「日常はプログラミングである」
こんなことを言うと、「なに言ってるのかわからない」と思う人は多いだろう。自分がソフトウエア産業に従事していない限り、プログラミングなど縁遠いもの、と考えていないだろうか。
だが間違いなく、我々の日常は「プログラミング的な行為」で満ちている。
iOS 12搭載「ショートカット」機能
実は、この秋iOSの最新バージョン「iOS 12」に搭載された「ショートカット」という機能は、そのことを強く思い出せるものだ。
そして、一見小難しいこの機能から、現在IT機器に起きているトレンドの背景にあるものが見えてくる。
iOS12の「ショートカット」。日常的な作業を楽にするためのものだ。アプリを呼び出さずに「自動実行」
まず、iOS 12の「ショートカット」という機能がどういうものか解説しよう。
といっても、あなたのiPhoneやiPadをiOS 12にアップデートしても、標準でこの機能は入ってこない。
App Storeから「ショートカット」アプリをダウンロードする必要がある。OSの標準機能なのだが、今はなぜか追加ダウンロードが必要になっている。
試してもらう前に、まずApp Storeにアクセスし、「ショートカット」で検索し、アプリをダウンロードしていただきたい。もちろん無料だ。
ショートカットでなにができるのか? 「アプリをタップして開かず、特定の作業を呼び出す」のがショートカットの役割なのだが、これだとわかりにくいので実例を示そう。
実例:「歯磨きタイマー」を使ってみる
例えば、「歯磨きを一定時間続けるタイマーをかける」としよう。
医学的には、2分間続けるのがいいらしいのだが、そのためのタイマーを用意している人はほとんどいない。
手元にスマホがあるなら、大抵の人は「時計アプリを呼び出し、2分間のタイマーを設定する」だろう。
まあこれでもいいのだが、あとどのくらい磨けばいいかがわかりづらいのが欠点だ。
そんな時に「ショートカット」を使ってみよう。
そのものズバリ「歯磨きタイマー」という項目がある。これを使うと、1分目と2分目を振動で知らせてくれるので、画面を見なくても経過時間がわかり、目的の時間、歯を磨くことができる。
では、ショートカットがなにをやっているかを表示すると……次の画面のようになっている。
ショートカットの「歯磨きタイマー」。60秒待ってメッセージを出す、ということを繰り返し、2分の歯磨きタイマーにする。 簡単にいえば、「メッセージを通知」と「60秒待つ」という作業を2回繰り替えしているのである。確かにこうすれば、「2分間の、途中過程を含めた歯磨きタイマー」ができあがる。
考えてみれば簡単なことだ。
目の前に時計があったとしたら、我々は「時計を見る」「特定の時間に来たかを把握する」ということを無意識に繰り返し行うだろう。
これを「命令の流れ」にして、「ワンタップで行える」ようにしたのがショートカット、ということになる。
ショートカットでは、他にも色々なことができる。
例えば「自宅に帰るまでの経路を知る」機能では、タップすると「地図に今の位置と自宅の住所を読み込み、経路を表示する」ところまでをワンタッチでおこなってくれる。
これも、我々が普段アプリを開いてやっていることだが、その手順は決まりきっている。だから、いちいちアプリを開いてメニューをタップするのではなく、その過程をショートカットがやってくれるのだ。
「ショートカットを開いてタップするんだったら、あんまり手順は変わらないんじゃない?」
そう思う人もいるだろう。実は、ここからがキモだ。
ショートカットはiOSと深く紐付いていて、iOSの音声アシスタントである「Siri」とも連携する。
ショートカットに登録した機能は、すべてSiriから自分が決めた音声コマンドで呼び出せる。
だから、「自宅に帰る」とか「歯磨きタイマー」とiPhone(もしくはApple Watch)に話しかければ、その機能を呼び出してくれることになる。
これは、タップするより早いし楽だ。この機能を「Siriショートカット」と呼ぶ。
Siriショートカットは、iOS 12のもつ「アプリの中の機能を、アプリを起動することなく声で呼び出す」機能のことで、厳密にはショートカットとは違うのだが、両者が連携することで機能を文字通り「ショートカット」して呼び出すことができるのである。
ショートカットは「AIの成長」につながる
ここで、先ほどお見せした「歯磨きタイマー」の画面をご覧いただきたい。ショートカットが呼び出す機能が順に並んでいる。
これこそが「プログラミング」である。
もちろん、アプリを作るためのプログラミング言語とは違うものだ。だが、「人がやりたいと思うこと」を細かな要素に分解し、それを「実行すべき順番に並べる」ことがプログラミングの基本である。
冷静に考えれば、そういうことを我々は日々無意識に行っている。
朝起きて顔を洗い、食事をし、歯を磨き、着替えて出かける、という一連の動作を書き出してみると、それはすでにプログラミングになっていることがわかる。
目覚まし時計をセットすることも、手順をバラすとプログラミングそのものだ。
冒頭で「日常はプログラミングである」と書いたが、それはそういうことを指している。
ショートカットは、iPhoneの中で「アプリを使ってやりたいこと」を細かな要素に分けて順番に並べ替え、動作させるものといえる。
さらに、実際の生活やプログラミングには「分岐」が存在する。
「今日は資源ゴミの回収日なので、資源ゴミを出してから出かける」という行為は、「その日が資源ゴミの日か」を見て、行動を「分岐」させている、といえる。
複雑に見えるアプリの動作も、分岐と判断の塊に過ぎない。
次の画面は、ショートカットによる「今聞いている曲が含まれるアルバムを呼び出して聞く」という機能の中身だ。
音楽のランダム再生で気になった曲がかかった時に使うと、その曲の含まれるアルバムを再生できる。
ショートカットの「今聞いている曲のアルバムを再生する」機能。曲のアルバム名を手がかりに曲を自動的に見つけ出し、再生リストを作る。 よく見ていただきたいが、この機能の中では、最初に「現在再生中の曲」を取得し、そこから「現在再生中の曲とアルバム名が等しいもの」という条件で曲を探し、再生対象にしている。
人間が手作業で行うと大変なことだが、ソフトウエアに特定の条件を与えて働かせるならば、意外と簡単にできてしまう。
このように、ショートカットはiPhoneの中で起きていることを「一言でやってもらう」ために、機能を分解して並べ直し、判断を加え、実行する機能になっている。
「なんか小難しいな。自分では作れない」
そう思う人もいるだろう。ご安心を。
結構な数のショートカット例が最初から用意されているので、それらを使うだけでも問題はない。本記事で紹介したのは、そういうショートカットばかりだ。
そして、このことは「未来」にもつながっている。
SiriやAmazonのAlexa、GoogleのGoogleアシスタントなどの、俗に「AI」と呼ばれる音声アシスタントは、これからさらに活躍することになるだろう。
しかし、今はどうにも「気が利かない」「できることが少ない」と思っていないだろうか。
その理由は、アプリがもっている機能を音声アシスタントが活かせていないことにある。
ショートカットのような機能が整備され、やって欲しいことが多数用意され、自分でも整備できるようになると、今はアプリを開いてやっているようなことでも、音声アシスタントが行ってくれるようになる。
今は、ショートカットとSiriショートカットで「手動で」設定していることが、そのうち、アプリ開発者やOS開発者の手によって最初から組み込まれ、音声アシスタントの「機能」として使えるようになっていく。
アップルがショートカットを搭載したのは、そうした時代を見据えたことなのだ。
U-NOTEをフォローしておすすめ記事を購読しよう