気候科学者たちが、2023年は観測史上‟最も暑い年”になる可能性があると予想した通りに、世界中で最高気温の記録が塗り替えられています。日本で暮らす私たちも、炭素排出量の増加と気候変動が引き金となった地球規模の記録的な気温上昇を、日々実感しています。
「自然xテクノロジー」を生涯をかけるべきテーマにしているというNature株式会社創業者塩出晴海さんに世界の共通の課題であるカーボンニュートラル(脱炭素社会)の実現のために、個人でもできるサステナブルなアクションについてお話をうかがいました。
本記事は、前後編にわけて掲載します。ご経歴やスマートリモコン『Nature Remo』、クリーンエネルギーなどについて教えていただいたインタビュー前編はこちらから
サステナブルな未来を築くための原動力とは?
ーー「もはや災害に近い」と感じるほどに暑い日が続いています。9月中旬頃まではこの暑さが続くという長期予報も発表され、エアコンを積極的に使わざるを得ない状況が続くようですが、個人でもできる節電のアクションにはどんなものがありますか?
塩出:個人ができることは、やはりピークの時間帯の電力消費を抑えることです。もし18時から20時の時間帯に電力消費のピークが現れるなら、その間不要な電化製品の利用を控える。エアコンは温度設定を上げるなどして消費電力を下げて利用する。
ピークの時間帯を避けて問題がない家電、たとえば消費電力の高いドラム式洗濯機・乾燥機などは別のタイミングで利用するなど、一人ひとりの電力への削減量が少なくても多くの人が取り入れたら、とても大きなインパクトになります。
ーー電気料金の高騰もあり、節電を心がけたい人は多くいそうです。
塩出:環境のために「節電したほうがいい」ということは多くの人がわかっています。しかし実際に行動する人は、自然に対して愛着がある場合が多いのではないでしょうか。アクションを取るときにいちばん大切なのは(その行動をしたいと)強く思うことじゃないかと思います。
たとえば、スキューバダイビングをする人が、サンゴ礁の悲惨な状態を見たら「綺麗なサンゴを取り戻したい」という想いが生まれる。この想いは実体験から生まれるものだと思うので、自然と接する時間を増やすことがサステナブルな未来を築くためのアクションにつながると考えています。
誰かに「エアコンの設定温度を変えましょう」といわれて従う「節電」と比べて、自然への想いからとるアクションは、よりサステナブルな未来を築くための原動力になるはずだから「ぜひ自然のなかで過ごしてみてください」と伝えたいですね。自然のなかで過ごす時間は、人間の五感を研ぎ澄ますことで人間としての本来のポテンシャルを開放するし、とても癒されますよ。
ーー当事者意識が生まれ、自然を大切にする気持ちが芽生えることに加えて、山登りやキャンプなら手持ちのものを使って工夫するなど、不自由を楽しむ経験をして気がつくこともありそうです。
塩出:そうですね。便利さを追及すると同時に‟体験の濃度”が薄まると思うんですよね。キャンプで食事をするなら水を手に入れる、火をおこすことから始まる。すごく面倒くさいですよね(笑)。でも、その面倒くささのなかにこそ経験としての‟豊かさ”があり、より深くて濃い体験があるのだと思います。
太陽光での自家発電は蓄電池を活用
ーー直接、事業とは関係ないかもしれませんが、自家発電として太陽光発電を導入する際により活用するためのノウハウがあれば教えていただけますか?
塩出:太陽光発電はそもそも夜間の発電ができません。
昼間発電した余剰電力を(電力事業者へ)売るよりも蓄電池に充電したり、エコキュート(電気給湯機)を使って電気を熱に変えておくなど、電力の自家消費率をあげることが大切です。売電価格よりも買電価格の方が高いので、夜間に充電した電気や熱を使うことで、経済合理性も高くなります。
ーー給湯機を蓄電池として扱う……もしかして、EV(電気自動車)も蓄電池となるのでしょうか?
塩出:なります。Natureでは「EV Plug」という製品を開発予定です。エネルギーマネジメントの中核となるEVの充電タイミングをコントロールするデバイスです。そしてそれは、家庭で発電した電力の自家消費率を高めることと、ユーザーの電気代などの削減につながると考えています。
無理のある‟大きな一歩”ではなく、自然な歩みを
ーー限りある資源を無駄にしないように活用するアイディアですね。では、さまざまなアイディアを心に秘めていて、これから一歩を踏みだそうとする若い世代にメッセージをいただけますか。
塩出:まずは自分でもできそうな小さなことから始めることを心がけたらどうでしょうか。気負ってしまうと、どうしても‟大きな一歩”を自分に強いてしまいます。人間のナチュラルな反応や感覚を無視して、意思で乗り切ろうとした結果、僕は不眠などの不調に陥った経験があります。無理をしていたんですね。そこで、瞑想や積極的に身体を動かすことを取り入れた習慣の変化で改善できました。
ーー塩出さんがおこなっているという朝のルーティンですね。毎朝ギターの練習をされているそうですが……
塩出:ヨットで世界一周をすることが、僕の人生の目標のひとつなんです。そのときにいろんな国の人と一緒に歌が歌えたら、楽しそうですよね。だから世界中で知られている10曲を、コードも歌詞も見ないでギター片手に歌えることを目標にしています。1曲目に選んだのは「Let It Be」(ザ・ビートルズ)。Let It Be、‟あるがままに”って僕自身の考え方にもフィットしていて「これしかない!」1曲でした。
ーーほかにはどんな曲を?
塩出:10曲すべてはまだ決まっていないんです。ちなみに2曲目はエリック・クラプトンの「Tears In Heaven」、3曲目は「Stand By Me」(ベン・E・キング)でいこうと思っています。
ーー夢の実現が楽しみですね。「気負わずに」という心の部分にプラスして、どんな行動をとるべきでしょうか?
塩出:誰でも今すぐにでもできるアクションは、意識的に想いを共有できる同志と時間を過ごすことですね。僕がハーバードビジネススクールに留学する前にライフネット生命の創業メンバーである岩瀬大輔さんから「在学中に起業したいならその目標に向かって行動している仲間と一緒にいることが大事だ」と言われました。つまり、自分と一番近い志を持っている人と一緒にいることが、夢に近づくための一歩ということですね。
実際、ハーバードビジネススクールには事業をおこしたい人だけでなく、金融業で成功したい人などみなそれぞれの目的で学びにきていました。僕の場合、実際に起業を目指している人たちのコミュニティにいたことで、刺激を受けて変わっていきました。
ーーどんな影響を受けましたか?
塩出:アメリカ人の起業家で、「RapidSOS」というスタートアップの創業者とビジネススクールで知り合いました。とにかくプレゼンテーションがうまい。ぎゅっと伝えたいことを凝縮して、わかりやすく届ける。優秀な学生たちのなかでも特に光っていました。
彼はビジネススクールのコミュニティも主宰していて、リーダーシップのスタイルがとてもナチュラルだったことも忘れられません。今までいろんなキャリアで実績をあげてきている人間が集まっている中で、彼はフラットでかつナチュラルに、サラッといろんな人を巻き込んでコミュニケーションを取っていくんです。
起業仲間からは、彼だけではなく、それぞれから色んな良いところを常に感じていましたね。
任されることこそが仕事の「やりがい」
ーーNatureで実践しているという「ホラクラシー」、役職や階級のないフラットな組織形態はそのコミュニティから学んだものですか?
塩出:それはちょっと違うんです。僕は将来起業するために事業を勉強する目的で三井物産に就職したので、雇用されて働くことはこの1回きりだと思っていました。だから、「会社にどうしてもらうのが従業員は一番嬉しいか」ということをずっと考えていました。
働くなかでわかったことが、裁量を持たせてもらい、仕事を任せてもらえることこそが「やりがい」につながるということ。Natureにとってベストなスタイルはなんだろうかと考えて、やりがいを感じられる組織作り、ホラクラシーに行きつきました。
ーー古い体制・体質のままで変化がない企業と提携する場合などで、そのスタイルが足かせになるようなことはありませんか?
塩出:たしかにフォーマルな肩書きや役職があったほうが先方にわかりやすい場面はありますね。ものづくりをする集団であれば、役職はそんなに気にされないですが、事業を作っていくとなるとそれだけではない部分もあるので、組織のパフォーマンスを最大化するために継続的に仕組みもバージョンアップしていきたいと考えています。
インタビュイープロフィール
塩出晴海(しおで・はるうみ)
Nature株式会社 創業者
1983年生まれ、広島県尾道市向島出身。2006年北海道大学工学部電子工学科卒業。在学中、ウィスコンシン大学マディソン校で1年間の交換留学(Computer Science専攻)やインドのITベンチャーでインターンを経験。2008年には、スウェーデン王立工科大学にてComputer Scienceの修士課程を修了、その後父とともにヨットで3カ月間の洋上生活を送る。
2008年から2014年まで三井物産株式会社に籍を置き、米ITベンチャーの投資管理から東南アジアの電力事業開発までを経験。退職後、米ハーバード大学のMBA課程を修了。ハーバード大学在学中にNature株式会社を創業。
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