“海辺の家に住みたい”
そう思って地方移住を決めたのは、1年前のことだった。当時は新宿のど真ん中在住。便利だったが、新宿に海はない。一日の乗り降り客数が世界一と言われる新宿駅を出て、向かった先は、消えかけの港町だった。
満員電車から、消滅寸前の町へ。駅前は空き物件だらけ。菓子パンを食べていたら猛禽に襲われた(マジで)。「鳥に菓子パン取られた〜」なんて都会の友達は信じてくれなかったが、このことも含め、これからお話するのは過疎の町で1年間で暮らした経験談である。
たとえ本人の収入が変わらなくても、自治体にお金があるかないかで生じる格差がある。地方移住・地域格差といった問題に関心を寄せる方に、2つの実例をお伝えしたい。
ケース1:緊急の電話が(あんまり)機能しない
先日、体調不良で倒れた。真夜中から嘔吐を繰り返していたので、万が一の時に助けを求められるようスマホを首から下げておいたのだが、昼過ぎ、ついに廊下で倒れてしまった。視界がかすみ、体がしびれて起き上がれない。
倒れたまま、こわばる手で、なんとか「#7119」に電話した。いわゆる救急相談ダイヤルだ。救急車を呼ぶべきか迷った時、医療のプロが症状から緊急性の有無を判断してくれる。
「もしもし、すみません、いま倒れて動けないんですが……」
「ご本人ですか? 他に症状は? ……そうですか。今すぐ受診できる医療機関を案内します。お住まいは?」
「○○町です」
「えっ」
電話先で、救急相談員さんが固まった気配がした。
「あの、いま、おかけの電話は○○市の救急相談センターに繋がっていまして……○○町は救急相談窓口がなく、当方にも医療機関リストがありません」
別の意味で意識が遠のく。
結局この時は、なんとか助けを呼んで事なきを得た。だが、電話中に意識不明に陥っていたら命に関わる。別件で110番通報したときも、なぜか思いっきり管轄外の警察署に繋がってしまった。
緊急電話をかけた場合(※個人の経験です)
- 新宿:エリア内につながり、対応が早い
- 過疎の町:そもそもエリア外。またはなぜか都会につながり、対応が遅い
ケース2:図書館が貧しい
「すべての国民は、いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する」。1979年、日本図書館協会が採択した宣言にはこのように記されている。
実際、新宿の図書館は素晴らしかった。本はもちろん、音声・映像・図画資料も豊富。日本語だけでなく、英語・中国語・アラビア語などの多言語資料が揃う。パリまで行けない服飾学生も、フランス国内版「VOGUE」で最新ファッションを知れるし、視覚障害などで活字では不便だという人も、点字化・音声化を待たず対面朗読ボランティアに本を読み上げてもらえるのだ。
が、過疎の町の図書館にはそれがない。
本棚には「パソコン入門!ウィンドウズ95も怖くない」みたいな本が推定20年は居座っており、逆に怖い。児童書コーナーでは「かいけつゾロリ」の破れたページが黄ばんだセロテープで貼られたけれどやっぱり取れたあとがあり、何もかいけつしていない。町で唯一の書店はこの間つぶれた。2018年にまだ「ファミコン攻略本」コーナーの棚を持っている本屋さんだった。
私は文筆業に従事しており、図書館や書店は命綱だ。仕方ないので、一番近い都会の図書館でなんとか登録させてもらえないか、色々書類を揃えて頼みに行った。
結果がこれだ。
「お住まいは○○町ということで、○○市民でない方は残念ながら新規図書購入リクエストができません。リクエストは○○町図書館であればできますが、○○町図書館ははっきり申し上げますと貧乏です。リクエストが通らない可能性も多分にあります」
本当にこう言われた。
過疎の町の図書館には、「本を寄付してください」とボロボロのチラシが貼られている。その割に、漫画は一切排除。本を保管する場所もないので、寄付した本が並ばないことも少なくない。
つまり、例えばここに「漫画でわかるプログラミング」みたいな新刊を寄付しても並ばず、20年前のWindows95入門書が残り続けるということだ!
図書館の貧富の差が激しい
- 新宿:点数豊富、多言語対応、宅配や朗読などのサービスも充実
- 過疎の町:点数が少なく日本語資料のみ、予算も保管場所もなく寄付頼り、受け入れ本が偏りがち
財政豊かな新宿、自然豊かな過疎の町
“健康で文化的な最低限度の生活”。日本国憲法25条、漫画のタイトルにもなった有名フレーズだ。けれど自治体にお金がないと、健康、文化の面で格差が生じてしまう。
過疎の町の、台風でボロボロになったっきり補修してもらえない歩道に、「この先段差注意 Ahead Step Caution」って一語ずつGoogle翻訳したみたいなフリー素材の注意広告が揺れているのを見ると、「予算なさすぎるだろ……」と正直思う。
だが、財政的に貧しい代わりに、ここには豊かな自然がある。新宿暮らしではカラス、スズメ、ハトしか見かけなかったが、港町にはカモメ、ウミネコ、ウミウ、ハクセキレイ、私の菓子パンをさらっていったトンビなどがいて、いつも美しい歌声を聞かせてくれる。
花の香りに鳥の歌、澄んだ夜空に波の音。あんなに人間だらけだった新宿を出たのに、自然の中にいると、なぜか、さみしくない。財政豊かな大都市か、自然豊かな片田舎か。あなたは、どちらのライフスタイルを望むだろうか。
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