私たちの食生活を陰で支えている包装容器。しかし、包装容器の国内市場は年々縮小しているといいます。
そこで包装容器メーカーの東洋製罐グループは2019年、イノベーションプロジェクトを開始。ファーストステップとして、エビ等甲殻類の細胞培養スタートアップ企業Shiok Meatsへの出資と事業共創を開始しました。
なぜ、創業100年の歴史を誇る包装容器メーカーが、シンガポールで培養エビに取り組むことになったのでしょうか。東洋製罐グループ シンガポールのChief Business Developmentである遠山梢氏にご寄稿いただきました。
イノベーション、SDGs、パーパスなど世界が動き出している中で、自分が取り残されていくような漠然とした不安、それが創業100年の歴史をもつ包装容器メーカーが培養エビのプロジェクトを開始したきっかけでした。
東洋製罐グループは、売上高8000億円、従業員2万人の総合容器メーカーです。金属・ガラス・紙・樹脂という4大素材すべての容器を製造しており、家庭やオフィス、学校など、さまざまな生活の場に東洋製罐グループの製品を提供しています。
しかし、国内市場は年々縮小しており、当社は厳しい価格競争下で容器重量を1g削減して環境性能を向上させる、バリア性を高めて食品の長寿命化に貢献する、といった開発を続けてきました。
「このままでいいのか、何か行動しなければ」という機運が高まった2019年、当社は社会課題解決によりソーシャルインパクト創出を目指すイノベーションプロジェクト「OPENUP!」を始動。
その1号案件が、シンガポールを拠点とするエビ等甲殻類の細胞培養スタートアップ企業Shiok Meatsへの出資と事業共創です。
細胞農業は培地・培養液を加えたバイオリアクターと言われる装置の中で、動物から採取した細胞を培養して増やし、食肉をつくるフードテックです。細胞農業食品は「培養肉」と呼ばれており、食糧危機の中でも、特にタンパク質不足を解決する新技術として注目されています。
動物を育てる代わりに細胞を育てるため、この技術が実現すれば、既存の畜産や養殖よりも飼育工程から発生するCO2排出を削減できるだけでなく、必要な用地や水、エネルギー、飼料といった資源を大幅に減らすことが可能になります。
Shiok Meatsは、従来のエビ養殖における「生産性を高めるためにマングローブが伐採されている」「病気を防ぐために化学薬品が海に投与されている」という課題を、甲殻類の細胞培養という独自技術によって解決するために、2018年にSandhya Sriram博士とKa Yi Ling博士の2人が立ち上げたスタートアップ企業です。
これまで培養エビ、ロブスター、カニのプロトタイプ開発に成功しており、2023年シンガポールでの食品製造販売認可の取得、上市を目指しています。
Lab to Market(ラボから市場へ)のフェーズを迎えたバイオテックによる新規食品が社会実装されるためには、量産化による製造コストの削減や規制・安全管理といったルールメイキング、社会の理解と受容形成といった課題があります。
そんな中、当社は培養甲殻類を食品として食卓に届けるための戦略パートナーとして、2020年9月にShiok Meatsへ出資しました。
当社によるShiok Meatsへの出資は、大きな反響を呼びました。さまざまなコメントが寄せられる中、最も多かったのは「なぜ東洋製罐グループが培養エビに取り組むのか」という指摘です。
社外のステークホルダーはもちろん、社内でも検討段階から「エビをつくるのか?我々は容器メーカーじゃないか」という声が挙がっていました。
「社会的な意義はわかるけれども、自社が挑戦する意味は何か」これは事業開発に取り組む上で誰もが考える問いです。
私もShiok Meatsとの出資、共創を構想する中で、常に自問してきました。そこでヒントになったのが、自社の100年史を紐解くというアプローチでした。
100年前、経済成長や人口増加が予測されていた日本では、それを支える食糧の安定供給と雇用基盤が求められていたといいます。そこで、創業者の高碕達之助氏は、豊富な海洋資源を水産物缶詰にするため、当時アメリカから輸入されていた缶を国内製造する会社を立ち上げました。
こうした背景が、現在タンパク質危機が予測されるアジアで、自らの細胞培養技術を活用して持続可能な甲殻類食品の供給を可能にしようと取り組むShiok Meatsの想いと重なりました。
「このような創業DNAを持つ我々が、なぜShiok Meatsとの取り組みに参画しないのか?」という問いから、社内では次第に「やってみよう」「何ができるか?」「どうやったらできるか?」という議論が開始。その後、具体的なアイデアが生まれ、投資、共創開始へと向かっていきました。
私の中で、議論の際に開発機能管掌役員が言った「100年前は、東洋製罐グループもスタートアップ企業だった。当時はいくら儲かるかでなく、ただ社会に必要なものを生み出そうと走り出したはずだ」という言葉が印象に残っています。
100年間容器を製造販売する実績を積み重ねる中で、気づかないうちに、それ以外を始めるハードルは高くなっていました。
Shiok Meatsへの投資に対して社内から挙がった「我々は容器メーカーじゃないか」という声は、新しいことへの挑戦を否定する言葉でなく、前例がないことに対する不安や戸惑いだったのだと思います。
世の中が大量生産、大量消費の時代から持続可能な生活へと移り変わる中で、これまで提供してきた容器というソリューションだけでは「美味しい食を食卓へ届ける」という社会インフラとしての使命を果たすことが難しくなってきています。
持続可能な食糧生産として注目される細胞農業食品は、消費地である都市部での養殖・畜産を実現することが期待されており、それに伴い流通が大きく変わる可能性があります。
Shiok Meatsとの共創は、容器事業の否定ではありません。新たなソリューションへのアップデートを模索するため、既存事業に影響を及ぼし得る変化をいち早く捉え、フィードバックする役割を担っているのです。
2050年に世界人口が98億人に到達すると予測される中で、食糧危機やタンパク質不足の解消に向けて、世界中でさまざまな技術開発・事業開発が進められています。
今後、当社は同じ未来を目指すスタートアップ企業との共創の中で「これまで自社が培ってきたもので社会に貢献できる可能性」を見出すとともに、社会の変化による漠然とした不安を解消していく方針です。
同時に「なぜ容器包装メーカーが、培養エビに取り組むのか」という問いの答えとなるような事業開発を目指していきます。
遠山梢
東洋製罐グループ シンガポール
Chief Business Development
2006年ガラスびんメーカー東洋ガラスに入社。2019年に東洋製罐グループ シンガポールに赴任し、ソーシャル・イノベーション創出を目指すOPENUP!プロジェクトを推進。クラフトビール好き。
【関連記事】
人材発掘における課題点
組織を主役とした長期的な計画に基づくキャリア開発が難しくなってきた近年。キャリア開発は個人側に主導権が移ってきました。 そこで、自律性の高い人材の早期発掘と永くその企業で活躍の機会と環境を...
コロナでもはや無視できない日本の小売業の在庫・店舗過多問題
アパレルをはじめとした小売業の企業の多くは、コロナ禍で苦戦したと言われています。その一因として、フルカイテン株式会社の代表取締役 瀬川直寛氏は、「在庫過多とオーバーストア」を各企業が放置してきた...
カフェテーブルが流行?オフィス家具サブスク担当者に聞くコロナ後のオフィストレンド
コロナ禍で働き方や働く場所の選択肢が増えたことで、執務中心だったオフィスの役割も変化しています。コロナ後に求められるオフィス家具とはどのようなものか、家具・家電のサブスクリプションサービス「CL...
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう