“世界を節水する”をビジョンに掲げる‟デザイン会社”、株式会社DG TAKANOをご存じでしょうか。
日本は、蛇口をひねれば、そのまま‟飲める”水道設備が、家庭だけでなく、公園などのパブリックスペースにも設けられています。
一方、世界に目を向けてみると「当たり前のように」清潔な水を暮らしに使えるという国や地域は多くありません。2015年に国連総会で採択されたSDGsの「目標6」として、「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」ことが含まれているように、水資源をめぐる問題は国際的な社会課題のひとつです。
日本から世界を見渡し、課題解決に向けて「デザイン」をするというDG TAKANO社代表・高野雅彰さんにお話をうかがいました。
前後編として、掲載。後編はミラノサローネにも出展する「循環システム」についてくわしくお話をうかがいます。後編はこちらから(4月17日(水)18:00公開にあわせて追記)。
水を作ることはできない、節水するモノなら作れる
ーー日本では渇水をめぐる心配や問題は海外諸国と比べてあまり深刻ではありません。高野さんは、なぜ水不足の問題に着目されたのでしょうか。
高野:起業することは、学生のときには決めていました。どんな事業をやるかは決まっていなかったんですが「世界中で売れるモノを作る」という目標を立てました。
そこで、貧困や環境といったいろいろな問題のなかで、水資源の奪い合いなどが起こっている国や地域があることを知り、世界は水に困っていることがわかりました。
水がないのなら、水を作ることはできないけど、使う側を節約するモノを作るのならできる、と考えました。
ーー高野さんのお父様は、東大阪で金属加工業を営まれていたそうですが、その技術力も生かせるとお考えになったんでしょうか?
高野:家業を継ぐことはまったく考えておらず、その技術や設備を生かすことが前提ではありません。実際、自分はサラリーマン時代、IT業界にいましたから、ITの分野にアイデアがあればそちらで起業した可能性もあります。
そもそも、モノづくりベンチャーは成功へのハードルがとても高い。最初の設備投資費用が大きくて、回収するまでの期間がすごく長いんです。うちの場合は小さいながらも町工場の技術と設備があったんで、最初の初期投資がいらない、金属加工の技術とノウハウがあるというアドバンテージが間違いなくありました。
好反応を得るも、海外進出は企業体力を養ってから……
ーーDG TAKANO社の最初の製品である「Bubble90」について教えてください。
高野:Bubble90は、最大で95%、平均で80~90%ほどの水の使用量を削減する、蛇口に取り付けるノズルです。
会社設立1年目、さらに社長1人の会社が2009年に初めて作った製品ですが、名だたる大企業を差し置いて「超モノづくり部品大賞」のグランプリに選ばれました。
これは、世界の水不足の問題に貢献できる可能性があること、日本人だから作れたであろうというところを高く評価されたと思っています。
ーー海外でBubble90はどう受け止められたのでしょうか?
高野:Bubble90を開発してすぐにドイツのベルリンで行われた展示会に出展したんです。「日本からすごいモノが出てきた」と騒がれて、やっぱりメイドインジャパンの「ブランド力」を感じたし、世界がどれだけ水に困っているかも実感できました。
ただ、その時点では、いきなり海外に進出するノウハウも、企業体力もありません。企業体力がついたころに、水資源の問題はさらに深刻さを増して、ニーズはより高まるはずだと考えて、まずは国内に向けて動きました。
日本は、水道料金が高いんです。水を使うビジネスに向けて、コスト削減効果が高いと紹介しました。時間はかかりましたが、大手のレストランチェーンやスーパーで導入されはじめました。
今では、会社も人数を増やすことができ、自分も中東やヨーロッパに進出しようと飛び回れるようになりましたね。
「常識を疑い」水ですすぐだけで洗える食器を開発
ーーBubble90に続いて、水だけで洗えるという食器「meliordesign(メリオールデザイン)」が製品化されました。
高野:日本の企業が節水ノズルを作って成功したら、次は節水の蛇口やトイレを作るのが定石で……小規模なTOTOさんになっていきます。これは、自分たちの技術を使って何を作るか、というところを突き詰める日本的な、技術者のモノづくりの発想です。
DG TAKANOが普通の蛇口を作ったら、TOTOさんや他の水栓メーカーに負けます。食器も然りです。でも蛇口を作るメーカーは、節水する食器を作れないし、食器メーカーも節水する蛇口は作れない。蛇口で節水して、洗うときにも節水する。食器洗いの水の量を従来の1%にまで減らせたら、イノベーションが起きます。
節水ノズルでも食器でもそれぞれオンリーワンの特許を持つ「世界でうちだけ」の製品を作ってイノベーションを起こせます。
スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクは自分たちの技術を使って何を作るかなんて考えていないはず。これが「社会課題をどう解決するか」というデザイナーの視点です。
ーーmeliordesignは磁器を加工していますね。コスト・価格を抑えられるプラスチック素材のほうが、世界を見渡したとき汎用性が高いとも思いましたが「陶器や磁器で食事をしたい」というニーズを踏まえたのでしょうか?
高野:開発にあたって、さまざまな素材を試しました。「水だけで洗うことができるか」という視点から生まれた製品なので、現時点ではプラスチックなどではなく磁器が素材です。多くの人が日常で使っている「お皿」が、水だけで汚れを落とせることを強調するという考えもありました。
ーーたしかに、洗剤を使って汚れを落とすことを当たり前だと思っていました。
高野:「常識を疑うこと」をずっとやってきました。今までないものが出たときに、当たり前にやってきたことの理由だったり、ムダだったり、いろんなことに気がつきますよね。
DG TAKANOを、みなさんは水栓メーカーだと思っていたんですよ。「デザイン会社です」と、ずっと僕は言ってきたんですけど。このお皿を発表したときに、驚かれました。初めて「デザイン会社」だということが、少しだけ理解されたんです。
上流のデザインとは?
ーーデザインという言葉を、外見やフォルムのデザインだととらえられていたんでしょうか。
高野:(工程の)下流にあるデザインだと思われていたんでしょうね。上流のデザインという概念がそもそもなかったのかもしれません。
TVのリモコンでたとえましょう。なぜリモコンにあんなにボタンがついているかというと、たくさんの機能をつけてるから。どうしてそんなに機能をつけるかというと、高く売りたいからです。
技術者がテレビを作っているから、付加価値をつけて高く売ろうとする。下流にいるデザイナーは「ボタンの配置、どうしよう」と考えるデザインをします。上流のデザインは、「そもそもこんなボタン、一生のうち1回も押さない」と「そもそも」を考える。そうすると「使いにくいだけだ」となります。
ーーたしかに日本メーカーの家電が「いらない機能が多すぎる、高い」と、海外で敬遠されることもあるという話も聞きます。
高野:1980年代、日本ブランド黄金時代にアメリカでは冷蔵庫と洗濯機のシェアの6割が日本製で、まさに日本は無敵でした。でも今はシェア、何パーセントなんでしょうか……。まだ日本には「勝つためには技術が必要なんだ」と信じている技術至上主義の人たちが多くいます。マーケットのこと、ブランディングのこと、デザインのことをわからずに技術だけで押し切ろうとして、負けたことに気がつくべきです。
(前編・了)
高野さんがおっしゃる「上流のデザイン」こそが、社名にもなった「デザイン思考」を指すことは明白です。続く後編では、そのデザイン思考について、DG TAKANO社が世界に向けてあらたに提案する「循環システム」についてお話をうかがいました。後編はこちらから。
インタビュイープロフィール
高野雅彰(たかの・まさあき)
DG TAKANO代表取締役
1978年大阪府東大阪市生まれ。神戸大学経済学部を卒業後、IT企業に就職し3年で独立。高い節水率と洗浄力を兼ね備えた節水ノズル「Bubble90」を開発し、2009年「"超"モノづくり部品大賞」でグランプリを受賞。2010年に社会課題や環境問題等を解決するデザイン会社 「DG TAKANO」を設立。2022年「サウジ・日本ビジョン2030ビジネスフォーラム」に日本代表企業として招待され、世界の水不足の解決に取り組んでいます。
2023年に、洗剤を使用せず、水ですすぐだけで汚れや細菌を落とす食器「meliordesign(メリオールデザイン)」を開発し、日経クロストレンド「マーケター・オブ・ザ・イヤー2023」優秀賞、2023年度省エネ大賞<製品・ビジネスモデル部門>にて「審査委員会特別賞」をそれぞれ受賞。
経済産業省J-Startup企業、日経ビジネス『世界を動かす日本人50』、ForbesJAPAN「ChatGPT後の日本の勝ち方10」などに選出されている。
株式会社DG TAKANO HP:https://dgtakano.co.jp/
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