HOMECareer Runners 未来をつくるのはほんとうに専門家だけなのか。仕事終わりの研究から生まれた世界初の“栄養パスタ”

未来をつくるのはほんとうに専門家だけなのか。仕事終わりの研究から生まれた世界初の“栄養パスタ”

チャン・ワタシ

2018/01/01(最終更新日:2018/01/01)


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未来をつくるのはほんとうに専門家だけなのか。仕事終わりの研究から生まれた世界初の“栄養パスタ” 1番目の画像

 今、ある食品ベンチャーが話題を呼んでいる。雑誌、TV、Web、様々なメディアがこぞって取り上げる彼らの取り組みは、かつては食の専門家たちも苦笑いするような、一見望み薄なものだった。

 「健康を当たり前にする」というコンセプトのもと生まれた“BASE PASTA”は、パスタでありながら、一食で1日に必要な栄養素の3分の1を摂取できる「完全栄養食」である。

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出典:basefood.co.jp

 これまであった完全栄養食と呼ばれるものは、ドリンク状やバー状のものなど、従来の食事感覚とはほど遠く、未来的な食べ物のイメージが強かった。その点、BASE PASTAは10数種類の食材を練り込み、味・香り・食感が良く、私たちの食の楽しみを奪わない完全栄養食だ。

 販売元であるBASEFOOD代表・橋本舜氏(29)は、会社員時代、平日の仕事終わりと休日にパスタ研究に勤しみ、商品化させた。さらに、クラウドファンディングで50万円のプロジェクトから、たった1年あまりで1億円の資金調達をする企業に成長。

 大手IT企業にいた彼が、いま食品業界の最前線を走ることができるのはなぜなのか。食品開発のきっかけ、起業家としてのあり方について話を聞いた。

知識ゼロからスタートした“栄養パスタ”開発

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BASEFOOD代表・橋本舜氏

——会社員時代に、食品開発を始めたきっかけはなんだったのですか?

IT企業に勤めていた時、自動運転事業に携わっていたんです。高齢者や地方の交通弱者に向けたサービスで、プロジェクトに携わる中で人の健康について考えました。

健康を作るもので唯一、時間ではどうにもできないのが「食」です。適度な運動や睡眠は、時間があればある程度は解決できますが、「食」に関しては、知識がないとうまく栄養を摂ることは難しい。元々、自分で何かやってみたいという気持ちがあったので、「食」に関することをやってみようと思いつきました。

——どうしてそこからパスタを作ろうと?

調べていく中で、完全栄養というコンセプトを見つけて、これをもっと身近なものにしたいと考えたんです。すでにソイレントはアメリカで有名でしたが、自分の家族や友人が生活に取り入れているイメージがあまり湧きませんでした。

そこで、みんなが手軽に、飽きずに食べられるパスタを作ってみようと。平日の仕事終わりと土日を使って、栄養バランスのいいパスタを開発することにしました。

——何かをゼロから始める時ってハードルが高くないでしょうか。食品業界にいた訳ではない橋本さんが、製麺機を買って、材料を買って、作り方を調べて……という一歩を踏み出すモチベーションはどこにあったのでしょう?

IT系の人はプロトタイプ(原型)を作ることがすごく身についてると思っていて。何か企画書を持っていっても「分かんないから一旦作ってよ」と言われるのは日常茶飯事なんです。まずは作ってみないと、という感覚が染み付いていたので、あまりそこにハードルを感じなかったのかもしれません。

商品化のきっかけ

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新商品のスパゲッティ(画像左)は茹で時間1分で食べられる

——実際に作り始めていかがでしたか。

YouTubeで「パスタ 作り方」と調べるところからのスタートだったので、当然、最初は失敗続きでした。

製麺機からブチブチと切れた粉状のものが出てきたり、麺になったと思えば、茹でるとお湯に溶け出して「ごはんですよ」みたいな黒いペースト状のものが出来たりとか(笑)。

そうすると、「そもそもなんでパスタは固まってるんだ?」と調べ出すわけです。作っては生まれる疑問を、一つ一つ解決しながら形にしていきました。

——試行錯誤していく中で、商品化しようと思いが固まったのはどのタイミングだったのですか?

僕自身が、試作で出来上がったパスタを朝食で食べていたんです。当時、完成度的にはまだ30%程度でしたが、朝小さいフライパンで茹でて、オリーブオイルと塩をかけて食べると、確かに楽で。

仕事が忙しくて試作ができないと当然パスタが切れて、またいつものように食パンを食べる。「これ栄養ぜんぜん摂れてないじゃん……」と考えると僕がすでにBASE PASTAのような商品が欲しいと思うようになっていました。同じように、多忙で食事に気を使えない生活を送っている人もいるはずだと。

今作っているこの“栄養パスタ”は、必要だけど僕以外に作る人はいないだろう(笑)と思って会社を辞める決意をしました。

成長のキーは「関わっている人たちの応援の気持ちの大きさ」

——会社を辞めた後、商品化に向けてどのような動きをしたのでしょうか。

開発の目処が付いた段階で、資金集めと、より多くの人にプロジェクトを知ってもらうために、クラウドファンディングに挑戦しました。

物事が成功するか失敗するかを計るための指標っていっぱいあると思うんですが、僕はそれが「関わっている人たちの応援の気持ちの大きさ」だと思っているんです。関わる人の気持ちが大きい会社は、どんどん成長していきます。

いかに多くの人に自分のやりたいことを伝えて応援してもらえるか、応援してもらった力を最大限に役立てるかが重要だと考えていたので、クラウドファンディングはその第一歩でした。

——でも、一般的には売り上げや会社の規模が分かりやすい成功の指標となりますよね。橋本さんのその考えが生まれたのは、どの経験からだと思いますか?

自動運転事業に携わっている時、僕がいた一年間で、一気に世の中を巻き込んで面白い方向に進んで行きました。当初、自動運転と聞くと世間の反応は「ニュース番組で首都高で実験してたやつでしょ」みたいな感じだったんです。つまり、自分たちとは関係のないものだ、という。

——確かに、あまり当事者意識は湧かないですよね。

ですよね。でも、自動運転を使ったタクシーやバスは、経済上タクシーを日常的に利用できない人や、地方で移動手段が少ない人の移動を楽にするもの。遠い世界の話ではなく「あなたにとって関係あるものですよ」と伝えるようにしました。

実験も湘南地区で家からスーパーまで送るという、身近に感じられやすい内容で。そうした結果、応援してくれる人も協力してくれる会社も増えました。

人が価値を感じるのは高度な技術ではなくて、それによって自分たちにどんな良いことがあるのか、それだけなんです。技術者しか興味がなかった2年前から、一般の人まで応援してくれるようになったその1年間で、プロジェクトが一気に前向きになって、応援してもらえることの重要性を肌で感じることができました。まずは、真摯に伝えることだと気付けたのは、その経験のおかげかもしれません。

——第一に共感してくれる人を増やす、ということなんですね。

BASE PASTAも同じです。自分や周りの人たちもたまに不調な時があるし、将来の健康面が不安な時もある。「完全栄養食」がどうとかの話ではなくて、「健康が当たり前な社会にしたい」と伝える。出来るだけ身近に捉えてもらえるように、伝え方はクラウドファンディングの時から今までずっと意識しています。



ちゃんと伝えられていれば仲間は増えていく

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——その結果として、クラウドファンディングでは218%達成できたんですね。そこまで全部一人で仕事をするのは大変だったのではないですか?

ひとりで開発・PR・受注管理・発送をこなすのは限界がありました。他の業務をしていると、その間は開発がストップしてしまう。仲間が必要だと思い始めた時に、前職で同期だったアツヤ(BASEFOOD取締役 高橋篤哉氏)が僕に話しかけてくれたんです。

彼は元々、「みんなが好きなことをやってもいい世の中を作りたい」と言っていて。「俺はラーメンが好きだけど、尊敬するラーメン評論家は次々と病に倒れていく。せっかく好きなことに挑戦しているのに、体調不良によってリタイアしないといけないなんてありえない。頼むから健康的なラーメンを作ってくれ!」と(笑)。

すでに自分でBASE PASTAを20食も買ってくれていて、僕の考えに共感してくれていました。「じゃあラーメンはお前が作ってよ」って言ったら、「確かにそうかもね」と、二人で一緒にやるようになったんです。

——その後、一般販売をスタートしてAmazonでは食品部門で一位になったんですよね。

二人で最適解を探しながらやっていたら、その分だけ結果がついてきました。Amazonでは約2500食が4日で売り切れ、メディアにも取り上げれられて。二人では手が回らなくなっていたので、今のメンバーに声をかけました。誘ってみると、意外にもみんな喜んで賛同してくれたんです。

やってることをちゃんと伝えられていたら、興味を持ってくれる人は現れるし、手伝ってくれる人も増える。僕は、採用もマーケティングもPRも分けて考えていません。応援してくれる人が増えるように突き進んでいれば、買ってくれる人も増えるはずだし、いい人も採用できるはずだし、こうしてメディアも取り上げてくれるはず。僕らはそれに対して返していくだけだと、シンプルに考えています。

ベンチャーが「スピード」を担う

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BASEFOODのチームメンバー

——人の興味を惹くのが上手ですよね。新しい商品を出すスパンも短く、人を飽きさせない工夫をしている印象を受けます。

周りを見ていても、成長しない人なんてどこにもいないんですよね。「この人は成長してない」って思われるのはなぜかというと、スピードが遅いだけで。

大軍隊ではできないようなミッションを、特殊部隊が細やかにこなして達成する。僕はそれがベンチャー企業の役割だと思っているので、腰が重かったら意味がないんです。独立して色んな制約のない中でやっているからこそ、そういう動きができるので、速さは武器にして戦いたいなと。

あと、パスタを作り始めて約半年で会社を辞めて、背水の陣になったのはよかった。もしそこで3年くらいかけて作っていたとしたら、諦めていたかもしれません。自分のモチベーションを保つ意味でも、無理してでもなるべく早く次のステージに上がることは大事だなと思います。

——次々とステージが変わる中で、メンバー内の仕事へのモチベーションはどのように保っているのでしょうか?

これは会社員時代の経験から学んだことですが、仕事がやりにくい時とやりやすい時の差は、情報共有のムラがあるかないか。「知らない」という状況になった時、どれだけそれぞれに実力があったとしても、それを発揮するに至らない。すごくやりにくいんですよね。

逆に、チーム全員にまんべんなく課題を共有できていると、想像以上の働きが勝手に生まれて、結果的にみんなで目標を達成できることがあります。

個々人がちゃんと自分で考えて毎日仕事をすれば、それぞれのやる気も続くし、会社単位でも成長できる。目標だけは細かく共有して、HOWの部分はそれぞれメンバーを信頼して任せています。

新しいキャリアを築くには余白の時間を作る

——橋本さんのように会社に勤めながら、また新たに別のキャリアを積みたい場合、何から始めればいいと思いますか?

第一歩は、余白の時間を作ることだと思います。

起業するって大きなジャンプじゃないですか。でも、飲み会を一回断るとか、残業を減らすとか、土日に仕事を持ち込まないようにするのはそこまでジャンプじゃありませんよね。そのために誰かを説得する必要があれば、思いを伝え自分の意思を貫くトレーニングにもなるかもしれません。

時間ができればまた別のキャリアを考えることもできます。考える中で「これって面白そう!」というものが見つかれば、もし日常に追われていても、会社だけが全ての価値観じゃないと思えるようになるんじゃないでしょうか。



「IT×〇〇」という働き

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HPでは、BASE PASTAのレシピも公開している

——橋本さん自身は、今後についてどう考えていますか?

BASEFOODのビジョン「主食をイノベーションして健康を当たり前にする」ことは、5年以内に実現したいと思っています。一生かけて実現します! では遅すぎると思うので。

健康ブームとかトレンドとか、一過性のものではなくて、栄養バランスの優れた主食をみんなが食べて人間の健康寿命が10年延びたら、人類としての進歩ですよね。でも、本当にありえると思っているし、そんなことが実現できる起業家になりたい。僕もそうなりたいし、そういう人たちが増えてくれるといいなって思います。

——今後そういったベンチャーが増えると面白いですね。

今や新規事業=ITみたいなイメージが世間的にあると思うんですけど、それは本来違うものですよね。ITは手段なので、それを使って何を良くするかと考えるものだと思います。

ITだけの新規事業はライバルも多いですし、IT企業自体も「IT×〇〇」という働きに注目しているように感じます。IT×食、IT×アパレル、IT×医療とか。そういう企業がもっと増えたら面白そうですよね。僕たちもBASE PASTAを、インターネットを通じ、お客さまと直接交流して提供しています。

BASE PASTAは「ちゃぶ台返し」と言われていた

——今自分がいる畑じゃないところでも、活躍できる可能性はあるのでしょうか。

もし僕じゃなくて、ずっとパスタを作ってきた職人の方がBASE PASTAのようなものを作るとしたら、多分こうはなってなかったと思うんですよ。もしかしたらもっと美味しいものができたかもしれないけど、今の形で今の広まり方はしなかったかもしれない。

パスタを作り始めた頃、ヘルスケア専門の方に試食してもらったことがあるんです。後から、当時どう思ったんですかと聞いたら「やっぱり素人だな」と思ったと言われて、でも「だからすごいと思った」と。

食の専門家にとっては、そもそも完全栄養食の主食を作るというのはちゃぶ台返しの考え方なんですよ。みんなが一生懸命、主菜はこれ、副菜はこれ、とやってる中、急に「主食に全部栄養素が入ってたらよくないですか」と言い出す素人が出てきたわけですから(笑)。食品の分析センターの方にも、最初は「こんなの絶対できないよ」と言われました。

でも、理由を聞くと根拠はなくて、ただ「今までなかったからできないだろう」というだけなんですね。知識がない人はそれを打破できることがある。アウトサイダーであることは強みなんだと思います。

——今ある常識に疑問を持って、打破していかなければならないんですね。

この間、グループワークで来てくれた高校生に「どんな食べ物があったら面白いと思う?」と聞いてみました。すると女子高生が「餅って美味しいんだけど、地味だからもっとお洒落に食べたい」と言って、ガムのような可愛いパッケージの餅を描いて見せてくれたんです。他にも、焼肉の後にガムや口臭予防のタブレットを食べるんじゃなくて、デザートのプリンやゼリーに息を綺麗にするものを練りこんでくれよ、という意見もありました(笑)。

僕はそういうアイデアがとても面白いと思うんです。食はみんなに関わるもので、1億人いたら1億通りの意見がある。それを叶えてあげられる会社でありたいなと。

アイデアは全部自分で作る必要はなくて、誰かの「あったらいいな」を実現するのでもいい。需要があるというのはとても大切なことですから。

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 2017年10月25日、BASEFOODはグローバル・ブレインから1億円の資金を調達した。始まりはたった一つの製麺機であり、つい1年前のクラウドファンディングであることが、今何かを始めようとする人たちの背中を押してくれる。

 誰かの応援に対して一番いい形でリターンすることを考えていれば、自然と新たな応援者が増え、物事の規模は大きくなっていく。ビジネスの仕組みは、私たちが思うよりずっとシンプルにできているのかもしれない。

 誰かの「あったらいいな」を実現する会社、BASEFOODと橋本舜氏の今後に期待だ。

Text by チャンワタシ 【@chanwatac

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