組織を主役とした長期的な計画に基づくキャリア開発が難しくなってきた近年。キャリア開発は個人側に主導権が移ってきました。
そこで、自律性の高い人材の早期発掘と永くその企業で活躍の機会と環境を創り続けられるかが、今後の企業の成長の分岐点になるといいます。
「人間の本質(Human Nature)」をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUの代表取締役・黒澤伶氏に、人材発掘における課題点についてご寄稿いただきました。
「今までのマネジメントのままでは、我が社には未来がないような気がする」
これは、弊社に多く問い合わせをいただく内容です。従来の大量生産、大量消費を前提とし、未来が見通し安い時代では、効率的な分業とトップダウン型の戦略、それを後押しする「管理型マネジメント」が一般的でした。
しかし、このマネジメント手法が日本を代表する大企業の経営層も「もはや限界に来ている」と皆口を揃えて仰います。
本記事では、時代の変化における組織人材戦略の変遷、そして新たなタレントマネジメントの概念をお伝えします。
時代の変化と組織の人材戦略の変移
従来、未来のビジネスの成長を見通すことが可能な時代、日本企業は社員を大事にし、終身雇用するスタイルが競争力の源泉だとして世界から注目された時代も現にありました。
それは、かつて「日本的経営」として称賛され、世界時価総額ランキングの上位50社中32社は日本企業という時代もありました。そうした時代には、組織が主体になり、ポストやキャリア・パスなど用意し、従業員は同じ組織内で一律的な昇進・昇格を目指していく「計画的キャリア開発」が進められてきました。
そうした環境においては、個人は組織内に限定した昇進・昇格といったポストを軸に、長期的、かつ安定的に能力やスキルを積み上げていくことで、キャリアを積み重ねることが可能でした。
いわば、従業員のキャリアの主導権は個人ではなく「組織」に委ねられていました。組織で生き残る力を高めるためのマネジメントや教育が最優先で行われてきました。
しかしながら、VUCA(Volatility/不安定・Uncertainty/不確実・Complexity/複雑・Ambiguity/曖昧性)の今日においては、2019年にトヨタ自動車が「なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と宣言したことを筆頭に、副業の解禁など組織で働く従業員誰もが、終身雇用を前提にしたり、昇進・昇格・昇給といった同一組織内の上方向へと単一的、限定的にキャリアを積むことは難しくなっています。
さらに、デジタル化やテクノロジーの進化、目まぐるしいビジネス環境の変化によって、これまで必要とされてきた知識や専門性、スキルの価値が失われることも増え、より一層アンラーニングと学習を連続的に行う必要性も出てきました。
組織を主役とした、上方向への長期的な計画に基づくキャリア開発が難しい現在、キャリア開発は個人側に主導権が移ってきました。
常に上への一方向的な昇進・昇格を目指すのではなく、それぞれの多様なキャリアゴールに向けて、臨機応変に組織内外にネットワークを広げ、社会での市場価値を高めるマネジメントや教育が重要になってきました。
そこで、昨今注目されるのが、「キャリア自律」という言葉に代表されるような、「自律性」です。この自律性の高い人材の早期発掘と永くその企業で活躍の機会と環境を創り続けられるかが、今後の企業の成長の分岐点になります。
優秀な人材の発掘と抜擢が企業に与える効果
従来の優秀と言われてきた人材と今の時代に求められる優秀さに違いが生じてきました。従来の優秀の定義は、既存のオペレーションをいかに正確に、ミスなく回すことができるかという点に重きを置かれていました。
しかし、AIやRPAの導入により優秀さの定義は大きく変わりました。今、求められるのは、「常識や固定概念にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力」「個々人の探究テーマに沿って、一つのことを掘り下げ没頭する姿勢」」「多様性を受容し、他者と連携・協働する能力」といったものです。
これらの能力や姿勢の土台となるのが、「自律性」です。自律とは「自分で自分を律する」というのが通常の意味ですが、その本質をさらに考えれば、自分で自分を「自由自在に」コントロールできる力のことをいいます。
ここで言う自律性の高い人材とは、
- 自分の願い・想いを自分で理解し、
- 自らの意志に基づいて行動に移し
- 必要なだけその行動を継続させ、
- 自らの望む結果(成果・現実)を周囲との相互作用を通して創り出すことのできる人
を指します。
この自律性が高い人材の見極めと早期発掘及びタフアサイメントをはじめとした抜擢戦略が今、企業には求められています。
自律性の高い人材を中心としたマネジメントが組織に与える影響力は大きく2つあります。
①組織カルチャーが育つ
自律性の高い人材は、カルチャー全体に高い影響力を持ちます。その第一歩目は、自律性の高い「要」同士の次元の高い語り合いによります。
例えば、「我々の役割・使命・価値」を本質的に探究し続ける語り合いなどがそうです。しかもそれは机上の理論ではなく、目の前の顧客を含めた現実に向かう「実践を決める」場においてこそ意味を持ちます。
この企業の使命や価値といった「本質」と現場での「次の一歩」をつなげようとするその持続が、カルチャーを育てます。
②次なる「要となる人材」が生まれる
①が実現されることで、要となる人材が次々と育つようになります。人の本来の成長とは、場を中心として為されます。人は一人では成長できず、人と関わり、場と関わることで初めて成長できるものですが、そのスピードが加速します。
人材を見誤った場合に起きうる企業の損失
自律性の高い人材は、プロジェクトやチームなど組織内におけるネットワークの中で、彼らを起点として何かしらの物事は進むことが多いです。これは組織において、部長やマネージャーなど実際のポジションや年齢とは関係なく、あらゆる人が自律性の高い、要となる人材になる可能性があります。
むしろ、株式会社パーソル総合研究所の調査によると、キャリア自律度は20代をピークとし、40代にかけて低下し、その後横ばいとなっている傾向にあります。
そうであるがゆえに、最も大事なことは、実際のマネジメントレベルや人材配置でもこの現象と一致させることです。例えば、自律性の高い人材が実際の組織でもリーダーや部長職に就くといったことです。
しかし、人材を見誤ってしまい、この点が不一致の場合、様々な問題が発生します。
代表的な現象を下記に紹介します。
①不必要なマネジメントコスト
「適切な人に適切な仕事の質と量が配分されない」ことは、自律性の高い人材ほど大きなストレスと疲労感を生みます。これにより、無駄な会議、無駄な施策、など不必要なコミュニケーションが多くなり、結果的に時間も心もゆとりがなくなります。このゆとりのなさは人間の本能である「自己防衛」を喚起します。
例えば、「逃げるコミュニケーション」。具体的には、消極的、受動的、責任回避、責任転嫁、言い訳、怠慢、自己卑下、などの多いコミュニケーションです。もう一つは、「攻めるコミュニケーション」。
自分が攻められる前に、人を攻める、責める、否定する、自己主張する、主義主張を押し付けるといったコミュニケーションです。
この自己防衛的コミュニケーションは組織の中で派閥と縛りを生みます。結果、不必要なマネジメントが発生し、モチベーションとコミュニケーションの質が著しく減退します。
②自律性の高い人材のパフォーマンスが著しく低下する
①が起きてしまうことにより、従業員、特に自律性の高い人材ほどパフォーマンスが低下する可能性が高いです。なぜならば、自律性の高い人材は主体的なキャリア形成意識と仕事意欲を持っているので、社内政治といった無駄なことを極めて嫌う傾向が高いからです。
そして、
- 自律性の高い本当にその組織に必要な人ほど、その組織に失望し、組織を辞める
- 本当はリーダーとして活躍するはずの人が、ただの評論家となり、現リーダーの足を引っ張る
- 本当は共に向き合い、共に力を紡ぎ合える人達が自己防衛的になり派閥を作ったり、いがみ合う
- 本当は高い自律性と確かな意志を持っている人達が、組織への失望感から、仕事をこなすだけになる
- 本当は心の中では「改革が必要」と思っていても、それを実行に移す気力がなくなる
このようなことが組織の中で発生するようになります。
③組織のカルチャー自体が淀む
②はまだ人材レベルの事象ですが、②が深刻化しますとそれは組織という環境まで影響を及ぼします。組織の最も怖いことは悪影響の伝染力が高いことです。
具体的には下記の事象が発生することになります。
- 一人一人の本来の能力や個性が出なくなる
- その結果、本当はリーダーになるべきではない人がリーダーになってしまう
- 本当はサポート役やNo.2の役割に向いている人がリーダーになってしまう
- 本当は根は明るい人なのに、会社に行くと常に暗くなる
- 本当は相性の良い人達なのに、事務所が暗くなる、冷たくなる
- 本当は志のある人達なのに、誰もが志を忘れてしまう
- 本当は主体的に動けるのに、誰もが「待ち」の姿勢になる
- 本当は真剣にビジョンに向かいたい人達なのに、ビジョンに向かうのが馬鹿らしくなる
さらにその結果として、
- 本当は活躍すべき人材が全く活躍しなくなる
- 本当にその組織に必要な人が引き寄せられなくなる
- 本当にその組織に必要な人材が集まらなくなる
- これが循環し、ますます組織は混乱し、いったい何をやっているのかわからなくなる
といった悪循環が生まれます。
人材発掘の3つのポイント
では、どのようにすれば、人材を見誤ることがなくなるのでしょうか?
しかし、世界的に有名な戦略ファームのマッキンゼーの調査によると、経営層の7割は社内で最も影響力のある人材を見誤っている、とも発表しているほど、実は非常に難しいことです。
今回は、10万人の活躍データ(最優先育成人材発掘・抜擢サービス”KANAME "による回答データ)から要人材として活躍可能性が高い、自律人材を見極める3つのポイントをご紹介します。
①未知の領域にも挑戦しようとしている
自律性の高い人材は、自分が過去体験したことがないことでも果敢に挑戦しようとします。
例えば、上司からハードルの高い業務の依頼がきても進んで挑戦しようとしますし、自分の専門外の知識でも好奇心を持って知ろうとする傾向があります。
②結果だけではなくプロセスも楽しもうとしている
自律性の高い人材は、結果が出るから楽しいのではなく、結果が出る前のプロセスを楽しむ傾向があります。企業はゴーイングコンサーンなので、売上や利益を求めるのが当然ですが、従業員がノルマという結果に押し潰されてしまうことも多々あります。
しかし、自律性の高い人材は、結果を出すまでの試行錯誤の連続を楽しむことが多いです。
③周りを巻き込む楽しさを知っている
自律性の高い人材は自らのマインドに余裕(余白)があるからこそ、周囲にも目を配ることができ、連携・協働する力があります。
ですので、自己完結型の仕事の進め方をするのではなく、周りを巻き込んで大きな仕事をしようとする傾向があります。例えば、チームでの成果を我が事のように喜べたり、意図的に他の部署や他のチームにも関心を寄せます。
今後の企業と個人の在り方
これまで「自律性」をキーワードに、様々な観点から考察してきましたが、今後企業と個人との関係性も当然ながら従来とは変化する必要があります。
これまでは、「雇う側-雇われる側」という主従関係性が当たり前のようにあったと思いますが、この主従関係も今の時代にフィットしたものになるべきだと考えます。
これから求められる組織と社員の関係では、社員は「雇われている」という認知ではなく、社会に価値を創造するためや、キャリアにオーナーシップを持ち、自分が大切にしていることを実現するために、「この組織を活用している」という認知をもてることが大切なのかもしれません。
こうした人と組織の関係や結びつき方の変化を受け、「エンゲージメント」の概念が今あらためて注目されています。
エンゲージメントを醸成する第一歩目は一人ひとりが自律的、主体的な姿勢で組織と関わり合うことです。その過程の中で、個人や組織の変化を皆で生み出していく取り組みです。
こうした取り組みこそが組織の成果を飛躍的、かつ、継続的に向上させます。今後は組織と個人が同じ立場として、新たな働きがいや生きがいを見出し、さらにそれらをお互いに高め合うこともできればより良い社会になると思います。
黒澤伶
株式会社ITSUDATSU
代表取締役
早稲田大学人間科学部卒。デル株式会社(現:デル・テクノロジーズ株式会社)、株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)、コーチングファーム取締役を経て、株式会社ITSUDATSUを創業。「ITSUDATSU(非直線的な現象)を再現性の高い世の中にする」という大義の下、要人材を起点とした独自の組織活性方法で累計300以上のプロジェクトを推進。現在、複数社の取締役CHRO(非常勤)を歴任。
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