多くのSF作品が示唆するように、ロボットが人間を支配する日はそう遠くないのかもしれない。大失業時代の波が押し寄せて、人類が不必要になる。これこそが、現代人が未来に抱える不安だ。
AI技術の影響力を研究するダニエル・サスキンド氏は、未来は「困難でもあり、転機でもある」とTEDで語った。3つの通説の解説によって、この結論に至る根拠を彼は紐解いた。
現代人が抱える不安
ダニエル・サスキンド氏:最近、「ロボットに仕事を奪われてしまう」というオートメーション化に対する不安が広がっている。心配の種は、ロボット工学や人工知能のめざましい発展によるものだ。
大きな変化が訪れる。これは、避けられない。しかし、気になる変化の詳細は不透明なままだ。
私の研究結果は、「未来は明るいと同時に厄介」であることを示唆している。
テクノロジーの脅威は依然として存在するが、よい影響を秘めているのだ。
私がこのような結論へ至った経緯を説明するために、「オートメーション化した未来」を不明瞭にしている3要素を解説したい。
誤解1:「ターミネーター説」
出典:www.ted.comダニエル・サスキンド氏:「人類の仕事を奪う」というたった1つの目的を持ち、ロボットの軍隊が人間の職場を侵略する――テレビや小説、映画、そしてコラムではこのような世界が描かれている。そう、名付けて「ターミネーター説」だ。
たしかに、特定の業務は機械に奪われてしまうだろう。しかし、ただ人間を離職させる、というわけではない。別のタスクをサポートするのだ。ゆえに「別の業務」の価値は高まり、重要度が増す。
直接的なアシスト
特定の仕事で生産性と効率性が向上して、人類に直接的な影響を与えることもあるだろう。例えば、タクシーの運転手が衛星ナビを用いて、見知らぬ道を運転できること。建築家が設計ソフトウェアを使えば、より複雑で、大規模な建築が可能になる。
機械が実現するのは、直接的な支援だけではない。以下2つの方法で、間接的なアシストもするのだ。
間接的なアシスト
仮に、経済がパイだったとしよう。パイは、技術の進化で大きくなる。
出典:www.ted.com出典:www.ted.com生産性の向上は所得の増加に繋がり、消費者の需要は高まる。
イギリスの経済パイのサイズは、300年前の100倍だ。技術の進歩によって、古いパイのタスクは奪われてしまったが、新しいパイのタスクが新たに誕生した。
テクノロジーの進化は、単にパイを大きくするだけではなく、パイの材料まで変えてしまうのだ。
時が経つにつれて、人間の消費対象は変化し、既存商品の流通経路も変わる。まったく新しい商品への“舌”が肥えて、新業界は生まれ、新しい業務が必要になる。
つまり、技術の進歩は、新たな役割の誕生を意味しているのだ。
イギリスのパイをもう一度見てみよう。300年前、大多数の人は農場で働いていた。150年前は、工場。現在は、それがオフィスへと変化した。人類はある分野においてタスクを失い、新しいパイのタスクをこなすようになる。
経済学者は、この影響を“コンプリメンタリティーズ(Complementarities)”と呼ぶ。だが、これは「技術の進歩が人類に役立つ様々な物事」という意味を汲むための専門用語にすぎない。
つまり、ターミネーター説の不透明さを解消することは、2つの側面の発見につながるんだ。1つ目は、機械の補完によって既存の職が奪われてしまうこと。2つ目はその真逆の“補完”。
誤解2:「インテリジェンス説」
出典:www.ted.comダニエル・サスキンド氏:お次は、「インテリジェンス説」。自動車の運転、医療診断、鳥の認識――これらの共通点はなんだろうか。最近まで「オートメーション化は不可能」、と一流の経済学者たちが否定していたことだ。現在、すべてのタスクが可能になった。
ほとんどの大手自動車メーカーは、自動運転車の開発を進めている。健康診断をするシステムの数は計り知れない。鳥を一瞬で認識できるアプリさえも存在するのだ。
ただ単に、当時の一流経済学者たちが不運だったわけではない。彼らは的を外したのだ。そして、この理由がかなりの重要ポイント。
彼らは「インテリジェンス説」にまんまと引っかかってしまった。これは「機械が人類より優れるには、人間の思考回路と判断方法を摸倣しなければならない」という説。
経済学者たちが「機械にはできないタスク」の特定を試みたとき、彼らは以下のような先入観にとらわれていた。「タスクを自動化できる唯一の方法は、特定の人間からタスクの処理行程を聞き、機械が従うための命令を組むこと」。
「インテリジェンス説」による誤認識
この観点は、人工知能の分野でも一般的だった。1980年代に、私の父であり、共著者のリチャード・サスキンドが、オックスフォード大学で博士号論文「人工知能と法律」を書いた。彼もまた、誤解者の1人だったのだ。
父はフィリップ・カッパー教授や法律出版社バターワースズとともに、市販の法律AIシステムを世界で初めて開発した。
出典:www.ted.comこれがホーム画面のデザイン。当時父は、イカしたデザインだと断言していたけど、私は頷かなかった。
(会場笑)
父はこれをフロッピーディスクで発行した。しかし、彼のアプローチは経済学者たちと一緒だったのだ。「弁護士に会い、法律問題の解決方法を聞きだし、マシンが従うための一貫性を見つけ出す」というね。
一貫性のある説明ができれば、タスクは経済学上“ルーチン”と呼ばれ、自動化が可能になる。しかし、人類が自身の行動パターンを説明できないのであるなら、タスクはノンルーチンとみなされ、手は届かないと思われていた。
現在、“ルーチン”と“ノンルーチン”による区別方法が普及している。「機械ができるのは、“予測可能”、“反復的”で”規則性のある”ことだけだよ」と頻繁に言われるだろう。これらは、”ルーチン”で置き換えられる言葉だ。
先ほど伝えた、自動運転、医療診断や鳥の認識について考えてみなさい。これらはノンルーチンタスクの典型的な例だ。
たとえば、医療診断について医者に聞いたら、経験則がいくつか挙がるかもしれないが、最終的には行き詰まる。「医療診断は、“独創性”や“判断力”、そして“直感”を要する」とねをあげるだろう。これら3つをとらえることは極めて難しいから、自動化は不可能だと考えられていた。「当の人間が行動パターンを説明できないのなら、機械が従うためのシステムは組めない」とね。
30年前なら、この主張は正しかった。本日は信憑性が低く、未来には間違いであることが証明されるだろう。
処理能力やデータ記憶機能、アルゴリズムデザインの進化によって、「“ルーチン”と“ノンルーチン”」という区分方法の有効性が、低くなってきている。医療診断のケースをもう一度見てみよう。
今年初め、スタンフォードの研究者たちは、そばかすに発がん性があるか否か診断するシステムを公表した。それも、一流の皮膚科医の正確で。
これは、どんな仕組みだろう。医師の判断力や直感を真似てはいない。医薬品の知識はゼロに等しい。代わりに、129,450件におよぶ過去の件数からパターン認識をし、対象となる病状との類似性を突きとめる。
医師には不可能なレベルの膨大な数のデータを分析する。つまり、人間とは違う方法で、遂行しているのだ。医者が行動パターンを説明できるかどうかなんて、関係なかった。
2011年の米クイズショー『ジェパディ!』に参加したIBMのスーパーコンピューター、ワトソンを例にとってみよう。ワトソンは、過去の優勝者2人に勝った。翌日、ウォールストリートジャーナル誌は、哲学者ジョン・サール氏著の記事『ワトソン、『ジェパディ!』で自らの勝利に気づかず』を公開する。
すばらしいタイトルだし、本当のことだ。ワトソンは興奮して叫びをあげなかったし、両親に電話して勝利の報告もしなかった。酒場に行くことすらもね。
ワトソンは人間の出場者を摸倣したわけではなかった。優勝者たちの行動パターンは関係ないのだ。それでもなお、彼らに勝ったのだから。
インテリジェンス説を解消することは、人間自身の知能と思考回路への理解度の低さによる自動化のハードルは、過去と比べてはるかに低いことを示している。もっと言うと、機械が人類と違うプロセスでタスクをこなすなら、「人間の限界が、機械の限界」と考えるのはナンセンスだ。
誤解3:「優位説」
出典:www.ted.comダニエル・サスキンド氏:さて、3つ目の「優位説」の解説に移ろうか。
技術の進歩が促す有益な側面を忘れた者は、「労働塊の誤謬」に陥っている、とよく言われる。
しかし、「労働塊の誤謬」そのものが誤謬なのだ。私はこれを「労働塊の誤謬の誤謬」、省略して、「LOLFF(Lump of Labor Fallacy Fallacy)」と呼んでいる。
労働塊の誤謬
英経済学者、デイビッド・シュロス氏が1892年に考案した労働塊の誤謬は、大昔の考え方だ。
清浄機を作るために、ディスク状の小さな金属製機械をネジの先端につけた港湾労働者に出会ったシュロス氏は、困惑した。この港湾労働者は、生産性の向上に罪悪感を感じていたのだ。多くの場合、我々は正反対を考える。TwitterやFacebookを業務中に見て、非生産的になることは後ろめたい。
しかし、この労働者はより生産的になったことを悪く思ったのだ。
理由を尋ねると「悪いことをしているに決まっている。他の労働者の仕事を奪っているのだから」と彼は言った。彼の頭の中には、彼と労働者たちで分配されるべき一定の労働塊が存在するのだ。よって、生産的になると、労働者たちが仕事を失ってしまう、と。
シュロス氏は誤謬に気づいた。労働塊は一定ではない。この労働者が機械を使い、生産性を向上すれば、清浄機は値下がりし、需要は上がり、さらに多くの製造が必要になる。結果的に、労働塊は大きくなり、労働者たちの仕事は増えるのだ。
シュロス氏はこれを、「労働塊の誤謬」と呼んだ。
本日、たくさんの職種について大勢の人が、「労働塊の誤謬」を参照する。人類と機械が分別する労働塊は決まっていない。たしかに、機械は人に代わってタスクをこなし、元々の労働塊を小さくする。その反面、人類のサポートにもなり、労働塊は変わり、大きくなる。
労働塊の誤り
ここで、LOLFF(労働塊の誤謬の誤謬)が登場する。技術の進歩が塊を大きくする、と考えるのは正しい。あるタスクの価値は高まり、新たなタスクも生まれる。しかし、「新たなタスクは人類が適任である」と考えるのは間違えている。
これが「優位説」だ。労働塊は大きくなり、変化するかもしれない。でも、機械が発達すれば、余った労働塊を自身でこなす可能性が高い。テクノロジーの進歩によって、機械は人間をアシストするのではなく、自身をアシストするようになる。
自動車の運転の話に戻ってみよう。現在、衛星ナビは人類を直接サポートしている。一定数の人を、より優れた運転手に変えるのだから。
しかし、将来、ソフトウェアが運転席を奪ってしまえば、衛星ナビは人類のサポートではなくて、運転手のいない自動車をより効率的にする。人間をではなく、機械間が補完し合ってね。
先ほど触れた、間接的なサポートについても同じことが言える。経済パイは大きくなるかもしれないが、機械の有能化が進むにつれて、新たな需要に応えるのには、「人間が適任」から、「機械が適任」へシフトするかもしれない。
つまり、タスクへの需要イコール労働への需要ではないのだ。人類が得するのは、補完タスクにおいて優位性を維持している場合のみだ。しかし、機械の発展が進めば、その望みも薄くなる。
暗い未来
デビッド・シュロス氏:これら3つの説から何がわかるだろうか?
「ターミネーター説」の誤解を解消することは、将来の仕事は2つの勢力間――「労働者を害する機械代替」と「機械によるサポート」――のバランス次第であることを示す。現在に至るまでは、人間が有利だ。
しかし、「インテリジェンス説」を消化することは、第一勢力「機械代替」が優勢になりつつあることを意味している。機械は全能ではないが、人間のタスク分野に未だかつてないほど浸食し、パフォーマンス面ではるかに優れている。くわえて、人類の限界が機械の限界を示している、という考えはナンセンスであることがわかった。機械が我々のレベルまで到達したら、成長が止まるわけではない。
補完性の風向きが、我々へ向いている限りは問題ない。しかし、「優位説」を明らかにすることから、タスク浸食によって、機械間補完の勢力が伸びるだけではなく、人類への補完も摩耗してしまうことがわかった。
これら3つの説を統合すると、暗い未来が垣間見える。機械の能力は成長し、人類のタスクを侵食し続け、機械間補完の勢力がどんどん強くなる一方、人間への補完勢力は弱まる。いつか、バランスは人間ではなく、機械の方に向くだろう。
これが、現在我々の行く末だ。“行く末”という言葉は意図的に使っている。まだ辿り着いてはいないから。しかし、我々の終着点はここにある、という結論を避けられない。
ここまでが、悲しいお知らせ。実は、この問題は転機でもあることを、お伝えしよう。
経済パイの分配
デビッド・シュロス氏:人類の歴史は、経済パイで全員が生活できるように、どうやって大きくするか、という経済問題1つに支配されてきた。
紀元前から1世紀までの転換を見てみなさい。当時の世界のパイを取り、全人類に平等に分け与えれば、数百ドルの分配が可能だ。ほとんどの人間は、貧困ライン付近の生活をしていた。
数千年先へ進んでも、概ね同じことが言える。しかし、ここ数百年、経済は急成長を遂げた。経済パイのサイズは、爆発的に大きくなったのだ。現在のパイをひとりひとりに分配すると、おおよそ10,150ドルになる。
この経済成長が2%ずつ続けば、子供たちは我々の2倍裕福になるのだ。わずか1%ずつでも、孫は2倍裕福になる。
全体的に見て、古来からの経済的な課題は解決されたのだ。
テクノロジーによる失業危機が到来したとしても、奇妙なことに、その経済課題は解決されたことになる。つまり課題は、経済パイを大きくすることから、どうやってひとりひとりに分配するか、へ移行したのだ。
多くの経済学者が指摘したとおり、問題解決は実に難しい。現在、大部分の人にとって、仕事イコール経済パイの取り分だから。仕事が少ない世界や仕事のない世界において、どうやってパイの1切れがひとりひとりに与えられるか、目処は立っていない。
例えば、世界ベーシックインカムが解決策か、大議論をかもしている。アメリカ合衆国やフィンランド、ケニヤで試行される予定だ。
これは、我々全員が直面している挑戦だ。パイの分配が変わり、伝統的な仕事スタイルが消え去ったとき、我々の経済システムから生まれた物質的繁栄を、いかに共有するか。
課題解決には、従来とまったく異なる考え方が要求される。仮に解決策が出たとしても、多くの反論が起きるだろう。
しかし、我々の先祖が何百年も抱えていた「経済パイをどうやって大きくするか」よりは、はるかに幸せな問題であることを忘れないでほしい。
ご清聴ありがとうございました。
(会場拍手)
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