ダブルバインドとは複数のメッセージを相手に提示することで、日本語では「二重拘束」といいます。相手にネガティブな影響を与える否定的ダブルバインドと、人間関係を円滑にする効果がある肯定的ダブルバインドの2種類があります。
本記事ではダブルバインドとは何か、否定的ダブルバインドと肯定的ダブルバインドに分けてわかりやすく解説。具体的なエピソード付きで、否定的ダブルバインドの防ぎ方や肯定的ダブルバインドの活用法を紹介します。
- 2種類のダブルバインドとは何か、具体的なエピソード付きで解説
- 否定的ダブルバインドの悪影響と防ぎ方
- 肯定的ダブルバインドの上手な活用方法と注意点
ダブルバインドとは
ダブルバインドは複数のメッセージを相手に提示することです。アメリカの精神科医「グレゴリー・ベイトソン氏」が唱えた理論で、日本語では「二重拘束」といいます。
2つの矛盾したメッセージを提示して相手を混乱させる「否定的ダブルバインド」の意味で使われることが多いですが、どちらを選んでも相手に良い結果を与える「肯定的ダブルバインド」もあります。それぞれの詳細について詳しく解説します。
否定的ダブルバインド
否定的ダブルバインドとは、2つの矛盾したメッセージを提示することで相手を混乱させることです。どちらを選んでも、相手(選んだ側、ダブルバインドを受ける側)にとってネガティブな結果になります。
一般的に、ダブルバインドというと否定的ダブルバインドを指すことが多いです。例を確認してみましょう。
親が子どもと一緒に公園で遊んでいます。。辺りが暗くなってきたので、親は「もう帰ろう」と言いますが、子どもはまだ遊び足りないようで帰るのを嫌がります。
なかなか帰ろうとしない(言うことを聞かない)子どもに対して、親は強い口調で「勝手にしなさい!」と言います。この場合、言葉では「好きにしていい」といいながら、態度では「勝手なことをするな」「言うことを聞きなさい」ということを表しています。
このように、否定的ダブルバインドは言語と非言語で矛盾したメッセージを提示することが多いです。
「好きなおもちゃを選んでいいよ」と言いながら、実際に子どもが好きなおもちゃを選んでくると「こっちの方がいいんじゃないの?」と、言葉で矛盾するメッセージを提示することもあります。
子どもは2つの矛盾したメッセージに混乱してしまうでしょう。このようなことが続くと、子ども(ダブルバインドを受ける人)は相手の意思(相手が認めてくれるかどうか)を基準に選択肢を選ぼうとするようになり、次第に自信を失い自分の考えがわからなくなっていきます。
肯定的ダブルバインド
肯定的ダブルバインドとは、どちらを選んでも得をする(損ではない)、矛盾しない複数の選択肢を提示することです。子育てやセールスなど、さまざまな場面で活用されています。
たとえば子どもの頃、親に「宿題をいつするの?」と聞かれて「後で」と答えたら怒られた、という人は多いでしょう。これは否定的ダブルバインドです。
肯定的ダブルバインドでは、「国語と算数の宿題があるけど、どっちからやるの?」のように聞きます。どちらを選んでも宿題をやることになりますが、子どもには「自分で国語を先にやると決めた」という納得感があります。
否定的ダブルバインドがもたらすネガティブな影響
否定的ダブルバインドを受け続けた人は、自分ではなく相手の意思を優先するようになっていきます。結果として「自信を持てなくなる」「自分の考えがわからなくなる」「精神的な疾患に陥る」などのネガティブな影響を及ぼすでしょう。
- 自己否定が強まり本来の能力を発揮できない
- 萎縮してしまい自由に発言・行動できない
- 否定的ダブルバインドが続くと精神的な疾患に陥ることも
自己否定が強まり本来の能力を発揮できない
否定的ダブルバインドでは自分の意思が尊重されません。相手に認めてもらえる選択肢を選び続けるうちに「自分の意思は尊重されない」「自分の考えや意見は認めてもらえない」と刷り込まれ、自己否定が強まりまっていきます。常に萎縮した状態になり、本来の能力を発揮できなくなるでしょう。
たとえば先述の「公園からなかなか帰ろうとしない子どもに”勝手にしなさい!”という親」の例で、子どもが「わかったよ。僕は勝手に遊んでるから、お母さんは先に帰っていて」と答えたとします。
ここで「じゃあ、お母さんは先に帰ってるから、あなたは満足してから帰ってきなさい」と言う親はまずいないでしょう。子どもは勝手にしなさいと言われたから「僕はまだ遊んでいるからお母さんは先に帰って」と答えたのに、実際に勝手にしたら、それが否定されるのです。
このような体験をくり返すことで自己否定が強まっていきます。
萎縮してしまい自由に発言・行動できない
否定的ダブルバインドで自己否定が強まった人は、常に萎縮した状態になってしまいます。「自分の意見は認められない」という気持ちが強まり、「言っても無駄」「どうせ否定される」と、自由に発言・行動できなくなっていくでしょう。
たとえば進学で「好きな学校を選んでいい」と言われた子どもが、自分の行きたい学校を自由に選んで親に提示したとします。しかし、親は「その学校は偏差値が低いから」「就職を考えたらこっちの学校の方がいいんじゃない?」と、子どもの選択を認めませんでした。好きに選んでいいと言いながら、実際は親の基準に沿わない選択は認められないのです。
このようなことが続くと、子どもは進学先や就職先を自分の意志ではなく「親が認めてくれるかどうか」で考えるようになります。「相手が認めてくれるかどうかで決める」という考え方が習慣になると、自分の意思を尊重しなくなり自由に発言・行動できなくなる、自分の考えがわからなくなるなどの弊害が出てくるでしょう。
否定的ダブルバインドが続くと精神的な疾患に陥ることも
否定的ダブルバインドが続き自分の考えがわからなくなると、自分で考えて動くことができなくなってしまいます。たとえば「大学に入り受けたい講義を自分で選ぶ」「社会人になり自分で企画を考える」などの状況になると、頭が真っ白になってしまうのです。
否定的ダブルバインドを受け続けた人は常に強いストレスにさらされることになり、精神的な疾患に陥ることもあります。子どもの頃はおねしょや不登校、大人になってからはうつ病や依存症などの精神的な疾患、トラブルが起こりやすくなってしまうのです。
否定的ダブルバインドが起こりやすい環境・関係
否定的ダブルバインドは親子関係や学校、会社など、明確な上下関係で起こりやすいです。否定的ダブルバインドが起こりやすい3つの環境・関係性を、具体例付きで紹介します。
親子関係
親子関係では親がダブルバインドする側、子どもがされる側になりやすいです。具体的には次のようなケースが考えられます。
- 「好きな大学に進学していい」と言われて好きに大学を選んだのに、偏差値や学部などが親の基準に合わず「こっちの方がいいんじゃない?」「ここに進学するなら学費は出さない」などと言われる
- テレビゲームで遊んでいたら「いつまでゲームをしているの!?」と、親から強い口調で言われた。言語では「何時くらいまでゲームをしているの?」という質問だが、態度で「ゲームをやめなさい」と言っている
学校
学校も親子関係と同じく、ダブルバインドが起こりやすいです。家庭や学校において子どもは弱い立場にあります。先生一人ひとりの性格や力量などにも差があり先生ごとに言うことが矛盾したり、同調圧力がかかったりと、ダブルバインドが起こりやすい環境といえます。
具体的には次のようなケースが考えられるでしょう。
- 「自分の意見を自由に表現しましょう」と言われて自由に表現したのに、指導要領に合わない意見だったため否定された
- 楽しいと思う絵を描きましょうと言われて、自分が楽しかった思い出を描いたのに、「もっと楽しい絵を描きましょう」と言われた
子どもからすると、自分が思っているように表現しただけなので、何がいけなかったのか訳がわかりません。先生にも子どもにも悪気はないのに、ダブルバインドになってしまっているケースです。
職場
会社では上司と部下、先輩と後輩のような関係でダブルバインドが起こりやすいです。ひどいケースだとパワーハラスメントやモラルハラスメントになり、懲戒や訴訟にまで発展することもあり得ます。
- 上司に「わからないことがあったらいつでも聞いてね」と言われたのに、いざ聞きに行ったら「何でこんなこともわからないの?」「少しは自分で考えろ」と叱責された
- 「自分で考えて行動しなさい」と上司に言われ続けてきたので、上司に相談せずに自力で対処していたら、「勝手な対応をするな!」と頭ごなしに怒られた
否定的ダブルバインドから抜け出す方法
否定的ダブルバインドが長く続くと自己否定が強くなり、自由に考えたり行動したりできなくなってしまいます。否定的ダブルバインドをする側もされる側も、悪循環に陥っていることを自覚し、そこから抜け出すための行動をとることが大切です。
否定的ダブルバインドから抜け出す方法を、される側とする側に分けて紹介します。どちらの場合でも、まずは「ダブルバインドに陥っていること」に気づくことが大切です。
ダブルバインドされる側が抜け出す方法
される側がダブルバインドから抜け出すために、まずはダブルバインドを受けていることを自覚しなければなりません。
ただ、ダブルバインドを受けている人は自己否定が強く、自分の考えが間違っていると思い込んでしまうことが多いです。「これってダブルバインドかも」と思っても、「あの人がそんなことするわけない」と自分の考えを自分で否定してしまうかもしれません。
ダブルバインドを受けていると自覚するのは難しいので、まずは誰かに相談してみましょう。知人・友人や家族に相談してもいいですが、学生ならスクールカウンセラー、社会人なら会社や自治体の窓口に相談するのがおすすめです。ダブルバインドや心理的な問題に関する知識がある人に相談した方が適切な答えを得やすいですし、自分と直接関わりのない人の方が本音を話しやすいからです。
ダブルバインドをする側が気をつけたいこと
親や教師、上司などの強い立場にある人は、まずはダブルバインドに関する知識をつけましょう。ダブルバインドは無自覚にしてしまうことが多いです。どのような状況がダブルバインドなのか、本記事で紹介したような具体例を頭の片隅に置いておくことで、自分がダブルバインドをしてしまっていることに気づけるようにしておきましょう。
これにより、ダブルバインドをしてしまったとしても、「今のはダブルバインドだったな」「どうすれば再発を防げるかな」と気づき考えられるようになります。
「ダブルバインドをしてしまうかもしれない」という意識を持つこと、常に気を付けることが大切です。
肯定的ダブルバインドはさまざまなシーンで活用できる
「国語と算数、どっちの宿題を先にやる?」「ポテトはS・M・Lのどのサイズにしますか?」のように、具体的で矛盾しない選択肢を示すのが肯定的ダブルバインドです。
否定的ダブルバインドは親子関係や職場での人材教育など、さまざまなシーンでポジティブに活用できます。具体的な活用例をシーン別にいくつか紹介します。
親子関係における活用例
否定的ダブルバインドが起こりやすい親子関係でこそ、肯定的ダブルバインドを意識的に活用していきたいです。肯定的ダブルバインドを意識することで、自然と否定的ダブルバインドから抜け出せるでしょう。
具体的には、次のような肯定的ダブルバインドが考えられます。
- 子どもにアニメのDVDを借りてあげようと思うが、見せたくないものもある。そんなときは「好きなアニメを選んでいいよ」ではなく、「AとB、どっちがいい?」のように聞く
- 時間が遅くなってきたので子どもを公園から帰らせたいときは、頭ごなしに「もう帰るよ!」というのではなく、「今帰ったらアニメの時間に間に合うよ」のように、帰るメリットを提示してみる
恋愛における活用例
肯定的ダブルバインドには人間関係を円滑にする効果があります。次のように、恋愛でも活用できます。
-
「今度一緒にランチしませんか?」ではなく、「一緒にランチに行きたいんだけど、洋食と和食だったらどっちがいいですか?」と聞いてみる
-
デートに誘うとき「今度一緒に出掛けましょう」ではなく、「映画館と水族館、どっちに行きたいですか?」と選択肢を示してみる
人材育成における活用例
職場で部下や後輩を教育するときも、肯定的ダブルバインドを意識することで否定的ダブルバインドを防げます。部下や後輩の主体性を育み、積極的にチャレンジできる人材へと育てるためにも、次のような方法で指導してみましょう。
- 部下に自分で考えて仕事を進めてほしいが、取り返しのつかないミスは防ぎたい。そんなときは「社外の人にメールやチャットを送るときは、メッセージを書いた後一度見せてほしい」のように、どんなときに指示・確認を仰ぐのか具体的な線引きを決めておく
- 部下にマネジメントを任せていたが、部下の確認漏れでミスが起きてしまった。そんなときは頭ごなしに叱責するのではなく、部下自身に原因や再発防止策を考えてもらいそれをフィードバックする。自分のなかで再発防止策をいくつか考えているなら、部下にヒントとして提示する
セールスにおける活用例
セールスでは「買うか買わないか」ではなく、「買うことは前提として、どちらを買うか」という肯定的ダブルバインドを活用することで、売上アップにつなげています。具体的には次のような方法で活用されています。
- 「サイドメニューをお付けしますか?」ではなく「サイドはポテトとナゲットどちらにしますか?」と、サイドメニューを付ける前提で質問する
- 車や服を買うことを迷っている利用客に「買いますか?」と聞くのではなく、「色は青と黒どちらがいいですか?」「体系的にはMサイズがジャストですけど、Lサイズでちょっとダボっと着るのもおしゃれですよ」と、買うことを前提に選択肢を提示する
肯定的ダブルバインドを活用するときの注意点
肯定的ダブルバインドを意識することで自然と否定的ダブルバインドを防いだり、自分にとって望ましい結果を得たりできるでしょう。
しかし、肯定的ダブルバインドは万能ではありません。そもそも使うべきではないシーンもあります。肯定的ダブルバインドの注意点を3つ紹介するので、これらを意識して効果的に活用しましょう。
- 信頼関係が構築されていることが前提
- 選択肢を増やしすぎない
- 多用しない
信頼関係が構築されていることが前提
ある程度の信頼関係があってこそ、肯定的ダブルバインドは効果を発揮します。信頼関係がない相手に肯定的ダブルバインドを使うと、相手に不信感や動揺を与えてしまうかもしれません。
たとえば初対面でまだあまり話もしていない車のディーラーに、「色は赤と白どちらがいいですか?」と聞かれても、「まだ買うなんて一言も言ってないのに、なんで買う前提で話を進めてるんだろう」と思われてしまうでしょう。
選択肢を増やしすぎない
肯定的ダブルバインドではいくつかの具体的な選択肢を相手に提示しますが、選択肢を増やしすぎないよう気を付けましょう。選択肢が多すぎると相手が混乱してしまい、選ぶことに疲れてしまい、結局どれも選べないとなりかねません。
これを「ジャムの法則」といいます。スーパーマーケットでジャムの試食販売をするとき、6種類のジャムを置くのと24種類のジャムを置くのではどちらが試食・購入されるのかという実験に由来した法則です。この実験では6種類のジャムを置いた売り場の方が、24種類のジャムを置いた売り場の10倍の購入率だったといいます。
多用しない
肯定的であっても、ダブルバインドの多用は禁物です。相手に選択肢を提示する肯定的ダブルバインドを多用すると、相手に「常に選択を強いられる」という印象を与えかねません。相手との人間関係を円滑にするために使っていた肯定的ダブルバインドのせいで、相手との関係にヒビが入ってしまっては元も子もありません。
無意識にダブルバインドをしてしまわないよう気をつけよう
- 親子関係や上司と部下など、上下関係では否定的ダブルバインドに気を付けよう
- ダブルバインドへの理解を深めることで、人間関係を円滑にできる
- 肯定的ダブルバインドであっても多用は禁物
ダブルバインドには相手の自信を奪う「否定的ダブルバインド」と、人間関係を円滑にするために役立つ「肯定的ダブルバインド」があります。
親子関係や上司と部下など、上下がある関係では、否定的ダブルバインドが起こりやすいです。親や上司など上の立場にある人は、無意識に否定的ダブルバインドをしてしまわないよう気を付けましょう。肯定的ダブルバインドを意識することで、否定的ダブルバインドを自然に防げます。
ただし、肯定的であってもダブルバインドの多用は禁物です。肯定的ダブルバインドを多用することで、相手に常に選択を強いることになります。相手との関係性や頻度に気を付け、適度に活用するよう心がけましょう。
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