「食べない」と決めていたのに食べてしまったチョコレート。惰性で吸ってしまったタバコ。知らぬ間にTwitterを開いている自分。このような悩みを持つ人は多いだろう。実際、我々の日常的な行動のおよそ半分は「習慣」だ。
悪い習慣をなくし、良い習慣をつくるのは非常に難しい。ニューヨーク・タイムズ社で働いていたチャールズ・デュヒッグ氏は、まったく同じ悩みを持っていた。彼はのちにベストセラー本『習慣の力(The Power of Habit)』を執筆することになる。
そんな彼が、TEDで「悪い習慣を直す方法」を公開した。
『習慣の力』とは?
チャールズ・デュヒッグ氏:僕の名前はチャールズ・デュヒッグ。『習慣の力(The Power of Habit)』の作者だ。
例えば、クッキーをついつい食べてしまうという悩みを持っていたとしよう。いわば「クッキー習慣」。
あなたの勤務地はニューヨークのミッドタウンにある、ニューヨーク・タイムズ。14階のカフェテリアには厳選されたクッキーのラインアップがあって、コンピューターには「クッキーを食うべからず」と書かれている付箋ノートが。
にもかかわらず、お昼過ぎにはノートを無視して、階段を上がってカフェテリアの方へ足が向いている。その習慣で、あなたは約3キロほど太ってしまうのだ。
ここで言う「あなた」というのは僕。これは僕自身が抱えていた悩みだよ。
ピューリッツァー賞を受賞するくらいには僕は成功しているし、賢いはずなのに。なぜクッキーを我慢することがこんなにも難しいのか「理由」が気になった。
(会場笑)
それから「習慣の仕組み」についての研究が始めった。
実際、習慣形成の仕組みを知るのには、我々は非常に恵まれた時代に生きている。最終的に本を書いてしまったほどだ。
この研究から学んだこと、子どもにマインドフルネスを教える方法について話そう。
しかしそうする前に、とあるモルモット実験の話をしなければならない。
モルモット実験
長い間モルモット実験に励んだアン・グレイビールという博士がいた。彼女は神経学者で、モルモットの脳活動を観測するべく、頭にセンサーを埋め込む試みをしていたのだ。
これを実現するためには、多くの時間とモルモットが犠牲になったが、次第にセンサーを150個埋めて神経活動が観測できるようになる。
出典:www.ted.comセンサーの埋込手術が済んだら、彼女は目覚めたモルモットを世界一単純な迷路に何度も放り込んだ。ボタンを押すと仕切りが解除されて、モルモットたちは迷路を駆けてチョコレートを見つける。
初めて迷路に投入されたとき、どんなモルモットも同じ反応を見せた。通路を行き来して、奥のチョコレートを視認するものの、別方向へ向かう。まるで世界一だらしない動物のように振舞った。
チョコレートの発見までにかかった時間は平均すると13分。
長い期間、これはモルモットの知能があり得ないほど未発達だからだと思われていた。「モルモットができるなら、どんな動物にもできる」とね。
しかし、グレイビール博士は実際に、脳活動を観察できる。彼女はすばらしいことを発見した。
出典:www.ted.comこのスライドが示すのは、初めて迷路に入ったときの神経動作をグラフ化したものの簡易版。たくさん凸凹しているだろう? 基本的に、モルモットが壁をひっかけば、脳の中枢が使われる。チョコレートが見つかれば、快楽中枢。
これが、典型的な自主学習だ。
グレイビール博士は各モルモットを同じ迷路に150回ずつ投入した。当然のように、回数を重ねれば、迷路を攻略するスピードは増す。
本当に興味深いのは、彼らの脳内で起こっていることだ。速度が増すにつれて、チョコレート探しは自動的な作業と化し、思考量は徐々に減っていく。
出典:www.ted.com下のグラフは150回目の簡易版神経動作グラフ。谷のようになっているのが気になると思う。これはモルモットの睡眠時と同じ数値だ。
習慣の仕組み
チャールズ・デュヒッグ氏:我々の日常の動作がどれだけ習慣化されているかを研究したのはウェンディ・ウッド博士。何千人もの人を研究した末、彼女は「40%から45%の日常的行動は選択されているのではなく、習慣にすぎない」という結論に至った。
どうにかして人間の脳内に150個のセンサーを埋め込むことができれば、まったく同じ結果が出ると思う。
習慣的な行動をしている間、神経の動作量はガクッと落ちる。朝、目が覚めたり、あるいは地下鉄に乗ったりしてから、オフィスに着くまでの間を忘れているとき。
もしくはランチはサラダにしよう、と朝決めたのに昨日と同じハンバーガーを注文したとき。そのようなときは、習慣が作用している。
習慣のループ
習慣が発生すると、2つの例外を除いて脳活動は停止している。
1つ目は習慣の発生時――モルモットだったらボタンの音を聞いたとき――集中的な動きが起きて、脳活動が停滞する。
2つ目は最終的に目標を達成したときに起きる。チョコレートを見つけたときは、まるでモルモットが正気に戻って、現状を把握しているみたいだ。
出典:www.ted.comこれは「習慣のループ」という神経学上非常に大切な考え方で、すべての習慣を形成する3要素があることを意味している。
1つ目は、行動が起きるための自動的な「きっかけ」。そのあと「ルーチン」に入り、その行動パターンが将来繰り返されるための「報酬」が与えられる。
すべての行動習慣には、「きっかけ」と「報酬」がある。アリストテレスからオプラ・ウィンフリーまでの長い歴史の間、彼らが習慣を語るとき、口を揃えて「ルーチン」を強調した。
しかし、ここ数十年間で習慣の作用を影響する「きっかけ」と「報酬」の存在が明らかになったのだ。
「きっかけ」と「報酬」
ここに運動習慣がある人はいる? それか運動をしたい人はいない?
ここにいるような聴衆に運動を勧める、という研究がドイツで行われた。およそ3分の1の観客に、ベッド付近に靴を置いたり、同じ友人と走るようにしたりなどの「きっかけ」を指示した。そして、運動を終えたらチョコレートを1粒食べてもいい、と。
このようなご褒美は直感に反するものだ。チョコレートを食べるために運動する人はほとんどいないからね。
「誰もが運動したいと思っているのにできないのは、脳が「運動は嫌いだ」と発信するから。脳を騙す唯一の方法はチョコレートのような、報酬を用意すること」と研究者たちは主張した。
実際に6ヵ月後、58%の人が運動を続けている傾向にあり、チョコレートを摂取しなくなったことが判明した。これは脳がエンドルフィンを認識し、報酬を得るためには物理的な行動が避けられないことを学んだからだ。
しかしそうするには、脳に「報酬は本物だ」と信じ込ませなければならない。チョコレートのように、真に喜びを感じる報酬でね。
スターバックス事件
チャールズ・デュヒッグ氏:この話は「スターバックスからマインドフルネスについて学べること」に直結する。
まず、スターバックスでは何が売られているだろうか。コーヒーだけではない。コーヒーはお金の対価として与えられるだけだ。スターバックスの関係者に話せば、彼らの商品が顧客サービスであることがわかる。
スターバックスが原価0.13ドルのラテに4.5ドルを請求できるのは、入ると木版一色の空間の中、心地良い音楽が流れていて、筆記体で名前を書くサービスを行っているからだ。
「顧客サービス」こそがスターバックスのビジネスモデルの核を成している。
スターバックスにとって問題なのは、ほとんどのスタッフが高校生、あるいは卒業したての人であること。つまり、就業経験がないのだ。諸君らも共感できると思うけど、このような年齢は、みんなバカなことをするだろう? 僕自身、卒業してから10年ほどは、バカみたいなことをしていたよ。
スターバックスが問題視したのは、サービス精神のない従業員だ。YouTube時代の現代において、これは特に問題になっている。一例を紹介しよう。
スターバックス事件(要約)
ここでデュヒッグ氏は「あなた方がスターバックスの社員で、長い一日のあと帰宅し、ビール片手にソファに座ってテレビをつけたら、次のようなニュースが流れることを、想像してみてください」と勧めた。
彼は、キャラメルフラペチーノを購入した女性のコーヒーカップにBワード(差別的表現)が書かれていた、というニュースを流した。
スターバックスの解決策
チャールズ・デュヒッグ氏:スターバックスにとって、これは大事件だ。顧客がいくら無礼でも、スターバックスが売りにしているのは顧客サービス。相手が誰であっても、優しく接しなければならない。これは約束事項なのだ。
これを受けて、最高経営責任者であるハワード・シュルツ氏は、立て続けで起きているこのような事例に対して解決策を模索した。経営陣は「スタッフの自制心を伸ばさなければならない」という結論を出す。
従業員のうち10%から15%が最高の接客をしていたにもかかわらず、ある1日、通常6時間半から7時間目くらいでボロボロの接客をすることが判明した。
顧客のコーヒーカップに悪口を書く、などのバカな真似をしないためには、8時間シフトを耐えうる自制心が必要であることがわかったのだ。
マシュマロ実験
チャールズ・デュヒッグ氏:幸運なことに、自制心についてたくさんの研究が行われてる。ほとんどの人が、マシュマロ実験について知っているだろう。
これは1960年代にスタンフォードで行われた実験。
研究者には4歳の娘がいて、娘の友人たちに1部屋ずつ割り当てた。彼らの目の前にマシュマロを置いた研究者は、「マシュマロは食べてもいい。でも、僕が部屋を出ている10分の間我慢したら、2つ目のマシュマロをあげよう」と告げる。
4歳児にとってのマシュマロが、麻薬中毒者にとってのコカインみたいなものだということは4歳の子供がいる僕にはよくわかる。これ以上彼らを魅了するものはないのだ。
この実験は、今まで繰り返し行われてきた。4歳児の前にマシュマロを置いたらどうなるのか、お見せしよう。
出典:www.ted.com研究者は、10%から15%の4歳児たちがマシュマロを我慢できることを発見した。1960年代後半、彼は研究成果を出版したものの、相手にされなかった。
数年後、小学5年生になった娘は、被験者であった当時を憶えていたのだ。
それから、彼は彼女から学校のことを聞き出そうと奮闘した。聞き出したところ「スージーが問題児で、ジミーは優等生」のようだ。研究者は娘から情報を聞き、その優等生こそがマシュマロを我慢できた子供だったことに気がつく。
中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても、そして卒業後も彼らを研究し続けた。諸君らも知ってるように、これは史上最大の実験の1つだ。彼はマシュマロを我慢できた子供は、統計的に有意なほどに、同輩たちよりも成功していることを発見した。
学友たちと比べて、彼は宿題を終わらせている回数も、出席数も多かった。加えて、「裕福」や「見た目」を度外視し、単純にすばらしい友人として、高校で人気者だった。彼は周りよりもいい大学に入学し、高収入の企業に就職し、結婚も早く、長く続いた。
それから「自制心」の実験が数多く行われるようになる。最も著名なのは、ペンシルベニア大学のアンジェラ・ダックワース教授による研究だ。すべての研究者たちは、将来の成功に結びつく最も大きな要素は、高いIQでも、裕福な家庭でもなく、自制心であることを発見した。
自制心こそが人生に必要な能力なのだ。
感情移入ギャップ
スターバックスにとって、この実験結果は吉報だった。彼らは従業員たちに「自制心」を教えたかったのだから。しかし問題は「自制心をどう教えるか」だ。
その答えとは「習慣から」。つまり、状況に対する反応を事前から決定していること。興奮状態と冷静な状態のときの行動傾向を自覚してもらうことだ。
経済学では、これを「感情移入ギャップ(Hot-cold empathy gap)」と呼ぶ。
朝起きて、食事を大量に摂取すると、「今日の昼食は健康的にサラダでも食べよう」と意思を固める。しかし昼になり、興奮状態のときにカフェテリアに入るやいなや、ハンバーガーを食べたい衝動が湧いてくるだろう。
では、誘惑に直面しても朝の意思を貫き通すにはどうすればいいのか。より強固な自制心を持つにはどうしたらいいのだろうか。
出典:www.ted.comこれを見て。マシュマロの誘惑に負けた子供たちはマシュマロの存在を頭から消せなかった子供たちだ。
出典:www.ted.comこの子に至っては、無視をしてまで我慢を試みたにもかかわらず、お皿を叩いて思い出してしまう。何をしていてもマシュマロから注意を逸らすことができないのだ。
解決策は「前もって決める」ことだった?
では、10分間我慢できた子と比べてみよう。目標達成のために何をしたか、と研究員たちが質問すると、彼は「5分間、マシュマロをまったく見ないことにしたんだ」と答えた。
仮にマシュマロが浮かんだら、その四角いシルエットについて考えるようにしていたそうだ。そうすれば、彼はマシュマロよりも写真を連想できる。
自制心の教育方法はここにこそ宿っているのだ。「きっかけ」を見た際に起こす行動を前もって決めておくように教育する。それから、「報酬」を与えるのだ。
マシュマロを我慢した子供は、「前もって決めていた」と答えた。我慢に成功した暁には、2つのマシュマロを頬張る、と。達成後、彼はまさしくそのようにしていた。
悪い習慣を直す方法
チャールズ・デュヒッグ氏:どうすれば習慣を変えられるのだろうか。私のクッキーの悪い習慣はどうすれば改善されるのだろう。
答えは、「あらかじめきっかけと報酬を設定しておくこと」だ。それは「きっかけ」を見たときに、どう行動し、その「報酬」を決めていくこと。
そして、明確でなければならない。「ダイエットをしたい」ではダメだ。「今日はクッキーを食べない」でもダメ。目標達成には繋がらない。
次のように設定をしよう。
「午後3時15分、私はカフェテリアに行かず、同僚のデスクに向かう。カフェテリアに行ってしまう部分的な要因は、友人たちがカフェテリアにいることが多く、彼らとの会話が楽しいから。その代わり、オフィス内でおしゃべりをする人を見つけよう」と。
3時15分になったら、席を立つ。これが「合図」だ。誰かしらのデスクに行き、20分間うわさ話をする。
そして「力の限りぺちゃくちゃ話すぞ」と決めておこう。これが「報酬」。それから席に戻る。
自慢は好まないけど、僕はこれで9キロ痩せた。大成功だったみたい。
(会場拍手)
現時点で「習慣」について知られていることは、「きっかけ」と「報酬」があることだ。
ほとんど潜在意識である行動を認識し、意識の表層部分で起きていること以外に集中し、前もって「きっかけ」と「報酬」を決定し、このマインドフルネスに取り組めば、どんな習慣だって変えられることができる。これは度重なる研究の中で証明されていることなんだ。
ありがとう!
(会場拍手)
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