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- +一徳
居心地が良い店の「居心地の良さ」の正体って、うまく言語化することができない。
初めて訪ねた瞬間に「あ、なんかこの店好き」と思ってしまうあの感じはなんなのだろうか。
料理が美味しい、珍しいお酒がある、家から近い、清潔感がある、可愛い店員がいる、まあ色々な嗜好で「この店好き」となると思うのだけど、どうもそれらにも当てはまらない。だけど熱烈に好きで、感動するほどの居心地の良さを感じてしまう店は存在する。
最近、私はそんな店に出会った。
特別好きなメニューがあるわけではない、珍しいお酒はない、家から近いというわけでもない、串と共に燻されまくった店内、可愛い店員……? いや、むしろおじさん。
だけどひとたびカウンターに座れば、思わず「いい!」と言ってしまうこの感じ。飲み終わって店を出るその時まで、言葉にはうまく表せない「なんか好き」で心がいっぱい。
ここではいつも偏愛する高円寺の店を紹介していますが、今回はこんな店を紹介したいと思います。
高円寺の「一徳」です。
一徳
高円寺北口から徒歩3分。以前紹介した「出陣」と同じ、あづま通りの中。
外観はなかなか“上級者向け”であるが、入ってみればすぐに馴染めるので勇気を出してガラガラしてほしい。「はい、こっち空いてるよ」とマスターが案内してくれる。
こちらのマスターは、とにかく渋い。超渋い。
任侠映画の主役をはれそうな(失礼)味のあるお顔に深みのある声。さらりとTシャツを着て首にタオルを巻いた姿は「これぞ男」といった感じで、思わず拳を胸に当てて一礼したくなってしまう。
店内はカウンター席のみ。向かいの離れにはテーブル席もあるが、大人数でない限りは是が非でもカウンター席をおすすめしたい。
一徳の素晴らしさは、常連客たちの会話や、マスターの仕事ぶり、そして店内の空気感に集約されると思っている。これはカウンター席でないと感じとれない。
チューハイに梅干しを足して一杯。サーバーでシューッと出すチューハイも便利でいいけど、ハイサワーで自分で割りながらくるくるとマドラーで混ぜるのが好きだ。
何気なく注文した梅干しが、ちゃんと塩っぱくてやわらかい。そうそう、焼酎にはこういう梅干しだよね、みたいな小さな「分かってる」が共有できるのって嬉しい。
飲み物のメニューにはハイネケンやギネス、マッコリ、ワインなんかもある。
それでも注文したくなるのは、やっぱり瓶ビールとかホッピーとかそういうところ。
もりもり食べたいアボカドトマトサラダ。水菜と玉ねぎをかき分けると、ちょうどよく熟れたアボカドがどどん!と埋まっている。
あの渋いマスターがこんな規則正しくプチトマトを散りばめたのだろうか、と思うとときめきそうになるが、おそらくこれは奥にあるキッチンの女の子が丁寧に盛り付けをしてくれたもの。
一徳の隠れ名物、ゆでタンはプリッとしている。これはからし醤油で。
香ばしく焼かれた串はどれも良いけど、焦げ目がしっかりついた皮が特に美味しい。
とり皮ニンニクは、とり皮の間にほくほくのニンニクが挟まっている。
これもまたじっくり火を通してあるので、ニンニクのきつく舌に残るような感じは全然ない。
こうして串を楽しみながら飲んでいる間に店内では何が起こっているかというと、店のテレビで流れている野球について、マスターと常連さんがあれこれ談話している。
「ちゃんと走り込みしてねぇなぁ」
「もうちょっと頑張ってもらわないと」
「チッ」
神と同じかそれ以上の目線で野球を語るおじさまたちのコメントを聞きながら、ほわほわと酒を飲める時間って、とても幸せで気楽で平和だ。
小さく流れている音が実はジャズだったり、会計を済ませた常連さんがちゃんと皿やグラスを片付けやすいようにカウンターにのせる姿だったり、一つ一つの伝票の上に置かれた重石が天然の石ころだったり。
客が持ち込んだのか壁に貼られているどこかの舞台のポスターが、すっかり煤(すす)で黒くなってしまっているのとか、どれがメニューか分からないくらいあちこちに手書きの黒板があるのとか。もう好きだ。
なにが良いって聞かれたら、全部良い。
私はまだ常連とは言えないけど、この店で「いつもの」が通じるようになったら、きっとこの人生は成功だと思う。
「マスター、いつもの!」
かー。言いたい。
「一徳」
電話:03-3336-4059
住所:杉並区高円寺北2-11-1
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