ジョニー・デップ、ブラッド・ピット、キアヌ・リーヴスと、みんな各々の方法で50代のキツい坂を乗り切ろうとしている中で、彼らと同世代でありながら、今もメジャースタジオ(キアヌの「ジョン・ウィック」は独立系)が製作するアクション映画の看板スターとして、文字通り、体を張っているのがトム・クルーズ(55歳)だ。彼が“最後のハリウッドスター”と言われるのはそのためだ。
トムが現在撮影中の「ミッション・インポッシブル6」の撮影中に足首を骨折し、撮影が4ヶ月も中断したという心配なニュースが流れた直後、「ザ・マミー╱呪われた砂漠の王女」に続いて早くも今年2本目になる主演映画「バリー・シール╱アメリカをはめた男」が公開される。
この2本の製作がほぼ同時に立ち上がったことからも、彼がいかに仕事を愛し、その身を捧げているかが分かる。
TWAの敏腕パイロットにCIAが接触して来た!
最新作は、アクションスター、トム・クルーズが体を張るに足る実話の映画化にして荒唐無稽を絵に描いたような話だ。
何しろ、主人公のバリー・シールは、かつてアメリカに存在した航空会社の大手、TWAの敏腕パイロットとして世界の空を飛び回っていた矢先、その類い稀な操縦技術を見込まれてCIAにヘッドハンティングされ、クーデターが発生した中米、グアテマラや近隣のエルサルバドル上空からの偵察写真撮影のミッションを請け負うことになる。
サラリーマン・パイロットからCIAエージェントへ? それだけでも映画みたいなのに、さらに、シールは偵察飛行中にコロンビアの麻薬王とお知り合いになり、何と、偵察飛行の帰りにCIAからあてがわれた最新型小型飛行機内に大量のコイカンを積み込み、アメリカに密輸するというサイドビジネスを行き当たり上、ゲットしてしまう。1キロにつき2,000ドルという報酬に目が眩んで。
時代の変化に飲み込まれていくバリー
さらにさらに、CIAから新たなミッションが下る。今度は同じ南米ニカラグアの親米反政府組織コントラに武器を密輸しろというのだ。
そこで、シールはコントラが本気で政府打倒を目指してないと知るや、彼らに武器を横流しして収入を倍増させて行く。もはや、金勘定する暇すらなくなるほどに。
時代はアメリカの中南米政策が政権交代の度に変化した1970年代後半から80年代にかけて。時の政権の思惑と、それを代行するCIA、果てはFBI、加えて、DEA(麻薬取締局)や麻薬王、そして反政府組織を相手取り、または翻弄され、結果的に各々から多額の報酬を得ていく敏腕パイロット。
CIAがシールに提供したアーカンソー郊外の滑走路付き自宅のリビングや戸棚の中、そして倉庫から溢れ出る札束の山、その山に埋もれながら目覚める日々に慣れ、やがて、金に対する感覚が麻痺して行くシールの日常描写などは、映画的に脚色されたものだろう。
キャリアアップで忘れてはいけないもの
でも、人は並外れた才能に恵まれた場合、それを思う存分発揮できる環境が欲しくなるもの。そんなキャリアップのルーティンを、バリー・シールは極端な形で実践したのに過ぎないような気もする。たまたま生きた時代と場所が特殊だっただけで。
急激に変化していく労働環境と収入の中で、どれだけ自分の価値観と倫理観をキープできるか? それは、ビジネスの世界にも通じる必須のサバイバル事項なのではないだろうか。
劇中でシールはTWAのコックピット内で気流良好なのにわざと操縦桿を操作して、タービュランスを装って就寝中の乗客を目覚めさせたりする。
これも事実だとしたら、乗る方はたまったもんじゃないが、実物のバリー・シールは弱冠16歳でパイロットの正規ライセンスを取得し、1967年にはTWA史上最年少で当時最新鋭のボーイング707の機長を務めたことが記録されている。つまり、やっぱり彼は天才だったのだ。
実は映画を撮影中の2015年9月11日、スタントパトロットたちを乗せた小型飛行機がアンデス山脈上空を飛行中、悪天候が原因で墜落し、2名が死亡、1名が重傷を負うという悲劇的な事故が発生している。
何とそれは、トム・クルーズを乗せたヘリコプターが、バリー・シールが飛んだのと同じルートを体験飛行した10分後の出来事だった。“最後のハリウッドスター” は常に危険と隣り合わせなのである。
【作品情報】
「バリー・シール╱アメリカをはめた男」
公式ホームページ:https://barry-seal.jp/
10月21日(土)全国公開
配給:東宝東和
©Universal Pictures
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