就職し、様々な上司に出会うことになる。中には、嫌いな上司もいることだろう。
また、既に部下を持っている人も「自分は悪い上司かもしれない」と気になっているのではないだろか。
「部下を顧みない嫌な上司」にはならないよう、今一度「リーダーシップとは何か?」をマーケティングコンサルタントや作家、演説家、リーダーシップの権威とも言えるサイモン・シネック氏とともに考えよう。
「リーダーというのは獲得する地位ではなく、責任や名誉なんだ」
※動画はTheBlazeによる提供
シネック:リーダシップの原理は、他人の幸福を考え、時には他人の幸福を優先することにある。
リーダーシップの考え方としてすばらしい例を、僕はクアンティコ海兵隊基地を訪れた時に目撃した。
その海兵基地では、上官を決めようとしていたんだ。「僕はリーダーだ」「リーダーになりたい」「リーダーを志している」「僕はいいリーダーになる素質がある」これらの発言は決して聞こえなかった。
代わりに聞こえたのは、「僕は海兵隊のリーダーだ」「僕は海兵隊のリーダーになる素質がある」「僕は海兵隊のいいリーダーになることを志している」という発言。
彼らの言い方から見ても、彼らはリーダーシップを他人への奉仕として見ており、単なる地位や肩書として見ていないんだ。それは僕たち全員が覚えていなきゃいけないこと。
リーダーというのは、獲得する地位ではなく、責任や栄誉なんだ。
それは子を持つことに似ている。「子どもを得る」という選択は楽しい側面だけど、実際に「子どもを育てる」という選択は難しい側面だよ。
「リーダーになることには、リスクが伴う」
ーー初めてお会いした時も言いましたが、それは全て聖書に書いてある原理なんですよね。それはイエスが言った「一番の人が最後になる」に似ています。人に仕えること。それは昔ながらの原理のはずですが、今も昔も人々はそれを理解していません。
シネック:僕たちがすばらしいリーダーを見つけた時、彼らについていきたいと思うのは、彼らは見本となり、先陣を切ってくれるから。
リーダーシップにはリスクが伴う。先陣を切るというのは、そのリスクで自らが災難に巻き込まれたり、自らがクビにされるということなんだ。
ーーいいリーダーになることと、お金は関係あると思いますか?
シネック:まったく関係ないね。僕たちは元来、階級制(優劣を決める)の動物。それは原始時代から受け継いできたもの。
人類は当初、人口150人未満のところで暮らしていた。これは、問題を生む。質素な時代だから、誰かがご飯を持ってくれば、人々は寄ってたかって食べた。
幸運にも、ラインバッカ―のような体形を得ていたとしたら、人混みをかき分けて前に行く。一家のいわゆる芸術家のような体形だったら、顔面にエルボーを食らっただろう。
これは協力には悪いシステム。つまりきっと、顔面をパンチしてきた人に「寝首をかかれないように気をつけろ」と忠告することはしないんだ。ほっておくと思う。
別のシステムを進化させる必要があった。
結局、僕たちは階級制の動物なんだ。僕らは常に他人を――誰が上で、誰が下かと――評価している。それが組織関係であれくだけた関係であれ、僕たちは上の人物を決めている。
僕たちは、人を上だと判断した時、自ら進んで譲り、上の人が先に食べられるようにする。上の人が最初に肉を選ぶことができる。下の奴らは一番の肉は食べられないかもしれないが、後で食べれるし、顔面にエルボーを食らうことはない。
つまりこれは、いいシステム、と人々は考える。
今日と言う日まで、このシステムは生きているよ。現に会社で自分より年上の人が、自分よりいい給与を与えられていることを、僕たちは問題だと思わない。
年上のことを「無能、無知」と思うことはあっても、会社では自分よりも地位が高いんだから、自分より多くの給料をもらっていることは気にならないんだ。自分より大きなオフィスを持っていても、いい駐車スペースを持っていても気になることはない。
「部下は、上司がリーダーとしての責任を果たしていればかまわない」
ーーしかし、我々の社会では、そういった「年だけ上司」は悪いという風潮はありますよね?
シネック:理由を言おう。そういう立場や地位には、対価が必要。部下たちはその人がリーダーとしての責任を果たし続けさえしてくれていれば、優遇されたり、特典を与えられていたとしていてもかまわない。だから、それはタダではないんだ。
共同体というのも馬鹿じゃない。部下たちに危険や脅威が近づいてきた時に、より強く、優遇され、自信のあるリーダーが部下を守るために危険の方へ先陣を切って守ってくれることを期待している。
ーーでは、彼らが批判されているのは、彼らは優遇されているのにも関わらず、責任を果たさずに地位を保持し続けて、トラブルが起きた時は部下たちのクビを切るから、ということですね。
シネック:だから、僕たちは一部の銀行CEOを心から軽蔑しているんだ。不相応の給与と福利厚生でね。しかし、お金は本質ではない。
それは、リーダーとしての根本的な役目を果たしていないからだ。彼らが自分の地位を維持するために、自分の部下が犠牲になるのを見過ごしたり、実際に犠牲にしていることを部下たちは知っている。
僕が「ネルソン・マンデラに$150,000,000のボーナスを与えよう」と言ったらどうする? 問題ないだろ? じゃあマザー・テレサだったら? $250,000,000ボーナスを与えよう。
大きな金額や福利、ベターな人生が与えられ、人にバッグを持たせたり、退屈話をしていることは誰も問題視していない。
問題はそれらの役得を与えられているのに、リーダーとしての責任をとらないこと。つまり、自己中心的なんだ。
元国防次官の話
シネック:リーダーの役目は何か、と言うことを上手くまとめている話を知っている。これは元国防次官の話で、彼はその1年前に定年退職したんだ。
彼はおおよそ1,000人の前で演説を行っていた。彼はコーヒーを飲みつつステージ上で準備してきた内容を述べていたんだが、突然口が止まった。
彼はコーヒーを見下ろし、観客を見上げてこう言う。
「私は昨年まったく同じ会議で話をしていた。違うのは、昨年私がまだ国防次官という立場にいたこと。昨年は会場まで、ビジネスクラスの飛行機に乗って来た。
空港では私をホテルへ運転してくれるものが待っていて、すでにチェックインは済まされており、次の日に部屋から降りてきたら、この会場まで運転してくれ、楽屋まで通してくれた。そして彼らは、コーヒーを美しい陶器のコップに入れて私にくれたのだ。
しかし、私はもう国防次官ではないから、ここまでエコノミークラスの座席で来て、ホテルまではタクシーを使い、自分でホテルにチェックインした。
今朝もこの会場まで別のタクシーを拾って来て、フロントドアと楽屋を自分で探し、コーヒーはないかと聞いたら、相手はコーヒーメーカーを指し、自分でコーヒーを安い容器に淹れた」
続いて、彼は「ここからわかったのは、陶器のコップは僕のためにあったのではなく、僕がいたの地位のためにあったこと。僕には安い容器が相応しい」と述べたんだ。
役得はリーダーという立場に与えられているもの
シネック:ここが重要。リーダーという立場にいる多くの人々は、彼らが与えられている特典は彼らのためにあるものだっと思ってしまう。しかし、それは違うんだ。
それは「彼らの地位」に与えられているもの。彼らが退職する時、次の人に彼らはそれを受け渡すことになるからね。
正直に言おう。確かに人の上に立つっていうのは気持ちがいいし、多くの役得がある。
しかしリーダーは自分の立場に、対価を支払わなければならないことを我々は忘れてはならない。
まず、役得は地位に与えられているものであって、リーダー自身に与えられてはいないんだ。
次に、時には自分の利益を犠牲にしてまで、自分のヴィジョンが実現するためにコミットしてくれたものたちのために何かを与えて、リーダーは対価を支払わなければならない。
それがリーダーの責任。
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