『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)。
あまりにストレートなタイトルの書籍に、インターネットで目に止まってしまった筆者ですが、読んでみると、社会人1~2年目の時に深夜などお構いなしで働き、怒鳴られ椅子を蹴られ自己啓発書ばかり読んでいた時期の自分が思い出される本でした(転職して入社したPR TIMESは決してそんな会社ではありません)。
そんな自分にとって、この本を書かれた三宅香帆さんのお言葉は、「社会にもまれている若手ビジネスパーソンにとって自身の生き方を見つめ直す良い機会になるのでは……?」と思い、今回インタビューさせていただきました。
全3回にわたってお届けする今回のインタビュー。第1回となる前編では、“働いていると本が読めなくなる”のはなぜなのか、全身全霊をささげて働くことは良いことなのかを聞きました。
本が読めなくなった麦くんは悪いのか
―――結論として、三宅さんは“働いていて本が読めない”のは、その人のせいなのか、それとも社会のせいなのか、どちらだとお考えですか。
個人の努力が足りないからだとか、本への熱意が足りないからだと、今の社会人は言いがちだと思うんですけど……やっぱり“社会の問題だ”と言いたくて。
それが何故かというと、本に書いてあるような現代的な働き方と読書との相性の悪さが、社会構造として存在するからかなと思っています。
大学時代、本や文化の話をするのがすごく好きだった同じ文学部の子たちから、働きだしてから本が読めないという声を聞くようになったんですよね。
そういう子は多くいるんじゃないのかなと思ったので、新書というメディアを通して「その悩みは個人の問題ではなくて、意外と社会構造の問題なんじゃないか」と言いたくて、この本を書きました。
―――本のなかで、映画『花束みたいな恋をした』の麦くん(演:菅田将暉)が、働き出してから好きだった文芸や映画に触れなくなってスマホゲームの「パズドラ」をやったり、自己啓発書を読んだりするようになったシーンに触れていましたね(笑)。
色々な方面から麦くんへの風当たりが強すぎて(笑)(※)。
※補足:ネタバレ注意
イラストレーターの仕事をしていた麦くんは、親からの仕送りが止まり、仕事で稼げなくなっていった結果、就職活動をして物流企業の営業職に就きます。そこでの過酷な労働環境から、麦くんは共通の趣味を持っていた彼女の絹さん(演:有村架純)と過ごす時間が減り、思いやりや配慮が足りない言動をするようになったなどと批判されています(と筆者は解釈しています)。
ーーー1日24時間、家事や仕事だけやっているわけじゃなくて、スマートフォン(スマホ)をいじっている時間もあるじゃないかと言えるとも思います。
それこそが『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のなかで書いてある“ノイズ”というものの正体だと思っていて。「“情報”と“知識”は全然違うんだよ」という話をしているんですけれども、スマホで知るのは“情報”だと考えています。
スマホは、仕事や(SNSで)フォローしてる人のこととか、自分が知りたいことが流れてくるじゃないですか。それに対して本って、タイトルで何が書いてあるのかも想像ができなかったりします。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、読み始めには「明治時代の読書のことから(話が)始まるとは」と思う人も結構いると思うんですけど(笑)。本の方がやっぱりノイズ性が高くて、自分のなかで予想もしていなかったノイズを受け入れづらくなるんだなと思いますね。
―――なぜ、そういう現状になっているのでしょうか。
私は本のなかで、“全身全霊”という言葉で書いているんですが、仕事で自己実現を全て行おうとか、時間は仕事にできる限り使うべきだという信仰のようなものが、労働時間としては昔より働き方改革が進んでいるものの、まだまだ強いと思っているんですよね。
そんな働き方をみんなに望んでいると、ノイズを取り入れる読書は、全身全霊の働き方を邪魔するものと捉えられるんだろうなと思います。
そもそも、単純に週5出社自体が全身全霊で働いていた時代の名残だなとすごく思っていて。やろうと思えば週4出社とかに多分できるはずなのに、それをやっていないこと自体が、真剣に働き方を変えようと日本全体が仕事していない結果なんじゃないかなと思ったんですよね。
―――組織や上の立場からすると、やっぱりみんなによく働いてもらいたいなと思いますよね(笑)。
経済的な論理で言うとですね(笑)、もちろんそうなるのは当たり前で。
でも、社会人である私達には、仕事とともに人生があるわけじゃないですか。その人生のことを会社は別に考えてくれないので、働いているなかで人生をどうしていきたいかについて考えたときに、本当に週5が正解なのかとか、本当に今の結果を保つ上で週5でやるべきなのかという議論は、もっとなされるべきではないかなと思うんです。
ーーーいま働き方改革をしようという動きが進んでいることについては、良い方向に向かっていると思いますか?
良い方向になっていると考えています。私は、この本を自分たち世代の働き方改革を始めるきっかけの本にしたいなとすごく思っています。上の世代の働き方改革は労働時間を短くするだけで精一杯だったと思っているんですよ。
でも今からは、精神的な部分で、“全身全霊”自体を少し古いものにするとか、本を読めることが少しでも当たり前になるように変えていくべきフェーズなのかなと思いますね。
『あしたのジョー』は……。
ーーーちなみに“全身全霊”というのは、1つのことに突っ込みすぎるということですね。
はい、それが“かっこいい”となっているような。そういう意味で言うと、本を読むことは今までの自分のなかになかった世界を知るという意味で良いことだと思いますね。
自分を俯瞰してみたり、他人のこととか違う世界のことを考えたりするきっかけになるんです。
全身全霊って自分のことだけ考えてドーパミンが出る状態だと思うので、(本を読むことは)クールダウンさせてくれるものでもあるのかなと思います。
ーーー僕は『あしたのジョー』という作品がとても好きで。(ヒロインの)白木葉子さんの反対を押し切って戦うジョーがかっこいいなと思っていたんですけど、今後は通用しない……?
いや、通用しないというか、あれが日本的な働き方の根幹だと思うんですよ。やっぱりかっこいいじゃないですか。
なので、(インタビュー前に話していた)新選組もそうだと思うんですけど、あれをかっこいいと思っていると、絶対どっかでバーンアウトすると思いませんか?
ーーーうん……(笑)。
すいません、何をこう説得してるんだって話になりますけど(笑)。
―――いえいえ。“灰になる”ということですよね(笑)。
そうなんですよ! 灰になったら家族とか子どもとかどうするんだみたいな(笑)。
子どもがいなくても、灰になるまで戦うとか、負けたら切腹という文化って、私から見ると「それがメジャーなのって、一体……?」という気持ちになっちゃうんですよ。
全身から半身へ
ーーー書籍のなかでは、全身ではなく、半身で働くのが良いという話がされています。ただ、この競争社会では難しいのではないでしょうか?
私は、“思想”がとても大事なもので、「競争に勝てるのって表現なんじゃないか」と最近では思っています。表現って、“何がイケてるか”という話なんじゃないかなと。
競争は、勝つか負けるかという世界だと思うんですけど、表現だと、かっこいいかダサいか、とか、キレイかキレイじゃないかという話じゃないですか。
サラリーマンのなかで何がイケてるかイケてないかって時代によって変化していて、高度経済成長期(1955年~1973年ごろ)以降は『あしたのジョー』の考え方がイケてる世界観だったと思います。
ですが、(いまの)若い世代を見ていると、競争がなくてもイケてる社会は、そんなに無理なことではないと思わなくもないですね。
もちろん競争をゼロにするのは無理だと思うし、それが現実的だとも思っていないんですけど、そういう価値感もあるよって言っていくことも大事かなと。
半身で働く人のかっこよさを発信していきたいですね。
第2回では、「働いていて本が読めないのは社会のせいだと分かったけれど、ではどうすれば良いのか」「そもそも本は読まなくてはいけないのか」などについて、三宅さんに聞いていきます。
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