ナレッジマネジメントとは、組織内のさまざまな知識を共有・管理し、その価値を高めていく取り組みです。チームメンバーの流動性が高まる現代では、ナレッジをストックする重要性が高まっています。
本記事ではナレッジマネジメントの概要と、その根幹となる2種類の知識について解説します。情報の数と質を高める方法や、目的に応じた活用法も紹介します。
- ナレッジマネジメントの概要と、ベースとなる2種類の知識
- ナレッジマネジメントを行うメリットと、組織に浸透させるコツ
- 知識の数と質を高める「SECIモデル」の進め方
ナレッジマネジメントとは
ナレッジとは、知識・経験・ノウハウなどの「業務に役立つ情報」のことです。このナレッジを社内で共有したり活用したりするのが、ナレッジマネジメントです。ナレッジには「暗黙知」と「形式知」の2種類があり、相互に作用しながらより役立つ情報へと、ナレッジがブラッシュアップされていきます。
暗黙知
暗黙知とは、言語や数値、図式などで表せない知識のことです。例えば営業担当者の「なぜかはわからないが、このタイプの見込み客からは信用してもらえる」、マネージャーの「Aさんはすぐに成長しそうだけど、Bさんは大器晩成型で育てるのに時間がかかりそう」といった勘のようなものです。
暗黙知は、それをもつ人の中にたしかにありますが、まだ明示化されていません。これが明示化され、他者に伝えられる状態になると、暗黙知は「形式知」になります。
形式知
形式知とは、言語や数値、図式などで表せる知識のことです。明示化された知識であるため、人から人へ伝えることも、マニュアルとして共有することもできます。ナレッジとして管理するのは、この形式知です。
形式知は言語や図式など何らかの形式で明示化されていますが、人により解釈が異なることや、同じ知識でも異なるやり方で活用することもあります。形式知にはそれを使う人の中で、その人の価値観や成功・失敗体験が肉付けされ、新たな暗黙知として進化するでしょう。
その暗黙知が明示化されて形式知となり、ほかの人に活用されて同じ流れを再び辿る。この流れをくり返すことで、ナレッジはブラッシュアップされていきます。
ナレッジマネジメントが重視される背景
ナレッジマネジメントは、1995年に2人の日本人研究者により提唱された考え方です。彼らはナレッジマネジメントを提唱する著書を英語で出版し、それが日本に逆輸入され、今も広く使われています。
ナレッジマネジメントが広まり、重視される背景には、経営資源に占める「情報」の重要度が高まったからです。経営資源にはヒト・モノ・カネ・情報の4つがありますが、テクノロジーの発達により、誰もが簡単に情報にアクセスできるようになりました。
情報過多の現代では、情報は知っている(持っている)だけでは役に立ちません。同じ情報でも、それをどう活かすかによって、得られる成果は変わってきます。
情報をもつ人が増えたことで「相対的な情報の価値」が低くなりました。情報を適切に活用し、その価値を高めるために、ナレッジマネジメントへの注目を高めたともいえます。
さらに、現在では働き方が多様化し、チームメンバーの流動化が進んでいます。チーム内でのナレッジを共有しておくことで、経験による形式知を得られやすくなり、生産性が高まるといえるでしょう。
ナレッジマネジメントを行うメリット
ナレッジマネジメントはより強力で、変化に柔軟に対応できる組織をつくるために役立ちます。ナレッジマネジメントには、次のようなメリットがあるからです。
ナレッジマネジメントを行うメリット
- コミュニケーションコストの削減
- 人材育成や業務の効率化
- 経営資源の増加
それぞれの詳細を確認していきましょう。
コミュニケーションコストの削減
ナレッジマネジメントにより情報が増え、アクセスしやすい環境が整えば、従業員同士のコミュニケーションコストを削減できるでしょう。ナレッジマネジメントをはじめる前は、業務でわからないことや困ったことがあるとき、従業員はわかる人に聞くしかありません。
しかし、ナレッジマネジメントにより「知りたいことを自分で調べられる環境」が整えば、人に聞きに行かなくて済みます。「知っている人を探す手間」「質問する手間」「質問に答える手間」がかからなくなり、重要な業務に集中できる時間が増えるでしょう。
人材育成や業務の効率化
ナレッジマネジメントは人材育成や業務の効率化にもつながります。従業員は知りたいことや覚えたいことがあれば、ナレッジベースにアクセスして、欲しい知識を獲得できるでしょう。教えるためのコストをかけずに、自助努力により優秀な人材が育つようになれば、組織の生産性も高まります。
生産性の向上と、先述の「コミュニケーションコストの削減」が組み合わさり、業務効率の大幅な向上も見込めます。
経営資源の増加
社内にナレッジが蓄積されるということは、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源のうち、「情報」が増えることになります。ナレッジを使って自助努力による成長を遂げる人材が増えれば、「ヒト」の価値も高くなるでしょう。
情報を集約し、FAQやマニュアルのような「役立つ知識体系」をつくることができれば、それ自体に付加価値が生まれます。
ナレッジマネジメントを行うときの注意点
ナレッジマネジメントのような新しい取り組みを始めるときは、注意点を押さえて適切な対策を取らないと、仕組みが形骸化しかねません。ナレッジマネジメントを行うときは、次のことに気をつけましょう。
ナレッジマネジメントを行うときの注意点
- 取り組みの意義をトップダウンで浸透させる
- ツールとルールを活用し、従業員の負担を最小限にする
- ナレッジの共有が楽しくなる工夫をする
それぞれの詳細を解説します。
取り組みの意義をトップダウンで浸透させる
ナレッジマネジメントに取り組む前に、ナレッジを共有する意義を明確にし、トップダウンで浸透させましょう。
ナレッジマネジメントは、知識不足の従業員にとってはありがたい取り組みです。しかし、たくさんの知識を持っている従業員の中には、「苦労して得た知識やノウハウを人に教えたくない」「知識を共有するプロセスが面倒」と感じる人もいるでしょう。
ナレッジマネジメントをすることで、組織や個人にどんなメリットがあるのか、トップダウンで伝えていかなければなりません。
ツールとルールを活用し、従業員の負担を最小限にする
ナレッジマネジメントでは、何かしらのツールを活用することになります(※どんなツールを使うのかは、記事後半で紹介しています)。目的に合ったツールを選び、従業員の負担が最小限になるような運用ルールが必要です。
機能や操作が複雑すぎるツールを選んでも、従業員は使ってくれないでしょう。検索のやり方やコツがわからず、欲しいナレッジに辿り着けないことも考えられます。
直感的に操作できるUIのツールを活用することで、従業員の負担を最小限にすることがおすすめです。
ナレッジの共有が楽しくなる工夫をする
従業員にとって、自分で見つけたノウハウや独自の知識は財産です。誰にも渡さず、独り占めしたいと感じても不思議ではありません。そもそも、情報をテキストや図表にまとめて共有するのは面倒です。
ナレッジの共有が楽しくなるような工夫をしなければ、情報を提供してくれる従業員は増えないでしょう。次のような工夫をして、情報提供をするメリットをつくることが大切です。
ナレッジを共有してもらうための工夫一例
- ナレッジの投稿数や、投稿への反応数を人事評価の項目に加える
- 投稿数や反応数のランキングを作ったり、ポイント制にして報酬を用意したりする
- 質問する側と答える側が交流できる場を設け、承認欲求に訴えかける
- ナレッジ共有のための時間・工数を用意する
ナレッジマネジメントを検討するときに知っておきたいSECIモデル
ナレッジマネジメントを検討するときに知っておくべき「SECIモデル」というものがあります。これは知識創造の連続的なプロセスで、次の4つの手順をくり返すことで「暗黙知→形式知→暗黙知→形式知…」と知識をブラッシュアップしたり、全く新しい知識を生み出したりする方法です。
SECIモデルのサイクル
- Socialization:共同化
- Externalization:表出化
- Combination:連結化
- Internalization:内面化
※1に戻り、プロセスを何度もくり返す
それぞれの手順の詳細を確認していきましょう。
STEP1.Socialization:共同化
SECIモデルの最初のプロセスは「Socialization:共同化」です。このプロセスでは、複数の個人が共通の体験を通じて互いを共感・理解しながら、それぞれの持つ暗黙知を伝え合っていきます。
明示化されていない暗黙知を言葉や図式などで伝えるのは難しいでしょう。言葉や図式で伝えられない暗黙知を獲得するには体験が有効であり、複数の個人が同じ暗黙知を得るためには、同じ体験をすることが近道です。
STEP2.Externalization:表出化
SECIモデルの2つ目のプロセスは「Externalization:表出化」です。このプロセスでは、暗黙知を形式知へと変換していきます。共同化で同じ体験・同じ暗黙知を得た人同士で話し合うことで、カタチのない暗黙知が、少しずつ明示化されていくでしょう。
ここで大切なのは物事を論理的に伝える力と、具体例やエピソードを交えてイメージを伝える力です。話し合うメンバー全員が共通認識を持てるように、さまざまな方法で「自分の中にある未成形の何か」を言葉にしてみましょう。
STEP3.Combination:連結化
SECIモデルの3つ目のプロセスは「Combination:連結化」です。このプロセスでは、表出化で暗黙知から形式知になった知識をつなぎ、体系化していきます。
具体的にはメンバーそれぞれが独自に持つノウハウを組み合わせてマニュアル作ったり、2つの成功体験を組み合わせて新しいノウハウとして確立したりしてみましょう。
連結化のプロセスを経ることで、個人の勘や体験談でしかなかったものが組織の形式知となり、経営資源としての価値を持つようになります。
STEP4.Internalization:内面化
SECIモデルの4つ目のプロセスは「Internalization:内面化」です。このプロセスでは、表出化や連結化で生まれた形式知を、それを持っていなかった人が取り入れます。新たな知識を獲得した人が、行動や思考を通してそれを活用することで、取り入れた形式知に「その人がもつ暗黙知」が肉付けされていくでしょう。
新たな暗黙知が生まれたら、最初のプロセス「Socialization:共同化」に戻り、ほかの人に暗黙知を共有します。同じ暗黙知を持つ複数人で、再び2つ目のプロセス「Externalization:表出化」に取り組むことで、さらなる連結化や内面化ができるようになるでしょう。
このように、SECIモデルの各プロセスはつながっています。流れを途切れさせることなく、車輪を回すようにくり返していくことで、組織の経営資源(価値ある情報)はどんどん増えていくでしょう。
車輪を回すほど勢いがついていくように、SECIモデルのプロセスもくり返すほどスピーディーにこなせるようになっていくはずです。
ナレッジマネジメントの4タイプ図解
ナレッジマネジメントには4つのタイプがあり、図のように、それぞれ目的が異なります。自社の目的や状況に合ったタイプを選び、ナレッジの価値を高めていきましょう。
ベストプラクティス共有型(改善×集約)
ベストプラクティス共有型は、知識を集約し、業務プロセスの改善に役立てる手法です。例えば従業員の成功体験や失敗体験(ミス)を集めて共有すれば、他者の成功体験をマネして業務に活かしたり、同じミスをしないように気をつけたりできます。
知的資本型(増価×集約)
知的資本型は、知識を集約し、その価値を増加させる手法です。例えば自社のノウハウを集めてセミナーやマニュアルとして整理すれば、お金を払ってでもそれを欲しいといってくれる人が現れるかもしれません。
ほかにも、社内ノウハウを集客して新たな技術を生み出し特許を取得したり、マニュアル化した営業ノウハウを使って営業チームの生産性を高めたりといったことが考えられます。知識を組み合わせて体系化し、その知識体系に新たな付加価値を付与することを目指す手法です。
専門知ネット型(改善×連携)
専門ネット型は、専門的な知識やそれをもつ人のネットワークをつくり、知識同士を連結させる手法です。
専門知識が集まり、連携されることで、その有用さは高まるでしょう。知識のネットワークにアクセスできるようにすることで、課題が解決されたり業務効率が改善されたりすることもあります。
例えば業務に関する知識をまとめた社内FAQをつくれば、「わかる人に聞く」というプロセスも、「情報が見つからなかったことが原因でミスが起こる」というリスクもカットできるでしょう。コミュニケーションコストと人的ミスの両方を減らし、業務の効率と品質を改善できます。
顧客知共有型(増価×連携)
顧客知共有型は、顧客との知識共有や顧客への知識提供をすることで、ナレッジの増加や対応品質・顧客満足度の向上を図る手法です。
例えば顧客用の問い合わせフォームとFAQを作れば、問い合わせフォームに「顧客が感じやすい疑問や不満」が集まります。それをFAQに反映させれば、顧客は問い合わせをすることなく、問題を自力で解決できるようになるでしょう。顧客にとっては問い合わせの手間が、自社にとっては対応の労力が省けます。
FAQや問い合わせフォームに集まった情報を組み合わせることで、新たなサービスのアイデアが浮かんだり、FAQ自体の価値が高くなったりするでしょう。知識を連結させることで、新たな価値を生み出したり、すでにある価値を増加させたりできるのです。
ナレッジマネジメントを進めるときにおすすめのツール
ナレッジマネジメントを進めるときには、次のようなツールがあると便利です。それぞれ適した目的が異なるので、自社に合ったものを探してみましょう。
ナレッジマネジメントに役立つツール
- Excel・スプレッドシート
- eラーニング
- グループウェア
- ヘルプデスク(FAQ)
- データマイニング
Excel・スプレッドシート
初期のナレッジマネジメントは、Excelやスプレッドシートで事足りるかもしれません。ナレッジの種類や使う部署ごとにシートを分け、セルに形式知を入れていくだけで、簡易的なマニュアルになるでしょう。検索や並び替え、抽出もできるため、ナレッジの活用や整理もしやすいです。
ただ、ルールを決めずにただメモを書きこんでいくような運用だと、どこに何の情報があるのかわからなくなってしまうでしょう。
「A列にはAカテゴリの情報を、B列にはBカテゴリの情報をまとめる」「”#営業” ”#経理”のような検索・抽出用タグをセルの最後に入れる」といったルールがあると、ナレッジの活用や整理がしやすくなります。
eラーニング
社内向けのマニュアルや研修資料として使うなら、eラーニングも便利です。eラーニングならスマートフォンやタブレットを使っていつでも学習でき、従業員のスキル向上、形式知の獲得に適しています。オリジナルなカリキュラムや教材を、ノーコードで作れるツールがおすすめです。
グループウェア
ナレッジ共有にも、マネジメントの省力化にも役立つのがグループウェアです。グループウェアの社内ブログ・SNSやチャット、ファイル共有などにより、ナレッジの共有ができます。メールやスケジュールなどの機能も充実しています。
ヘルプデスク(FAQ)
ヘルプデスク(FAQ)は、ナレッジの蓄積にも共有にもおすすめできるツールです。業務で何か困ったことが起きたら、ヘルプデスクに質問を書き込み、解決策やアドバイスを求めましょう。解決策を知っている従業員が答えを書き込むことで、FAQとしてナレッジが蓄積されていきます。
データマイニング
膨大なデータを集約し、分析や検索をするデータマイニングツールも、ナレッジマネジメントに役立ちます。集約されたデータは単語単位に分解され、必要なナレッジをキーワードで検索したり抽出したりできます。
どんなデータが多いのかを分析し、ダッシュボードにまとめる機能もあるため、社内の課題や自社ならではの強み(価値あるナレッジ)も見つけやすくなるでしょう。
ナレッジマネジメントを活用し、能動的に成長できる環境をつくろう
- ナレッジマネジメントで組織内の情報を共有・管理することで、経営資源としての価値が高まる
- ナレッジマネジメントを浸透させるには、目的に合ったツールと、情報提供をするメリットが必要
- SECIモデルの4プロセスを回し続けることで、情報の数は増え、価値も高まっていく
欲しい情報に誰もが手軽にアクセスできる現代において、情報を持っていること自体に、大きな価値はありません。経験による一次情報同士を組み合わせ、どう活用するかで、その価値は変わってきます。
ナレッジマネジメントで情報の共有と管理を強化することで、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源のうち、「ヒト」と「情報」の価値を高められます。まずは自社のナレッジマネジメントの課題を浮き彫りにし、どのような共有方法が有効なのかを考えてみましょう。
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