HOMEライフスタイル 「解釈する力」が未来をつくる──なぜヨコク研究所は“蛸みこし”・“7連続鑑賞会”などを実践するのか【インタビュー後編】

「解釈する力」が未来をつくる──なぜヨコク研究所は“蛸みこし”・“7連続鑑賞会”などを実践するのか【インタビュー後編】

Honoka Yamasaki

2024/09/12(最終更新日:2024/09/24)


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コクヨ株式会社が2022年に発足した「ヨコク研究所」。

ヨコク研究所は、多様な人々がともに働き、共に生きる社会を目指す「自律協働社会」の探求をミッションに、リサーチとプロトタイピングに取り組む研究組織です。前編では、研究員の工藤沙希さんと田中康寛さんに自律協働の兆しへの取り組みを紹介していただきました。

後編となる本記事では、ヨコク研究所が生み出すアイデアの源をたどるべく、研究所メンバーのバックグラウンドや活動における姿勢についてインタビューします。

自ら意味づけするためのレッスン

ーーーヨコク研究所は一言で「リサーチ&デザインラボ」と説明されていますが、詳しく教えてください。

工藤:ここでいう「デザイン」とは、「プロトタイピング」すなわち実装や実践のことです。「リサーチ」は文字どおり、調査や研究を意味します。

ただリサーチした研究結果をインプットするだけではなく、主体として私たち自身が実際に試してみたり、未来の社会に向けた構えを実装したりする「プロトタイピング」までを含んでいるということです。

ーーー「プロトタイピング」を表すような、具体的な取り組みはありますか?

工藤:ひとつとして、「採集」行為を切り口にした「GRASP」というプロジェクトがあります。この活動の最重要事項は、目的に向かってまっすぐに進まないことです。直線的なプロジェクトやリサーチの手法を問い直し、採集という探索的な手法で置き換える実験です。概念的な話だけではなく、実際に山に入って拾った石を削って顔料を作ったり、オフィスがある品川の街を歩いて音を採集したり、という身体的なレベルから考えています。

工藤:GRASPの姿勢を社外の参加者にひらく場として、同じ映像を異なる条件で7回連続で観るという実験的な鑑賞会を行いました。

真っ暗闇のなかに数分放り出された後に映像を観たり、異なる色の温かいスープを胃に落とした後に映像を観たり、即興アテレコをして映像を観たり、環境や身体の条件を変えることで、同じものを新たに解釈し直す試みです。

採集だからといってただ集めて終わりではないわけで、集めた採集物を「加工」──すなわち自ら再解釈するプロセスがこの鑑賞会に埋め込まれています。

工藤:「ヨコク」する主体になるためには、今ここにないものの予測ではなく、すでにそこにあったものに自ら解釈や意味付けをする基礎力のようなものが求められるのかもしれない、とこのプロジェクトを経て感じています。

田中:これまでのコクヨは、文房具やワークスペースの環境を変えることで、その人の思考や行動が変わると考えてきました。しかし、この上映会では対象をほとんど変えずに、自分のフィルターや体内の状態を変えることで、どのように物の見方や感じ方が変わるかを探りました。

ーーーその人のフィルターや体内の状態を変えるというアプローチを取ったのには理由があるのでしょうか?

田中:私たちが中身を変えずに環境だけを変えて、幸せや生産性を追求することには限界があるからです。私たちは日常生活や仕事の中で、どうしても役に立つものばかりを探しがちです。

例えば、SNSで情報を探すときや街を歩くときも、仕事や生活に役立つものばかりを無意識に探してしまいます。情報過多な現代では、自分がなんとなく「良い」と感じるものを見つけることは案外難しいのです。

そこで、普段の生活で慣れてしまった自分のフィルターや体内の状態、つまり「体つき」のようなものを意識的に変えることで、どのような変化が起きるかを実験的に探ろうとしたのが今回の取り組みでした。

ーーーヨコク研究所の取り組みはどれも視点が面白いと感じました。企画をするときの心構えはありますか?

田中:研究メンバーにはさまざまなバックグラウンドがあります。海外リサーチを担当している金森は、ワークプレイスに関する研究を行うために海外の大学院に通っていた経験もあり、職場やオフィスの環境に専門性を持っています。

所長の山下は、もともと建築のバックグラウンドがあるため、空間設計に強みがあります。加えて広い視野で社会的なイシューを突き合わせ、メディアを編集することができます。このように、それぞれの得意分野をミックスしながら、プロジェクトを進めているので自分だけでは考えつかないような、斬新な考え方も飛び出してくるのです。

みこしを担ぐと組織が見える?

ーーーさまざまな活動をする中で、特に印象的なプロジェクトやエピソードはありますか?

工藤:自律協働のエクササイズ」という、作家を招いたプロトタイピングシリーズのなかに「蛸(たこ)みこし」というものがあります。

これは芸術探検家の野口竜平さんがタコの形を模して作ったみこしで、8本の足を8人で持って担ぎます。伝統的なみこしは、ソリッドな駆体に装飾が施され、象徴的な存在ですが、「蛸みこし」はその対極にあり、ふにゃふにゃ竹の骨組みだけでできた柔らかくて頼りない存在です。

みこしを担ぐときの力の入れ方には、ある種のブラックボックスのような匿名性がありますよね。大きな母体の中ではちょっと力を抜くようなサボりすら包摂されます。

しかし、「蛸みこし」では誰かがバランスを崩すとすぐにわかるので、助けてあげられます。互いにオープンでアジャイル(「素早い」「機敏な」)に動きやすい一方で、相互監視のようなプレッシャーがあるのです。こうしたみこしのメタファーは、「組織」の構造について考える際の興味深い手がかりでした。

田中:私が面白く感じられるのは、リサーチする範囲によって見えてくるものが大きく異なることです。

例えば、前編で紹介した「YOKOKU Field Notes」というフィールドリサーチプロジェクトの初回では、鹿児島の離島である甑島のリソースを生かして活動している人々に密着しました。生業と密接に関わった彼らの取り組みからは、個々の経験的な思考が見えてきます。

田中:これに対して、京大との「ウェルビーイング文化比較研究」では、国家規模のマクロな視点から社会や組織、個人のあり方を探るという、全く逆のアプローチを取っています。この対照的なリサーチプロセスから見えるものの幅が興味深いのです。

異なる文化に触れるときに意識すること

ーーーさまざまな文化やバックグラウンドをもつ国や地域に取材していますが、その際に心がけていることはありますか?

工藤:フィールドワークを行うさまざまな学術分野では、研究者が一方的に地域の人々から情報を収奪するような姿勢を自己批判してきました。

「YOKOKU Field Notes」のようなプロジェクトは、アカデミアの研究調査とは規模も性格も異なりますが、現地での活動が単なる情報収集にとどまらないような方法を模索しています。

工藤:私たちのレポートは、一般的なオンライン記事よりも厚いボリュームで、個々の活動について記述します。デザイナーが装丁し、比較的短い時間で出版され書店にも並びます。

そのことを広報的な観点で喜んでくださる取材先の方々もしばしばいらっしゃるので、企業のリサーチ部門としてのある主の軽やかさを生かした還元の仕方があるかもしれない、とは考えています。

あとは、当たり前なのですが単に紀行文を書きに行くわけではないので、その地域の文化的な文脈を踏まえたレポートにすることを心がけています。例えば韓国の公共図書館や私塾について取材を行う際には、韓国のオルタナティブスクールの片箭や受験教育史を調べた上でインタビューをし、執筆を進めました。

田中:加えて、あまり価値観や考えを固定化しないことも重要です。「Z世代はこういうタイプの人たち」など、リサーチの対象を一般化しすぎることで、誤解や偏見を生むリスクが生じます。

その都度、柔軟な視点を持ち続けることで、より正確で共感できるアウトプットが生まれると考えています。

価値観の「固定化」の良し悪し

ーーー価値観や考えを固定化しないためにできることはありますか?

田中:ただ、カテゴリー分けをしてはいけないと言い切るのも難しい気がしていて。なぜかというと、研究において特定の傾向や現象を理解するためには、分類や定義が必要だからです。しかし、それが固定観念や単純化を生むと、見逃しや偏りが生まれる可能性もあります。

例えば、「パワハラ」という言葉は、言葉で明確に定義されることで問題が認識されるようになる一方で、カテゴリーが強調されすぎると個々の状況や背景を見落としてしまうこともありますよね。

自分の言葉で他者の意見を解釈する際には、その意図や文脈を尊重し、単純なカテゴリー化に陥らないようにすることが大切です。

ーーー今後、ヨコク研究所で新たにやりたいことはありますか?

工藤:大学院での研究の延長として、アカデミアとの接点を持つことで、ヨコク研究所の活動に広がりが出るのではないかと考えています。民俗学的な視点で働く環境や暮らしを読み解くという姿勢は、実践的なプロトタイピングにもつながりそうな感触があります。

田中:現在進めている文化比較やプロトタイピングを通じて、自立協働社会の理解を深めるというアプローチを今後も続けていきたいです。実際に社会がどう機能するのかを実験しながら探っていくことで、より具体的な知見が得られると思います。

自律協働的な組織や社会があるとして、その周辺でどういうアクションや感情を受け取るか、まだわからないことも多いので、これからもリサーチを続けていきます。

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