HOMEインタビュー 700人の村がひとつのホテルに。山梨県の分散型ホテルを手掛ける代表から学ぶコミュニティ・ビジネスの極意とは

700人の村がひとつのホテルに。山梨県の分散型ホテルを手掛ける代表から学ぶコミュニティ・ビジネスの極意とは

白井恵里子

2020/08/16(最終更新日:2020/08/16)


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嶋田俊平さん(ご本人提供)

古民家再生による地方創生を手掛ける株式会社EDGEは8月7日(金)、「700人の村がひとつのホテルに。」をコンセプトにした山梨県小菅村(こすげむら)の分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」の第2期プロジェクトとして、新棟「崖の家」を開業した。

同社は、地方創生コンサルティング会社である株式会社さとゆめ、村づくり会社である株式会社源、古民家再生事業を手掛ける株式会社NOTEの3社が共同出資し、2018年7月に設立。「NIPPONIA 小菅 源流の村」では、三密回避のマイクロツーリズム、村とつながる食卓、唯一無二のマウントビューの3つをテーマとし、村人や村役場などを巻き込みながら事業を展開している。

多くの地域住民や事業者を巻き込んでコミュニティ・ビジネスを推進するために大切なことは何だろうか。同社代表取締役であり、株式会社さとゆめ代表でもある嶋田俊平さんを取材した。

株式会社EDGE設立記念写真(嶋田さん:左)/ご本人提供

宿泊キャパシティ不足に対応

同社によれば、多摩川源流に位置する小菅村は、人口がピーク時の3分の1の約700人まで減少するなど、深刻な過疎高齢化に直面しているという。

そこで、この地域の自然と村の文化を後世に残したいとの想いから、過疎化と空き家の課題解決と観光資源を生かすビジネスモデルとして、地域全体を1つの宿に見立てる分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」を開業。

第1期プロジェクトでは、築150年超の地元名士の邸宅「細川邸」を改修し、屋号である「大屋」に因み"OHYA棟"と名付け、客室4室およびレストランをオープンした。

実は、村役場による「小菅村地方創生総合戦略」により直近5年間(2014年~2018年)で観光客が約2.2倍に増加したという同村。地方創生の成功モデルとして注目を集めるなかで、経営者の高齢化のため、旅館や民宿の廃業が続き宿泊キャパシティの不足が新たな課題となっていたそうだ。

そこで、新たな宿泊施設を村一丸となって作り上げようと立ち上がったプロジェクトが「NIPPONIA 小菅 源流の村」だった。

美しい日本の村々を守りたい

ーなぜコミュニティ・ビジネスや地域のための計画づくりに従事されようと思ったのですか?

嶋田さん:大学は農学部で森林・林業を専攻していたのですが、大学では現場のことを学べないので、自分で山仕事サークルをつくって、仲間とともに、大学・大学院の6年間、毎週末、京都を南北に流れる鴨川上流の山村に通って林業を教えてもらっていました。

そこで、山村の風景の美しさや、村人たちの温かさなどに触れ、段々と「地域」というものの魅力に取りつかれていったという。

しかし、その頃木材価格が低迷して林業はますます衰退し、林業を辞める人々も増加。さらには、木が売れなくなると、山(土地)が売り出されるような状況になり、鴨川上流の川べりの平たい土地に、産廃置き場が複数出来てしまったのだそう。

このような地域の現状を間近で見ていると、自分の非力さを痛感したと嶋田さんは振り返る。

嶋田さん:地方が置かれている厳しい現状を肌で感じ、美しい日本の村々を守りたいと思い、その後地域計画・環境保全のコンサルタント会社である株式会社プレック研究所に入社し、新しい部署の立ち上げや企業のCSR、農山村の振興計画の立案などに関わるようになったのが、地域を仕事にするきっかけとなりました。

計画の実現まで伴走したい

嶋田さんは株式会社プレック研究所にて、新規部署「持続可能環境・社会研究センター」の立上げに参画したり、地域資源を活用したコミュニティ・ビジネスの事業計画を立案したりと、9年間経験を積んだ。

ーこの9年間のご経験は、起業後どのように活かせていると思われますか?

嶋田さん:地方自治体の振興計画や観光戦略など何十という計画づくりに携わりましたが、3~5年ほど経つと、自分の作った計画がその後どうなったのか、耳に入ってくるようになりました。

そして、計画が全く動いていないことや、よく分からない方向にいってしまっていることが少なくありませんでした。

「計画ばかり作っていても美しい日本の風景は守れない…」そんな想いから、計画を"実現する"ところまで地域に伴走して支援できる会社があってもいいのではと、仲間と一緒に株式会社さとゆめを立ち上げた。

嶋田さん:さとゆめは、“伴走型コンサルティング”をモットーに掲げています。

例えば、道の駅をつくるという計画を立てて終わりではなく、実際に道の駅を立ち上げて、運営が軌道に乗るところまで支援する。

お店にお客さんが来るようになって初めて売り上げが生まれて、売り上げが集まって雇用になる。

産業が集まって産業になる。産業が生まれて初めてその地域に住む人が出てきます。

ビジョンづくりから商品開発、販売の過程、そしてその先も。

地域と共にゴールを目指し伴走を続けることが、日本の風景を守ることに繋がると考えています。

一時はコロナで売り上げゼロに

8月に開業した新たな客室棟「崖の家」は、小菅村の特徴的な地形である急峻な崖に張り出すように立つ2棟の古民家をリノベーション。

コロナ禍でも安心して利用してもらえるよう、「部屋でのチェックイン、チェックアウト」、「部屋での料理・お食事」、農作業体験等の「オープンエアでのアクティビティ」など、三密回避の宿泊・観光体験を提供するという。

また、自炊スタイルのコテージであることから、自社ファームでの収穫体験や、村在住のシェフによるレシピで食の喜びを分かち合う場も用意し、村とつながる食卓も体験することができる。

全ての部屋からは、一切の人工物に邪魔されない、唯一無二のマウントビューを臨むことができ、その景観には、日本画家・東山魁夷(ひがしやま かいい)の代表作「緑響く」を連想させるとの評もあるという。

都心部から車で約2時間という立地でありながら、非日常館を味わえる特別な空間として、同社は今後も継続して村内の空き家を宿泊施設用にリノベーションしていくそうだ。

ー第1期プロジェクト「大家」、第2期プロジェクト「崖の家」実現にあたり、困難だったことは何ですか?また、それをどう乗り越えましたか?

嶋田さん:直面した困難としては、(2019年)10月の台風19号で、村に通じる4本の道が全て通行止めになり、村が孤立状態になったこともあり、臨時休業に追い込まれて10組ほどのお客様にキャンセルをお願いせざるを得なくなったこと。

秋の繁忙期には、沢山の予約を頂きましたが、人口700人の村では人材確保が非常に難しいため、まだ空室があるものの売り止めせざるを得なかったこと。

そして、何よりも新型コロナウイルスです。

4月、5月の緊急事態宣言期間中は営業を休止し、ほぼ売上がゼロになりました。

そんな中、スタッフの提案で、村民向けのレストランメニューのデリバリーなどを行いましたが、今振り返ると、これにより、村人に応援されるホテルになる上で必要な村民の理解・協力を得るためのベースが強まったとも言えます。

小さな成功を積み上げていくことが大切

ありとあらゆる課題・困難に対し、村人・役場・スタッフ・金融機関など、様々な協力を得ながら、何とか乗り越えてきたという嶋田さん。

「NIPPONIA 小菅 源流の村」のように、多くの地域住民や事業者を巻き込んでコミュニティ・ビジネスを推進するにあたり、大切なことは何なのだろうか。

嶋田さん:地域で事業をするためには、時間をかけて地道に信頼を勝ち取っていく必要があります。

我々が小菅村でホテルを立ち上げるまで、村に通い始めてから5年がかかりました。

すぐに大きなことをかたちにしようとするのではなく小さな成功を積み上げていくことが大切なのです。

嶋田代表(ご本人提供)

嶋田さんによれば、村内には空家が100軒ほどあるそうだが、現段階では4棟6室の改修・開業にとどまっていることから、今後の道のりは長いという。

嶋田さん:「700人の村がひとつのホテルに。」というホテルのコンセプトに多くの方々に共感、期待してもらっているのを感じます。

まずは、第2期までのプロジェクトを成功させて、第3期、第4期と次のプロジェクトの構想の具体化、事業化を進めていきたいと考えています。

小菅村が大きなひとつのホテルとして完成し、たくさんの人々が集う日まで、同社の挑戦は終わらない。「小さな成功を積み上げながら、地道に…」コミュニティ・ビジネスのみならず、ビジネスに携わる人すべてにおいて、忘れてはならない極意ではないだろうか。

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