HOMEインタビュー 「もうからない」では日本は衰退する 資本金30万円から営業利益1.2億円まで成長させたTrim代表・長谷川裕介さんが子育て世代向けのビジネスを展開する理由【インタビュー】

「もうからない」では日本は衰退する 資本金30万円から営業利益1.2億円まで成長させたTrim代表・長谷川裕介さんが子育て世代向けのビジネスを展開する理由【インタビュー】

菓子翔太

2024/08/16(最終更新日:2024/08/16)


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お父さん・お母さんの育児の負担を下げるため開発された可動式の完全個室ベビーケアルーム「mamaro」。横浜で起業し、現在、横浜スタジアム、東京ドームやららぽーとなど全国で700台導入されるまで広がり(2024年7月時点)、営業利益は2023年で1.2億円ほどになっているといいます。

その「mamaro」を開発し、子育て世帯向けの製品やサービスを提供するスタートアップ企業Trim株式会社の代表・長谷川裕介さんは、もともと広告代理店でコピーライターをしていました。

順風満帆に見える職業から、なぜ長谷川さんは少子高齢化が進む日本で子育て世代向けのビジネスを展開するに至ったのでしょうか。これまでの経緯や思いについてお聞きしました。

mamaroについて解説した記事はこちら

育児の難しさ・つらさを軽減へ! 外出先で使えるベビーケアルーム「mamaro」とは

貯金のほとんどを使って起業へ

ーーー長谷川さん自身は大学卒業後、広告代理店に10年間いらっしゃって、その後医療系のベンチャーに行かれたそうですが、理由はどういったところにあるのでしょうか?

28歳のときに僕の母が癌(がん)で他界したんですけど、ろくでもない息子だったので本当に親孝行の1つもせず母に逝かれてしまって。

葬儀のときに姉と父が「どこどこに連れていってあげた」という話をしているのを聞いて、「俺もう親孝行できないじゃん」と気づいて申し訳ないなと思っていたんです。実は、その時ちょうど(仕事で)担当していた商品にネット上で発がん物質があるとかないとか叩かれた時期でした。

おそらく(発がん物質は)ないんですけど、親が癌で亡くなったのに、そんなものを売る行為に携わっていていいんだっけと疑問に思って。

よりダイレクトに人の役に立つ仕事がしたいなと漠然と思っていたときに、たまたま医療系ベンチャーの社長と知り合いました。

僕の1歳下だったんですが、その方も高校生でお父さんを亡くされていて、日本の医療を変えたいんだという強い思いを持っていました。その思いで起業までされている方がいることに感動して、僕なんかで役に立てればとその会社に入社しました。

そこでは、最終的にCIO(チーフインフォメーションオフィサー)をやらせていただきました。

ーーーそのときに、授乳室の設置場所をユーザーが投稿してシェアするアプリの担当もされていらっしゃったそうですね。

僕が採用した方から、実はこんなアプリを作ろうと思っているという話をもらって。実際に作ってくれたデモ版に対するユーザーのフィードバックがかなり良かったんですよ。

お母さんたちから「助かりました」とか「ありがとう」という声が多く集まっていて、僕のなかで雷が落ちたような感覚がありました。

「これを続けてより良いものにしていけば、自分の親にはできなかったけど、次のお母さんの役に立てるんじゃないかな」。

そう思ったので、会社に掛け合って事業化することになりましたね。

ーーーしかし、その後、そのアプリを撤退することになったとお伺いしました。

ターゲットが絞られてしまって収益化が難しかったんですよね。会社としては続けていくことが厳しいという判断をされてしまいまして。

確かになと思うところがありつつ、「これだ!」とも思っちゃっているので、何とか続けられないかとアプリを運営してくれる会社を探しました。でも、どこも取り合ってくれませんでした。であれば「もう買い取って自分で独立するしかないのかな」と考えたというわけです。

ーーー話せる範囲で良いのですが、どのくらいの額で買い取られたんですか?

貯金のほとんどを使って、当時この会社を立ち上げたときの資本金ギリギリ30万円用意できたぐらいです。

本当に問題解決しているのか

ーーー起業するとなるとビジネスモデルとして成功させなくてはいけないと思いますが、何か計算はあったんでしょうか。

いま思うと失敗なんですけど、当時は、すごく奇特なメディアになるんじゃないかと思ったんですよ。既存のインプレッション課金ではない広告モデルが作れるんじゃないかと考えていて。

子どもが生まれると、家を買うとか、車を買い替えるとか生活様式が大きく変わるので、消費財含めて全てのものを売るチャンスなんですよね。

子どもが生まれたばかりのお母さんは特に忙しいですが、子ども向けアプリってそれだけのために開くので、すごく親和性が良いですし、99%子育て中の方が使ってくれるというのは面白い媒体になるのではないかと。

ーーーアプリ運営はどのくらい続けてらっしゃったんですか?

アプリは名前を変えていますが、機能としては今でもあります。ただ、(起業して)1年後ぐらいに、このサービスを主力事業としない判断をしました。

なかなか広告としてのビジネスが立ち上がらなかったんですが、サーバー代だけはどんどんかさんでいっていたので、当初の目論見がシンプルに外れた形ですね。

それと同時に、そのとき悩みがあって。(アプリへの)アクセス数とかは変わっていないのに、一時から授乳室の投稿数が増えなくなっちゃったんですよ。

そこで、「一定の授乳室を取り切っちゃったんじゃないかな」と仮説を立てたのがアプリ上での授乳室数が1万8,000ぐらいのとき。当時はまだ100万人ぐらい子どもが生まれていたので、(割合としては)1.8%です。

日本の場合、公衆トイレの数が人口の2倍以上あると以前何かで目にしたことがあって、かたや200%、かたや1.8%なので、圧倒的に数が足りないと気づきました。

「そりゃそうだよね」と。だって、我々のアプリって、授乳室がどこにあるのか分からないくらい数が少ないから使ってもらっていて。むしろ、そんなアプリを使わなくても、どこにでも授乳室があったら困らない。これが問題解決のポイントなんじゃないかと思い始めたんですよね。

収益性が足りなくて事業をスケール(拡大)できない悩みを持ち始めたときと、「本当にお前は問題解決しているのか」と自問したときに「してないんじゃないか」という疑念が生まれたのが同じタイミングだったんです。

よく言われることですけど、ドリルじゃなくて穴が欲しかったという話があるじゃないですか。

あれと同じことに気づかされたというか、視界が狭くなっていたなと。もっと本質を俯瞰で見るべきだったなっていう意味では甘かったですね。

ーーーそれからmamaroを作ろうと思われたのでしょうか?

またこれが最終手段だったんですよ。その前にベビーケアルームのコンサルティングをやろうと思ったんですよね。ただ、いろいろな企業様などに話を持っていっても全然刺さらなかったんです。

「君、授乳室にいくらかけているか知ってる?」と言われて、びっくりしたんですけど、1番高いところで3,000万かけている。いまだと、もっとかけているみたいなんですけどね。

そんな費用をかけて用意しているけど、1円も生んでいない。そのスペースをテナントに貸し出せば年間1億ぐらいになるのをつぶしてやっていることを僕は知らなくて。

綺麗な授乳室を作ってあげたいと思っても、利益が上がっている企業は3,000万円投下できるけど、そうじゃない企業はできないから数が増えていかないということに、それこそ第2の雷じゃないですけど打たれて。

そのうえ、3,000万円をかけて用意した授乳室に対して、お母さん側の評価が低いこともあるんですよね。

カーテンで仕切られている空間だったりするので、内装はオシャレで綺麗なんですけど、他の方が開けちゃったりとか、購買エリアまで泣いている声が聞こえたりするとか、そういった評価がついていて。3,000万円かけても、必ずしも望んだ効果が得られていないことからもユーザーと(企業と)のギャップを感じていました。

コンサルではこの問題を解決できなくて、何が良いかなと思っているときに、ある投資家の方に、「お前が日本で一番授乳室を知っているんだろう、作ればいいじゃん」みたいなことを言われて、「たしかに俺が作ったらどうなるんだろう」と、その瞬間から考え始めました。

まず施設側はそんなにスペースがないと言っているので、よりコンパクトなものが良いんじゃないかと。今まではレイアウト変更のために、毎回壊して、また作ってまたお金がかかるということをやられているので、じゃあ移動式にしようかなと。あと、ユーザー側からは鍵をかけられる個室が良いというニーズがあるのに、叶えられている授乳室がほぼなかったんで、鍵付き個室にするか、とかも。

mamaroの内部

完成した(ベビーケアルームの)スケッチを前回断られた某百貨店に見せに行ったんですよ。そしたら、「これめっちゃ良いじゃん」という風に言ってくださったんです。3社中3社が良いじゃんって言ってくれたので、3分の3は100パーだろうということで(笑)、これは事業化したいと思って、ピッチをして資金調達したって感じですね。

(完成してからは)それまで相談させていただいていた、いろいろな企業さんに連絡を入れました。新店舗に置かせていただいたりとか、京急電鉄の方からご紹介されたところに置かせてもらったりとか。

導入数は増え続け、現在は700台に

Pay it forward

ーーー日本は少子高齢化が進んでいて、子育て支援ビジネスって難しいんじゃないかとも思ったんですけど、長谷川さんのお考えを教えていただけますか。

子育て支援ビジネスはもうからないから老人から中高年向けのサービスだけやろうとなったら、多分この国は本当に衰退していくなと強く感じています。

我々の会社の1番最初のミッションを「Pay it forward(自分が受けた善意を別の誰かに渡すことで、善意をつないでいくこと)」って言葉にしていたんですね。次の世代がさらに快適になっていくことで、どんどん社会って更新していくんじゃないかなと思います。

Trim代表の長谷川裕介さん

ビジネスの観点で言うと、だからこそチャンスだと思っているんですよね。誰もやってこなかった、これまでもうからないと思われてきた。まさにブルーオーシャン。競合がいないので可能性があるなって思っています。

さらに、ベビーケアルームって日本国内だけにあるべきではなくて、世界中にあるべきだと思っているんです。そういうなかで、アジア圏の国だと実はお出かけ時間帯が日本よりも長くて、商業施設にほぼ1日滞在しているような家庭があるんですね。

少子高齢化の日本で成功したビジネスモデルを海外に持っていけば、より成功するのではないかという勝算もあります。

いまの20代は“かしこすぎる”ところも

ーーーU-NOTEは、20代のビジネスパーソンをターゲットにしていますが、その人たちに向けて何かお伝えしたいことがあればお聞きしたいなと。

特に20代から30代中盤の方たちって本当に優秀で、僕が20代、30代の時よりも社会を知っていますし、いろいろ勉強されているなと思うことが多いんです。

一方で、かしこすぎるかなって思うことも多々あって。20代の方であれば、もっと無茶していいんじゃないかなと思うんですね。

失敗しないことが正義ではなくて、むしろ20代だから失敗が笑って許されたりとかしっかりしろよって言われて終わるぐらい。

僕みたいに40代になった人間が失敗するともう立て直しがきかないですけど(笑)、「もっと伸び伸びと失敗することも含めて勉強だと思ってやられた方が楽しくできますよ」とは思うことではありますね。

失敗する勇気を持たれたら良いんじゃないかなと、ちょっと勝手ながら思いますし、私は起業のきっかけにもなっていますけど、マジで親孝行はできるうちから早めにやった方がいいですよって思います。

(了)

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