あらゆるモノのデータをインターネットに接続する技術「IoT」。IoT化に伴い、多くの企業がデータを活用するためにソフトウェアを扱える人材、つまりソフトウェアエンジニアを求めています。
しかし、テック系の企業以外がソフトウェアエンジニアを雇用することは難しいようです。
今回はMODEの上田学氏に、これまでのソフトウェア産業の流れや、ソフトウェアエンジニアの獲得が難しい場合の解決策についてご寄稿いただきました。
インターネットが普及して以来、アメリカが再度世界の中心となったといっても過言ではないだろう。Google、Amazon、Microsoftといったテック企業が世界を牛耳っている。私が子どもの頃の日本企業が世界を席巻していた80年代とはまったく違う世界になってしまった。
当時コンピュータは8bit、16bitの時代。コンピュータの上で動くソフトウェアはおまけであり、ハードウェアが主力の時代であった。コンピュータの性能が猛烈な勢いで上がっていくにつれ、そこで動かすことのできるソフトウェアの制約はどんどんなくなっていき、ソフトウェアは急速に巨大化・複雑化し進化を遂げていった。
もともとハードウェア産業があまり強くなかったアメリカだったが、そのお陰か、非主流だったソフトウェア開発がすんなりと本流に躍り出ることができた。90年代後半のドットコムブーム(インターネット関連企業への株式投資の高潮)でそれは一気に加速し、現在のテック産業の足場が生まれたといえる。
コンピュータの使い方も変化し、コンピュータを個人が使うだけではなく、大量のコンピュータを束ねて1つのシステムを作る時代が到来した。ハードウェアはどこのメーカーのものでもよくなり、あっという間に市場価値が下がり、価格競争の激しい商品となってしまった。
アメリカのソフトウェア産業の隆盛
インターネットの登場はアメリカのビジネスにとって大きなアドバンテージを生んだ。
大量のコンピュータを束ねたシステムは常に自分たちの手が届く範囲にある。そのため、客先といった手が届かないところで使われるハードウェア製品と違い、品質が完璧でなくても新しいバージョンのソフトウェアを次々にリリースすることが可能になった。
つまり、品質よりもスピードで勝負する世界へと発展したことで、高品質が売りだった日本の製品の強みが通用しにくくなってしまったと言えるだろう。
開発者個人の裁量に任せ、自由な発想とスピードを武器に数倍のスピードでサービスが生み出されていく力とエネルギーには誰も勝てなくなってしまった。
ソフトウェアが圧倒的なスピードで進化していくとともに、ソフトウェアの応用分野は広がり、あらゆる分野のビジネスにソフトウェアが重要な役割を占めるようになり、それを生み出すソフトウェアエンジニアの需要も増大した。
その結果、現在ではアメリカに400万人のソフトウェアエンジニアがいるにも関わらず、さらに100万人の求人があるといった慢性的な人材不足となっている。
こうしてアメリカではソフトウェアエンジニア争奪戦となり、給与水準は大幅に上がり、現在ではアメリカの理系大学で一番人気の学部がコンピュータサイエンスであることも珍しくなくなった。
インターネットでのビジネスの厳しさは、グローバルで1位、2位以外の企業にはマーケットがほぼないことである。自動車メーカーのように1つの市場に10社のプレイヤーがいるような形になりにくい。
日本企業はグローバルなソフトウェアの戦いに参加すらできなかったため、国内のソフトウェア産業は旧来の受託系のものが主流なままだった。マーケットが違うことは当然、待遇も違う。日本ではソフトウェアエンジニアが人気の職業にはならなかった。
2000年から2020年への変化。ウェブ以降へ。
しかし、ウェブの爆発的普及から約20年経ち、世の中はウェブ以降の次の戦場に向かっている。仮想通貨/NFTなどもあるが、私たちの生活で目に見える変化を与えるのはIoTだと信じている。
なんといっても、コンピュータの画面を見ていないところでも私たちがインターネットとつながるのだ。
スマートフォンの登場を皮切りに、今までバーチャルな世界に閉じていたインターネットが、私たちの住んでいる現実の世界へ溢れ出した。そしてバーチャルとリアルの世界の境目がなくなったデジタルな世界が急速に広がってきている。
人間がバーチャルな世界に入り込んでいくメタバースのような世界ではなく、インターネットが現実にいる人々の生活を裏で支える世界だ。
そんな形で日々の生活に直接影響を与えるIoTだが、その技術の開発はウェブのものとは大きく違っている。
ウェブ時代の手元でコントロールが効くソフトウェアが、また世界中に配置され、簡単にはアップデートできない世界になってきた。IoTを扱うソフトウェア開発の難易度はウェブ開発に比べまた上がったのである。
環境が整備されているモバイルアプリのソフトウェアアップデートがあってもリリースはウェブに比べて大変であり、ましてやIoTのデバイスともなると輪をかけて困難なものとなる。
しかし、リアルな世界とバーチャルな世界をつなぐためにはハードウェアを抜きには語れない。そこで日本企業の得意分野であるハードウェアが活躍するチャンスがまた訪れたのである。
ただ、それはハード単体ではなく、いいハードといいソフトウェアが組み合わさって初めて競争できる世界である。ソフトウェア市場が古いところに、一足飛びにチャンスがやってきても日本の企業はすぐに対応できないのが現状だ。
日本企業が競争で勝ち抜くためには
IoTはあらゆるビジネスにとってのビッグウェーブである。データをうまく活用するプレーヤーが勝ち、そうでないプレーヤーは退場することになる。
データを活用するためにはソフトウェアも扱える能力を社内に持たなければならないため、ソフトウェアエンジニアに対する需要が日本でも大幅に増えた。
ではソフトウェアエンジニアを雇えばすべては解決するのだろうか?
ソフトウエアエンジニアを雇い、その人たちを機能させることが理想的だが、実際のところ、ソフトウェアの内製化を行うチームを1から社内に作り、成功させることは難しい。
アメリカにおいても同じだが、ソフトウェアエンジニアの需要が高いため、ソフトウェアエンジニアをテック企業ではない企業が雇うことは非常に難しい。
エンジニアの立場からすれば、自分たちが働きやすい環境で働くほうが魅力的だ。わざわざテック以外のサービスを本業とする企業で、単なるサポート役のエンジニアとして働きたいとは思わないだろう。
解決策は2つある。
1つは、企業として腹を括り、ソフトウェアを内製化できる体制を作ること。内製を行うためには、ソフトウェア開発カルチャーを含め、機能するソフトウェア開発チームを作る必要がある。
しかし、多くの企業は長い時間をかけてそんなチームを作っている余裕はない。ソフトウェア企業を買収してすでに機能しているチームを社内に飲み込む形で競争のスタートラインに立つしかないだろう。
そこで、もう1つの解決策として提案したいのが「ソフトウェアは作るものではなく使うもの」と割り切ってユーザーに徹することだ。
今後市場にはデータ活用のソリューションが数多く登場することが予想される。こうしたソリューションを上手に使うことで、最小限の投資でできる限りの結果を手に入れる戦略を実践できるだろう。
競合に対して大きなアドバンテージを生むことは最初の解決先に比べて難しくなるが、「いかに上手く使うか」といったノウハウで他社に先行できるはずだ。
いずれの解決策も簡単なことではない。しかし、解決できれば日本から最新のハードウェアとソフトウェアを組み合わせたサービス・プロダクトの分野で戦いに勝てる企業がきっと生まれてくるはずだ。
上田学
MODE CEO / 共同創業者
早稲田大学大学院卒業後、渡米。2003年からGoogle 2人目の日本人エンジニアとして、Googleマップの開発に携わる。その後、当時まだスタートアップだったTwitterに移り、公式アカウント認証機能や非常時の支援機能などのチーム立ち上げ、開発チームのマネジメントを経験。2014年、Yahoo!出身の共同創業者のイーサン・カンとともにシリコンバレーを拠点に、IoT(Internet of Things)のためのクラウド・プラットフォームを開発するMODEを設立。
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