HOMEライフスタイル コクヨが「ヨコク」する、一人ひとりの主体がつくる未来とは? ヨコク研究所の挑戦【インタビュー前編】

コクヨが「ヨコク」する、一人ひとりの主体がつくる未来とは? ヨコク研究所の挑戦【インタビュー前編】

Honoka Yamasaki

2024/09/11(最終更新日:2024/09/24)


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文具やオフィス家具を扱うコクヨ株式会社は、「自律協働社会」の実現を目指し、未来社会のオルタナティブを研究・実践するリサーチ&デザインラボ「ヨコク研究所」を2022年に発足しました。

「ヨコク研究所が目指す自律協働社会とは?」「何を研究するの?」といったみなさんの疑問を深掘りすべく、ヨコク研究所の研究員の工藤沙希さんと田中康寛さんにインタビューをしました。

直線的に未来を描けない中で、不確実な未来に対峙する

ーーーお2人のヨコク研究所での活動や研究内容について教えてください。

工藤:2018年にコクヨに中途入社し、2022年のヨコク研究所設立時から立ち上げメンバーとして参加しています。「YOKOKU Field Notes」というプロジェクトでは、アジアを中心とした個別の地域における自律協働の兆しをリサーチしてレポートするほか、「採集」という行為を切り口に非-直線的なプロジェクトのあり方を実践する「GRASP」なども担当しています。

田中:私は2013年にコクヨに入社し、最初の2年間はオフィス環境の改善や効率化に取り組んだプロジェクト「オフィスのチカラ」の企画やマーケティングを担当していました。

その後、ヨコク研究所と関連のある「ワークスタイル研究所」に異動し、現代のワークスタイルを研究中です。2022年にヨコク研究所が設立されてからは、私もその一員となりリサーチ活動に携わっています。

工藤と一緒に「YOKOKU Field Notes」や「GRASP」に取り組むほか、最近では定量的な調査を中心とした研究も行っています。

ーーーヨコク研究所が発足するまでの経緯を教えてください。

工藤:コクヨは和式帳簿の表紙店として創業した1905年から現在に至るまで、メーカー企業としてさまざまな変化を遂げてきました。しかし、かつてのように直線的に未来を描くことができる時代が終わったいま、不確実な未来に対峙するためには、新たな姿勢が必要だと考えるようになりました。

そこで、創業以来の企業理念「商品を通じて世の中の役に立つ」を2021年に115年ぶりに刷新し、「be Unique.」という言葉を掲げます。この企業理念の先にある、目指す社会像としての「自律協働社会」がヨコク研究所の立ち上げのきっかけです。

主体として「予告(ヨコク)」する

ーーーコクヨが目指す「自律協働社会」について詳しく聞かせてください。

工藤:コクヨの企業理念「be Unique.」は、創造性を刺激し、個性を輝かせることを目指すという趣旨のものです。その行き着くところは、多様な価値観を持つ人々が個々の自律を前提に、他者との協働の中で共に生きられるような社会像です。その社会モデルを「自律協働社会」と名付け、旗印としています。

ーーーなぜ「ヨコク研究所」なのか、由来を教えてください。

田中:これまでは海外の事例を参考にして新しい商品を取り入れることで、「この商品を作ればお客様に喜んでもらえる」と、道筋が予測できました。しかし、今の時代は未来が不確実で、従来のように周囲の情報を集めて、それをもとに商品やサービスを作り出すのが難しくなってきました。

つまり、客観的な情報だけでなく、「自分たちはこういう未来を作りたい」という主観的なビジョンが重要ということです。

未来を傍観者として「予測」するのではなく、自らが生きる未来を主体として「予告」することで、目指す社会を描き、その未来に必要なサービスや製品を作って(研究して)いく。そんな想いから「ヨコク研究所」という名前が付きました。

「自律協働社会」の兆し

ーーーヨコク研究所の具体的な取り組みについて教えてください。

工藤:例えば、プロの編集者のみならず、アマチュア編集者が参加してつくるオウンドメディア「WORKSIGHT」などは、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

工藤:WORKSIGHT」は週刊のニュースレターとプリント板の季刊誌を中心に記事を編集しているのですが、この書籍版のテーマを眺めると、「植物倫理」「ゾンビ」「フィールドノート」「記憶と認知症」「詩」「ゲーム」「料理」「鳥類学」など、多岐にわたるジャンルを取り上げています。

一見するとバラバラでまとまりがないように思えるかもしれませんが、どのテーマも自律・協働の兆しを探ることを目的としています。例えば「鳥類学」という切り口は、鳥という存在が人の暮らしにとって身近な自然であればこそ、アカデミアの外にいる市井の人々の在野研究者としての側面や、自然と互いにケアし合う可能性に光を当てることができます。

ーーー編集はどのように進めているのでしょうか。

工藤:編集を生業としていない人たち──現在ですとヨコク研究所員はもちろん、日ごろエンジニアや建築家、キュレーターとして働いている「外部編集員」たちが、個人の関心や自分の周りの話題から「最近これがすごく面白くて…...」と感じるテーマを持ち寄って編集しています。

ーーー「YOKOKU Field Notes」についても教えてください。

工藤:「YOKOKU Field Notes」は、自律協働の兆しを個別の地域から探るプロジェクトです。先ほどご紹介した「WORKSIGHT」とは異なり、実際に私や田中などの研究員が現地に赴き、活動している人々に直接取材を行い、それをもとに自分たちで執筆しています。

ーーーどのような地域へ取材しに行くのでしょうか。

工藤:これまで台湾と韓国で取材を行いました。2024年はインドネシアに行く予定です。その理由は、協働という観点から”コレクティブ”について調べると、インドネシアのアートコレクティブ「ルアンルパ」が芸術監督に抜擢された2022年に開催されたドイツのアートフェスティバル「ドクメンタ15」を始め、現代美術領域でのインドネシアの情報が沢山見つかります。

実際、1998年にスハルト政権が崩壊し民主化が進んだことでそれまで難しかった「集まる」という行為が可能になり、コレクティブ文化が盛り上がったという背景があります。加えて、コレクティブという西洋の現代美術の文脈を充てがう以前から、インドネシアにはヴァナキュラー(「権威や主流とは異なる、民間の人々の間の"俗"なもの」を指しているとのこと)な集まり方の作法があったのではないかと。

そこで、今年はインドネシアの「集まる」行為の方法について調査をしようと考えました。

「働く」にアプローチ

ーーーほかにも、定量的なリサーチを行っているとおっしゃっていました。

田中:「ウェルビーイング文化比較研究」です。このプロジェクトは、京都大学のウェルビーイング研究者の内田先生と約1年半にわたって共同で進めているもので、日本・アメリカ・イギリス・台湾の4エリアが比較対象です。

それぞれの地域でどのような価値観や働き方が幸せと感じられるのかを、主にアンケート調査を通じて分析しています。

ーーーこの研究にはどのような目的がありますか?

田中:工藤が説明した2つの取り組みとは異なり、本研究では「働くこと」に焦点を当て、将来どのような働き方が理想的かを紐解いています。

日本では周囲との協調が重視されがちで、「空気を読む」ことが働きやすさにつながるとされている一方で、企業はより創造的でコラボレーションを促す環境を求めています。

田中:そこで、日本独自の職場文化を生かしつつ、協調性と個性を同時に育む方法を模索しようと考えました。こうした職場のあり方を見直し、将来的にはどのような場が必要かを探求するのが、この研究の目的です。

人々の「働く」「暮らす」「学ぶ」を起点に

ーーーコクヨのこれまでのビジネスと新たに発足した「ヨコク研究所」はどのようにつながっていますか?

工藤:むしろ直接的な距離が離れていることが研究所の意義のひとつかもしれません。コクヨはメーカー企業であり、ものづくりは会社の中核を成す大切な領域です。

そんななか、ヨコク研究所という組織のミッションは商品の開発研究ではなく、長期的な「自律協働社会」のリサーチと実践です。

未来の社会のオルタナティブを示すべき機関が目の前の需要に応答していては、予定調和的な未来の外側を提示することはできないので、結果として自然と出島のようなポジションになっています。

田中:これまでの取り組みとつながりがあるとすれば、私たちがリサーチしている対象に、「働く」「暮らす」「学ぶ」というスタイルに関連することが多いことです。

コクヨの文房具は学ぶためのアイテム、オフィス用品は働くためのアイテムであるように、どこかでつながっている点はあります。

これまでの取り組みでは、作ってきた商品を中心に改良を重ねてきましたが、最近では「どうすれば幸せに働けるか」「どうすれば生産性を高められるか」と、働くことや暮らすこと全般へのアプローチにシフトしています。

そういう意味では、コクヨもヨコク研究所も「働く」「学ぶ」「暮らす」という3つの領域をビジネスとリサーチの側面から包括的に見つめ直し、社会全体に対する理解を深めていると言えるかもしれません。

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