もうすっかり過去の出来事みたいだが、今年の第89回アカデミー賞(R)で作品賞候補となった8作品の内、7作品はすでに様々な形で日本公開済みだ。
5作品は幸運にも劇場公開され、「最後の追跡」はNetflixでストリーミング配信、「フェンス」はDVDスルーとなった。
そして、全米公開から遅れること9ヶ月、作品賞最後の候補作「ドリーム」が、やっと今月末、劇場公開となる。
待った甲斐がある元気が出る映画!
この作品、当初副題に記されていた“私たちのアポロ計画”が映画の内容に則していないとネット上で批判を浴び、その後、副題が削除されるという事態に発展した。
しかしその中身は、働く女性のやる気を促すことはもちろん、困難を乗り越えて目的を達成することの意義を、性別や人種に関わらず、すべての人間に教えてくれる。待った甲斐がある、ずばり元気が出る映画なのだ。
1960年代初頭。アメリカが威信を賭けて推進する有人宇宙飛行計画“マーキュリー計画”を、影で支えた3人の黒人女性がいた。みんな、そのずば抜けた数学脳を見込まれてNASAに召集されたリケジョなのだが、迎え入れる側、つまり白人側の差別が半端ない。
リーダー格のドロシーは管理職への昇進を希望するが、上司から「黒人は管理職には置かない」と撥ね付けられ、エンジニアを目指していたメアリーは、黒人には無理だと端から諦めている。
キャサリンは黒人女性として初めて宇宙特別研究本部に配属されるが、オフィスには有色人種用のトイレすらない。
差別を才能で克服して行くリケジョたち
つまり、宇宙計画は白人の特権であり、専門分野だと、何の疑いもなく信じられていた時代の空気を、部分的に脚色はあるにせよ、務めて正確に再現した実話の映画化がこれ。
キャサリンを出迎える男性スタッフの、まるで異物を見るような冷ややかな態度、同じく白人の女性上司が発する露骨な上から目線、人種によってトイレを分ける差別以前に不合理なオフィス形態……。
劇中では思わず「え?」となるような人種差別の実態が次々と描かれる。
しかし、1961年4月12日、ソ連がガガーリンを乗せたボストーク1号で史上初の有人宇宙飛行を成功させたことで、彼女たちにもチャンスが訪れる。
ドロシーは新たに導入されたIBMコンピュータのデータ処理担当に指名され、メアリーは白人専用だった技術者育成プログラムを受講する権利を取得。
そして、ロケットの打ち上げには欠かせない計算と数式解析能力を認められ、研究所の中心的ポストを与えられたキャサリンは、やがて、NASAを決定的な危機から救うことになる。
差別を乗り越えた先の仕事と夢
これまで、人種差別を描いたアメリカ映画は、暴力やえげつない差別に耐える黒人たちの姿を、演じる俳優の力演と渾身の演出によって人々に訴えかけていた。文字通り「人種差別撤廃」を前面に押し出す作品が多かったと思う。
でも、「ドリーム」は過去作とどこかが違う。差別は単なる一要素に過ぎず、メインテーマは冒頭にも記したように、女性と仕事、そして夢を実現することの快感。それら以外の何ものでもないのだ。
時に挫けそうになりながらも、目の前に広がる限りない未来を見つめる3人の女性の凜とした姿をビジュアル化したポスターは、そういう意味でとても理に適っている。
そして、タラジ・P・ヘンソン(キャサリン)、オクタビア・スペンサー(ドロシー)、ジャネール・モネイ(メアリー)の3人の女優たちが、暗く澱んだ表情を極力拒否して、ユーモラスかつ堂々と各々のキャラクターを演じているのも痛快だ。
このトリオに、NASAの上司を演じるケヴィン・コスナー(適役!)などを加えた主要なキャストが、全米俳優協会賞の最優秀アンサンブル賞に輝いたのは当然の結果だと思う。
ファレル・ウィリアムスの音楽もテーマと連動
本作に心酔し製作にも名を連ねるファレル・ウィリアムスが提供した、ポップでポジティブなサウンドも、映画のテーマと連動している。
ファレルは作曲するにあたり、「メロディは人の心を自由にする。肌の色には関係ないんだ」と、明確にその趣旨に言及しているのだ。
そして、「ドリーム」はアメリカがまだ、宇宙という1つの夢=ドリームに向けて1つになれた時代へのオマージュでもある。それは同時に、分断され、排他的に傾く今の世界に対する鎮魂歌でもあるのだけれど。
【作品情報】
「ドリーム」
9月29日(金) TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー
公式ホームページ:https://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/
原題:Hidden Figures
配給:20世紀フォックス映画
©2016 Twentieth Century Fox
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