フランス南部出身で、大阪府在住のシリル・コピーニさんは、語学力と文化の力で国境をいとも簡単に越えていきます。
日英仏の3カ国語を自在に操り、世界各地で落語を披露するほか、推理漫画『名探偵コナン』のフランス語翻訳、落語漫画『あかね噺』の外国語版の監修も手掛けています。
そんなシリルさんに、文化の力を使ったグローバルな生き方と必須スキルについて聞きました。前編では、日本や落語との出会いから──。
日英仏の3カ国語を自由自在に操り、落語で観客を魅了!
5月中旬、東京・神楽坂のフレンチレストランで、笑いの中心にいたのは薄い抹茶色の着物姿のシリルさんでした。神楽坂はフランスの首都パリに雰囲気が似ていることから「東京の小さなパリ」とも呼ばれています。
この日は30人ほどのお客さんで店内は満席に。芸名である「尻流複写二(シリル・コピーニ)」と書かれた「めくり」もしっかり用意されたステージ。流暢な日本語で謎かけを披露するところから始まりました。
「このレストランの会場とかけて、ここにいるお客さんたちの心と説きます。その心は、「あきない」(商い)(飽きない)」
会場からも「おおー、なるほどー」という歓声が響きました。ほかにも、フランス語の二日酔いを表す言葉は、日本語に訳すと髪の毛が痛いという言葉になる話や、メインの演目として上方古典落語で人気の噺「手水廻し」をアレンジして披露。観客たちは、食事を楽しみながら、シリルさんの落語に耳を傾け笑いに包まれていました。
落語を聴きに来た40代の女性は、「日本の文化に根差した落語を、外国の方が意味を理解して演じるのは難しいことなのに、シリルさんは意図も簡単に演じているように見せ、聞き手に話の情景を想像させてくれる表現力がある」「日本人の感覚をよく研究し、心から日本文化を尊敬してくれている愛のあるパフォーマンスだと感じた」などと話していました。
その美しい日本語に、シリルさんがフランス人であることを筆者も忘れるほどでした。
漢字の面白さに魅了され、日本語に夢中に
──まず、シリルさんが日本語に興味を持ったきっかけは何でしょうか。
日本語に興味を持ったのは、15歳の時です。地元のニースの高校で日本語の授業があって、そこで面白さに魅了されました。教えてくれていたのは日本人男性の先生でした。最初に先生が黒板に自分の名前を書いたときに、見たことのない言語に「何じゃこりゃ」みたいな、良い意味でショックを受けたんです。
さらに、漢字には書き順もあると分かった時には、こうすれば自分でも書けるんだと嬉しくて、その面白さにのめり込みました。当時は週3時間くらいのゆるい感じで日本語を学んでいたけれど、もっときちんと学びたいと思いました。
ただ、ニースでは日本語を学べる大学がないんですよ。そうしたら先生が、高校卒業したらパリにある専門大学で日本語を学び続けるのはどうかと提案してくれたんです。
ニースでは観光関係や医療関係など就職先として選ぶ人が多いなか、元々他の人がやっていることと全く違うことをするのが好きなタイプなので、ニースで就職せずに、パリで日本語を学び続けることにしました。
日本の落語家とは一味違う「フランス人落語パフォーマ―」へ
──そこから大学で日本語を学び続けていったシリルさんですが、落語との出会いは何だったのでしょうか。
落語の存在を初めて知ったのは、パリの大学に通っていた頃です。当時の私は言語学や日本近代文学を専攻。小説家の二葉亭四迷の研究をしていた時に、よく資料に落語のことが書かれていて、ずっと気になっていました。
その後は、在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に入職し働いていた時に上方落語の師匠と出会いました。その方に「ちょっと落語を教えてもらえませんか?」と頼んでみたら、「いいよ」と快諾してもらえました。そして、東京で仕事をしながら1カ月に1回、日帰りで大阪の師匠の元に通う生活を1年間続けました。
ようやく1つのネタを覚えて師匠と一緒に落語公演を主催。高座へ上がる楽しさを覚えて、次第に自分1人でツアーを開催するようになりました。日本の伝統的な落語をそのまま自分がやっても日本の落語家に敵うわけがない。だったら「フランス人落語パフォーマー」として自分にしかできない伝え方で落語をやろうと決めました。
──フランス語、日本語、英語で世界に落語を発信していますが、文化も違う国で公演をする時に、何か心掛けていることはありますか?
日本では、やっぱりフランスっぽいものが求められるのでアレンジを施しています。
たとえば、古典落語の演目の1つ「まんじゅうこわい」をやるときは、「マカロン怖い」にするとか。フランスでは逆に日本らしさを前面に出しています。今はONIGIRI(おにぎり)やBENTO(弁当)など、日本の食べ物の文化がフランスで浸透しているので、落語を楽しむ土台ができてきていると感じます。
落語には酔っ払いや夫婦喧嘩など、どの国にもある些細な日常のテーマがたくさんあるので、そこは万国共通だと思います。ただ、フランス人はブラックユーモア、ちょっとシリアスな笑いが好きなのに対して、日本の笑いは傷つけないで優しく笑いを取る。この違いが、とても新鮮だと思います。
落語の世界に出てくる「ちょっと哀れな感じ、でも愛嬌がある」という日本の笑いは、これから世界で広がっていく可能性があると思います。
インタビュイープロフィール
Cyril Coppini シリル・コピーニさん
フランス南部ニース出身。フランス国立東洋言語文化研究所で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1997年に在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に入職。落語パフォーマ―としては2011年から活動を開始し、国内外で落語の公演を行っている。現在では、人気漫画のフランス語翻訳も多く手掛ける。
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