茶道を始めるビジネスパーソンが増えているといわれている昨今。コロナ禍をきっかけに自分と向き合う時間が増えたことや、日本文化の集大成とも言える「茶の湯」を通じておもてなしの精神や所作を学ぼうと、さまざまな世代の人たちから注目されています。
そんな茶道の魅力を、稽古場での日々を綴ったエッセイ『日日是好日』の著者である森下典子さんにお話を聞きました。(全2回中2回目)
前編:『日日是好日』の著者・森下典子さんに聞く お茶から学ぶ現代の生き抜き方【インタビュー前編】
長い目で生きていくことの大切さ
森下さんが約25年にわたり通った茶道教室での日々を綴り人気を集めたエッセイ『日日是好日――「お茶」が教えてくれた15のしあわせ――』は、就職につまずき、いつも不安で自分の居場所を探し続けた日々や失恋、父の死という悲しみに暮れるなかでも、お茶が気づけばいつもそばにあり、生きることの喜びをつづっています。
「いろんなことがあるけれど、気長に生きていきなさい。じっくり自分を作っていきなさい。人生は、長い目で、今この時を生きることだよ」(『日日是好日』)
——エッセイのなかで、長い目で見ることの大切さを話していますよね。
お茶のお稽古では、先生が「右手で持ちなさい」「左手に持ち替えなさい」と作法を教えてくださるので、「ハウツー」を教えているように見えると思いますが、本当に教えていることは別にあると思います。
茶道の作法の「型」は「型」としてあって、それはその「型」に沿って身に付けるしかないわけですけど、稽古を続けていくと自分でハッと何かに気付くことがあるのです。
たとえば、何度も目にした掛け軸の禅語を眺めていたら、突然その本当の意味が自分の心にストンと降りてきて「あっ!この言葉って、こういう意味だったのか!」と思ったり、なぜこうするのか理由のわからなかった作法が、実はものすごく合理的にできていることに気付いて、「全てのことに意味がある!」と納得したり……。1つずつしか気付けないのだけれど、その1つ1つが発見の歓びです。そして1つ1つは点でも、その点がたくさん集まるといずれは星座になるのです。
何十年かの時が過ぎて振り返った時、自分の気づきは星座になっていて、遠くから眺めると乙女座だったり白鳥座だったり、それぞれの形になっているのです。そうなって初めて自分が歩いてきた道のりが、「ああ、私が歩いたのは、こういう山だった」と大きな景色が見えてくる。最近、そんなふうに思うようになりました。
それに、お茶は決まり事だらけで制限の多い世界のように見えるけれど、その決まり事を身につけてしまうと、逆に無限に広がる自由が見えてくるのです。人間は最初から自由に解き放されるよりも、制限された方が自由になれるのかもしれません。
お茶を通じて見つけた「自分の座る場所」
——お茶は人生のようですね。
そうですね。人生も遠くから眺めて初めて見える。その時、歩いてきた道のりは「自分の物語」になりますよね。
一体自分はどんな道を歩いているのか分からないまま、ただ一生懸命にぬかるんだ道を歩いているのだけど、何十年もたって遠い場所から振り返ってみたら、私ってこういう風に歩いてきたんだっていうのがはっきり見える場所に立つ日が来る。
私は60歳になった時でした。それは、「やっと居場所が見つかった」という感覚でした。その時、自分で自分に「よくここまで生きて来た。よくやった!」って言いました。
——60歳ですか。
フリーランスの仕事ですから、この先何をどういう風にやっていったらよいか、仕事そのものの不安とか、働き方の悩みとか、常に何か心に不安を抱えているんです。原稿を書かなければ収入はゼロだという危機感がいつも目の前にあるので、精神的にも不安定でした。家族にも心配をかけましたし、自分でも、この先どうなるのだろうといつも思っていました。
『日日是好日』を書いたのは45歳の時でしたが、その後も夜の海を一人で泳いでいるような気持ちで、50代になっても安定なんてどこにも見えませんでしたね。
何かが変わったのは、もうすぐ自分が還暦になると思った時でした。振り返ったら、自分の歩いてきた道が形になって見えたんです。その時、もうどこか違う場所に行こうとしなくてもいいんだと思いました。このままの自分ではない、別のものにならなければならないと思わなくていい。自分の居場所がわかりました。それは、どこかではなく、「ここ」だったんです。
お茶の稽古のおかげだと思います。 同じ八畳の稽古場に40年も座り続けて、同じ庭の景色をずっと見て、移り変わる季節の点前(てまえ)をしてきた中で見つけた「自分の座る場所」。その時やっと、自分の場所に迷いがなくなって、何を書くにも自分の色味で書けばいいのだと思えるようになりました。
年を取った時の自分を楽しみに生きてほしい
——若い人たちに向けてアドバイスをお願いします。
私は大学生の時、企業への就職活動にすべて失敗し、絶望しました。社会から、「おまえはいらない」と言われた気がしました。「私は何をやって生きていけばいいのだろう」と途方に暮れましたが、今になって思えば、あの時就職できていたら今の自分はない。企業に入れなかったからフリーライターの道を歩いたのです。何が、行くべき道に自分を運んでくれるかなんて分からないものです。
「自分に向いていないと思ったら、さっさと見切りをつけて別の道を探した方がいい」という人もいますが、本気で腰を据え、しがみつかなければ見えてこないものもあるのではないかと私は思います。
どんな道を選ぶとしても、いつかすっきりときれいな景色が見えて、「これでよかった!」と言える日が来るように、悔いなく精一杯生きて欲しいと思います。何十年かが過ぎた日の自分を楽しみに、長い目で今を生きてください。
インタビュイープロフィール
エッセイスト 森下典子さん
1956年神奈川県生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒業。「週刊朝日」の人気コラム「デキゴトロジー」の取材記者を経て、エッセイストとして活躍。2018年、ロングセラー『日日是好日』が映画化される。同年、続編となる『好日日記』、2020年、『好日絵巻』を出版。他に『猫といっしょにいるだけで』『前世への冒険』『いとしいたべもの』『こいしいたべもの』『茶の湯の冒険』などの著書がある。
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