近年、注目されている「リカレント教育」。ある分野についてある程度の知識や技術を習得している方が、大学・大学院や通信制教育などを利用して学び直すことをリカレント教育と呼びます。
今回は、そんなリカレント教育をわかりやすく解説。リスキリングとの違いや、学び直しの際に活用できる支援制度もご紹介します。リカレント教育を受けるか検討している方は、ぜひ参考にしてみてください。
- 日本においてリカレント教育が注目されている理由
- リカレント教育のメリット・デメリットを把握しよう
- リカレント教育を実施している企業の事例
リカレント教育とは
「リカレント教育」とは、学校教育を離れた社会人が各自のタイミングで学び直し、新たに習得した知識や技術を仕事で発揮する、教育と仕事を交互に繰り返すことをいいます。
リカレント教育には、2つのパターンがあります。ひとつが欧米でよく見られる、就職後に学び直しをするために大学や大学院に戻って学習し、そこで得た知識を以って就職するというパターンです。
もうひとつは、仕事を休職したり退職したりすることなく大学や大学院などに入り、学び直すパターン。こちらは日本でよく見られます。
近年では経済産業省・文部科学省などがリカレント教育におけるキャリア相談や費用の支援に取り組んでいることもあり、従業員のリカレント教育を推進している企業も増えてきています。
リカレント教育と生涯学習の違い
リカレント教育と混同されやすいのが「生涯学習」です。リカレント教育は仕事でのスキルアップを目的としているのに対して、生涯学習は文字通り生涯にわたって学び続けることをいいます。
そのため、リカレント教育はビジネスに関係する外国語の学習や資格習得のための学習などが該当します。一方、生涯学習はそうした仕事に関係すること以外の文化活動やスポーツ、そのほかの趣味など、生きていくうえでの生きがいに繋がる内容が学習の対象です。
リカレント教育とリスキリングの違い
日本においてリカレント教育と共に重要視されているのが「リスキリング」です。
リスキリングとは、企業を取り巻く変化に対応するため、従業員に対して特定分野における新たなスキルや知識を習得してもらう学び方のことを指します。企業のDX戦略と共に語られることが多いのが特徴です。
リカレント教育とリスキリングの違いは、従業員の主体性です。リカレント教育は、従業員が自身の力量や知識不足を感じ、自ら学び直しを選択するのに対して、リスキリングは企業課題の解決を目指して、企業が従業員に対して新たなスキルを体得してもらうために実施されます。
リカレント教育が注目されている背景
なぜ今、日本でリカレント教育が注目されているのでしょうか。それには、時代の変化や日本人の暮らし方の変化などが大きく関係しています。リカレント教育が注目されている背景について解説します。
ライフスタイルの変化
従来の働き方に比べて、現在のライフスタイルは非常に多様です。出社勤務だけでなく、在宅勤務や地方に移住しながら働けるテレワークスタイルなど、従業員がさまざまな働き方を選択できる時代になりました。
そんな現代においては、専門的な知識や技術を身に付けていることが自身が理想とするライフスタイル実現の近道になります。個人の新たな生き方を叶えるひとつの手段として、リカレント教育が注目されています。
人生100年時代の到来
リカレント教育が注目されている背景には、人生100年時代の到来が関係しています。
従来までの日本人のライフステージは、「学業」「仕事・子育て」「引退」の3つに分かれていました。100歳まで生きられるほどに寿命が伸びた現代では、ライフステージが細分化。長く元気に働くには、「学業」「仕事・子育て」のあとに学び直して生涯現役の人生を送るライフスタイルに移行する必要があります。
引退するまでに「学び直し」と「キャリアチェンジ」のライフステージが加わったため、それを実現するリカレント教育制度の充実に注目が集まっているのです。
市場・技術の進化が高速化している(Society 5.0)
市場・技術の進化が高速化している現代においては、これまでは通用していた技術や知識では対応できなくなることも起こりえます。
これまでの情報社会では、サイバー空間にある情報を人間が主体的に取得・分析する必要がありました。しかし、今後訪れるとされる未来社会Society 5.0では、サイバー空間とフィジカル空間で相互的なやりとりがなされると考えられています。
こうした社会では、より専門的かつ高度なIT技術と知識を習得した人材が必要です。適した人材を育成できるため、ITの分野においてもリカレント教育が注目されています。
雇用の流動化による競争優位性の確保
現代の日本では、スキルアップやキャリアアップの方法として転職が当たり前になっています。優秀な人がより自身の能力を発揮できる場所を求めているため、企業は優秀な人材が長く働いてくれるように、教育支援制度を充実させなければなりません。
例えば、学び直しのために退職した元従業員を受け入れる制度は、リカレント教育を受ける側にとって安心材料となります。離職期間は企業にとってデメリットですが、最新の専門知識や技術を習得した従業員が再就職してくれれば、大きなメリットが期待できます。
雇用が流動化しやすい現代において競争優位性を確保するという意味でも、リカレント教育は今後より重要なポイントとなっていくでしょう。
リカレント教育のメリット
リカレント教育は、個人と企業の両方にメリットがあります。それぞれどんなメリットがあるのかをわかりやすく解説。リカレント教育を受けるか検討している方や、リカレント教育を支援する制度の導入を検討している企業担当者は、ぜひメリットを理解したうえでリカレント教育について改めて考えてみてください。
個人のメリット
リカレント教育は個人にとって非常にメリットがあります。ひとつは、年収の上昇を期待できること。内閣府が公開している資料によれば、自己啓発を行った従業員とそうではない従業員の年収の差は、2年後には約10万円、3年後には約16万円になるとされています。
専門性の高い職業に就くことができるのも、リカレント教育のメリットです。リカレント教育は過去に学んだことのある分野を学び直すため、知識や技術の習得スピードが早いといわれています。そのため、キャリアアップの促進に期待できます。
企業のメリット
従業員がリカレント教育を受けることにより、企業の競争力が強化されたり、人材不足が解消したりするなどのメリットを得られます。
リカレント教育を支援する制度を導入している多くの企業のなかには、支援対象者を社内で一定の評価を得ている従業員のみとしているところもあります。すでに活躍している人材が新たな知識や技術を習得することで、事業レベルの底上げが期待できます。それに伴い、企業の競争力も強化されるでしょう。
一度、休職や退職した方がリカレント教育を受けられるよう制度を整えれば、人材不足の解消も可能です。
少子高齢化が進む日本社会においては、今後企業側がリカレント教育に力をいれることが非常に重要。再教育し戦力に加えれば、人材不足という課題も解決することが可能です。
リカレント教育のデメリット・注意点
リカレント教育を受ける際は、メリットとあわせてデメリットや注意点も理解しておきましょう。個人側と企業側では、考えられるデメリットが異なります。それぞれどんなデメリットがあるのかをご紹介します。
個人のデメリット・注意点
リカレント教育を受ける場合、時間確保が大変だったり費用負担が大きかったりするのはデメリットおよび注意点としてあげられます。
フレキシブルな働き方が難しい場合、平日の早朝や夜間の時間を利用して学習を進める必要があります。レポートの提出期間には土日も勉強時間を確保しなければならないため、体力的に非常にハード。リカレント教育を受ける前に、現状の生活のなかに学習時間を作れるかはよく考える必要があります。
費用は、大学や大学院の場合は負担が大きくなります。通信制教育を利用する場合はそこまで大きな金額は必要ではないものの、テキストや講座費用は自身で用意しなければなりません。
リカレント教育は課程を修了すればメリットが大きいものの、実際に取り組む場合のデメリットも無視できないので、よくよく検討する必要があります。
企業のデメリット・注意点
リカレント教育における企業側のデメリットとしては、働きやすい環境の整備や従業員がリカレント教育を受けやすいようにサポート制度を用意するなどがあります。
日本ではまだまだ馴染みがないリカレント制度。なかには、時短で働く従業員もいるため、彼らが今まで担当していた業務はほかの方がカバーしなければなりません。
そのような事態になった場合、フルタイムで働く従業員の理解を得つつ、リカレント教育を受けている従業員がそのことを気にしすぎずに学習と仕事に専念できる環境づくりが重要です。
ビジネスパーソンがリカレント教育で学びたい分野
リカレント教育では、さまざまな分野のことを学べます。特に人気なのは、仕事に活かせるデジタルリテラシーやデザイン、MBAなどの分野です。今後も活躍するビジネスパーソンを目指すなら、この3分野での学び直しを検討してみてはいかがでしょうか。
デジタルリテラシー
国をあげて企業のDX化が推進されているように、「デジタルリテラシー」の分野は今後ビジネスを拡大するうえで重要なポイントとなります。特に高い知識と技術を習得している人材が求められているので、リカレント教育で学ぶなら検討したい分野です。
デザイン
日本では近年「デザイン思考」や「デザイン経営」など、デザイン×◯◯の掛け合わせができる人材が求められている傾向にあります。
スキルとして活かせるデザインの知識だけを学習するのではなく、デザインを事業で活かすといった視点での学びがポイント。
経済産業省・特許庁が公開している「「デザイン経営」宣⾔」という資料からもわかるように、今後の日本もしくは世界において企業の競争力をあげるには、デザインとほかの分野の知識を掛け合わせて新たな事業を創造できる人材が必要とされています。
MBA
社会人の学び直しといえば「MBA」は外せません。MBAは、「Master of Business Administration」の略語。日本では経営学修士と呼ばれ、経営学の大学院修士課程を修了した方に与えられる学位のことを指します。
MBAは、経営をサポートするビジネスプロフェッショナルの育成を目的に用意されたプログラムです。今後、経営にまつわる仕事や経営者をサポートするポジションに就きたいと考えている方におすすめの分野です。
リカレント教育を実施している企業事例
日本には、すでにリカレント教育を実施している企業が複数存在します。今後、自社でリカレント教育をサポートする制度の導入を検討している企業は、ぜひこれらの事例を参考にしてみてください。
AGC株式会社
ガラス事業・電子事業・化学品事業などを展開するAGC株式会社は、サプライチェーン全体をDXにより変革すると共に顧客に新たな付加価値を提供し、自社の競争力を強化するためにさまざまな研修制度を用意しています。
そのうちのひとつが、目的に応じた大学・大学院への派遣制度です。新素材や新技術の開発に関係する大学の研究室との接点を活かして、従業員を大学・大学院に派遣。国内・国外を問わず、従業員の博士号取得を支援しています。
サイボウズ株式会社
インターネット事業を展開するサイボウズ株式会社は、従業員が自律的に学び直しするのを全面的に支援するために制度を充実させています。
例えば、退職後6年間は再入社が可能な「育自分休暇」という制度が存在します。これにより、仕事を退職してリカレント教育のため大学や大学院に入学した後でも、就職活動が大変になることが少なくなります。
ほかにも、自律的なキャリアを考えにくい従業員をサポートする「キャリア相談窓口」を設置。キャリアコンサルタントの有資格者に相談し、自身の今後のキャリアを決定できます。
株式会社メルカリ
フリマアプリ「メルカリ」を運営する株式会社メルカリは、大学院課程進学の学費支援と業務時間調整の制度「mercari R4D PhD Support Program」を導入しています。
大学院は理系・文系を問わず対象で、研究テーマも問われません。ただし、支援の対象となるのは、入社2年以上経過しており一定以上の評価を得ていることに加えて、公募で選考を通過した従業員のみです。
博士課程進学時の学費支援は年間200万円までで、業務時間の調整は時短なし・80%・60%・勤務なしから選択が可能。給与は選択した勤務時間により決定されます。入社後に博士の資格を取得したいと思った場合に便利なリカレント教育制度です。
リカレント教育を受ける方法
リカレント教育を受けるかどうかを検討する前に、まずはどんな方法でリカレント教育を受けることが可能なのかをしっかりと知っておきましょう。現状は、大学・大学院の講義を受講するか、オンライン講座を受講するかの2択です。それぞれのメリット・デメリットを解説します。
大学・大学院の講義を受講する
リカレント教育を受ける場合、大学・大学院の講義を受講する方法があります。欧米のリカレント教育は主にこの方法を指しており、実施する場合、会社を退職する方がほとんどです。
日本には、リカレント教育に対応する大学が複数あります。大学院で社会人学生の受け入れをしていたり、学部・大学院で社会人入試制度を設けていたりと、選択肢はさまざま。そのほか、科目履修生という形で大学の授業科目を履修することもできます。
仕事と学習をどのように両立したいか、個人の状況にあったリカレント教育の現場を環境を見つけられます。
オンライン講座を受講する
会社を退職して大学・大学院に入学することが難しい場合は、オンライン講座を受講するリカレント教育も検討してみてください。
通信教育と呼ばれる教育システムで、完全にインターネット上のオンライン授業で学べるサービスもあれば、通信教育部を設置している大学も存在します。
大学・大学院にスクリーニングするリカレント教育と比べて授業料が安く済むほか、仕事を辞めずに学び直しができるのがメリット。学力向上を図りながら、専門的な知識と社会人として必要な思考力を鍛えられます。
ただし、社会人として働きながらレポートを提出したり、場合によっては平日夜間や土日に通学を行わなければならないため、卒業まではハードな日々を送ることになります。その状態でも通い切れる覚悟がある方、体力的な自信がある方に向いているリカレント教育を受ける方法といえます。
リカレント教育で受けられる支援
リカレント教育を受けるには、ある程度のまとまった費用が必要です。本当は学び直しをしたいけれど、費用面で踏み出せずにいる方も多いのではないでしょうか。条件を満たす必要はあるものの、リカレント教育で受けられる支援制度がいくつか用意されています。対象者が異なる5つの制度をご紹介するので、支援の利用を検討してみてください。
教育訓練給付制度
リカレント教育を受ける際、条件を満たせば「教育訓練給付制度」の支援を受けられます。教育訓練給付制度は、労働者の自主的なスキルアップを支援するための制度です。
教育訓練給付制度の給付を受けられるのは、受講開始日時点で雇用保険に加入しており、その加入期間が1年以上の方です。もしくは、すでに一度給付を受けており、雇用保険の加入期間が3年以上ある方も、制度の対象となります。
対象の教育講座数は約14000。「専門実践教育訓練」「特定一般教育訓練」「一般教育訓練」の3種類があり、それぞれ給付金は受講費用の70%・40%・20%です。
なかには夜間・土日に受講できる講座もあるため、仕事と両立できる講座を選択できます。
高等職業訓練促進給付金
「高等職業訓練促進給付金」は、母子家庭の母や父子家庭の父にあたる人物が、看護師や介護福祉士などの国家資格取得を目指すことを支援する制度です。
養成機関において1年以上の修業を行う場合、最大10万円の高等職業訓練促進給付金が支給されます。加えて、訓練修了時には、最大5万円の高等職業訓練修了支援給付金が支給されます。
参考:厚生労働省「母子家庭自立支援給付金及び父子家庭自立支援給付金事業の実施について」
公的職業訓練(ハロートレーニング)
雇用保険の有無に関係なくリカレント教育を受けたい場合に利用できるのが「公的職業訓練」です。別名ハロートレーニングとも呼ばれています。
公的職業訓練には、雇用保険受給者を対象とした「公共職業訓練」と、雇用保険を受給できない求職者を対象とした「求職者支援訓練」の2つが存在します。
一部テキスト代は自己負担となるものの、受講は基本的に無料で受けられるのが特徴。IT・デザイン・製造・サービス・介護・事務など、さまざまな分野の訓練コースが用意されています。なかには、資格取得が目指せるコースも存在します。
年間約26万人が受講している支援制度です。まずは無料でリカレント教育を受けてみたいと考える方は、ぜひ利用を検討してみてください。
参考:厚生労働省「ハロートレーニング」
参考:厚生労働省「ハロートレーニングを上手に活用して就職やスキルアップにつなげよう!」
キャリアコンサルティング
現在在職中で、リカレント教育を受けようか迷っている方には「キャリアコンサルティング」制度がおすすめです。
北は北海道、南は宮崎までキャリア形成サポートセンターが設置されており、対面もしくはオンラインにてキャリアコンサルティングが受けられます。
厚生労働省が委託している事業なので、費用は無料。個人から企業・団体、学校関係者まで広く使える支援サービスです。
就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業
「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」は、文部科学省が推進しているプログラムです。対象は、非正規雇用労働者・失業者・求職者のみ。全国の大学と連携し、スキルアップが期待できるプログラムを用意しています。
テキストや施設利用の費用は自己負担となるものの、講座の受講料は無料。受講期間はプログラムによって異なり、最短2カ月の講座もあります。失業後に大学で専門的な授業を学びたい方に適した支援制度です。
参考:文部科学省「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業参考資料」
参考:文部科学省「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」
支援制度を活用してリカレント教育を受けよう
- リカレントとは、仕事に活かせるスキルの学び直しのこと
- 日本ではあまり浸透していないが人生100年時代を迎えるにあたって重要視されている
- リカレント教育の費用を支援する制度が充実している
リカレント教育を受けるには、学習時間の確保以外に費用の用意など、いくつかの問題を解決しなければなりません。一口にリカレント教育といっても、大学・大学院を利用する方法や、比較的安価な通信制教育を受ける方法などがあります。なかには、一定の費用が支給される支援制度も存在します。
スキルアップやキャリアアップを考えている方は、支援制度を活用してリカレント教育を受けてみてはいかがでしょうか。
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