HOMEライフスタイル 日本人は「空想ネイティブ」だった! ショートショート作家・田丸雅智さんに聞くショートショートと空想の魅力【インタビュー後編】

日本人は「空想ネイティブ」だった! ショートショート作家・田丸雅智さんに聞くショートショートと空想の魅力【インタビュー後編】

大槻由実子

2024/07/26(最終更新日:2024/09/19)


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田丸さん近影

仕事でアイデアが出せなくて悩んでいるとき、足りないのは「空想すること」なのかもしれません。

「ショートショートの書き方講座」を定期的に開催している、ショートショート作家の田丸雅智さんに、大学で工学部に進みながらも作家になった理由や、空想の魅力などについてお聞きしました。

理系であることがショートショートにつながった

―――ご自身の経歴で、どの部分が作家という仕事や、「ショートショート書き方講座」の活動につながったと思いますか。

田丸さん:そもそものところで文系・理系という分け方はどうなのかなとは思っているのですが、その前提の上で、やっぱり理系的な学問を通じて得たことは大きかったと思っています。たとえば数学。僕は高校数学で止まってはいますが、数学から学んだことはとても大きいですね。

僕はロジカルな人間だと思われることも少なくないのですが、もともとは感覚的というか、衝動タイプなんです。けれど、数学を学んだことで、物事を理性的に整理して考える訓練ができたように思っています。

ロジカルに考える力は後付けで身に付けたものなのですが、書き方講座のメソッドをつくるときにも明らかに役立ちました。ショートショートの書き方は感覚論ではなく、段階を踏むことで、誰でも書けるようになるロジカルなものなのですが、これは完全に数学で学んだやり方です。微分積分が分からないと悩む友人に、段階を踏んで教えさせてもらっていたときの経験も役に立ちました。

―――高校時代にロジカルに考える力を後天的に身に付けたという点が興味深いです。

田丸さん:僕は、勉強もいいものですよ、とよく言うのですが、学校の勉強が役立たないという風潮に惑わされないでほしいと思っています。

前提として学校の勉強が合わない人にむりやり押し付けようとは思っていません。でも、やらされているにせよ、勉強を頑張っている人に対しては、「今やっていることは社会では役に立たないんだ」と卑下しないでほしいと伝えたいです。

高校で学んだ数学は直接仕事で使うわけではありませんが、たとえば、社会に出て未知の問題に取り組むためのトレーニングになります。物事を順序立てて考える訓練にもなったり、自己評価とPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを身に付けることにもつながったり。

数学だけでなく、学校の勉強は、社会に出てから自分の能力を伸ばしていくために応用できるものだと思っているので、積極的に使っていくのが個人的にはおすすめです。

より自由な世界で「ものづくり」をしたかった

―――田丸さんはなぜショートショートを書こうと思ったのでしょうか?

田丸さん:いくつか理由はありますが、大学の工学部に通っている中で、科学法則に縛られることを息苦しく感じる時期がありました。

ものづくりが好きで理系の道に進んだのですが、何かを投げたら重力の法則に従って落ちるだけじゃなく、念じたらそれが浮かんでもいいという、より自由な世界で何かを作りたいと思うようになったんです。要は、自分が本質的にやりたいのは「つくること」であり、現実世界か空想世界か、どちらのフィールドでそれをおこなうか、ということでした。

ショートショートを書き始めたのは高校2年のときで、友人がおもしろいと言ってくれたのがきっかけでした。大学に進んでから趣味としてショートショートを書いているうち、この活動は自分の脳に合っているなと感じるようになりました。

そして、先ほどのような流れで、プロとしてこの道を進むことを決意したという感じです。

―――同じ「つくること」でも、工学部から小説執筆とまったく別のところにいきましたね。何かをつくりたいという方は多いですが、田丸さんのように、自分が本当につくりたいものにたどり着くためには、どうしたらよいのでしょうか。

田丸さん:「自分の脳がどう反応するか」を、ぜひ観察してみてください。脳から快楽物質が出る瞬間を、洗い出して言語化することがおすすめです。

ヒントは過去にあると思っていて、自分がすごく好きだったものや、時間を忘れて取り組んだこと、今思い出しても良い意味で心がうずくものを思い返してみてください。それらをどんどん言語化して深掘りをすると、共通点が見えてくる可能性が高いです。

それをもとに、自分の人生を費やしてでも取り組みたいものを見つけてみてください。職業なのか、仕事の内容なのか、今ある仕事なのか。もしかすると、まだない仕事かもしれません。

また、現在の自分と向き合うには、脳にいろんな刺激を放り込んで反応を見るのがいいです。要はいろんな体験をして、「これはおもしろいな」「ちょっと違和感があるな」などと、自分の脳の反応を観察してみてください。

あと、自分の五感のどれが強いのかを把握することもおすすめですね。

たとえば、最近増えているオーディオブックが好きな人は、おそらく聴覚が強いので、聞いて覚えたり、聴覚表現が得意だと思います。

これも結局、自分の脳と向き合う作業です。自分の脳の特性を突き詰めて把握すると、自分に合った表現方法を見つけることができるのではないかと思います。

ショートショートや空想の魅力とは?

―――ショートショートを書くことや空想することの魅力について教えてください。

田丸さん:まず、シンプルに楽しいことですね。僕自身も楽しいので、まだショートショートの世界を知らない方には、楽しいですよとお伝えしたいです。

ショートショートに親しむようになると、物事が多層的に見え始めて、日常の見え方が豊かになると思っています。
たとえば、イヤホンを見たら「あれが熱で溶けるイヤホンだったらどうしよう」とか、空想が広がります。

僕は「空想で世界を彩りたい」と言っていますが、空想・妄想の延長線上には、物事をいろんな切り口から見られるようになり、いろんなイノベーションが起こり、考え方や価値観がより多様になって、誰でも生きやすい、明るく健やかな社会になっていく未来があるのではないかと思っています。ショートショートが、そのきっかけになればいいなと思っています。

日本人は特に「空想ネイティブ」

―――これからの時代、空想や妄想、アイデアがすごく大事になってくるんじゃないかなと感じています。スマホなど、数十年前に誰かが空想していたものが現実に商品になっていますよね。今の空想や妄想も数十年後に現実になるんじゃないでしょうか。

田丸さん:僕は、日本人は特に「空想ネイティブ」じゃないかと思っています。小さい頃から小説、漫画、アニメなど、空想に自然に触れてきた方が多いんじゃないかなと。

思春期で空想を外に出さなくなるのはある程度しかたないのですが、そこから戻ってこないのが問題だと思っています。社会に出たら「現実的じゃないことを考えないで、目の前のことをやりなさい」と言われ、空想や妄想を「変だ」と言われる風潮がまだあります。

でも、世界のビジネスの最先端では、イーロン・マスクさんのように空想から生まれるアイデアが求められる傾向にあります。空想ネイティブで素質のあるはずの日本人がそれをできていないのは、あまりにもったいないと。

「自分には空想はできない、関係ない」と思っている方もいらっしゃると思います。でも、あなたも自由な空想ができるし、やっていいんです。

世界を変えることに役職や年齢は関係なく、あなたという「個」の空想をつぶさないで大事にしてください。

出てくる空想は玉石混交だと思いますが、その積み重ねで、多様性や明るい世界につながるものが増えていくと思っています。空想は特殊な人だけがするものではなく、誰でもやっていい、むしろやるべきだと強く伝えていきたいですね。

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インタビュイープロフィール

田丸 雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。2012年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。
 

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