高齢者の転倒。これは誰にとっても無視できない問題ではないでしょうか。
自宅やリビング、廊下の床は硬いフローリング素材。ここで転倒してしまうと、骨折の可能性もありますが、床をクッション素材にするわけにもなかなかいきません。
普段の歩きやすさと、いざという時の安全性を両立できる床素材が、少子高齢化社会に突入した日本では強く求められています。
静岡県浜松市に所在する株式会社Magic Shieldsは、転倒した時だけ柔らかくなるという床材「ころやわ」を開発。日本だけでなく世界的にも注目されています。同社代表取締役CEOの下村明司氏にお話を聞きました。
「スタートアップの都市」浜松市にて
浜松市は、静岡県でスタートアップの育成に力を入れている都市として知られています。
2024年5月に行われた静岡県知事選挙で当選した鈴木康友氏は、浜松市長を4期務めた経歴を持つ人物。鈴木氏は選挙戦で、「静岡県内のスタートアップの育成」を公約に掲げました。
また、同じ静岡市でも、大井川を挟んだ東西は雰囲気も人々の発想も全く異なります。大井川以西の人々はヤマハ、スズキなどの大企業が示す通りビジネスに対して挑戦的・野心的な姿勢を見せることで知られています。
「この応接室の床、実はころやわが敷いてあるんです。それと、壁にも同様にころやわが施工されています」
下村氏はMagic Shieldsオフィスの応接室のあちこちを指し示しながら、筆者にそう説明しました。
「我が社のころやわは、“転倒した時だけ柔らかくなる”という性質を持っています。普通に歩いている時の感触は一般的なフローリング材と変わりません」
実際に筆者がころやわを踏んでみても、それはとくに目立った特徴のない「普通のフローリング材」。しかし、思い切って勢いよく膝を落としてみると、床がいきなり柔らかくなります。
「原理としては、忍者の“水蜘蛛”に似ています」
ころやわの正体は、表面にフローリング調のシートを敷く衝撃吸収材です。広域に体重を乗せている時は硬い素材としてそれを支えますが、狭く小さい1点に大きな重量がかかった場合は、それを優しく柔らかく受け止める仕組みです。
「ころやわは、日本全国600以上の医療機関・福祉施設で採用されています」
床面だけでなく壁面にも施工
2024年9月13日、Magic Shieldsは大阪府立砂川厚生福祉センター内の居室にころやわの壁面施工を行いました。床ではなく、壁にころやわを施工する例はこれが初めてといいます。
「居室の壁にころやわを施工した理由は、強度行動障害の自傷行為に対応するためです。壁に頭を打ち付ける行為を防ぐため、それまではヘッドギアの着用が試みられてきました」
しかし、ヘッドギアは装着者に少なからぬ負担を与えてしまうとのこと。そうした理由から、いざという時にだけ柔らかくなる壁の施工に踏み切ったそうです。もちろん、床材としても既に多くの実績があります。
「先程もご説明したように、ころやわは国内600以上の施設に対する導入実績があります。そして、これだけ導入させていただいていますが転倒骨折の報告はほとんどありません」
転倒事故と大腿骨骨折
さて、今回のインタビューを行うにあたり、下村氏との日程調整から取材日までの間に大変なことが起きてしまいました。それは上皇后美智子様が、お住まいの仙洞御所で転倒、右大腿骨上部を骨折してしまったという事故です。
この大腿骨上部は、転倒の際に最も負傷しやすい箇所といいます。
「この骨格模型をご覧ください。大腿骨上部は、上に出っ張っていることが分かります。ここを強く床に打ちつけて骨折してしまう、ということが多発しています」
歳を重ねると、下半身の筋肉が落ちてきます。言い換えれば、大腿骨を守る「生まれながらのクッション」がなくなってしまうのです。さらに「転倒による骨折をなくす」ということは「治療にかかる医療費を抑えられる」という意味でもあります。
転倒事故と医療費の密接な関係
高齢者の転倒による怪我は、決して軽症ではありません。骨の接合手術を要するような容態になることもあります。手術を経たとしても、その後には介護とリハビリが待っています。負傷した本人と家族にかかる精神的・肉体的・金銭的負担は決して小さくありません。
「この転倒事故に関連する医療費・治療費とご家族の介護負担を合わせたら、日本では年に約2兆円の費用が発生しています。転倒による負傷を減らすことは、こうした医療負担を削減するということなのです」
もちろん、この問題は日本だけでなく、アメリカでも同様の問題が発生しているといいます。
アメリカ大統領選挙で毎回のように争点になる議題が「医療保険」です。医療にかかる公的支援を手厚くするか、あるいは民間企業に任せるか……共和党と民主党の間には大きな隔たりがあります。
後編は、下村氏がころやわの開発に至る経緯を聞きます。
<参照>
《全国初※》高齢者の骨折リスク減の骨折予防床「ころやわ®」"壁面施工"を、大阪府立砂川厚生福祉センター(7部屋)で実施しました。
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