現在、ヘッドホンの世界に新しい波が来ている。
高音質化や無線化を軸に戦ってきたヘッドホンに、「外の音を聞く」「耳をふさがない」という要素が組み込まれてきたからだ。モバイルとリビング、両方で起きるこの変化について解説しよう。
外の音も音楽も同様に聞こえるヘッドホンが相次いで登場
Xperia Ear Duo4月21日にソニーモバイルが発売する「Xperia Ear Duo」(2万9800円、写真)が話題を呼んでいる。写真をご覧いただけばおわかりのように、形状はかなり変わっている。
技術的に言えば、最近増えてきた「左右分離型ワイヤレスヘッドホン」の系統に属する。左右のヘッドホンをつなぐケーブルはなく、それぞれの耳に装着するような形で使うものだ。だが、他のヘッドホンとはずいぶん違う。耳に「差し込む」部分がないのだ。
音はループ状になったパーツから出て、耳に反響して入る。音は「外に漏れる」「外部の音と混ざってから耳の中に入る」構造なのだ。
ambie sound earcuffs同様の構造のヘッドホンは他にもある。同じく、ソニーがベンチャー企業のWiLと共同設立したambie社が発売している「ambie sound earcuffs」だ。こちらは、昨年に有線版を発売したが、4月5日からBluetooth版である「wireless earcuffs」(1万2000円、写真)を発売している。
Xperia Ear Duoがかなりインテリジェントなヘッドホンであるのに対し、こちらはかなりシンプルな製品だ。しかし、音を耳に反響させてから耳の穴に音を導く、という構造は似ている。Xperia Ear Duoが耳を下から覆って引っかけるような構造であるとすれば、ambieは耳に挟むような構造だ。
発売タイミングの関係もあり、両方を横並びで比較することはできなかったので、音質や「音漏れ」の量について、優劣を語るのは難しい。だが、どちらにも共通しているのは、耳の穴になにかを入れるのでないために解放的であり、音も周囲の雑音と共に音楽が入ってくる「自然さ」がある。
音の漏れは、よほど大きな音量にしない限り、真横にいても聞き取れるかどうか……というレベル。逆に、「まったく漏れない」わけではないし、「音楽への没入感」もない。昨今のヘッドホンとは真逆の印象を持つ機器になっている。
従来のヘッドホンは「没入させる」ことが重要だった
なぜこのような製品が登場したのだろうか?
これまでのヘッドホンは、「いかに音漏れしないか」が重要な要素だった。いわゆる「インナーイヤー型」「カナル型」ヘッドホンは、耳栓のように耳に入れ、外部の音をシャットアウトすると同時に、音楽だけで自分の聴覚を満たす、という世界を実現した。インターイヤー型でない場合にも、ボリュームをあげることで外界の音をマスクしてしまい、「自分の世界に入る」ことが多い。だから、音量は大きくなりがちで「音漏れ」するのだ。
外界から隔絶され、自分の世界に入れるという要素は、ヘッドホンのもたらした大きなメリットだ。今もその価値は変わっていないし、移動中に音楽を聞く時、「周りに迷惑をかけずに没入できる」ことを最優先に選んでもまったく問題はない。
だが、ポータブルオーディオやスマホで「音」はより身近なものになっている。移動中の場合、アナウンスや自動車の走行音など、聞こえておいてほしいこともある。「音漏れ」につながるような大きな音は、耳にも良くないし、周囲にも不快な印象を与える。
そこで考えられたのが、あえて「外界の音を聞く」ヘッドホンとしての、Xperia Ear Duoでありambieだ。どちらもあまり音量は上げず、自然にBGMとして音楽が聞こえてくる一方、周囲の音も耳に入る……という仕組みだ。
その性質上、まったく無音の空間で「ひとかけらも音漏れしたくない」時に使うには向かないし、「音楽以外をシャットアウトして、音に浸る」にも向かない。しかし、不快な印象を与えるほど音は漏れずむしろ「周囲と自分に聞こえる音の共存」という意味では、とても自然なものになっている。
移動中はもちろんだが、オフィス内や自宅などで仕事や作業をしつつ、周囲には迷惑をかけずに音楽を楽しむ……という使い方に向いている。音楽がかかるといってもそこまで大きな音にはならず、普通に話しかけられた声なども聞こえる感触だ。そのミックス感が、非常に特異な体験でもある。
ここではたまたま2つの製品ともにソニー系となったが、スポーツ用などの名目で「外の音も聞こえるヘッドホン」はいくつかある。
例えば、BoCo社の「earsopen」シリーズもその1つ。こちらは、ソニー系のように「耳で反響させる」のではなく、音を振動の形で骨に伝えて聞く「骨伝導」を使っている。
一般的には、「外の音も聞こえるヘッドホン」では骨伝導を使う例が多く、ソニーのアプローチが珍しい。筆者のイメージでいうと、音の自然さや機器のコンパクトさではソニーのアプローチが勝り、機器開発の簡単さや自由度だと骨伝導系が勝る、というところだろうか。
もうすぐやってくる「音のAR」に備えよ
音声を「混ぜる」、音楽に没入しないヘッドホンというアプローチは、今後より重要になる。それは、耳に入ってくる音が「音楽だけ」ではなくなるからだ。
Xperia Ear Duoは、スマホと連動することを前提に、インテリジェントなヘッドホンに仕上げられている。ある場所の前に行くとそこに適切なメッセージを流す……という使い方が想定されており、個人向けではなくB2Bで、航空業界や美術館ガイドなどでの利用が検討されている。
もっと単純な例もある。地図を使った道案内を使う時、我々は現在、スマホの画面を注視している。だがカーナビのように「基本は音声で確認し、時折画面を見る」というパターンでもいいはず。料理のレシピも、読み上げで対応できるはずだ。いつもヘッドホンを付けているのが当たり前ならば、「画面を見せなくても済むこと」は意外と多い。
今はスマホの「画面」を見ることが多いが、AIが進歩すると、多くの作業を「AIが執事のようにこなしてくれる」ようになる。その時代がやってくると、命令は声で与え、多くの情報取得も声で行うようになる。コンピュータが常に自分とともにいるアシスタントのような役割を果たす。
だとすればその時は、「他人には聞こえないが自分だけには聞こえる」という要素がとても重要になる。今のヘッドホンでも同じことはできるが、外界の音が聞こえるヘッドホンならば、もっと簡単で自然だ。
そうした「インテリジェントヘッドホン」的なアプローチは増えている。現在多いのは、ヘッドホンにマイクを付け、外界のセンサーとして活用する一方で、その音をうまく取り込んであげることで、「外界音やアナウンスが聞こえるヘッドホン」にするパターンだ。
ソニーのフラッグシップヘッドホン「1000X」シリーズは、ノイズキャンセルヘッドホンでありつつ、自分の行動や設定にあわせ、「好きな大きさで外界の音が音楽にミックスされる」ようになっている。
このように、「耳栓的アプローチ+マイク」による手法は、ディスプレイにおける「VR」に似ている。だとすれば、外の音と音楽を「混ぜる」、Xperia Ear Duoやambieのようなヘッドホンは、現実に映像を重ねて拡張する「AR」のようなものだ。
どちらもあっていい手法だが、今は後者の方が自然な「音のAR」を実現できる。機械とのコミュニケーションが増えて行く中で、「音のAR」的に情報を重ねていくやり方は増えていくはずだ。
外の音が聞こえるヘッドホンの登場は、日常における「機械から発生する音・声」の使い方に大きな変化が生まれており、そこに対応しようとしているオーディオメーカーの発想の賜物……といえるのではないだろうか。
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