは簡単。完璧主義というのは細かいことから始まり、仕事などに応用される姿勢のことだからだ。

つまり小さなことを正しくできないのであれば、ここぞというときに失敗してしまう。そして運転しているときは、ここぞというときだ。

85km/hで走る車はフットボールグラウンドをたったの4.5秒で通り過ぎる。これは偶然にも一般人が1通のテキストメールをチェックするのと同じ時間だ。だからこそ私は生徒に注意をそらすことを許さないし、完璧以外は受け入れない。

あのね、私は99%を「十分」とする社会にうんざりなんだよ。問題を招いているのは完璧以外だよね? 考えても見てよ。

クレジットカードのメーカーがたった99%の姿勢だったら、カード裏のマグネットストライプスに誤った情報が記載されているカードが何百万枚も出回っているだろう。ウェブスター辞典がたった99.9%しか正確じゃなかったら、470もの単語がスペルミスしていることになる。

これならどうだ。医者がもし99.9%しか正確でなかったら毎年4,453,000件の間違った処方箋が出回って、さらに恐ろしいことにアメリカ合衆国で11人の新生児が日々違う両親のもとへ行くことになる。これは単なる確率の話だけどね。

(会場笑)

現実世界では、米政府は14億ドルの航空機を失った。メンテナンス班がたった99%の仕事しかしなかったから。誰かがセンサーのチェックを忘れたんだ。

現実にはエアバッグの製造者が「十分でしょ」と思って流通させてしまったがために、16名の死傷者、180名の負傷者、そして3,400万もの車がリコールされている。

現状、医療ミスはアメリカで第3位の死因にまでなってしまった。毎年250,000人が「十分」な仕事をしていると思い込んでいる人のミスで犠牲となっている。信じられないって? 無理もない。

学者がニュースで事実に基づいたコメントをする確率が50%以下である今のご時世で、私たちは何も信じられなくなったんだからね。

(会場笑)

「完璧の追求はストレスフルである」と言うのは「運動は疲れる」と言うようなものだ

バワーズ氏:結局「ベストを尽くす」だけでは不十分だ、ということに帰結する。では、どう変わればいいのだろう。「完璧」を求め、それ以外はよしとしなければいいんだ。

これを噛み砕くには時間が必要だと思う。みなさんがどう言われ続けてきたか知っているからね。恐らくこう言われてきたんじゃないかな、「人は完璧にはなれない。つまり完璧を追い求めることはプライドを傷つけるだけではなく、出来損ないであることを宣告している」って。

でも、そこに皮肉があるんだ。私たちは「敗者」という言葉におののいているけど、実際は失敗しなくちゃいけないんだ。

失敗は完璧への布石なのに、「失敗」と「完璧」を恐れるあまりに破棄してしまった。完璧に達せなかったときの自我への影響を避けるためにね。

本当に失敗が没落への道だと思いますか? インターネット回線が急激に速度を落としたことや、危険な医療制度、危険な道路の原因は単に失敗だと思いますか? またもや「完璧」を敵視するのですか?

いい? 失敗と不完璧は基本的に同じことだよ。不完全さが蔓延しているのは私たち全員が知っている。誰も、何も、完璧ではない。しかしあるときから私たちは完璧さを求めるのがあまりにも大変で、辛いがゆえに失敗へ対応能力を捨て、より低い許容レベルに取り換えてしまった。

だから私たちは今、新たな基準となった「十分」という態度やその結果を傍観させられている。

ここまで言っても「あのメディカル班やメンテナンス班、エンジニアはベストを尽くしたんですよ? それで十分じゃないですか」と反論する人はまだいるだろう。私から言わせれば答えは「ノー」だし、先ほど述べた例では特にそうだ。

「それはわかるけど、完璧の追求ってストレスフルじゃない?」という。知ってのとおり、オプラ・ウィンフリーや大学研究もそう示しているし、高校のカウンセラーはみなさんに警告さえしたんじゃないかな。

ストレスは私たちに有害でしょ? 確かにそうかもしれない。しかし「完璧の追求はストレスフルである」と言うのは「運動は疲れる」と言うようなもの。どちらのケースでも、結果がほしいなら耐えるしかない。

だから正直言って、「完璧を追い求めるのはストレスフルだ」というのは怠けるためのただの言い訳なんだ。

現代の真の病

バワーズ氏:ここからが本当に恐ろしいところ。

今日、医者やセラピスト、毎年10億ドル近く稼ぐ自己救済産業は「完璧を追い求めないことはプライドや自我を救済する」という名目で「完璧」を否定している。

しかしその反論が成立していないのは一目瞭然だよね。現代の自己救済産業は再犯率が高い。それは「完璧」を追求させるより、失敗した自分を受け入れる方法と許容レベルを下げることに集中した教育をしているからだ。

こうした医者やセラピスト、自己啓発の教祖たちが注意を向けているのは症状であって、病気そのものじゃない。

現代社会の真の病は失敗に直面することを受け入れられないことにある。

結果に集中するよりも努力の上で休む方が私たちにとっては楽なんだ。30%の卒業クラスを主席とするオハイオ州、ダブリン・ジェローム高校みたいにね。かんべんしてよ。誰かしらがトップのGPAを修めたはずだろう? 引き分けなはずがない。

(会場笑)

ここでもわかるように、私たちは「敗者」や「劣等生」に直面するよりも同率の結果を提供した方が楽なんだ。

全員が表彰されるとき、全員が進歩、または結果と関係なしに昇給される。そうなったとき、その中にいる完璧主義者はこう思う。「僕がみんなより良くなるにはどうしたらいい?」「抜きん出るにはどうすれば?」と。

「誰も失敗しない、失敗するだろうと告げる人がいない文化」を発展させ続けたら、誰も潜在能力を発揮できない。失敗や損失は成功に必要なんだ。いらないのは失敗を許そうとする心だ。

「我々の多くにとって最も危険なのは、目標が高すぎて達成できないことよりも、低すぎて達成してしまうことにある」。これはミケランジェロによる格言。「失敗」は無様な言い訳ではなく、やる気を引き出すものであるべきだ。

そこで一つ私から提案したい。「完璧主義」を「失敗への耐え難い破滅」と意味づけるのをやめて、別の意味を与えてみるのはどうだろう?

「完璧主義」を「正しいことを達成するために、難しいとされることをする意思」、としよう。そうすれば完璧への道のりで失敗することを肯定できるよね。そして失敗を恐れず完璧主義を追求できれば何が達成できるか、想像してご覧ください。

「完璧」を追求したら起こること

バワーズ氏:バスケ選手ステフィン・カリー氏はスリーポイントを77回連続で成功。考えてみてよ。彼は約80回、高さ10フィート、24フィート離れた18インチのリングに9.5インチのボールを正確に入れたんだ。

はたまた宇宙船開発製造の大手、ロッキード・マーティン社のプログラマーは、燃料に関するすべての要素をコントロールするために420,000列の正確なコードを書き、120トンの宇宙船を軌道に乗せた。

それか、カンザスシティーのChildren's Mercy病院で、研究者がヒトゲノムのコードを26時間で完成させる機器を作った話でもしようか。これは新生児や乳児の遺伝性疾患を以前より速く診察して、医者に治療を早く施す機会を与えて、生存の可能性を広げるんだ。

私たちが「完璧」を追求したらこんなことが起きる。

私たちはこんなアスリートやプログラマー、研究者みたいになるべきなのかもしれない。そうすれば失敗を恐れず、「十分」で満ち溢れた世界とおさらばできる。

ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)

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