HOMEビジネス 従業員の主体性は、本当に伸びるのか?部下の退職でやる気を失ったある課長の事例から

従業員の主体性は、本当に伸びるのか?部下の退職でやる気を失ったある課長の事例から

U-NOTE編集部

2023/03/15(最終更新日:2023/03/20)


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社員に主体性を発揮してもらうことは、組織や個人の目標を達成したり、課題を解決したりするうえで非常に重要な要素になります。しかし、多くの経営者や管理職が「メンバーの主体性を引き出す」ことに頭を悩ませているのが現状なのではないでしょうか。

組織は、様々な個性を持つ人の集まりのため、仕事に対する価値観や姿勢は各自で異なります。そのため、主体性がない社員もいて当然ではあるものの、経営者は特に全員が主体性を持って欲しいと思うものです。

果たして、どのような働きかけを社員に行うと主体性は高まっていくのでしょうか。

そこで今回は、「人間の本質(Human Nature)」をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUのKANAME Data Campus研究所長の竹内直人氏に、「従業員の主体性は、本当に伸びるのか」という内容でご寄稿いただきました。

社員の主体性が足りないとお悩みの経営者や管理職に非常に参考となる記事となっています。

主体性は「伸びる」ものか

「人の主体性とは、どうすれば伸びるのか?」とよくご質問をいただきます。

しかし、実はこの問いは、少々本質とずれがあります。

「人はもともと主体的だから」です。

幼い子どもの頃、私たちは皆、主体的に遊びました。指示や命令に従って受動的に遊ぶ子は、通常はいません。

最初は「誰しもが主体的」なのです。

ところが年齢を重ね、学校生活を経て、社会に出て、様々な経験を積んでいくという過程の中で私たちは自分の本来持っている主体性をいつの間にか忘れてしまいます。

やりたいことだけをすれば良い、というほど人生は甘くありません。

学校生活や社会人でのビジネスの経験の中で、やらなければならないことを「やりなさい」と言われ続けているうちに、人は「面倒臭い」となってしまいます。人は受動的になればなるほど「面倒臭さ」をより多く感じるようになります。

そして、最悪の場合、「生きること自体が面倒臭い」とまでなってしまうこともあります。その状態で社会人として働いている人は、想像以上に多いのです。

アメリカの世論調査及びコンサルティングを行う企業のギャラップ社が全世界1300万人のビジネスパーソンを調査したサーベイによると、日本企業はエンゲージメントの高い「熱意あふれる社員」の割合が6%で、米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位レベルでした。

そういうわけで、日本人は仕事への主体性がないことで悩むわけです。

さて、最初の質問を、少し修正しましょう。これが、本質的な問い方ではないでしょうか?

「人はどうすれば、本来持っているはずの主体性を取り戻せるのだろうか?」

これについては、様々な答えがあると思いますが、そのうちの1つを、今回はご紹介します。

主体性ゼロの管理職がいた

ある企業に木戸さん(仮名)という部長さんがいらっしゃいます。私の知り合いのご紹介で木戸部長と初めてお会いした時、彼からこんなご相談をいただきました。

「私の直属の部下の課長が、管理職としての役割を果たしてくれない。それどころか、主体性ゼロの状態。そのため降格を考えている。しかし彼はもともとそんな風ではなかった。昔の活き活きした時代を知っているから、できれば降格したくない。昔の彼に戻ってもらいたい。」と。

その課長は、下川さん(仮名)。普段はほとんど木戸部長の「言いなり」だそうです。つまりイエスマンになっていました。自分の意見はなく、木戸部長の言われたことをそのまま部下に「伝えるだけ」ですから、部下からの信頼もありません。

部下の皆さんは下川課長を飛び越えて、木戸部長に直接指示を仰いだり相談に来たりするとのことです。つまり、「課長がいる意味がほとんどない状態」だそうです。

その後、さらに詳細をお聴きしましたが、通常であれば確かに管理職からは降格した方が良さそうです。

しかし、木戸部長からは次のようなご依頼をいただきました。

「竹内さん、3ヶ月だけ下川のコーチングをお願いできないでしょうか?もしそれで彼が変わらないようであれば、降格する方向で進めたいと思います」と。

それを聞いて私は、下川課長に一度お会いすることになりました。

下川課長は穏やかな感じの方でした。私との面談も従順な感じで、仕事に対する不平不満などは言われませんでした。コーチングについても抵抗なく「お願いします」とのことでした。

しかし、確かに心が込められていないように感じます。

「言われてやる」というのをそのまま体現しているようでした。一見すると確かに管理職としての心意気はなさそうです。

しかし一方で、私の印象に残ったのは、下川課長の内発的なエネルギーの高さでした。そのエネルギーは、現時点ではほとんど表面化しておらず、心の奥の底に隠れてしまっているようでした。

全く表出していないが、実はエネルギーは高い。確かに木戸部長の言われた通り、以前は活き活きされていたのも頷けます。

それから、私は下川課長と毎週お会いしました。最初の1ヶ月は普段のお仕事に関しての傾聴に徹しました。

彼は私のことを警戒している雰囲気ではなかったのですが、彼自身が抑え込んで閉ざされてしまっている心が自然に開かれると良いな、と思っての狙いです。

私は、以前は活き活きしていたはずの下川課長が、なぜ今はただのイエスマンになってしまったのか探っていきました。

それがわかったのは、3回目のコーチングの時です。

下川課長のお話によりますと、もともと彼は何でも物事を「思い通り」に進めるタイプだったそうです。仕事上でもそれが功を奏して成績を上げ、管理職に抜擢されました。

しかし、管理職になりたての頃に「自分の思い通り」にやり過ぎて、自部署がバラバラになってしまったそうです。しかも、自分の気づかないところで部下を傷つけており、1人の部下から退職希望をされ、自分の愚かさに気づいたとのこと。

それ以来、下川課長はマネジメントのやり方を変えました。

自分が思い通りに進めるのではなく、皆の話をよく聴き、皆の意見を尊重して自分は「調整役であろう」とされたそうです。「当時はコーチングも少し勉強したのですよ」とおっしゃいました。

ところがその辺りからどんどん仕事への情熱が失われ始め、「正直言いまして、途中からどうでもよくなりました。木戸の下についてからは、彼が立派な上司でしたので、彼の言う通りになりました。それが最も間違いがないですから。別に私は課長でいたいとも思いませんので、降格になっても構わないのです。今は仕事よりも趣味の方が大事です。私は人生がそれなりに楽しければそれで良いのです」ということでした。

そしてその後、趣味の話をしてくださったのですが、その時はまるで人が変わったかのように目をキラキラさせるのです。

私はそれらのお話を聴いて、とても合点がいきました。

そしてようやくコーチングの1つの方向性が定まりました。

人が主体性を失う根本理由とは

目をキラキラさせて趣味のお話をされる下川課長を拝見し、私は確信しました。

この人には間違いなく「リーダーシップ」があるな、と。しかもそれは、人に影響を与え牽引していく「先導型リーダーシップ」があると確信しました。

私はリーダーシップには4つのタイプがあると見ています。

① ⽬的に向かい道を開拓するフロントランナー(先導者)
② 物事の本質を探究し進化させるデベロッパー(探究者)
③ 場が明るく楽しく元気になるムードメイカー(調和者)
④ ⼈の可能性を引き出し後押しするサポーター(尊重者)

下川課長は恐らく、この4つのタイプで言えば下の2つ「調和者」か「尊重者」のリーダーを目指したのでしょう。しかしそれは彼の素質とは明らかに逆行していたのです。

ここで、「素質」も定義しておきましょう。

「素質」をご理解いただくために、「素養」と対比し説明します。

まず、「素」とは「手を加えていない本質・もとからの」という意味を持ちます。

素養:努力して身に付けた能力

そのため素養とは、普段から養われてきた(育て上げてきた)知識や能力を意味する言葉になります。

素質:先天的に持つ、素の性質や力

素質の質という漢字は「生まれつき」という意味を持ちます。そのため素質とは、もとから生まれつき持っている性質を意味する言葉になります。

「素質」とは、その人が先天的に持っている力(才能)や魅力であるので、少し努力を続ければグングン伸びる性質があります。

人は、自分の素質を活かすことができれば活き活きします。しかし、素質とは真逆な生き方をすると、途端にエネルギーが減退するのです。

もともと人間が持っているはずの主体性が失われる根本的な原因の1つがこれです。

「素質を活かさない=自分を活かさない」ということです。

自分が自分であるための大事な要素を活かさないということ。つまり、それは「本来の自分ではない別者として生きる」ことになります。

その生き方によって、私達は「生きる気力」を失われていきます。そして当然のごとく、主体性を失います。

素質の源を掘り起こそう

元々、すべての人には素質があります。

それを正しく理解し、自分の素質を活かす人生・自分の素質を伸ばし続ける人生こそが、人の魅力と活力を開花させます。

私は下川課長に尋ねました。

竹内「下川さんの人生理念は何ですか?」

人生理念、それは「素質を掘り起こす源」です。「人生において、どんな生き方のできる自分であると幸せか」を言語化したものです。

下川課長「私は趣味が充実していればそれで良いです」

竹内「では、趣味に向かっている下川さんは、どんな生き方ができていますか?」

下川課長「明るいですね。すべてが明るいです。趣味の時間は私にとってはとても明るい時間です。」

「明るい」、とても単純ですが、下川さんがその言葉を使うと本当に空気が明るくなりました。きっとこの空気感でいつも趣味を楽しんでいらっしゃるのでしょう。

竹内「下川さん、その明るさを仕事で発揮してみませんか?私は、下川さんがその明るさでお仕事に向かえば、下川さん流のリーダーシップが発揮できると確信しています。」

私はこのようにお伝えしましたが、当然ですが、そんな私の言葉も最初は下川課長には届きませんでした。

下川課長「いやいやそんなのは無理ですよ。仕事では明るくなれません。そこまでの意欲がもうありませんし」

竹内「でもせっかく3ヶ月限定のコーチングなのですから、騙されたと思って私の言うことを試してみませんか?簡単なことです。毎日『明るい』という言葉を呟きながら仕事に向かうだけです。仕事中、できるだけずっと心の中で呟き続けるだけです。思い出した時で結構ですから。」

と私が少し強引に提案すると、「そこまで言われるなら、やるだけやってみましょう」ということになりました。

人が変わる瞬間を捕らえる

1週間後、再び下川課長にお会いしました。

竹内「いかがですか?呟いてみました?」

下川課長「はい、結構真面目にやりましたよ。でも特に何も変わらないですよ」

とのつれないお返事です。

しかし実は、パッと見た瞬間から下川課長の雰囲気が着実に変わっているのがわかりました。ご本人の気づかないところで「空気感」としてもエネルギーの高まりは人は無意識的に感じるものです。

これは想像以上に脈があるな、と私は確信しました。同時に、今この瞬間がこの人の「変わり目」だなとも思いました。

そこで私は唐突な質問をぶつけてみました。

竹内「下川課長、今から私が申し上げる問いに対して直観的に浮かぶ答えを教えてください。下川さんは、課長として、これから何を一番大切にされたいですか?」

直後に彼は、ポカンとしたお顔をしながら、「よくわかりませんが、『明るい意思』という言葉が浮かびました」とお答えになりました。

その瞬間に私は「出た!」と内心で大喜びしました。

この『明るい意思』というのは下川課長の本心の本心から出された言葉です。これを私は「真本音」と名付けており、その人の揺るがない人生の願いから発せられた言葉です。

竹内「では下川課長、もうちょっと騙されてください。今日からは『明るい意思』という言葉をお仕事中、呟き続けてください」とお願いしました。

そのコーチングの次の日でした。突然、木戸部長からご連絡が入ったのです。

木戸部長「竹内さん、下川が私に意見を言いましたよ!私の指示に対して、こうした方が良いと思います、と。それがかなり的確な意見でしたので、びっくりしました。下川に何かあったんですか?」

これを聴いて「やはり」と私はちょっとほくそ笑んでしまいました。

これをお読みいただいている皆さんは「そんなに簡単に人の行動が変わるものか」と思われるかもしれません。

しかし、人の心とは、その人の本心の本心が悦ぶ指針を得ることで、一気に変化を始めるものです。そしてご本人が自覚しないまま無意識的に行動の変化が始まります。

案の定、次のコーチングでお会いした時、下川課長はご自分が部長に意見したこと自体をお忘れのようでした。

私が部長からのご報告内容をお伝えすると、「確かにそうでしたね。でもちょっと意見を言っただけですよ。その場の思いつきですし。」との答えでした。

ご本人にとっては全く自然な行動。しかし周りから見ると、かなり大きな変化です。

人の変化というのは大概、こういったかたちで始まります。

自然な変化こそが主体性を取り戻す

そこからの下川課長の変化は目覚ましいものがありました。しかし、ご本人は元の素質を取り戻しただけなので、淡々とされたままなのが面白いところです。

一番嬉しかったのは、下川課長の部下のおひとり(Aさんとします)からのご報告でした。

Aさんは仕事の能力の非常に高い方なのですが、率直にものを言われる方でもあり、いつも「あんな課長いても意味がない」ということを公言されていたのです。

そのAさんから「課長がとても変わった」というお声をいただいたのです。

竹内「どう変わったのですか?」

Aさん「仕事に対して真剣になりましたよ。私にもはっきり意見を言うようになったし。なんか、リーダーですよ。そう、リーダーになりました、急激に。みんなを引っ張ってますよ。あんなリーダーシップがあるなら最初から出してもらいたかったですよ。まぁでも、ここからは課長と仕事するのが楽しそうだ」

その話を下川課長にお伝えすると、

下川課長「Aがそんなことを? 相変わらず生意気だな。でもなぜだろう? 私は変わってませんよ。ちょっと意見を言うようになっただけですよ。Aの方が変わったのでは?」

と、やはりつれないお返事でした。

竹内「下川課長は、どんな意見を皆さんにお伝えするようになったのですか?」

下川課長「あれですよ。『明るい意思』ってヤツですよ。仕事で何か決断しないといけない時、私自身が一番明るさを感じる選択肢を選ぶようにしたんです。それをみんなに推しているだけですよ。自然に強く推す感じにはなりますけど。」

なんとも秀逸なお答えです。

他者からはどう見ても大きな変化なのですが、ご本人のあまりの淡々ぶりに逆に笑えてきます。しかし、人間とはそういう生き物なのです。

主体性とは、ご本人の気づかないところで自然といつの間にか伸びるものです。なぜならそれは、その人の「素質」から掘り起こされたものであるからです。

それから1年、下川課長は今では木戸部長の最も信頼のおける「同志」となっています。部下どころか、部長までをも引っ張る存在です。

「次期部長は下川だ」と木戸部長は私に教えてくださいました。ご本人は、相変わらず淡々とされていますけどね。

著者プロフィール

竹内直人
KANAME Data Campus
研究所長

株式会社ITSUDATSU顧問・アドバイザー。KANAME Data Campus研究所長。株式会社真本音代表取締役。組織開発のスペシャリスト・チームパフォーマンスコーチ・真本音コミュニケーション開発者。コーチングがマイナーな27年以上前から質問中心の人材育成手法を使い、250社6万人以上をサポートする。現場の中から見出した真本音コミュニケーションを使い、「自律調和型組織」を創り、社長の想像を超える業績を残す組織を創り出している。

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