日本が抱えてきた「地方創生」という難題。長年膠着していたこの課題に、コロナ禍以降大きな変化が起きています。ランサーズ株式会社の曽根秀晶氏に、フリーランスという視点から「地方創生」問題解決の可能性についてご寄稿いただきました。
「ニッポン株式会社」の課題とは?
「働き方改革」と並んで、長らく日本の課題として掲げられている「地方創生」。これは「働き方改革」と同様に、課題に対する前進がなかなか見えにくい課題でもあります。
前回の寄稿では、日本の最重要アジェンダとして挙げられてきた「働き方改革」にまつわるこの10年の動きについて、制度や仕組み、企業と個人の関係、個人の意識と行動の観点からその変化を振り返りました。
今回の寄稿では、「地方創生」のこれまでとこれからについて、前回と同じくフリーランスを起点にひもといてみたいと思います。
そもそも一度たちかえると、地方創生がなぜ日本の重要課題として挙げられるのでしょうか。その課題の本質をパッと答えられる方は少ないかもしれません。
仮に日本を1つの株式会社として捉えた「ニッポン株式会社」の価値を、「労働力資本×労働力生産性」と定義してみましょう。
そうすると「ニッポン株式会社」の課題は、労働力資本の減少と、労働力生産性の低迷という2つの課題に分解できます。
この課題分解がなぜ地方創生と結びつくのか、そこにおいて何が本質的に重要なのか、そしてこれがコロナ禍でどのように変わりつつあるのか、それらについて探っていきましょう。
自治体の課題を解決する「仕事の再分配」
まずは労働力資本の減少です。これは表面的には、労働力人口の減少という事象で捉えることができます。その少子化・高齢化の現状と未来予測を鑑みても、日本は「課題先進国」といえます。
地方からの人口流出で東京一極集中が進んでいます。それに加え首都圏、特に東京における出生率は全国で最低レベルの水準であるため、日本全体で少子化が進行しているのです。
地方からの人口流出は戦後からコロナ禍に入る2020年まで続いたトレンドであり、また東京における出生率の水準は直近で1.08まで低下しています。その一番の原因は地方に仕事がなく、なかなか雇用を創出できないことにあります。
2020年までランサーズが共同代表を務めた「熱意ある地方創生ベンチャー連合」という一般社団法人での活動で多くの自治体の首長と議論してきたなかでも、各地域のこの雇用問題について何度も聞いてきました。
一方で、1つのユニークなデータがあります。ランサーズの仕事の流通について、発注側においては東京の企業が59%を占めるのに対して、逆に受注側においては東京外の個人が77%を占めるのです。
つまり、地方にいながら多くの人が域外の仕事をしているということです。たとえば奄美在住の翻訳家が、東京都の企業から月数十万円の報酬を継続的に得ることもできます。仕事の地域格差が「仕事の再分配」によって解消される仕組みが存在するのです。
そうはいっても、この事象は限定的なものでした。しかし、コロナ禍で広がったリモートワークの影響により、70年変わらなかった地方からの人口流出の流れにも歯止めがかかりました。
日本でもコロナ禍でリモートワークが当たり前になり、地方にいながらしっかりと仕事ができる機会があふれるように変わりつつあります。この動きは日本の大きな構造転換の始まりといえます。
中小企業の課題を解決する「才能の再配置」
次に労働力生産性の低迷です。「働き方改革」がこれだけ叫ばれてきた背景も含めて、実際に労働力生産性を測るさまざまな指標において、日本は先進国のなかで最低水準であるという結果が出ています。
では少し解像度を上げて、どこで労働力生産性が低いのかを見てみると、特に中小企業における労働力生産性が低く、日本では他国よりも一層深刻である、という事実があります。
中小企業の定義は業種によって異なりますが、たとえば最も数の多いサービス業での定義は、資本金5千万円以下または従業員100名以下の企業です。日本の企業のうち、企業数で99.7%、雇用数で約7割が中小企業となります。
では中小企業は何を課題として考えているのでしょうか。コロナ禍前の「中小企業白書」をみると、中小企業経営者が課題として挙げるのは、1位が人材の確保、2位が販路の開拓となっており、この2つが圧倒的です。
コロナ禍でより顕著になったのは、上記のうち売上を上げるための販路の開拓です。地場に根ざしたローカルな商圏でビジネスをする多くの中小企業が、コロナ禍で大きな打撃を受けました。
その状況で多くの中小企業経営者が、本気で新たな販路の開拓を検討するようになりました。DXというバズワードを持ち出すまでもなく、落ち込んだ売上を回復するために、多くの企業がECサイトでの商品販売などに取り組んでいます。
そこで改めて浮き彫りになった課題が、人材の確保です。売上拡大のためにやるしかないと覚悟を決めても、やり方がわからず、まわりに頼れる人もいないため採用しようとしてもできないのです。
一方で、コロナ禍で中小企業は新たな人材活用の道を見出すようになりました。これまでは地場の社員採用や外注企業のみに頼っていた中小企業が、フリーランス・副業のプロ人材活用という形にもチャレンジするようになったのです。
つまり、地方の中小企業が必要な知見をもっていない、それをなかなか獲得できないという「知見の地域格差」ともいうべき状態に対して、これを「才能の再配置」によって解消する仕組みが広がりつつあるのです。
多くの中小企業が変化を迫られる中で、徐々に新たな取り組みを始めつつありますが、こうした動きは着実に広がっていくと思います。なぜそう考えるのか、その背景にある構造を次章で最後に述べていきたいと思います。
地方で広がる「三方よし」のおいしい副業
ここまでの内容を少し単純化してまとめると、労働力資本減少の課題に対して首都圏の企業⇔地方の個人のマッチングをうながす「仕事の再分配」、労働生産性低迷という課題に対して地方の企業⇔首都圏の個人のマッチングをうながす「才能の再配置」ということになります。
つまり、「ニッポン株式会社」の仕事や才能を再分配・再配置する仕組みを推し進めることで課題解決をしていこう、ということです。
改めて、これまで述べてきたようなコロナ禍での中小企業の課題に真剣に向き合っているのは、経営者だけではありません。地場の中小企業を支援する地方の金融機関にとっても、これは喫緊の課題といえます。
菅前首相が「地方の銀行多すぎる」と発言して、再編圧力が高まったのは2020年9月のこと。全国に約100ある地銀・第二地銀の多くが、自身の競争力を高めるためにも、価値あるサービスを模索する動きを強めています。
その大きな流れの1つが、融資先の中小企業の支援強化、とりわけ人材の紹介です。規制緩和も進むなかで、多くの地銀が人材紹介の免許を取得し、これを新たな業務として取り入れるようになりました。
ただ一方で、中小企業の売上拡大・販路開拓を実現するための適切な人材紹介が簡単に始められるかというと、これがなかなか難しいのです。
整理すると、中小企業は今いない人材を採用したい、地銀は支援を強化したいがなかなかそういう人材がいない、という状況。一方で、ニーズを満たす人材は特に首都圏に多く存在しており、リモートワークや副業も広がったなかで、そういう人材が自分のノウハウのいきる機会・場所を探しています。
こうした背景もあり、ランサーズでは地銀との協業を積極的に進めており、すでに40行ほどと提携しています。中小企業に対して、経営人材やDX人材の副業マッチングの事例が多く生まれ始めています。
知見をもつプロ人材が、経験豊富な業種やなじみのある地域の企業向けに支援をする事例は増えてきています。これは、地方の中小企業、それを支援する地銀、そして知見を提供する個人、三者にとって「三方よし」のモデルです。
この地方におけるプロフェッショナル副業人材マッチングの流れはまだ始まったばかりです。こうした新たな動きを通して、日本の本質課題の1つである中小企業の生産性向上がここから大きく前進していくことと期待しています。
曽根秀晶
ランサーズ株式会社 取締役 執行役員COO
2007年よりマッキンゼー・アンド・カンパニーで、コンサルタントとして主に小売・ハイテク業界の大手クライアントの経営課題を解決するプロジェクトに従事。2010年より楽天株式会社において、「楽天市場」の営業・事業戦略を担当後、海外デジタルコンテンツ事業のM&A・PMIを推進、グループ全体の経営戦略・経営企画をリード。2015年2月、当社に参画し、2015年11月より取締役に就任。著書に「強い組織をつくる オンライン時代の戦略的リモート・マネジメント」がある。
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