12月5日(現地時間)、半導体大手のQualcommは、かねてよりマイクロソフトとともに開発してきた「Arm版Windows」を公表、2018年の前半には、ASUSやHPといった企業から、Qualcommのプロセッサーである「Snapdragon 835」を使ったノートPCが登場する、と発表した。
ASUSからは「ASUS NovaGo」が、HPからは「HP ENVY x2」が登場するが、どちらもバッテリー動作時間が20時間を超える、これまでにないPCになっている。
このような製品が登場する背景と、2018年のPC市場にどのような影響を与えるかを考察してみよう。
1年後に公約を達成したマイクロソフト
HP社PC「HP Envy x2」 みなさんもご存じの通り、現在のPCの多くは、OSにマイクロソフトの「Windows 10」を使い、CPUにはインテルもしくはAMD製の「x86系CPU」を使っている。これらの「Windows PC」は、ソフトと周辺機器に互換性があり、幅広い使い方ができる。
ちょうど1年前、マイクロソフトは、そこに一石を投じるような発表をしている。自社のWindows 10を、Qualcomm社のプロセッサーに対しても提供すると明かしたのだ。Qualcommの「Snapdragon」シリーズは、ソニーモバイルの「Xperia」シリーズやシャープの「AQUOS Phone」シリーズなど、Androidで動作するハイエンドスマートフォンとタブレットの多くで採用されている。CPUはArm社の「Armコア」技術を使ったもので、x86系ではない。
マイクロソフトは、x86系とは違う種類のCPUに対して自社のOSを供給することを発表しただけでなく、さらに驚きの機能も用意した。CPUの違いを吸収する機能を備え、x86系CPUのために作られた多くのWindows用ソフトが、そのままSnapdragon向けのWindows 10でも動作する。
要は、「スマホやタブレットと同じCPUで動くWindows PCを世の中に出す」と宣言したわけである。
それから1年。マイクロソフトとQualcommは公約を守り、「Arm版Windows」と、それを組み込んでSnapdragon 835を使って作られたノートPCを公開してきた。CPUの違いを乗り越えるのは大変な苦労を伴うが、マイクロソフトとQualcommは、それをやり遂げた形にある。
バッテリーで20時間以上動くPCが登場!
Snapdragonを使ったノートPCの特徴は、なによりもバッテリー動作時間にある。メーカー側の公表値によれば、ASUSの「ASUS NovaGo」は最大22時間、HPの「HP ENVY x2」は最大20時間動作する(ともにビデオ視聴時)。いわゆる「スタンバイ」時間も長く、ENVY x2の場合、なんと約700時間(約29日)ものスタンバイが可能になっているという。
過去に比べ、ノートPCのバッテリー動作時間はかなり改善している。それでも、動作時間は十数時間まで。20時間を超えるようなものはない。NovaGoにしろENVY x2にしろ、重量はかなり軽い。NovaGoが約1.39kg、ENVY x2はキーボードを取り外せて、本体のみだと712gしかないという。
それでもこれだけバッテリーで動作しているのは、Snapdragonの省電力性能がそれだけ優秀である、ということでもある。
消費電力は低く、バッテリーでより長い時間動作するものの、Snapdragonは一般的なPC用CPUほどパワーはない。正確にいえば、ピークパワーは高いのだが、「高いパフォーマンスのままずっと動き続ける」ことを前提に作られてはいないのだ。
そのため、Snapdragon版Windowsを使ったPCは、ゲームや高度な演算を行う用途をまったく想定していない。x86CPU用に作られた、一般的なWindows用ソフトをArmで動かす機能を使うと、動作はさらに遅くなる。インテルの主力CPU「Core iシリーズ」を搭載したPCほどのスピードは出ず、もっとも安価なタブレットやPCなどに使われている「Atomシリーズ」を使ったPCよりは速い程度なのでは……というのが、業界関係者の予測である。
とすると、ウェブを見たりオフィスアプリケーションを使ったりするなら「遅いけど使える」範囲であり、一般的なPCが完全に不要になるほどではないだろう。要は、「バッテリー動作時間と速度を天秤にかけたPC」になる、ということだ。
2018年は「いつでも通信ができるPC」が当たり前に
別な言い方をすれば、そうした制約があってもマイクロソフトは「Snapdragonを使ったPCを欲した」ということでもある。
その理由は、一般的なPCとスマホの「省電力の仕方の違い」にある。
実は、今のPCも「実際に計算している時の消費電力」はけっこう小さい。インテルやAMDも技術開発を進めた結果、現在のノートPCは、数年前に比べかなりバッテリー動作時間が伸びた。
それでもSnapdragonを使った方が長くなっているのは、「電力の使い方」が違うから、といっていい。
すでに述べたように、Snapdragonはスマホに使われるプロセッサーだ。スマホは様々な使い方がされる機器である。高い演算力が必要とされる場面もあれば、むしろ通信速度が重要になる時もある。
機能のほとんどはスリープ中だが通信だけは使う、という場面もあるし、逆に可能な限り消費電力を落としたいシーンもある。「通信を常に使う」「必要な時には必要な部分に、速やかに電力を回す」「不要な時には電力を回さない」といった工夫を積み重ねて、今のスマホの省電力性能は実現されている。
このことは、これまでのPCとはかなり違う特性、といえる。
PCは「処理能力」が重要だ。一方で、携帯電話のように「常に通信できる」設計の機器は少なく、「電源が入っている時」だけ通信をするものが多い。スマホでは、機器がスリープ中でもメールやメッセージ、電話が着信し、すぐに使えるようになっているが、PCはそうした「常時待ち受け」をすると、消費電力が上がりやすい構造だ。
マイクロソフトがQualcommとの提携を望んだのも、この欠点を解消し、「スマホやタブレットの感覚で使えるPC」を作るためである。使わない部分に電源を回さず容赦なくスリープし、必要な回路だけが動く……というスマホ的なアプローチを徹底すれば、PCのバッテリー動作時間はもっと延ばせたのだ。
だがそのためには、既存のx86系CPUで開発するよりも、ノウハウが多いQualcommと手を結び、「Arm版Windows」を作った方がよい……。そうマイクロソフトは考え、Qualcommに接近したのである。
だから、前出の2機種にはLTEでの通信機能が内蔵されていて、スマホと同じように、どこでも通信ができるようになっている。外出先で「テザリング」をする必要はない。
いつでもメールなどが飛んできて、使いたい時には瞬時に画面が点灯して使える、という「スマホやタブレットとまったく同じ使い勝手」をPCで実現するには、スマホと同じ土俵に乗るのがいい。その結果として、バッテリー動作時間は長くなり、移動中どこでも通信が可能なノートPCが生まれたのである。
今後、Snapdragon版Windowsを採用した製品が増えると、PCでも「LTEで通信ができる」製品が増えていくだろう。筆者はiPadを似た状態で使っているが、本当に快適だ。
ASUS・HPともに日本での発売予定はまだ公表していないが、まったく出ない、とは予想しづらい。2018年には、もっと多くのメーカーから出てくることになるだろう。
PCを巡る「通信のあり方の変化」こそ、Snapdragon版Windowsがもたらす、もっとも大きな変化なのである。
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