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西田宗千佳のトレンドノート:今夏「東芝REGZA」が他社を出し抜き「新4K衛星放送推し」である理由

西田宗千佳

2018/05/09(最終更新日:2018/05/09)


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 5月8日、日本国内の家電大手のうち、ソニー・パナソニック・東芝が同時に、テレビの新製品を発表した。

 その中で、特に注目すべき戦略に出たのが東芝である。他社に先駆けて「新BS4K放送」のチューナーを内蔵したのだ。なぜそれができたのか、そして、東芝の狙いがなにかを解説する。

各社横並びの中、1社飛び出す「東芝」

 今期のテレビは、各社とも似たトレンドを持っている。

 ハイエンドは有機ELパネルを使って高色域・高コントラストを実現したモデルであり、液晶テレビは比較的価格が抑えめ。しかし「4K」の解像度と、コントラスト感を高める「HDR」への対応は基本要素となっていて、品質が揃ってきている。

 画質にこだわって有機ELモデルを買うのもいいが、品質と価格のバランスが良好で、55インチクラスでも20万円+αで手に入る液晶モデルのお買い得感が高い。これで、トップメーカーの中ではシャープ以外の製品が出揃った形になるため、夏に向けて、みなさんもテレビの買い換え検討する、良い時期に来たと考えている。

 とはいえ、今年はある意味で「横並び」感があるのも事実である。ディスプレイパネルを中心とした技術には大きなジャンプがなく、「地道な改良」を各社が積み重ねた印象が強い。

 そんな中、ある意味1社だけ「飛び出した」メーカーがある。東芝だ。

「新4K衛星放送」チューナー内蔵を他社に先駆け全面展開

 東芝といえば、昨年までは経営上の課題を多く抱え、苦しい合理化を余儀なくされた。テレビ事業についても、ブランドこそ「東芝」「REGZA」が維持されたものの、事業自体は中国のハイセンスに売却された。

 そのため、「東芝のテレビ事業はどうなってしまうのだろう」と思った人もいるのではないだろうか。

 だが、「REGZA」の姿勢は変わらなかった。昨年と同じように進化した製品を用意し、より積極的なビジネス展開を進めている。

 そこで武器にしたのが「4K対応チューナー」の内蔵だ。

 みなさんもご存知の通り、年末・12月1日から「新4K8K衛星放送」がスタートする。「新4K8K衛星放送」は、現在の衛星放送のうち、いわゆるBS放送と、110度CS放送を再編、付加価値を追加するために生まれるものだ。

 過去に比べると「放送」への依存度は減った部分があるが、それでも、日常的には放送を見る機会が多く、そこに新しい要素が増える……となると気になる人もいるのではないだろうか。

「新4K8K衛星放送」は新しいものだけに、視聴には色々と準備が必要になる。現在売られている、そして過去に販売されたテレビは、仮に4K対応であっても、そのままでは視聴できない。対応の「チューナー」と「アンテナ」が必要になる。

 今回、新REGZAが内蔵したのは、この放送のためのチューナーだ。東芝も他社も、「外付け型チューナー」は、放送までに発売を予定している。いままでのテレビを盛っている人でも、数万円のチューナーを買い足すことで、「新4K8K衛星放送」のうち、4K放送については受信可能になる。

 だが、東芝以外は、テレビには「まだ」内蔵してこなかった。秋までに発売の製品には搭載するものもあるかもしれないが、まずは外付け型チューナーでの対応を推す形である。それに対して東芝は、4Kの主力製品で一斉にチューナーを内蔵する方針を採った。1社だけ「ちょっと先に走った」のである。

「新4K8K衛星放送」対応機器の出荷が遅れた理由

 2018年12月に放送が始まるわけで、当然各社とも、テレビにチューナーを内蔵させることは考えている。しかし、面倒な点が2つあった。

 1つは、録画や著作権保護に関するルールの策定に時間がかかり、メーカー側での製品化が遅れたことだ。これまで使われていた「B-CAS」に変わる新規格は「ACAS」というのだが、これに使うICチップの条件が定まり、メーカーでの開発が進み始めたのは昨年のことで、時期的に「今年前半に発売される製品に組み込んでしまう」のはリスクがある。

 2つ目は、ACASで使うICチップの準備に時間がかかることだ。どのメーカーも、「準備が出来るのは2018年後半」と口を揃える。

 今まで使ってきた「B-CAS」はカードだったので、本体に組み込んでしまう必要はなかった。カードスロットのついたテレビを生産し、カードを別途同梱すれば良かった。

 しかし、新放送で使う「ACAS」はカードではなく、取り外しできないように「本体に組み込む」のが基本ルールになった。そのため、このルールを「当初からの想定通り」に適応すると、チューナー内蔵テレビの出荷時期は、開発のリスクが少なく、ACASで使うICチップの準備が整う2018年後半以降、ということになる。

 だが、テレビメーカー側は、ここに「特例」を用意させた。2019年いっぱいは、ICチップをがっちりと組み込むのでなく、「取り外し可能な基板など」の形で提供する形も認める……というルールにしたのである。

 消費者から見ると、ここにはたいした意味はない。カードのように取り外すことが前提であるわけではないからだ。機器とICチップが組み込まれた部分を「別々に生産し、後から組み立てる」ことができるようにしよう……という、あくまで「生産側」の事情に基づく考え方である。

 そして、東芝がうまく使ったのは、このルールだったのだ。


リスク承知で「4K放送推し」積極的な「REGZA」が戻ってきた

 東芝の「新4K衛星放送」対応テレビは、チューナーこそ入っているものの、発売してすぐ、少なくとも今年の秋までは、「新4K8K衛星放送」を見ることができない。放送されていないのだから当然なのだが、そういう話ではない。受信に必要なACASのICチップが含まれていないのである。先ほど説明したように、生産時期は2018年の後半だからだ。

 先ほど述べたように、ICチップは「取り外し可能な基板など」で供給してもいい。その取り付けについても、メーカー側でやらねばならない、というルールはない。

 そこで東芝のテレビは、テレビの側面にACASのICチップが入った、小さなUSBメモリーのようなものを差し込む場所を用意した。当初はここにはなにも入っていないが、テレビの購入者には後日「ICチップが入ったアダプター」が送付されるようになっている。それを自分で差し込めば、放送の受信準備が整う……という流れである。

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「新4K衛星放送」に対応するためのICチップは、テレビの横に挿し込む。一度入れてしまえば、抜き差しする必要もない。ICチップは後日、テレビの購入者に送られてくる。

 ICチップ組み込みに関するルール変更は、こうした使い方を想定したものである。だから、似たことを考えるメーカーはいるはずなのだが、東芝は、開発時期の短縮やサポートなどのリスクも承知で、一気に新商品に導入し、他社に先駆ける作戦を採ったのだ。

 ちなみに、ICチップの送付作業が終わった後に販売・発売される製品については、組み込み作業を終えた状態で出荷されるため、秋以降に買う場合、この種の作業は不要になる。

 東芝がリスクをとって先行したのは、いうまでもなく、同社がテレビ市場で置かれていた状況を打破するためである。「他社資本になり、元気がなくなるのでは」「いままでのREGZAとは別もの」という印象を打ち破り、活発に商品を展開するメーカーに戻った……という印象を提供したいのだろう。

 テレビメーカーとしてはどこも「新4K8K衛星放送」を1つの商機とみているが、過去の放送と違い、多少の温度差は生まれてきている。「新4K8K衛星放送」とはいうものの、NHKが喧伝する「8K放送」は、1チャンネルのみしかなく、実際には受信が難しい。

 価格が落ち着いてきた4Kテレビと違い、8Kはかなりハードルが高い上に、一般的な家庭におけるサイズのテレビでは、4Kとの差が非常にわかりづらい。そのため、どこもNHKの8Kチャンネルをのぞく、4K放送の受信を軸にしている。

 とはいうものの、8Kを「今はまだいい。番組制作サイドのもので、家庭での受信を気にする必要はない」と、サックリ割り切っているメーカーも少ないのが実情だ。

 シャープのように、自社に8K液晶があり、有機ELとの対抗上「8K推し」が鮮明なところもあるが、多くの企業は「8Kもにらむが、商品としては現実的に4K」とみている。その「不徹底」が、プロモーションや「新4K8K衛星放送」対応テレビの商品戦略に影を落としている部分がある……と筆者は感じている。

 東芝は、そこを完全に割り切った。「4Kが主軸で、4K放送がすぐに見れることがポイント」として、プロモーションでも4K放送の話しかしない。実際、テレビ側でも8K放送の受信機能はない。

「新4K8K衛星放送」では、一部のチャンネルで「左旋円偏波」という電波が利用される。これまでは「右旋円偏波」だったので、新たに対応が必要だ。

 ただ、ここがポイントなのだが「すべての新4K・8K放送が左旋ではない」。NHKおよび民放キー局が提供する4K放送については、これまでと同じ「右旋」が使われる。左旋に対応していない、これまでと同じアンテナでも問題なく受信できる。将来的に左旋アンテナへの対応は必要となるが、今すぐに変えないと4K放送が一切見られない、というわけではない。東芝はここもプロモーションの軸にし、「チューナー内蔵テレビさえ買えば、4K放送は見れます」という形を採っているのだ。

 これが市場でどのように受け止められるかは、非常に興味深い点だ。テレビ売り場で「やはり買うならチューナー内蔵」となるのか、「いまはいいから、ちょっと安い(もしくは同価格でより大きい・高画質な)ものをなるのか。

 少なくとも、これだけリスクを見て「仕掛ける」ことができるということは、「REGZAチームの存在感」を示す上で重要だ。昨年の厳しい時期を過ぎ、いい製品を作れるメーカー・開発チームが、積極的なビジネス展開を行える状況に戻ってきたことを、一消費者として喜びたい。


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