昨年度の映画賞レースに於いて、実に83ノミネート、うち27受賞というとてつもない快挙を成し遂げたストップモーション・アニメーションがある。
アカデミー賞の長編アニメ部門では、受賞作「ズートピア」や「モアナと伝説の海」などと並んで候補に挙がり、同賞の視覚効果賞でもCGIですべての動物と背景を描き切った「ジャングル・ブック」に敗れたものの、ストップモーションアニメ作品としては「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(93)以来の候補作となったのが「KUBO╱クボ 二本の弦の秘密」だ。
この作品、特に我々日本人は見逃せない。テーマはずばり“日本”なのだから。
全編に散りばめられた日本カルチャー
物語の背景は、遙か昔の日本のどこか。三味線を爪弾くことで折り紙に命を吹き込むという不思議な能力を持つ少年、クボは、サムライだった父親を闇に巣くう魔力に奪われ、自らもその際に片目を失い、今は、心に深い傷を負った母親と2人で海を望む絶壁の影でひっそりと暮らしている。
しかし、父を殺した闇からの刺客は遂に母子の居場所を突き止め、母親の命すら奪い去ってしまった。
こうして、クボは母親から死ぬ寸前に託された闇に打ち勝つ唯一の手段である“3つの武具”を探して、毒舌だが心優しいサル、軽率だが弓使いの名手であるクワガタを従え、過酷なロードへと旅立つ。
行く手に待ち受ける闇の実体と、両親の意外な過去、そして、三味線に隠された秘密など知る由もなく。
監督はハリウッド随一の日本通!
日本通の監督トラヴィス・ナイト三味線、折り紙、サムライ、鎧、兜、さらに、劇中で描かれる盆踊り、燈籠流しetc。それら日本古来のツールやカルチャーが、正確かつ理想的な形で作品に反映されている本作。それは、従来のハリウッド映画で描かれて来た欧米人のフィルターを通して都合よくねじ曲げられてきた“日本”とは違う。時代考証と詳細の研究が本気なのだ。
何しろ、監督のトラヴィス・ナイトは8歳の時に初めて日本を訪れて以来、来日を重ね、その度に知識をアップデートして来た究極の日本通。作品に最も大きな影響を与えたのが黒澤明で、クボの父親、ハンゾウのイメージソースは「七人の侍」の三船敏郎だとも明言している。
黒澤、三船以外にも宮崎駿、葛飾北斎、イッセイ ミヤケと“日本”が続々
トラヴィスがCEOを務めるアメリカのアニメ工房、ライカは、3Dストップモーション・アニメ「コララインとボタンの魔女 3D」で知られるアニメ界の成長株。同社のスタッフにはトラヴィスに引けを取らない日本通がいて、彼らは黒澤と並んで宮崎駿の世界観を作品に投入したとか。
繊細な色彩と独特の静寂の中で描かれる盆踊りや燈籠流しは、宮崎アニメが好んで描いてきたヨーロッパのどこかの風景と同じく、アメリカ人が想像と研究によって写実化した、日本人にとっても懐かしい日本のどこかの風景なのだ。
作画のベースになったという葛飾北斎の版画、衣装デザイナーが参考にしたというイッセイ ミヤケのプリーツ、クボの眼帯を作る際参考にしたという伊達政宗や柳生十兵衛の眼帯と、作品に影響を与えた日本に関しては枚挙に暇がない。物語の冒頭で描かれるクボと母が寄り添う姿は、黒澤と並ぶ日本映画界のレジェンド、溝口健二の「雨月物語」や「山椒大夫」を彷彿とさせるものがある。
日本通のアメリカ人が作品に託した日本カルチャーを、受け取る我々日本人が知らないでは話しにならない。少々大袈裟に言えば、「KUBO」は日本人が日本を再発見できる絶好の機会かも知れないのだ。
何度でも折り直せる折り紙に再生を託して
特に印象的なのは、クボの三味線によって生命を得て、空中に舞い上がる折り紙の数々だ。そして、クボが追い求める愛に包まれた家族の日々は、運命に翻弄されて一旦は葬り去られるけれど、もしかして再生が可能かも知れない。
それは、1つの形が壊れた後も、もう一度平面に戻して折り直せば、新しい形が作れるという、まさに折り紙そのもの。奇跡やファンタジーを視覚だけでなく、目の前にある一枚の紙に託した精神とアイディアこそが、実は最も日本フレンドリーなポイントだ。
【作品情報】
「KUBO╱クボ 二本の弦の秘密」
11月18日(土) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
公式HP:https://gaga.ne.jp/kubo
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