SNSが浸透し、個人がメディア化したと言われる現代。自分らしく生きるには、自身をいかにプロデュースするかがカギとなる。目まぐるしく変化する時代の中で“自己プロデュース”に必要なものとは何か。
単行本発行部数累計6,800万部を超える大ヒット作となった『進撃の巨人』の担当編集者である講談社・川窪慎太郎氏と、“放牧中”の「いきものがかり」リーダーの水野良樹さんをはじめ、数々のクリエーターや企画をプロデュースしているFIREBUG代表の佐藤詳悟氏が対談。
彼らが思うプロデュースの本質やセルフプロデュースの必要性について話してもらった。
諫山創との出会いと、編集者・プロデューサーの役割について
佐藤詳悟(以下、佐藤):まず多くの人が気になる部分だと思うので。『進撃の巨人』作者、諫山創(いさやま・はじめ)先生と最初に会った時の印象について聞いてもいいですか?
川窪慎太郎(以下、川窪):週刊少年マガジン編集部は、作家からの電話を最初に取った人が担当になります。好青年という印象でしたが、当時はおそらく漫画家がどういう職業なのかあまりよく分かっていなかったと思います。漫画家しかやりたい仕事の選択肢がなかった、という感じでしたね。
佐藤:漫画編集って、漫画家さんがやりたいことを実現させるために、そもそも作品が面白くなるようプロデュースしないといけないですよね。
例えば、僕の場合はいきものがかりの水野良樹さんの個人活動をプロデュースしていますが、曲を良くしようとするのはレコード会社のディレクターさんの役割。仮に彼が漫画を描きたいと言ったら、僕は編集者を紹介します。彼のイメージするゴールに近づくお手伝いをする。
同じ立ち位置のように見えて、僕が普段手がけていることは、川窪さんがしていることとはちょっと異なるのかなと。
川窪:僕は会社員ですので、仕事の根幹にあるのは漫画雑誌を作るということです。その作り方は極端な話何でも良くて、ページが数ページでも、漫画が5本でも10本でも、誰が何を書いていても、面白い漫画雑誌を作れていれば良いわけです。
ですが、時代が変わって雑誌の部数や売上が落ちた結果、作品や作家の宣伝効果も落ちました。そうなると、作品や作家を個別に売らなければならなくなった。面白い作品を載せるだけでなく、どう売っていくかを考える必要は、確かに出てきましたよね。
佐藤 :『進撃の巨人』は、どのような編集・プロデュースのもと生まれたんですか?
川窪:はじめに諫山先生に伝えたキーワードは「分かりやすく」でした。でも諌山先生の「描きたいものを描きたい」という気持ちも尊重する必要がありますから、その着地点をどう見つけてもらうか。
結局、諫山先生が、自分が思っている面白さと、僕が求めていることのバランスを上手く取ってくれたと思います。佐藤さんが考えるプロデュースに大切なものは何ですか?
佐藤:僕が思っているのは、クリエイターやアーティストの思考や精神が不健康だと世に出る作品も良いものにならない、ということ。今、水野さんの曲を最初に聴くことができますが、その曲が売れるかどうかは分からない。
自分にできることは、彼が作曲したものを信じてどう届けるかというプロモーションと、いろいろな出会いから新しい思考を持ってもらうこと、そして健康的な精神でいさせることです。
川窪:作家も常に心にモヤモヤがあるもので、それを気付かせることも編集者の役目だと思っています。
打ち合わせでは、僕自身の中にある程度のゴールは持っていますが、「ここに行った方が良い」と直接言うのではなく、例えば「ここに行かなかった時どうなるだろう」というアプローチをしていきますね。僕の言葉ではなく、作家自身に気付いてもらうことが大事です。
佐藤:そうですね。僕も、僕が決めることはしないですし、それは作る人が決めるべきだと思っています。重要なのはその思考を整理してあげること。それが僕らの価値だと感じます。
「嘘をつかない」ことが一番大切
川窪:お互いが良い仕事をするために、「正直であること」とか「嘘をつかないこと」はすごく重要だなと感じていて。
だからこそ、最初に自分はこういう人で、こういう価値観を持っていて、自分の人生で重きを置いていることはこれです、といったことを作家に伝えるようにしています。
佐藤:わかります。彼らがやりたいこと、やってほしいことと、自分のやりたいことがマッチしていなければ、何をしても嘘になる。例えばお金を稼ぐために作品を出したい人がいたとしても、自分の価値観がお金稼ぎでない以上、それを捻じ曲げて上手くやろうとするのは難しいですね。
逆に、根本が同じなら、意見がぶつかってもそれは良い議論になる。うまくいくプロジェクトは、そこが共通しているように感じます。諫山先生と出会った時は、どういう感覚がありましたか?
川窪:作家としてピンときたことを覚えています。諫山先生は世の中の何が格好良くて、何が格好悪いのか。それに対する執着が凄いし軸があった。彼の中で格好良いものが蓄積されて、キャラクターに投影される。そして、それを僕自身も格好良いと思えたんです。
佐藤:僕の中で、いまの社会で生きている限り、そんなに「世の中」とずれていないんじゃないか、という仮説があります。自分が思っていることや感じていることは、多くの人も思っているだろうと。だからこそ、まずは「自分に嘘はつかない」ことってすごく大切なんです。
小さなことでもいい。「決める」という大きな一歩
佐藤:自分と作家で生み出した作品が世の中に受け入れるかは、自分の物差しがちゃんと機能するかどうかだと思いますが、川窪さんは普段からよく世の中を見ているんですか?
川窪:僕の場合は、世の中というより読者ですね。雑誌の編集者の相手は読者で、彼らが社会になります。だから常に読者が何を求めているかは考えます。また、自分の物差しを鍛えるために、人の物差しを考えるようにもしていますね。
でも、世の中と自分を物差しで計って、求めているものを送り出すことは、この職業だけではなく多くの人がやっていることだと思いますよ。
佐藤:そうですね。編集作業やプロデュースって、世の中の色んなことに置き換えられますし、どの業界であっても、人の欲望を叶えてあげることには本質的に変わりないですもんね。一般企業で働く人も、上司がこう思っているからこう動く、というように、相手が何を求めているかを知り、それを叶える作業をしているという点では同じです。
僕は、会社を立ち上げる前は、芸人さんのマネージャーをやっていましたが、相手がしたいことを先回りすることが仕事と思っていました。例えば「タバコがなくなった」と言われる前にタバコを渡すことは徹底してやってました。いまでもこの人タバコがなくなったんだな、というのがすぐわかります(笑)。
結局これがサービスの原点ではないかと感じます。何が求められているかを知るアンテナは、どのシーンでも必要ですね。
川窪:僕は、自分がどう思われているかも、とても気にするようにしています。自分の行動や発言に対して、相手はどう考えているのか。僕はその検証を昔から実施する癖がある。そうした“自分を知る“作業は誰にとっても必要だし、セルフプロデュースだと言えます。
ーーその「セルフプロデュース」の部分をもう少し聞きたいのですが、一般のビジネスパーソンは諫山先生や水野良樹さんのように、プロデュースしてくれるお二人のような存在がいるわけではないです。
そんな人たちが「自己プロデュース」ってやっぱり難しい気がしてしまうのですが、まずは何が必要だと思いますか?
佐藤:まずは自分を知ること。そのためにも「決める」ことが大事だと感じます。どこかのタイミングで割り切って、やりたいことや、なりたい自分をを決める必要があるんです。
僕は元々群れることが嫌いで、何かを人に決めてもらうことを良しとしなかった性分ではありますが、なかなか自分の意思決定ができない人には、どんどん自分で決める経験を積んで欲しいと思います。
でも、この一週間を振り返って、何も決めずに過ごしている人ってそうそういないと思うんです。みんな何かしら決定して、動いている。それを意識するかどうかじゃないでしょうか。
川窪:その通りですね。「決める」ということを少し補足するとしたら、僕は「言葉」を大事にしています。決めたことを「発言」することでも文字に「書く」ことでも、方法は何でも良い。可視化して言葉で規定されることで、意識されますからね。
「生活を充実させる」、「そのためにこういう仕事をする、したい」などというふうにどんどん言葉にしていく。有言実行ということではなく、自分の思考を整理して知るために言葉にするということです。言葉にしないとわからない感情というものがあるので。
佐藤:長期スケジュールを作るのも良いと思います。例えば、自分の2年後を何となくでも想像してプロセスを考えます。それを形に残しておくことで、意外とそういう方向に進んでいく。
進んでいる時は、もう一人の自分というか、意識的に物事を俯瞰で見れるプロデューサー的立場の自分を用意して、自問自答しながら進めていくのがいいと思います。
川窪:こうしたセルフプロデュースって、時代に関係なく必要なことですよね。楽しい人生を自分で手に入れるために、身につけておいて損はない。
佐藤:せっかく生まれてきたんだから、楽しむことって大事ですよね。そのためには、自分の価値を高めていくために、自分を自分でプロデュースする能力が求められると感じます。
株式会社FIREBUG 代表取締役/株式会社QREATOR AGENT 代表取締役
明治大学政治経済学部政治学科卒業。2005年に吉本興業株式会社に入社。ナインティナインやロンドンブーツ1号2号、COWCOW、ロバートなどのマネージャーを歴任。
2015年2月に独立し、経営者や文化人のPRエージェンシーQREATOR AGENTを立ち上げる。2016年2月にはコンテンツのプロデュース会社FIREBUGを立ち上げ、メルカリなどのマーケティングのコンテンツプロデュースやテレビ番組、AbemaTV、LINELIVEなどの番組プロデュースも行っている。
【川窪慎太郎プロフィール】
株式会社講談社 週刊少年マガジン編集部 副編集長
1982年生まれ。2006年、講談社に入社。同年より週刊少年マガジン編集部に配属される。これまでの主な担当作品に「進撃の巨人」「ふらいんぐうぃっち」など。
企画・編集:FIREBUG
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