「イノベーションの実行」と聞くと、今まで勤めていた会社から独立してスタートアップを設立する光景を思い浮かべがちです。しかし、社内にいながらイノベーションを創出し、斬新な製品やサービスを送り出すこともできます。
大手家電メーカーのタイガー魔法瓶商品企画第2チーム村田勝則氏がプロジェクトリーダーとして開発・発売された「魔法のかまどごはん」は、部署異動をきっかけに思い立った疑問、そして自身の若い頃の経験が融合することにより具現化した商品といいます。
インタビュー記事の前編は、村田氏が社内で実現したイノベーションについてお聞きしました
「部品の10年保有」が生んだ問題
「私がタイガー魔法瓶に入社したのは1991年。29年間、品質管理の仕事をしてきました。そこから2020年に部署異動でカスタマーサービスの仕事をすることになります」
それまで長年に渡って従事してきた部門から、全く経験のない部門への配置転換。これはどの会社にもあることではないでしょうか。そのなかで村田氏は、「自分自身が初めて知る課題」に出くわしたといいます。
「その1つが、部品の保有期間切れにともなう廃棄です。弊社では、2019年に“補修用部品の10年保有”を打ち出しました。製品の生産停止から10年はスペアの部品を保有する、ということです。ちなみに、国のガイドラインでは炊飯器は6年間です。弊社ではそれに4年プラスすることで、お気に入りの製品をできるだけ長く使っていただけるように配慮しています」
しかし、この10年保有には問題もあるとのこと。
「10年保有のために、部品の在庫が増えるという現象が起こります。また、保有期間が終わった後の部品廃棄も問題になっていました。
特に、炊飯器の内なべというのは特殊で、機種が変わるごとに使用する材料が変わります。それは言い換えれば、その都度必要に応じた少量の追加生産というのが難しいのです」
そのため、炊飯器の内なべは対象製品の量産が終わる直前のタイミングに10年分のスペアを一挙に生産します。このスペアは10年以内に在庫切れにしてはならないので、どうしても数に余裕を持たせるように作る必要があるのだそうです。
「ただ、これをしていくと10年後には内なべが在庫として残ってしまうのです。これらの在庫を再利用できないか、と考えたのが魔法のかまどごはんの原点でした」
新聞紙で炊く直火炊飯器の誕生
在庫の再利用について考えるなか、村田氏は過去の経験を思い出したそうです。
「私は学生時代、野外活動施設でアルバイトをしていたことがあります。そこで新聞紙を燃やして飯盒炊飯をしたことがあるのですが、正直あまり覚えていません。ということは、大して美味しいごはんではなかったということだと思います」
それから30年、タイガー魔法瓶という企業で経験を積んできた村田氏は、「今ならもっと美味しい直火ごはんを炊くことができるのでは?」と思い立ちます。
現状の課題と過去の経験。この2要素が結合し、魔法のかまどごはんのコンセプトが形成されたという経緯です。
魔法のかまどごはんは、棒状にした新聞紙を燃料にする直火炊飯器。マニュアル通りの本数・タイミングで新聞紙を入れていけば、誰でも簡単に美味しいごはんが炊けるというもの。
魔法のかまどごはんには2通りのモデルがあります。新規生産の内なべを使ったモデルと、スペアの内なべを再利用したモデルです。一般カスタマー向けには前者、自治体やアウトドア施設、教育施設向けには後者が販売されています。
新聞紙を燃やして使うもののため、安全性には妥協のない配慮が施されているといいます。マニュアル通り適切に扱えば、新聞紙の燃え残りが出ない仕組みになっています。というのも、燃え残りはお手入れの際、空気に触れて突然火が大きくなることがあるからです。そうならないよう、最後の最後まで灰になる設計が為されています。
開発部門ではないけれど
隅々まで工夫と配慮が施された魔法のかまどごはんですが、これを開発した村田氏は上述の通り炊飯器の開発部門ではなく、品質管理部門に在籍していました。
「“技術者”というカテゴリーが、私の中でも曖昧なところがあります。私が入社した頃は“開発部門=技術者”というイメージを持っていました。
しかし、品質管理部門で働き始めて8年ほど経った時、『自分はちゃんと“技術”を持ってる』 という自信が湧いてくるようになりました。自分は開発部門の人間ではないけれど、それでもエンジニアなんだという自覚です」
開発部門所属ではないものの、その時従事している役割をこなすことによってエンジニアとしての自覚を持つまでに至った村田氏。最初の着想から多くの試作を経て完成に至った魔法のかまどごはんは、2023年10月20日に発売されました。
しかし、そこから3カ月もしないうちに村田氏は運命の日を迎えます。
2024年1月1日、能登半島で最大震度7の大地震が発生しました。それまでは「一風変わったアウトドア用品」という見方をされていた魔法のかまどごはんは、この日を境に「被災生活の必需品」として評価されるようになります。
次回、後編は「震災以後」の話を中心にお届けしたいと思います。
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