2015年、Warby Parker(ワ―ビーパーカー)社は「世界で最もイノベーティブな企業」に輝いた。この企業は眼鏡をオンライン販売し、高い顧客満足度を誇っている。
そんな有望企業であるワ―ビーパーカ社の創業者を生徒に受け持った経営学、心理学のアダム・グラント教授は創業前、ある投資を断ることにした。理由は彼らの「実行の遅さ」と「自信の無さ」である。
しかし結果は彼の予想を裏切った。上記の通り、投資先であるワ―ビーパーカー社は大成功したのだ。グラント氏はイノベーティブな人物を理解・見つけることができなかったのである。
そんな後悔もあり、彼は「独創的な人物の習性」について研究。その結果、グラント氏が思い描いていた“独創的な人”とは、まったく違う人物像が浮かび上がった。
今回、彼はTEDにて「独創的な人物の見分け方」「少しでも独創的な人物になる方法」を伝授する。
『独創的な人物の驚くべき習性』
グラント氏:7年前、ある生徒が僕のところへやって来て、起業する会社への投資を求めたんだ。彼は僕にこう言う。「3人の友人と計画していて、オンライン販売で産業に旋風を巻き起こすつもりです」と。
そこで僕は「なるほど。夏休みはそれに割いたんだな?」と質問した。「いいえ。失敗したときのためにインターンへ行きました」と彼。
「でも卒業後はフルタイムで起業した会社で働くつもりだよね?」と聞くと、彼は「そういうわけでもありません。万が一に備えて職に就きます」って答える。
それから6ヵ月が経ち、会社の立ち上げ前夜であるにも関わらず、まともに動作するウェブサイトすら存在しない。僕は「ウェブサイトがないと話にもならないことはわかるだろ? それが命綱なんだ」と彼らを注意した。
当然の如く、投資は断ったよ。
その会社の名前はWarby Parker(ワービーパーカー)。
(会場笑)
眼鏡をオンライン販売する会社、それがワ―ビーパーカー社だ。今や「世界で最もイノベーティブな企業」として認知され、企業価値は10億ドル以上。
僕は今どうしているかって? 投資は妻に任せることにしたよ。
(会場笑)
なぜあのような見誤りをしてしまったのか。それを知るために、“独創的な人”――と僕は彼らをそう呼ぶ――の研究を始めた。
独創的な人
グラント氏:“独創的な人”は常識にとらわれず、革新的なアイデアを持つだけではなく、それを推進するために行動するような人物だ。
彼らは前線に出て、意見を言う。“独創的な人”たちはクリエイティビティを活用し、世界を変えるんだ。「この人に賭けたい」と思わせるような人物像を持つ。
そして、彼らは僕がイメージしていた“独創的な人”とはまったく違うことが分かった。
今日僕がみなさんとシェアしたいのは“独創的な人”の見分け方、少しでも彼らみたいになる方法だ。
「先延ばし常習犯」
グラント氏:ワ―ビーパーカーへの投資を見送った1つ目の理由は、準備期間がとてつもなく長かったから。みなさんは「先延ばし常習犯」の精神をよくご存じだよね。
実を言うと、僕はその真逆なんだ。僕は「前倒し常習犯」。実際に用語があるんだよ。
大きな締め切りを目前にして何も終わっていないときのパニック感、経験したことがあるだろう? 僕はそれを数ヵ月先に感じるってだけ。
(会場笑)
症状は僕が子供の頃から現れていた。子供の頃、僕は任天堂のゲームに狂ったように熱中していたんだ。
朝5時に起床し、ゲームを始めて上手くなるまでやめなかった。ついには手に負えなくなり、地元紙が「任天堂のダークサイド」という記事を書いた――僕を主役にしてね。
出典:www.ted.com(会場爆笑・拍手)
それから僕は歯が生えた代わりに髪を失ったよ。
(会場笑)
適度な先延ばし
でも大学時代、「前倒し癖」には助けられた。僕は卒業論文を締め切り4ヵ月前に書き上げたんだ。
僕はそのことを誇りに思っていた、そう数年前までは。
数年前、ジヘという生徒が「先延ばしをしているときが一番クリエイティブになれるのです」と言いに来た。それに対して僕は「そいつはすごいな。で、未提出の4枚の論文はどこだ?」。
(会場笑)
冗談だよ。彼女は最もクリエイティブな生徒の1人。組織心理学者として僕の研究分野は彼女の論文と合っていた。
僕は彼女にデータを入手するように促した。
彼女は何社かを回り、「先延ばしにする頻度」のアンケート調査を社員に回答してもらった。次に上司のもとまで赴き、「従業員それぞれの独創性、革新性」の評価を調査。
案の定、すべての物事を急いで終わらせようとする「前倒し常習犯」は、適度に先延ばしをする人ほどクリエイティブではなかった。
そこで慢性的な「先延ばし常習犯」はどうなのか、と彼女に聞いてみた。
出典:www.ted.comこれが調査結果。ギリギリまで行動しない人間はサボりすぎて、新しいアイデアが湧かないことがよくわかる。その反面、急いで終わらせる人は不安でパニクって独創的な考えが湧かないんだ。
最適なタイミングがある。そこに“独創的な人”が存在するようだ。なぜかって?
単に独創的な人間に悪い作業習慣があるのかもしれない。もしかしたら先延ばしが独創性を起こすのではないのかも。
研究
真実を知るために、とある研究を実行した。僕たちは参加者に新事業を考えるようお願いして、それを第三者に独創性、利便性の面で評価してもらった。
片方のグループはその課題に直ちに取り組むようにし、もう一方は先延ばしをするように指示したんだ。先延ばしをする参加者にはマインスイーパーをちらつかせ、5分か10分のいずれかの時間が経ってから取り組むように指示。
出典:www.ted.com予想通り、「適度に先延ばしをした人」は他の2グループよりも16%クリエイティブ面で優れていた。
確かにマインスイーパーは最高のゲームだけど、これが影響を及ぼしたわけではないよ。タスクを知らされる前にマインスイーパーをやったところで、クリエイティブさが増長するわけではないからね。
独創性が増長されるのは、タスクを伝えられ、先延ばしをしたときのみ。その場合タスクは脳裏に残り、アイディアは孵化されていく。
先延ばしは多岐にわたるアイディアについて熟考する時間を与えてくれる上に、点々とした考え方を可能にしてくれる。それによって思っても見なかった飛躍ができるんだ。
先延ばしの実践
研究の仕上げに入っていた頃、僕は“独創的な人”について本を書こうとしていた。そこで先延ばしの章に差し掛かったとき「先延ばしを会得するには絶好の機会じゃないか」と思ったんだ。
先延ばし(の章)を先延ばしにすることにした。
すべての誇り高き「前倒し常習犯」がそうするように、次の朝早起きをして、先延ばしの手順を記したToDoリストを作ったんだ。
(会場笑)
そして目的達成へ前進しないように、勤勉に取り組んだ。先延ばしの章の執筆に取り組み始めてから日が経ち、半分が終わってしまった。僕は文を書くのをやめ、何ヵ月も放置してみた。苦痛だったよ。
しかし再び作業に取り掛かると、アイデアがみるみる湧いてくる。劇作家アーロン・ソーキン氏が言ったように、「あなた方は先延ばしと呼ぶでしょうが、僕は思考とそれを呼んでいます」。
偉人の例
先延ばしをする間に、たくさんの偉大な”独創的な人”が「先延ばし常習犯」であることを学んだよ。レオナルド・ダ・ヴィンチとかね。
彼は『モナ・リザ』を完成させるのに16年間かけた。手記に「自分が出来損ないのように感じた」と彼は幾度となく綴っている。しかし試行錯誤の末、彼は光学を学ぶ。それで彼の光の描き方はガラッと変わり、格段に優れた芸術家になったんだ。
では、キング牧師はどうだろう。人生最大の演説を行ったワシントン大行進の前夜、彼は朝3時過ぎまで台本を書いていた。観客席でステージに立つ順番を待っている間も、彼は書き足したり、削ったりしていたんだ。
壇上に立ってから11分、彼は準備していた言葉を捨て、歴史を変える4つ単語を言い放った。「I have a Dream.(私には夢がある)」とね。あれは台本になかったんだよ。
時間ギリギリまでスピーチの完成を先延ばしすることによって、彼はアイデアの可能性を精いっぱい広大に開くことができたんだ。そしてスピーチの内容が固まっていないおかげで、彼は即興で話す余裕を持てた。
「先延ばし」は生産性の悪徳だけど、独創性の美徳になりうる。偉大な”独創的な人”の多くは、始めるのは早くても完成は遅いんだ。先発優位の都市伝説
それを、僕はワ―ビーパーカー社のとき見逃していた。
彼らが6ヵ月間先延ばしにしている間、僕はそんな彼らを見て「多くの企業がすでに眼鏡のオンライン販売を始めているぞ」と言ったわけだ。確かに彼らは先発優位を失ってしまったかもしれない。
彼らがその間、どうしたらユーザーが快適に眼鏡を注文できるか、を考えていたことに気づけなかったんだ。結局、先発優位が都市伝説であることがわかった。
出典:www.ted.com(画像:「先行者」VS「改良者」)
50の製品カテゴリーを調査したこの有名な研究結果を見て。この研究は市場を作った「先行者」と、より優れた製品を作った「改良者」を比べたもの。
「改良者」の失敗率がたったの8%なのに対して、「先行者」の失敗率は47%。
FacebookはMyspaceやFriendsterの後までソーシャルネットワークの製作を待った。他にも、AltavistaやYahooの何年も後に製造されたGoogleの例もある。
ゼロから創るよりも、誰かの案を改善する方がはるかに簡単なんだよ。
ということで僕が学んだのは、独創的になるために先駆者になる必要はないということ。先駆者の製品とは違った、優れたものが作れるならそれでいいんだ。
自己への疑念、アイデアへの疑念
グラント氏:ワ―ビーパーカー社への投資を断った理由はこれだけじゃない。
というのも、彼らは不安で一杯だったんだ。予備案を準備し、それが“独創的な人”になる勇気を疑わしくさせたんだ。
僕は“独創的な人”は「自信満々であるべきだ」と思っていたから。下の画像のようにね。
出典:www.ted.com(画像:なんて言っていいのかわからないけど……。僕は大物になるんだ)
(会場笑)
独創的な人は表面上、自信満々に見えるけど、裏では我々と一緒。恐れや不安を感じているんだ。違うのは彼らの対処方法。
説明しよう。こちらが凡人の創造プロセス。
凡人の創造プロセス
- ①これは最高だ!
- ②微妙かな
- ③ダメだ
- ④自分がダメなんだ
- ⑤大丈夫かも
- ⑥これは最高だ!
(会場笑)
僕の研究では、2つの疑念を発見した。自己への疑念とアイデアへの疑念だ。
自己疑念は君を麻痺させる。動けなくするんだ。
逆にアイデアへの疑念は活力を与えてくれる。試行、研究、改善への活力を駆り立ててくれる――キング牧師がそうしたようにね。
“独創的な人”になる方法は簡単だよ。「③ダメだ」から「④自分がダメなんだ」へ上がるのを避ければいいだけだからね。
「自分がダメなんだ」ってなる代わりに、「最初のいくつかの草案がダメだなんて普通のことだ。まだその境地に到達していないだけ」と考えればいい。では、どうやってそこに到達するのだろうか。
「このアイデアがダメ」から「これは最高だ!」へ昇華させる方法
君たちが使うインターネットブラウザにヒントが隠されていた。ジョブパフォーマンスやコミット率は、「どのブラウザを使うの?」と聞くだけでわかるのだ。
出典:www.ted.comFirefoxやChrome利用者はInternet ExplorerやSafari利用者よりジョブパフォーマンス、貢献度においてはるかに優れていることが研究によって証明されたのだ。やったね!
(会場拍手)
ちなみに、仕事についている長さも15%違うよ。なぜって? なにもFirefoxやChromeのユーザーが技術的に優れているわけではない。
どちら側の利用者も平均すると同程度の入力スピード、コンピューターの知識を持つ。違うのはそのブラウザを手に入れた経緯だ。
Internet ExplorerやSafariは、コンピューターに最初からインストールされているもので、それを利用しているならデフォルトの設定を甘受していることになる。
FirefoxやChromeを求めたなら、まず初期設定を疑わなければならない。「別のブラウザはあるかな」と考え、少し調べてから新ブラウザをダウンロードするんだ。
人はこれを聞いて「そうかい。じゃあ仕事のクオリティを向上したいのなら、ブラウザをアップグレードすればいいだけなんだ」と言うかもしれない。
(会場笑)
違う。それは率先して既存のものを疑い、よりよい選択肢を探求するような人間になることなんだ。それができれば、デジャブの逆ができるよ。ブジャデといってね……。
(会場笑)
“ブジャデ”とは同じものを何度も見て、急に新鮮な目で見えるようになること。
これは同じ映画の脚本を半世紀以上見てきたものの、毎度不採用となった脚本家の話。過去のバージョンでは、メインキャラクターはずっと悪の女王だった。
脚本家のジェニファー・リー氏はそれでいいのか、と疑念を持ち始める。そこで第一部を修正し、苦悩する主人公を悪役にした。その結果できたのが史上最高にヒットしたアニメ映画、『アナと雪の女王』だ。
この話にあるのは簡単なメッセージ。疑念を感じたときは「ありのまま(Let it go)」ではいけない。
(会場笑)
“独創的な人”の不安の対処法
グラント氏:では、不安はどうだろう。“独創的な人”にも不安はある。僕たち同様失敗を恐れているけど、違うのは「挑戦しない方が怖い」と思っているところ。
彼らは起業した会社が倒産するのも、最初から起業しないのも同じ失敗だってことを熟知しているんだ。
長い目で見ると、一番の後悔は「行動したこと」よりも「行動しなかったこと」の方にあることを彼らは知っている。
科学的に証明されているように、僕たちが「やり直したい」と思うのは、「取らなかった選択肢」。
イーロン・マスク氏は最近、Teslaは失敗すると思っていたことを教えてくれた。彼はSpaceXの打ち上げは、帰還おろか軌道を回るのすら怪しいことを確信していたけど、試さないのは惜しいと思って挑戦したんだ。
あまりにも多くの人が、重大なアイデアを持っているのに試すことさえしない。でもいい報告がある。
何度も失敗する必要性
下手なアイデアを出したとしても、それで評価されることはないんだ。多くの人は評価されると思い込んでいる。
企業を歩き回り、一番重大なアイデアや提案について聞いたら、85%は黙るだろう。恥をかくことを恐れているんだ。
しかし実際は、“独創的な人”も山ほど悪いアイデアを持っている。
出典:www.ted.comこのおしゃべり人形を見て。トーマス・エジソンが子供だけじゃなくて、大人すらも震え上がらせた気味悪いおしゃべり人形を発明したのを気にする?
しないよね。電球を発明したことを褒めたたえるだろう?
(会場笑)
過去の事例を見てみると、最も偉大な“独創的な人”は最も失敗してきた人だ。なぜなら彼らは一番挑戦したから。
殿堂入りのクラシック音楽家を見てみよう。なぜ彼らの作曲が何度も録音され、百科事典で長々と説明が書かれているのだろう。一番わかりやすいのは純粋に、彼らが生み出した曲の数だね。
アウトプットすればするほど、種類は増え、真にオリジナルなものに行き当たる可能性も高い。クラシックの第三巨頭――バッハ、ベートーヴェン、モーツァルト――はいくつかの傑作を生み出すまでに何百もの曲を作曲した。
出典:www.ted.com(横=作曲数 縦=偉大さ)
ではこのグラフ上で作曲数が少ないのに偉大である人はどうなのだろう。リヒャルト・ワグナーはどうやってやってのけたのかね。わからないや。
(会場笑)
しかし、多くの人間はより創造的になりたいのであれば、それだけ数を打たないといけない。
ワ―ビーパーカー社の創業者は社名をつけるとき、彼らは洗練されていて独創的である上に、リテールブランドを始めたときに悪印象を与えないような名前にしたかった。そして彼らはワ―ビーとパーカーを繋げる、と最終決定するまでに、2000以上の候補を試しているんだ。
まとめ
これらをまとめると、“独創的な人”は我々とさほど変わらないことがわかる。恐れも不安もある。先延ばしにすることもあれば、下手なアイデアも打ち出す。
そのアイデアの品質が問題ではなく、アイデアそのものが成功へ導くんだ。
そのような“独創的な人”を目撃したとき、僕と同じ間違いをしてはいけないよ。彼らを見限っちゃいけない。
そして自分が“独創的な人”になっているとき、自分を見限っちゃいけない。
「始めるのは早くても、完成が遅いのは独創性をブーストすること」、「自身のアイデアを疑うことによって自分を駆り立てられること」や「挑戦しないことへの恐れを大切にすること」これらを忘れないように。
そして最後に「いいアイデアを得るためにはたくさんの悪いアイデアが必要なこと」も忘れないで。
独創的になるのは簡単じゃない。でも僕はこれを信じてやまないんだ。
「独創的であることは世界を変える最善の方法である」
ご清聴ありがとうございました。
(会場拍手)
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