パンデミック下のNPO経営を振り返る: アイセックのアルムナイに聞く、Z世代リーダーの葛藤と挑戦

2022/11/01(最終更新日:2022/11/01)


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AIESEC(アイセック)は世界100以上の国と地域​に​支部を持ち​、​約30,000人の学生が所属する非営利組織だ。海外インターンシップやオンラインの国際交流イベントなど、若者が世界を身近に感じリーダーシップを育む事業の運営と参加を通じて「平和で人々の可能性が最大限発揮された社会」の実現を目指している。日本支部であるアイセック・ジャパンでは、現在国内の24大学に委員会が存在し、約600人のメンバーが所属している。


アイセック・ジャパンは、新型コロナウイルス感染拡大(以下、コロナ禍あるいはパンデミック)以前は海外インターンシップを基幹事業として運営していた。しかしコロナ禍により事業は停止し、オンラインの価値提供にシフトすべく事業開発に着手した。現在は従来の海外インターンシップに加えてオンライン交流事業を運営している。この記事では、コロナ禍の始まりである2020年にアイセック・ジャパンの事務局長・次長として組織経営を担った8名にインタビューを行った。

海外インターンシップ「400件」の目標が白紙に

2020年春。海外インターンシップ事業の成長を描いていた矢先、基幹事業そのものを停止せざるを得なくなった。年間400名の学生を日本から国外へと送り出す目標が、ゼロ(白紙)に。「頭ではわかっていても、心は追いつかなかった」と8名の多くが振り返る。


ただ、立ち止まる選択肢もなかったという。事業計画が白紙になり、組織経営は本質的な問いに直面した。アイセックとは何か。このような時代にアイセックは何をなすべきか。8名は、海外インターンシップ以外の事業開発に着手した。

海外インターンシップ単一事業から複数事業の経営にシフト

当時、一人一人の心境や組織の雰囲気にどのような変化があったのか。


「パンデミック以前は、情報が揃ってから慎重に意思決定するという風潮があったが、より一層外部環境の変化が読みづらい不確実な時代になった」(白戸)


「ある程度確からしい方向であればとにかく意思決定を正解にできるように頑張ろうという雰囲気にはなっていた」(須藤)


「動かなければ組織が死んでしまう。落ち込んでいる暇はなかった」(金丸)


この未曾有の危機のさなか、組織の課題も見えた。

「組織全体として、海外インターンシップ事業の価値を信じている。言い換えると、海外インターンシップありきになっている」(金丸)と気づいたのだ。


長年、アイセックは「平和で、人々の可能性が最大限に発揮された社会」をビジョンに掲げ、若者のリーダーシップを育むための事業を運営してきた。「異文化理解」が、バックグラウンドの異なる人たちが複雑に絡み合う社会をリードしていく上で重要な要素になると考えていた。企画とディスカッションを繰り返し、組織の本質に立ち返り、新規事業としての「global youth dialogue」を立ち上げることになった。


「global youth dialogue」とは、海外の学生との様々な会話を通じて、世界をより広く、自分をより深く知ることのできるオンラインイベントだ。ペアを組み、日替わりで設定される会話のトピックに基づいて自分や世界のことを話すことができる。     


(開発ミーティングの写真)


同時に、国内企業と提携しリモートでの海外インターンシップを受け入れ始めた。アイセックの海外支部のメンバーから「オンラインのインターンシップを始めたいがニーズはあるか?」というメッセージが届いたのがきっかけだった。「実現できたら、パンデミックにより生じたいくつもの障壁を乗り越えられるかもしれないと思い、嬉しかった」と、当時海外インターンシップの受け入れを統括していた須藤は話す。


渡航を伴う海外インターンシップでは、現地のあらゆる刺激や価値を、五感を通じて最大限享受できるが、渡航する際のビザの取得、宿泊先の確保などのコストは安くない。「オンライン対応をすることで、顧客体験が改善される可能性もあるという希望を感じていました。新たな価値創造の始まりだったと思います」。(須藤)


(運営時の写真)

反転攻勢をかけるなら、今だ

パンデミック前後でメンバーが約300人減少するなど、基幹事業を停止した影響は大きかった。当時の組織運営への向き合い方を聞くと「もう一度、アイセックをスタートアップとして立ち上げるような感覚だった」という。危機は、組織が変わるチャンスだと捉え、夜を徹して議論しながら組織や事業の開発に励んだ。


アイセックはNPOであり、利潤の獲得を目的とする組織ではない。ただ、新規事業開発担当の立野は当時、LinkedInの創業者リード・ホフマンの言葉を自身に言い聞かせていた。「スタートアップとは、崖から飛び降りながら飛行機を作るものだ」。危機をチャンスに変えること、意思決定のスピードが重要であることーー。企業経営の経験はなかったが、経営者の言葉が身に染みた。


2021年に開始したglobal youth dialogueは、その後東南アジア諸国をはじめとしたカ国と共同開催を実現し、累計参加者は5000人に上る。また、リモートの海外インターンシップの受け入れは、2022年10月までに37件の受け入れ実績があり、現在は来日を伴うプログラムが選択可能な状況下での新たな発展の方向性を模索中である。

卒業と就職。手段は変わっても、目指す先は同じ

パンデミックの前後にアイセック・ジャパンを運営していた経験は、卒業した8名の現在にどう繋がっているのだろうか。それぞれに聞いた。


「世界で起きていること1つ1つの重大さをあらためて認識できるようになりました。インドやミャンマーで大暴動が起こったり、アイセックの海外支部のメンバーが戦争に参加せざるを得ない状況になったり。そんな現実を見て、アイセックや自分自身のやっていることの小ささを感じました」と2020年の事務局長だった森原は言う。


「世界でこんなにも凄惨なことが起こっている中で、無為に過ごせる時間はないと感じた1年間だった」。当時の広報ブランド統括の白戸は、この時代に求められる言葉やデザイン、サービスとは何か、という疑問に答えようと苦闘した経験を生かして、現在はクリエイティブエージェンシーで活躍している。


「あの時期、事業をゼロから立て直した経験をした。未来を描き、周囲を巻き込むタイミングをはかり、流れを変えることができた」と話すのは立野だ。連続的に実績を積み上げることに固執していたことで組織の柔軟性を欠いていたパンデミック前のアイセック経営を反省し、非連続な成長を仕掛ける醍醐味を知ったという。


現在は教育事業に従事する須藤は、「本気でやれば、新しくて良いものは作れる。大事なのは、方向性をいかに早くかつより良い方向で決められるかということだ」と話す。アイセックの経験を通じて、行動と議論の精度を高めていくことで確実に変えられるものがあると信じている、とも語った。


一方で、「無力さ・未熟さ」という言葉も聞かれた。金丸は次のように話す。「それっぽいものではなく、本当に世の中に良いムーブメントを起こすようなプロダクトやサービスを作るには相応の実力が必要であることを、パンデミックの一年を通して痛感した」。金丸は現在出版社に勤務しており、実践経験を積みながら今の時代に必要な物語やサービスを模索していきたいという。


当時、事業の変革と再生のために苦闘した8名は、卒業後もそれぞれの手段で「平和で人々の可能性が最大限発揮された社会の実現」を目指している。


アイセック・ジャパンは2020年以降の事業の危機に直面して、単一事業経営から複数事業経営への転換に舵をきった。事業とは組織のミッションを実現する手段にすぎず、変革を続けることの重要性を今回の取材記事から読み取っていただければ幸いである。


本文中に登場するメンバーのプロフィール

森原 正希

2020年度アイセック・ジャパン事務局長。学生として建築の勉強をしながらも、建築×社会課題をテーマに活動している。

須藤 琢磨

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 受け入れ事業統括。現在は教育事業を展開する企業に勤務。

小西 快

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 送り出し事業統括。バイオベンチャーで肥料開発などに携わる。

金丸 康太郎

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 人事統括。出版社の経営企画部に所属。

山内 駿介

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 財務統括。須藤と同じ、教育事業を展開する企業に勤務。

渡邊 直也

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 外部関係統括。人材系の企業で、主に採用領域を担当している。

立野 将司

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 マーケティング統括。国外のブロックチェーン関連のスタートアップにて、プロダクト開発やマーケティング等を担当。     

白戸 千恵子

2020年度アイセック・ジャパン事務局次長 兼 広報ブランド統括。現在はクリエイティブエージェンシーにて、国内外の企業のブランディングやマーケティングをプロデューサーとしてサポートしている。





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