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日本の上場企業のWeb3参入はなぜ難しいのか? 立ちはだかる会計と監査の問題

U-NOTE編集部

2022/11/14(最終更新日:2022/11/14)


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昨今、ブロックチェーンを用いた新たなインターネットの概念として注目を集めている「Web3」。しかし、Web3関連の事業を展開する際には、さまざまな“壁”があるといいます。

今回は、公認会計士の水地一彰氏に、日本の上場企業がWeb3事業へ参入する際に立ちはだかる「会計」の課題について、ご寄稿いただきました。

Web事業の実装でボトルネックになる「会計」

ここ1年の間に非常によく聞くようになった言葉「Web3」。

2022年3月に自民党から公表された「NFTホワイトペーパー」ではこのWeb3を「デジタル経済圏の新たなフロンティア」と表現し、「デジタル経済の構造を根底から覆す新たな技術革新の波」と言い切っている。

果たしてそうなのだろうか?未来は誰も分からないため妄想の域は出ないが、しかしながら、グローバルでは莫大なリスクマネーがこの領域に流れ込んでいるのは事実。

Web3を産業政策の中心に据えて、国家戦略として進めていこうとしている国も出てきている。繰り返しになるが、未来は誰にも分からない。そして、その未来への大きな分岐である不確実性の塊であるWeb3。

この波に乗るか?静観するか?個人としてのポジションの取り方は各々の判断に委ねられるとしても、社会制度の土台を作る国家としてWeb3を産業政策の中心に据えることを日本国としてはコミットした。

つまり、岸田内閣の産業政策の方向性を示す骨太の方針、その具現化としての新しい資本主義実行計画にもWeb3の推進に向けた環境整備が掲げられた。

好む、好まざるに関わらず、この得体の知れないWeb3という領域に国は政策リソースを配分する意思決定をしたのである。

これに基づいて、法律、税制などの分野では急ピッチに議論が進んでいくことになる。事実、資金決済法は逐次改正され、Web3に関する法整備が整ってきている。

また、業界団体からも第一線で活躍されている弁護士先生中心にWeb3を事業として進めていく上で法的な解釈が十分に示されていない領域について各種ガイドラインが提示されるなど、徐々に素地が整いつつある。

令和5年度の税制改正で暗号資産に関する税制改正の議論が進んでいる。本原稿執筆時点においては確定していないが、年末の与党の税制改正大綱で示され、年明けの通常国会で可決される見通しである。

法律と税制の分野ではまさに「Web3の推進に向けた環境整備」が一歩一歩ではあるが、着実に進んでいる感がある。一方で、なかなか進まない社会制度改革もある。それが会計という分野だ。

これまで大きく取沙汰されてこなかったが、Web3という分野を会計という視点で見たときには構造的に根深い問題があると個人的には危惧している。

今後ブロックチェーン技術を活用したビジネスが社会実装されるにあたり、会計が大きなボトルネックになりかねないとすら思っている。

そこで、本稿ではWeb3事業を社会に実装するにあたって「会計がなぜボトルネックになるのか?」「それをどのように克服していけるのか?」という点にフォーカスし、議論を進めていく。

なお、本稿は会計という領域で現在起きている問題とその打ち手を示すことを目的としており、Web3における会計処理を提示することを目的とするものではない点を、あらかじめご了承いただきたい。

会計・監査における課題の構造

会計の問題を論じるにあたり、上場会社を前提にすると問題を以下の2つに分けることができる。

  • 会計(という経済実態を貨幣的に記録するという技術)の問題
  • (正しく会計処理されているということを保証する)監査の問題

端的に言うと、前者の会計の問題は「ルールがない、ルールが不明確」ということで、後者の監査の問題は「監査を受けられない(断られる)」ということだ。

対象を明確にすると、前者はWeb3事業を行う上場会社側で起きている問題であり、後者は監査を実施する監査法人側で起きている問題とも言うことができる。

誤解のないように重ねて申し上げると、問題の発生地を示しているに過ぎない。「上場会社が問題だ!監査法人が問題だ!」と申し上げているわけではない。

上場会社で発生している問題、監査法人で発生している問題ということである(そもそもWeb3がまだ市民権を得ていない以上、そもそも問題が発生しているという認識すらも持っていないかもしれないが)。

そしてさらに、問題を複雑にしているのが、上記の2つが明確にパキっと分かれているわけではなく、相互に入り組んでいるという点だ。

つまり、会計は上場会社だけの問題ではなく、監査も監査法人だけの問題ではないのだ。日本で多く起きていると思われる実例で示そう。

実例

ある上場会社がWeb3の事業進出を検討していた

それにあたり会計処理が分からない

来期の事業計画が作成できない

そこで監査法人に会計処理を問い合わせる

そうしたところ監査法人からWeb3事業へ進出するならば監査契約を継続できないと言われた

であれば、ほかの監査法人に契約を打診するしかない

しかし、ほかの監査法人もWeb3の事業を行っていると監査契約を締結してくれないとの話を複数の知り合いから聞いた

よって、今契約している監査法人の言うことを聞かざるを得ない

なぜなら、監査法人に契約を打ち切られると上場を維持し続けることができないから

従って、Web3事業への進出を諦めらざるを得ない

筆者もここ数か月で数件、同様の事例を聞いている。日本全体でみると枚挙にいとまがないと考えられる。上場会社のみならず、これから上場を目指す会社についても同様の話を聞く。

つまり、Web3事業を営む上場会社および未上場スタートアップは監査を受けられないということだ。

Web3事業への進出が難しい理由

多くの企業がWeb3事業への進出を諦めている背景には何があるのだろうか?いろいろと問題はあるのだろうが、問題は以下に集約されると考えている。

①そもそもWeb3がよく分からない
②そもそも上場会社とWeb3は相性が悪い
③そもそもWeb3の会計のルールが曖昧

お気づきだと思うが、問題はそもそも論に帰着する。「そもそも」すべてがカオスなのだ。この3つのそもそも論について、以下で具体的に解説していこう。

①そもそもWeb3がよく分からない

Web3は非常に分かりづらい。というよりも難しいのだ。

「ネットの解説記事を読んでもさっぱり」「YouTubeの解説動画を見ても3分が限界」そんな経験をされた人も少なくはないのではないだろうか。

Web3そのものを説明することは本稿の主題ではないため、詳細な説明はほかに譲るが、Web3が目指す理想の社会は現在の延長線上には存在しないため、現代の社会制度における常識を思考の立脚点に置くかぎり、Web3で起きるあらゆる現象を正確に捉えることはできないと考える。

Web3を理解する上での必要な思考法はアンラーニング、つまり現在の常識に絡め取られているあらゆるバイアスを振りほどき、ニュートラルな状態で吸収していく姿勢であると考えている。

②そもそも上場会社と相性が悪い

以下、(a)トークン保有者、(b)トークンファイナンス、(c)ブロックチェーン特有の匿名性に起因するもの、この3つの観点で上場会社がWeb3を事業として取り組む際の相性の悪さについて箇条書きで挙げる。

(a)トークン保有者に起因するもの

  • トークン保有者という新たなステークホルダーの法的位置づけが明確ではない(=ホワイトペーパーによって権利と義務が明確に規定されていない)
  • 銀行、株主に加えて、新たにトークン保有者という資金供給者が登場し、コーポレートファイナンスの前提が変わってくる
  • トークン保有者の合意による意思決定が株主の利益の最大化につながらない場合、会社法上優先されるはずの株主利益が脅かされる可能性がある(プロダクトのオーナーシップを持つガバナンストークンを前提とした場合)
  • 上記のトークン保有者の合意に基づく意思決定を取締役会が経営判断として認めた場合、忠実義務、善管注意義務違反を根拠にした取締役会の責任が不明瞭である

(b)トークンファイナンスに起因するもの

  • 上場会社がトークンにより資金調達した場合、資本市場以外の公開された市場で資金調達が可能となることから資本市場に上場している意義を説明しづらい(特にこれからIPOを目指す会社は資本市場に上場する意義を主張しづらい)
  • 発行者がトークンの供給量を調整することでトークン価格の相場操縦を行うことが可能となり、結果、株式の時価総額を超える場合が想定されるといった資本市場に混乱をきたす可能性がある(理論上、トークンの時価総額が株式の時価総額を超えることはありえない)

(c)ブロックチェーン特有の匿名性に起因するもの

  • 意図せずして反社会勢力と取引を行うなどの犯罪収益移転防止法違反になるリスクがある
  • 意図せずして未成年などの民法上の制限行為能力者と取引を行うリスクがある
  • 収益の架空計上など粉飾に用いられるリスクがある

③そもそも会計のルールが曖昧

Web3の領域は法的な整理が十分ではない。会計に関してはそれに輪をかけて制度が整っておらず、会計処理に関する議論も未成熟の状況と言える。

ここからは「Fungible Token(FT)」「Non-Fungible Token(NFT)」というトークンの種類・性質に分けて、会計に関するWeb3の現状を解説をしていく(便宜上、資金決済法に規定する暗号資産をFTと表現している点をあらかじめ断っておく)。

また、FTについては「発行」と「保有」という行為に応じて会計上のルールある/なしが明確に分かれていることから、(a)NFTの発行及び保有、(b)FTの保有、(c)FTの発行と3つの区分で掘り下げていくこととする。

(a)NFTの発行及び保有について

NFTについては会計のルールが整備されていない。というのも、NFTは法律上も観念されておらず、法的定義の観点から会計上のルールを導き出すことが困難である。

また、まだまだ技術的には未成熟であることからビジネスのユースケースが少なく、実務から帰納法的にルールを作成する要素を抽出できないというのが現状であろう。

以上がNFTの発行及び保有に関する会計処理を記載したルールが存在していない理由だ。それでは、「ルールがないからNFTを発行または保有してはいけないのか?」と言われるとそんなことはない。「NFTを発行または保有したらダメ!」という法律も会計基準もないからである。

それでは、ルールで規定されていないNFTを発行したり、保有したりしてしまったらどうすればいいのか?この問いに対する答えは「現行のルールの枠組みで会計処理を考える」である。

(b)FTの保有について

結論から言うと、FTの保有に関してはルール(実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」)が存在する。

FTを保有している場合は、決算日に時価評価を行い、取得原価と時価との差額を評価損益としてPLに計上する(同対応報告第5項)。

つまり、FTを買ったときよりも時価が高くなっていると評価益を計上し、逆に時価が下がっていると評価損を計上する。

(c)FTの発行について

上述の通りFTの保有に関するルールは存在する。(b)で紹介した実務対応報告第38号というものだ。

この中において仮想通貨(現:暗号資産)の会計処理に関する取り扱いが全体的に取りまとめられている。しかし、この中で「自己の発行したものは対象外とする」とされている。

要するに、FTの発行においては同対応報告の中でルール化されていないのである。それでは、FTの発行を会計処理するための別のルールはないだろうか?

「収益認識に関する会計基準」というものがある。広く売上計上に関するルールを記載した会計基準だ。しかし、この中でも「資金決済法による暗号資産については対象外とする」とされている。

まとめると「暗号資産の会計処理を取り扱う実務対応報告でFTの発行は対象外にされ、売上を計上する会計基準でも対象外にされている」ということだ。

つまり、FTの発行を規定するルールはない。なおかつ、NFTで取った作戦「現行のルールの枠組みで会計処理を考える」というアプローチを取るにも著しく大きな制限がある。

FTの発行を現行のルールの中で位置づけるとしてもフックを掛ける場所すら存在しないというのが現状だ。

どう解決するか

ここまであらゆる問題を風呂敷の上に並べてきた。基礎的な前提のようなレイヤーからテクニカルな領域まで多くの課題が目の前に立ちふさがっている。

それでは、どうやって、制度そのものへのコンセンサス(合意)を取って行けばいいのだろうか?上場会社はこの状況の中どういう対応策が取れるのだろうか?

ここからは、将来の議論に入りたいと思う。まず、制度へのコンセンサスについて、これは長期戦の覚悟が必要だ。

途中で解説した通り、上場会社とWeb3は相性が悪く、根っこのところから議論が噛み合わない。従って、一足飛びに解決を図るのは困難であると考える。

さまざまな事例を積み重ねていくつかの事故を経験し、必要な対応策などを議論しつつ、各プレイヤーの解像度を上げながら落としどころを探っていくという地道な擦り合わせが必要であろう。

それでは、短期的にWeb3の領域に入って勝負を仕掛けたいという上場会社は、どのような手を打てばいいのだろうか?さすがに制度のコンセンサスが取れるまで待っていられない。

個人的に考える攻略法は 「IFRSを採用する」「海外で始める」 「FT、NFTを自社で保有しないスキームを構築する」「NFT中心にサービスを設計する」の4つある。

①IFRS(国際財務報告基準)を採用する

FTの発行に関する会計基準は世界的にも議論の真っただ中であり、ルールが固まっていない。一方で、上述の「収益認識に関する会計基準」は日本の会計基準で「FTを対象外とすること」が明記されているものの、IFRSにおいてはそのような文言はない。

つまり、IFRSにおける収益認識に関する会計基準で整理することが十分に可能だ。

②海外で始める

ドバイ、シンガポールなど、世界にはWeb3を国家戦略に掲げて産業政策の中心に据えている国がある。このような国家に拠点を設立し、この拠点でWeb3事業を始めることも解決策の1つだ。

海外拠点で行うWeb3ビジネスをIFRSで会計処理し、連結決算に取り込むことは理屈の上では可能だ。

③FT、NFTを自社グループで取り扱わないスキームを構築する

FT、NFTを自社グループで取り扱うと法律、税、会計の問題に直面する。それを回避するにはFT、NFTを自社で触らないことだろう。

FTやNFTの発行に関するプラットフォームを提供する事業者にFTやNFTの取り扱いを委託すれば、自社でFT、NFTを取り扱うことなく、Web3事業を展開することが可能となる。

もちろん、このような事業者が子会社や関係会社に含まれていないことの確認は必要だ。

④NFTを中心にサービスを設計する

NFTはFTに比較して、2022年現在において世界的にもその規制がゆるい。日本でもルールは不明瞭だが、現行の会計制度の中で対応できる余地は十分残されている。

今後、NFTに対する規制が厳しくなる可能性は否定できないが、NFTの技術的背景を踏まえると金融規制ど真ん中の厳しい規制が課されることは想定されない。

以上より、NFT中心に事業を設計するチャンスは大いにあると考えている。

今後は制度改正の議論・実務の積み上げが重要

今回は、会計という観点で上場会社がWeb3の事業に進出することに関する課題をその背景から指摘し、対応策までをまとめた。

もちろん、言うは易しで、実行に至る壁は極めて高いと感じている。一番の問題は途中でも軽く触れたが「そもそも難しすぎて多くのプレイヤーの理解が追い付いていないこと」であると考えている。

筆者もこのムーブメントを社会実装するために上場会社のマスアダプション(大半に普及すること)がマストだと考えている。よって、制度改正の議論は当然のことながら日本における実務の積み上げに全力で取り組んでいきたい。

著者プロフィール

水地一彰(みずちかずあき)
公認会計士
米国公認会計士(ワシントン州)
2007年EY新日本有限責任監査法人に入所
2012年-2015年大手化学メーカー出向
2017年-2019年経済産業省出向
2022年EY新日本有限責任監査法人退職
その後独立し、Web3スタートアップを中心に支援

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