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西田宗千佳のトレンドノート:マイクロソフトがHoloLens 2を「モバイル関連展示会」で発表する意味

西田宗千佳

2019/02/28(最終更新日:2019/02/28)


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2月24日(現地時間)、マイクロソフトは、スペイン・バルセロナで開催中のモバイル関連展示会「MWC19 Barcelona」にて、「Mixed Reality」デバイスである「HoloLens 2」を発表した。

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マイクロソフトの「HoloLens 2」。年内に主に企業に対して、3500ドルで出荷予定。日本でも同時に発売される。
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HoloLens 2実機。これをあたまにかぶって使う。

マイクロソフトがMWCでHoloLens 2を発表。その目的とは

マイクロソフトがMWCに参加するのは久しぶりのことだ。

スマートフォン普及以前より、マイクロソフトはPCでの影響力を携帯電話にも広げようと試みてきた。だがそれは結局失敗に終わっているため、携帯電話などを中心とする展示会であるMWCからは距離を置いてきた。 

しかし今年同社は、MWCに久々に出展した。目的はHoloLens 2のアピールだ。

詳細は後述するが、HoloLens 2は非常に高度で新しい操作性を備えたコンピュータで、野心的な製品だ。だが、HoloLens 2には携帯電話ネットワークと接続する機能はなく、実はMWCとは直接関係が薄い。

では、なぜマイクロソフトは、意欲的な製品の発表をわざわざMWCでやったのだろうか? そこには、HoloLens 2の先、「5G」時代を見据えた戦略がある。

現実にCGを重ね、両手を使って自由に操作する未来のコンピュータ

前述のように、HoloLens 2は「Mixed Reality機器」である。Mixed Realityは「複合現実」と訳されることの多い概念だが、どちらかといえばマイクロソフトが好む用語、というのが実情で、一般的には「Augmented Reality(AR、拡張現実)」と言った方が通りはいいだろう。 

写真は、発表会でのデモの様子である。HoloLens 2は頭にかぶるコンピュータなのだが、実際にHoloLens 2をつけている人には、このデモ映像のように見える、と考えてもらえばいい。

CGの鳥が手のひらに止まり、空中に浮いたピアノやレバーなどを、両手の指すべてを使って操作する。文字や動画などの情報はもちろん、視界の好きな場所に配置できる。

周囲になにがあるかを認識し、その立体構造に合うようにCGを重ね、それを指で操作するというのがHoloLens 2のもっている能力だ。

PCにしろスマートフォンにしろ、我々は「平らな画面」を見て操作している。だがHoloLens 2のようなAR機器では、自分に見える場所すべてをディスプレイのように使える。 

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HoloLens 2のデモの様子。手のひらに停まっている鳥はCGで、自分にだけ見えるもの。ちゃんと「手の位置」を認識して停まりに来る。
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HoloLens 2で空中のピアノを弾く。指先とその位置を認識しているので、こんなことも可能だ。
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操作用のパネルなどを空中に出し、指先でつまんで動かしたり、押したりして操作。「見た目通り自然に動く」のがポイントだ。

こうした要素は、2016年に発表された「初代HoloLens」がすでに備えていたものだが、HoloLens 2では視界が2倍に広くなり、快適に長時間かぶっていられるようになった。

なにより、従来は親指とひとさし指で「つまむ」形で操作していたものが、HoloLens 2では両手の10本の指をすべて認識するようになった、というのが大きい。

なにかを作ったり整備したりという作業中、どこでどういうことをすべきかを指示することで、作業工程はかなり簡略化される。

工場の現場などでは両手を使う必要があり、一般的なPCやスマートフォンは活用が難しい。だがHoloLens 2なら、PCやタブレット以上の価値を提供できる。

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工場での作業補助や教育などに、HoloLens 2の活用が期待されている。 

筆者も実機で操作を体験したが、これほどの完成度を備えたAR用コンピュータはまだ少ない。

ベンチャーのMagic Leap社が開発中の「Magic Leap One」が似た機能を持っているが、付け心地や操作性では、HoloLens 2の方が圧倒的に良い。まだ欠点も多数あるが、「未来のコンピュータの姿のひとつ」といっても過言ではない。 

「5G」とARのつながりとは? 

とはいうものの、冒頭で述べたように、HoloLens 2には携帯電話ネットワークとの接続機能がない。Wi-FiやBluetoothは使えるが、一般的なPCと同じと考えていい。

あくまで携帯電話関連事業が中心であるMWCで発表する意味は薄く思える。MWCで伝えられる他のニュースは、新しいスマートフォンの発表や、携帯電話ネットワークでの提携話などであり、携帯電話の絡まないHoloLens 2は、若干場違いに思えるかも知れない。

だがMWC会場を歩いてみると、マイクロソフトがHoloLens 2をMWCでお披露目したかった理由も見えてくる。意外なほどVRやARの展示が多いのだ。

理由は「5G」にある。現在の携帯電話ネットワークは「第4世代」の技術を使っている。5Gは「第5世代携帯電話」のことで、日本では2019年秋からテストサービスが始まり、2020年から商用化される。アメリカや中国などでは、2019年中にも本サービスが開始される予定で、MWC会場にも「5G対応」スマートフォンが多数出展された。

5Gになるとなにが変わるのか? 一番わかりやすいのは通信速度だ。1Gbps以上も可能で、もはや家庭向けの固定網としても十分使えるほどだ。

だが、より大きいのは、同時に実現される「低遅延」の方だ。通信における遅延とは、「情報をリクエストしてから反応するまでの時間」である。

現在の携帯電話網では遅延は数十ミリ秒存在するので、離れた場所に「一切の遅れなく映像をリアルタイムで送る」のは難しい。だが、5Gの時代になれば、遅延は小さくなり、リアルタイムにかなり近くなる

ここで話をVRやARに戻す。VRやARでは、大容量のデータを遅延なく転送することが求められる。遅延の大きさは、違和感や「酔い」に通じるからだ。だから、5Gの能力をアピールするには、VRやARが向いている……ということなのだ。




「空間マップ」こそがAR時代のコア技術だ

「なるほど、ARは5Gに向いているから、5Gが注目されるMWCでHoloLens 2を発表したんですね」 

そう思った人、ちょっと惜しい。それは確かにそうなのだが、マイクロソフトが考えていることにはまだ先がある。

ARで重要になるのは、「周囲の立体構造を認識する」技術だ。部屋の中のどこが平らでどこに机があるかをきちんと把握していれば、「なにもない机の上にCGのコーヒーカップを置く」ことも可能になる。周囲の空間マップを作成する能力は、ARにとって基本的な要素といっていい。

では、複数のAR機器で「同じ仮想空間を共有」するには、どうしたらいいだろうか。例えば、机の上に置かれたCGのコーヒーカップを、複数の人が別々の機器で同時に見るには、どうすればいいだろうか?

答えは、「空間マップとそこに置かれているものの情報を共有する」ことだ。

マイクロソフトは以前より、空間マップを共有する技術にこだわっている。HoloLens 2と同時に同社は、「Spatial Anchors」という技術を発表した。これはまさに、複数の機器で空間マップを共有する技術である。 

iPhone・iPadのOSである「iOS」でも、Androidでも、簡単なARを実現する技術はすでにある。「Spatial Anchors」を使うと、HoloLens 2などが認識した空間マップをクラウドで変換し、iPhoneやAndroidからも「同じ仮想空間に参加」できるようになる。

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写真に見えている映像は、HoloLens 2が作った「空間マップ」。床や壁の状況を立体情報として記録したものだが、これをクラウドで処理し、スマホ上でも使えるようにすることで、AR空間をあらゆる機器で共有可能にする。

HoloLens 2は高性能だが、まだまだ高価な製品だ。年内発売が予定されているが、3500ドルもする。

業務用の特別なコンピュータであり、スマホのように個人向けではないからしょうがない部分はある。だが企業であっても、高価な機器をすべての社員に与えられるわけではない。だから、安価なスマートフォンやタブレットからのAR利用は重要な要素だ。

マイクロソフトはHoloLens 2とともに、そうした技術を開発し、「本当にARが使われる時代」を先取りしようとしている。空間マップ共有にはもちろん、5Gでの「高速低遅延」ネットワークが重要になる。

5Gが一般に普及する数年後には、HoloLensのような機器はもっと安くなっているだろう。そして、その時に必要な環境を含めてアピールすることが、マイクロソフトが「HoloLens 2のお披露目をMWCでやることにこだわった」理由なのである。


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