みなさんは「スピーチトレーナー」という職業を知っていますか?
SNSやインターネットが発達する今、仕事がリモートになったり、やり取りがSNS上で完結したりと、対面で人と話す機会は以前よりも減少しています。そうした状況のなかで、自分のコミュニケーション能力に疑問を感じたことがある人も少なくないのではないでしょうか。
人と人とのコミュニケーションはAIに代替できないもの。「話す力」は自分自身でしか身につけられません。そこで、本記事では株式会社カエカによる、話し方トレーニングサービス「kaeka」の人事責任者である小倉琳さんに、話す力の身につけ方、ビジネスやプライベートでの話し方について解説してもらいました。
1,500本ものプレゼンテーションを視聴
ーーーはじめに、小倉さんが活動しているスピーチトレーナーとは何かについて教えてください。
kaekaで約4年間、スピーチトレーナーとして活動しています。スピーチトレーナーという職業は、話し方の強みや課題を指摘し、改善するためにトレーニングをする仕事です。
現在、弊社には20人以上のトレーナーが所属しており、それぞれが得意分野や専門性を持ちながら、全員が話し方のプロフェッショナルとして仕事をしています。そのなかで、私は主にスタートアップの経営者や政治家などを支援することが多いですね。
ーーー小倉さんが話し方に着目したきっかけはありますか?
スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションを見て、かっこいいなと思ったことがきっかけです。彼のプレゼンは、ただ製品を発表するだけでなく、彼が話すこと自体がショーの一部となっており、ワクワクしたことを覚えています。
プレゼンを通して見ている人を引き込み、Appleというブランドの価値を高める彼の姿を見て、「どうすればビジョンを効果的に、わかりやすく伝えることができるのだろう?」と、探究心が生まれたのです。
その後、約1,500本ものプレゼンを視聴し、その都度、良し悪しを見定めました。そのうえで、良いプレゼンテーションを構成する要因をさまざまな角度から分析して学びを深めていく中で、kaekaに出会いました。
「スピーチトレーナー」とは、何をする職業?
ーーー「スピーチ」と一言でいっても、会話・プレゼン・演説など、さまざまな捉え方があるかと思います。kaekaがいう「スピーチ」とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。
一般的にスピーチというと、1人が大勢に向かって話すという形式をイメージする人が多いでしょう。kaekaのトレーニングの中でも、スピーチをする機会は多く、スピーチによって話し方を学習いただいています。
ですが、トレーニングの目的は、スピーチに限らず、もっと普遍的な話し方に関するスキルに焦点を当てています。そのため、1対1の営業や、日常的な雑談の場面などにも応用が可能です。
そのため、実際にトレーニングを受けている人たちも、スピーチの機会が特に多いわけではなく、会議で自分の意見をうまく伝えられないという課題を抱えていたり、営業や人事の業務におけるコミュニケーションスキルを向上させたいと考えていたりする人が多いです。
ーーースピーチをサポートする流れを教えてください。
2つのステップで話し方をトレーニングします。まず、弊社が開発した独自のAIシステム「kaeka score」を使った話し方の分析です。実際に、受講生には30分間パソコンに向かって話していただき、その内容や声をAIが解析します。その結果をもとに、得意な部分や改善部分をスコア化して、現状の把握に利用します。
次に、トレーナーによる話し方のトレーニングを行います。さまざまなテーマをもとに受講生にお話しいただき、良かったところと改善点を伝えていきます。実際に課題が解決するためにはどんな工夫が必要なのかも併せてお伝えし、その場で再度実践の機会を設けることで、話し方のスキル向上を徹底的にサポートします。
スピーチの要素である「コンテンツ」と「デリバリー」
ーーーでは、実際にスピーチトレーナーとしてどのようなことを教えているのでしょうか。
話し方を大きく2つに分解してレッスンを行います。1つ目は「コンテンツ」、つまり話す内容のことです。さらにわかりやすく伝えるために文章の並べ替えを提案したり、さらに詳しく伝えるために情報比率を変える提案をしたりします。
2つ目は、「デリバリー」です。デリバリーとは音声や動作の工夫のことで、声のトーンやテンポ、身振り手振りなど、どのように話して伝えるかという部分を指導しています。この2つを分解して学習することで、効果的に伝えられる話し方を身につけていきます。
ーーー各要素でポイントが異なるんですね。
kaekaでは、「コンテンツ」と「デリバリー」の要素をさらに細分化しています。
まず、コンテンツには4つの要素があります。1つ目は、話の構成や順序を整える「プロット」。2つ目は、データや事実にもとづいて自分の意見を形成する「ファクト」。3つ目は、自分の経験や感情、あるいはビジョンを言語化して伝える「ストーリー」。最後は、自分が伝えたいメッセージを核としてまとめ上げる「コア」です。
事実にもとづいた意見は得意だけれども、感情やビジョンを言語化するのが苦手な人、伝えたいことが多すぎて、プロットの整理に苦労している人などは、このフレームワークを活用すると効果が感じられやすいでしょう。
デリバリーの要素は、「音声情報」と「動作」の2つです。音声情報では、声の大きさ、速さ、高さといった要素を、動作ではジェスチャーや表情などを扱います。これらのポイントは、スピーチだけでなく、雑談や会議、プレゼンなど、幅広い場面で役立つものです。
ーーー「デリバリー」において、動作という話がありましたが、ちょっとした動きでも伝わり方は変わりますか?
印象は大きく変化しますね。例えば、内容自体が良くても、話しているときに体がずっと揺れていたり、肩をすくめたような姿勢で話していたりすると、自信がないように受け取られてしまうかもしれません。
また、ポジティブな内容を話しているにもかかわらず、表情が硬くなってしまうと、メッセージの伝わり方も変わってしまうでしょう。話の内容とそれをどう表現するかのバランスが重要です。
話す力を身につけることは自己肯定感につながる
ーーービジネスシーンとプライベートでの話し方の違いがあれば教えてください。
代表的なものに「フィラー」という冗長表現が挙げられます。フィラーとは「あー」「えっとー」といった会話の間を埋める表現のことです。日常生活ではフィラーを使っても問題ないシーンもありますが、ビジネスでのプレゼンで同じように話すと自信がないように見えることがあります。
ーーービジネスシーンだと、ある種パフォーマンスとしての話し方が強いのかなと思いました。
たしかに、プライベートでの会話は気の知れた仲間とのコミュニケーションなので、自分が話したいように話すことが許される部分があると思います。ですが、ビジネスや他者のために話す場面では、相手にどう思ってもらいたいか、つまり相手を意識したアプローチが重要です。
私たちのトレーニングではじめにお伝えするのは、この「相手ありき」という考え方です。ビジネスシーンでは、相手が何を求めているのか、どのような話し方をすれば伝わるのかを理解する視点が必要となります。
ーーー話す力を育むことで、どのような力が身につけられますか?
自己肯定感や「自分は物事を改善できる」という感覚、いわゆるグロースマインドセットが身につくと考えています。私たちのサービスに訪れる方々の中には、話すのが苦手でなんとかしたいと思っている人も多いです。
私たちは日常で毎日約6時間話しているといわれていますが、苦手なことを6時間続けるのは大変です。しかし、少しでも話す力を身につけることで、受講後には「話すのが嫌いではなくなった」「もっと前向きに話せるようになった」と、ポジティブな受講生の姿を目にして嬉しくなります。
10月29日18時掲載の後編では、苦手意識を克服するための実践トレーニング方法について話を聞きました。
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