リスキリングに関する企業の意識調査(2024年)
人手不足が深刻化するなか、「人への投資」による生産性向上は、企業経営にとって看過できないテーマとなっている。賃上げ機運が高まるなか、人材の確保・定着に欠かせない賃上げ原資を確保するためには、1人当たりの労働生産性を高めることが求められている。
リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」であり、世界経済フォーラムにおいては2018年から3年連続でリスキリングセッションが開催された。日本では「骨太の方針」に盛り込まれ、2022年に岸田前首相がリスキリング支援として5年間で1兆円を投じると表明したことを皮切りに、政府も助成金などあらゆる支援策を積極的に講じている。石破首相の所信表明演説でもその重要性が触れられるなど、近年はより一層注目度が高まっている。
そこで、帝国データバンクではリスキリングに対する企業の取り組み状況やその内容、課題について調査を実施した。
<調査結果(要旨)>
- リスキリングに「取り組んでいる」企業は8.9%、今後「取り組みたいと思う」企業は17.2%となり、リスキリングに「積極的」な意欲を示した企業は26.1%だった。
- 「取り組んでいる」企業、業種別では「情報サービス」(20.5%)と「金融」(19.5%)で高水準。規模別では大企業(15.1%)が高く、中小・小規模企業とは明確に濃淡が表れた
- リスキリングの取り組み内容、「従業員のスキルの把握、可視化」が52.1%で最も高く、「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」も47.5%となり高水準で続いた
- リスキリングに取り組む課題、時間や人材、費用などリソース不足が浮き彫りに。一方、リスキリングに取り組んでいる企業においては「従業員のモチベーションの維持が難しい」(42.0%)がトップ
■調査期間は2024年10月18日~10月31日。調査対象は全国2万7,008社、有効回答企業数は1万1,133社(回答率41.2%)
なお、リスキリングに関する調査は2022年9月に続いて2回目だが、今回は設問内容を変えて調査を実施した
■本調査における詳細データは、帝国データバンクHP(https://www.tdb.co.jp)のレポートカテゴリにある協力先専用コンテンツに掲載している
リスキリングに取り組んでいる企業が8.9% 業種別では「情報サービス」「金融」で顕著に
リスキリングに関する取り組み状況について尋ねたところ、「取り組んでいる」と回答した企業は8.9%にとどまった。また、今後に意欲的な「取り組みたいと思う」は17.2%となり、合計した「リスキリングに積極的」である割合は26.1%という結果だった。
一方、「取り組んでいない」は46.1%にのぼり、半数近くが消極的である現状が浮き彫りとなった。加えて「意味を理解できない」(9.5%)、「言葉も知らない」(10.1%)がそれぞれ約1割にのぼっており、現時点でリスキリングへの取り組みは十分とはいえないだろう。
リスキリングに「取り組んでいる」企業に関して業種別でみると、デジタル人材として高度なITスキルが求められる「情報サービス」が20.5%で唯一の2割台だった。行員に対するデジタル教育が活発化してきた「金融」も19.5%と高く、この両業種が突出して高かった。
また、リスキリングの取り組み状況を規模別でみると濃淡が表れた。大企業では「取り組んでいる」企業が15.1%で最も高く、中小企業では7.7%、小規模企業では6.0%にとどまった。今後「取り組みたいと思う」と感じる割合においても、大企業の方が割合は高かった。
人手不足を抱える企業ほどリスキリングに取り組む傾向、一方で人手不足が原因で取り組めないとの声も
リスキリングは労働生産性を高める効果が期待できることから、人手不足を解消させる一手となり得る。そこで、当調査で同時に尋ねている従業員の過不足感別に取組状況を見ると、人手不足(従業員が「不足」と回答)を感じている企業では、リスキリングに取り組んでいる割合は10.0%だった。従業員が「適正」「過剰」と感じている企業より高い結果となったが、大きな差はみられなかった。
その背景として、「限られた人数で仕事をしているため、様々な研修を受けさせる時間がない。それよりも日々の指導や会議の場での指導に重点を置いている」(木材・竹材卸売、京都府)や「やりたいことは山ほどあるが、人材不足が足を引っ張っている」(一般貨物自動車運送、埼玉県)など、リスキリングに注力する人材や時間を捻出することが難しく、取り組みたいと考えながらも着手することができない状況があると考えられる。
リスキリングの取り組み内容、オンラインツールの活用や経営層が自らアクションを起こす割合が高い
リスキリングに「積極的」(取り組んでいる/取り組みたいと思う)な企業に対して、その内容を尋ねたところ、新たな人材の発掘につながる「従業員のスキルの把握、可視化」が52.1%で最も高かった。ほとんどの項目でリスキリングに「取り組んでいる」企業の方が高い割合を示したものの、当項目では「取り組みたいと思う」企業の方が高い(48.3%→54.0%)。まずは従業員の状況を把握したうえで「従業員の技術習得ために講習の受講や資格取得を促している」(電気機械器具修理、千葉県)のような進め方をしているようだ。
次いで「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」(47.5%)が上位となり、オンラインツールの活用は半数近くにのぼった。他方、政府が積極的に講じている「給付金・助成金などの申請・受給」は17.5%と低位だった。「助成金をもっと使いやすいものにしてほしい」(不動産管理、大阪府)などの意見もあった。
リスキリングに対する課題は時間・人材の確保 取り組むなかでは「モチベーションの維持」が上位に
リスキリングに取り組む上での課題について尋ねたところ、「対応する時間が確保できない」(42.1%)、「対応できる人材がいない」(38.9%)が特に高かった。
また、「取り組んでいない」企業と「取り組んでいる」企業それぞれにおける課題を分析すると、「取り組んでいない」企業においては時間・人材・ノウハウ・費用などのリソース不足が大きな課題となっていた。他方、「取り組んでいる」企業においては従業員のモチベーション維持に課題がある企業が多く見られた。企業からは、「明確な目的と達成目標がないまま行ってもモチベーションは下がるだけで、成果は望めない」(無床診療所、千葉県)といった声が多数あがっている。
加えて、従業員の属性によってモチベーションが左右されてしまうといった意見もあった。企業からは、「将来の生産性向上に繋がるが、高齢化する技術者へのモチベーションの維持が難しい」(土木建築サービス、愛知県)や「派遣人材はスキルやルールを教えても契約終了という現状があり、教える側のモチベーションにも支障がある」(旅館、群馬県)のような意見が聞かれた。
今後の見通し:リーダーの推進力が欠かせないリスキリング、目的と目標の設定がモチベーション維持のカギ
最新の調査では企業の約半数が正社員不足を感じており、人手不足は慢性化している[1]。そのなかで政府が掲げている「人への投資」の大本命ともいえるリスキリングに取り組んでいる企業は、8.9%とごく一部にとどまっていた。また、業種や企業規模によって取り組み状況には差が見られ、その手段としてはオンラインツールが活用されている実態もみられた。
そうしたなか、リスキリングに取り組む課題については、取り組みの有無で違いが鮮明に表れた。取り組んでいない企業では時間や人材などのリソース確保が難しく、それに対して取り組んでいる企業では「モチベーションの維持」が課題となっている現状が浮き彫りとなった。
リソースの確保やモチベーションの維持といった課題の解消に向けて肝要となるのは、経営層を中心としたリーダー層による推進力だ。「新しいことを学ぼうとする従業員はかなり少なく意欲を感じないため、まず経営層が取り組んでいる」(給排水・衛生設備工事、愛知県)といった声が代表されるように、まずはリーダー層から率先して取り組むことが導入部分においては欠かせない。
リソースの確保においても、通常業務との優先順位によってどうしても時間などの確保が難しく、「会社から言われたからやるというだけでは、消極的な対応に終始するのでは」(建物売買、神奈川県)という意見が聞かれる。こうしたケースにはリーダー層による意思決定と推進が必要であり、「1名だが、従業員に国家資格キャリアコンサルタントを取得させてリスキリングを主導させている」(学習塾、島根県)や「マイスター制度を導入して、全ての部署で技能、技術、知識の向上を計画的に進めている」(建設機械・鉱山機械製造、埼玉県)といった環境整備や制度構築の事例は、中小・小規模企業からも多く寄せられた。
また、モチベーションの維持に向けては目的と目標の設定が要となる。目的のないまま新たな技術の取得を奨励してもリスキリング自体が目的化してしまい、従業員自身が自ら取り組もうとする姿勢は醸成しにくい。リスキリングを行うことによって何を得られるのかなど、既存業務の向上や新規事業の創出など企業の戦略に基づいた目的を設定しつつ、本人のキャリアビジョンに寄り添い合意を得ながら進めていくことが欠かせない。
多くの企業から「新しい技術の習得により、他の業界・会社への転職が容易に行えるようになることに危機感がある」という懸念の声が相次いでいる。しかし、デジタル時代が急速に進展するなか、リスキリングに取り組まないリスクにも目を向ける必要がある。DXなど新たなテクノロジーに対応できる人材を育成しながら労働生産性を高め、事業を発展させられるかどうかは企業の将来を大きく左右するといえるだろう。
[1] 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2024年10月)」2024年11月13日発表
人手不足が深刻化するなか、「人への投資」による生産性向上は、企業経営にとって看過できないテーマとなっている。賃上げ機運が高まるなか、人材の確保・定着に欠かせない賃上げ原資を確保するためには、1人当たりの労働生産性を高めることが求められている。
リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」であり、世界経済フォーラムにおいては2018年から3年連続でリスキリングセッションが開催された。日本では「骨太の方針」に盛り込まれ、2022年に岸田前首相がリスキリング支援として5年間で1兆円を投じると表明したことを皮切りに、政府も助成金などあらゆる支援策を積極的に講じている。石破首相の所信表明演説でもその重要性が触れられるなど、近年はより一層注目度が高まっている。
そこで、帝国データバンクではリスキリングに対する企業の取り組み状況やその内容、課題について調査を実施した。
<調査結果(要旨)>
- リスキリングに「取り組んでいる」企業は8.9%、今後「取り組みたいと思う」企業は17.2%となり、リスキリングに「積極的」な意欲を示した企業は26.1%だった。
- 「取り組んでいる」企業、業種別では「情報サービス」(20.5%)と「金融」(19.5%)で高水準。規模別では大企業(15.1%)が高く、中小・小規模企業とは明確に濃淡が表れた
- リスキリングの取り組み内容、「従業員のスキルの把握、可視化」が52.1%で最も高く、「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」も47.5%となり高水準で続いた
- リスキリングに取り組む課題、時間や人材、費用などリソース不足が浮き彫りに。一方、リスキリングに取り組んでいる企業においては「従業員のモチベーションの維持が難しい」(42.0%)がトップ
■調査期間は2024年10月18日~10月31日。調査対象は全国2万7,008社、有効回答企業数は1万1,133社(回答率41.2%)
なお、リスキリングに関する調査は2022年9月に続いて2回目だが、今回は設問内容を変えて調査を実施した
■本調査における詳細データは、帝国データバンクHP(https://www.tdb.co.jp)のレポートカテゴリにある協力先専用コンテンツに掲載している
リスキリングに取り組んでいる企業が8.9% 業種別では「情報サービス」「金融」で顕著に
リスキリングに関する取り組み状況について尋ねたところ、「取り組んでいる」と回答した企業は8.9%にとどまった。また、今後に意欲的な「取り組みたいと思う」は17.2%となり、合計した「リスキリングに積極的」である割合は26.1%という結果だった。
一方、「取り組んでいない」は46.1%にのぼり、半数近くが消極的である現状が浮き彫りとなった。加えて「意味を理解できない」(9.5%)、「言葉も知らない」(10.1%)がそれぞれ約1割にのぼっており、現時点でリスキリングへの取り組みは十分とはいえないだろう。
リスキリングに「取り組んでいる」企業に関して業種別でみると、デジタル人材として高度なITスキルが求められる「情報サービス」が20.5%で唯一の2割台だった。行員に対するデジタル教育が活発化してきた「金融」も19.5%と高く、この両業種が突出して高かった。
また、リスキリングの取り組み状況を規模別でみると濃淡が表れた。大企業では「取り組んでいる」企業が15.1%で最も高く、中小企業では7.7%、小規模企業では6.0%にとどまった。今後「取り組みたいと思う」と感じる割合においても、大企業の方が割合は高かった。
人手不足を抱える企業ほどリスキリングに取り組む傾向、一方で人手不足が原因で取り組めないとの声も
リスキリングは労働生産性を高める効果が期待できることから、人手不足を解消させる一手となり得る。そこで、当調査で同時に尋ねている従業員の過不足感別に取組状況を見ると、人手不足(従業員が「不足」と回答)を感じている企業では、リスキリングに取り組んでいる割合は10.0%だった。従業員が「適正」「過剰」と感じている企業より高い結果となったが、大きな差はみられなかった。
その背景として、「限られた人数で仕事をしているため、様々な研修を受けさせる時間がない。それよりも日々の指導や会議の場での指導に重点を置いている」(木材・竹材卸売、京都府)や「やりたいことは山ほどあるが、人材不足が足を引っ張っている」(一般貨物自動車運送、埼玉県)など、リスキリングに注力する人材や時間を捻出することが難しく、取り組みたいと考えながらも着手することができない状況があると考えられる。
リスキリングの取り組み内容、オンラインツールの活用や経営層が自らアクションを起こす割合が高い
リスキリングに「積極的」(取り組んでいる/取り組みたいと思う)な企業に対して、その内容を尋ねたところ、新たな人材の発掘につながる「従業員のスキルの把握、可視化」が52.1%で最も高かった。ほとんどの項目でリスキリングに「取り組んでいる」企業の方が高い割合を示したものの、当項目では「取り組みたいと思う」企業の方が高い(48.3%→54.0%)。まずは従業員の状況を把握したうえで「従業員の技術習得ために講習の受講や資格取得を促している」(電気機械器具修理、千葉県)のような進め方をしているようだ。
次いで「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」(47.5%)が上位となり、オンラインツールの活用は半数近くにのぼった。他方、政府が積極的に講じている「給付金・助成金などの申請・受給」は17.5%と低位だった。「助成金をもっと使いやすいものにしてほしい」(不動産管理、大阪府)などの意見もあった。
リスキリングに対する課題は時間・人材の確保 取り組むなかでは「モチベーションの維持」が上位に
リスキリングに取り組む上での課題について尋ねたところ、「対応する時間が確保できない」(42.1%)、「対応できる人材がいない」(38.9%)が特に高かった。
また、「取り組んでいない」企業と「取り組んでいる」企業それぞれにおける課題を分析すると、「取り組んでいない」企業においては時間・人材・ノウハウ・費用などのリソース不足が大きな課題となっていた。他方、「取り組んでいる」企業においては従業員のモチベーション維持に課題がある企業が多く見られた。企業からは、「明確な目的と達成目標がないまま行ってもモチベーションは下がるだけで、成果は望めない」(無床診療所、千葉県)といった声が多数あがっている。
加えて、従業員の属性によってモチベーションが左右されてしまうといった意見もあった。企業からは、「将来の生産性向上に繋がるが、高齢化する技術者へのモチベーションの維持が難しい」(土木建築サービス、愛知県)や「派遣人材はスキルやルールを教えても契約終了という現状があり、教える側のモチベーションにも支障がある」(旅館、群馬県)のような意見が聞かれた。
今後の見通し:リーダーの推進力が欠かせないリスキリング、目的と目標の設定がモチベーション維持のカギ
最新の調査では企業の約半数が正社員不足を感じており、人手不足は慢性化している[1]。そのなかで政府が掲げている「人への投資」の大本命ともいえるリスキリングに取り組んでいる企業は、8.9%とごく一部にとどまっていた。また、業種や企業規模によって取り組み状況には差が見られ、その手段としてはオンラインツールが活用されている実態もみられた。
そうしたなか、リスキリングに取り組む課題については、取り組みの有無で違いが鮮明に表れた。取り組んでいない企業では時間や人材などのリソース確保が難しく、それに対して取り組んでいる企業では「モチベーションの維持」が課題となっている現状が浮き彫りとなった。
リソースの確保やモチベーションの維持といった課題の解消に向けて肝要となるのは、経営層を中心としたリーダー層による推進力だ。「新しいことを学ぼうとする従業員はかなり少なく意欲を感じないため、まず経営層が取り組んでいる」(給排水・衛生設備工事、愛知県)といった声が代表されるように、まずはリーダー層から率先して取り組むことが導入部分においては欠かせない。
リソースの確保においても、通常業務との優先順位によってどうしても時間などの確保が難しく、「会社から言われたからやるというだけでは、消極的な対応に終始するのでは」(建物売買、神奈川県)という意見が聞かれる。こうしたケースにはリーダー層による意思決定と推進が必要であり、「1名だが、従業員に国家資格キャリアコンサルタントを取得させてリスキリングを主導させている」(学習塾、島根県)や「マイスター制度を導入して、全ての部署で技能、技術、知識の向上を計画的に進めている」(建設機械・鉱山機械製造、埼玉県)といった環境整備や制度構築の事例は、中小・小規模企業からも多く寄せられた。
また、モチベーションの維持に向けては目的と目標の設定が要となる。目的のないまま新たな技術の取得を奨励してもリスキリング自体が目的化してしまい、従業員自身が自ら取り組もうとする姿勢は醸成しにくい。リスキリングを行うことによって何を得られるのかなど、既存業務の向上や新規事業の創出など企業の戦略に基づいた目的を設定しつつ、本人のキャリアビジョンに寄り添い合意を得ながら進めていくことが欠かせない。
多くの企業から「新しい技術の習得により、他の業界・会社への転職が容易に行えるようになることに危機感がある」という懸念の声が相次いでいる。しかし、デジタル時代が急速に進展するなか、リスキリングに取り組まないリスクにも目を向ける必要がある。DXなど新たなテクノロジーに対応できる人材を育成しながら労働生産性を高め、事業を発展させられるかどうかは企業の将来を大きく左右するといえるだろう。
[1] 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2024年10月)」2024年11月13日発表
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