ティム・クック氏は、スティーブ・ジョブズを継いだApple社のCEOである。そんな彼はMIT(マサチューセッツ工科大学)で、2017年卒業式にてスピーチを行った。
彼はそのスピーチで「目的が定まらなかった自分」「テクノロジーと人類がこの先どう関わりあうべきか」「スタンスを持つこと」を情熱的に語った。
以下がそのスピーチの書き起こしである。
「一部の人のためだけではなく全員のために最善を尽くしましょう」
こんにちは、MITのみなさん!
(会場拍手)
ありがとうございます。2017年卒のみなさん、おめでとう。ミラード学科長、ライフ学長、名高い教職員たち、評議員のみなさん、1967年卒の生徒たちに感謝を述べたいです。
卒業生のみなさん、その家族や友人たちとこのような記念すべき日を共にできて、幸せに思います。MITとAppleには多くの共通点があります。どちらも難題、新たなアイディアの探求を愛し、とりわけ、世界を変えうるアイディアの発見を愛しています。
MITには誇り高きイタズラ、またはハッキングの伝統があるのを知っているよ。ここ数年で、君たちはとてもすばらしい「イタズラ」を成し遂げました。君たちがどうやって火星探索車をクレスギ礼拝堂に送ったのか、ドームの上にプロペラ帽子を付けたのか、学長のTwitterアカウントを乗っ取ったのかは永遠の謎です。それも明らかに乗っ取りっていうのがわかりました。というのも、ほとんどのツイートが午前3時に投稿されていたからね(笑)。
(会場笑)
この場に出席できて幸せです。今日はお祝いの日だ。そして君らは自分を誇るべきです。
クック氏が青年期より抱えていた悩み
みなさんは、MITを卒業し、人生の次なる階段を進み始めるにつれ、「これがどうなるというんだ」「何のために」「自分の目的ってなんなんだろう」と思う日が来るでしょう。正直に言います。私も同じ問いを自分にし、答えるのに15年かかりました。私自身の話をすることによって、諸君らは私ほど時間をかけずに済むと思います。
私は、早い段階でその悩みに直面しました。高校生のころ、古臭い「将来何になりたいですか?」という問いに答えられれば、人生の目的を見つけたことになると思っていました。
しかし、そんな簡単にはいきませんでした。大学生になり、「専攻は何ですか?」という質問に答えられれば、見つけたことになると思っていました。それでもない。
いい職につければ見つけたことになる気がした。次に、そうするには今より少し昇進する必要があると思った。それでもダメでした。私は、答えはそう遠くない将来にあるんだと自分を納得させようとしましたが、どれも答えを満たしていません。そのことが、私の心をかき乱しました。
次なる成果へ進む自分がいる一方、「それだけ?」と聞く自分がいた。答えを求めデューク大学院に入学しました。瞑想、宗教、偉大な哲学家、文豪に頼りさえもしたのです。若さゆえの軽率さで、Windowsのパソコンを試みたかことがあるかもしれません。どう考えても、上手く行くはずがないのに。
(会場爆笑)
Appleとの出会い
数えきれないほどの紆余曲折を経てやっとの思いで、20年前Appleに行き着くことができました。当時、Appleは生き残ろうと必死だった。スティーブ・ジョブズはAppleに復帰したてで、『Think Different』キャンペーンを始めたところ。
彼はいわゆる「クレイジー」と呼ばれる人々――つまり、社会不適合者、反逆者、トラブルメイカーたち――による最大限の力を発揮させたがっていた。それさえできれば、ジョブズは本当に世界を変えられると知っていたのです。
それまで、これほど情熱的なリーダーや、ここまで明確で心を惹く志を持つ企業に出会ったことがありませんでした。その目的というのは「人に仕えよ」というものです。こんなにシンプルなものだったんです。その瞬間、15年間の探求でやっと何かをつかんだ気がしました。
やっとの思いで、団結した気分になれた。高い志を持ち、挑戦的で、最先端の仕事をする企業との協力。まだ見ぬ技術が明日の世界に改革をもたらすと信じるリーダーとの協力。そして、自分自身、より大きな何かに尽くす深い欲求との団結によるものです。
もちろん、当時全てには気付いておりませんでした。心にあった重荷が取れて嬉しく思っていただけです。けれども、後知恵を使うと、この問題の解決をより納得することができる。それは、「明確な志を持つ場でなければ、そこで働く自分自身の目的を見つけることはできない」ということです。
ジョブズとAppleは私を仕事に没頭させてくれて、彼らの使命を私のものにしてくれました。どう人類に貢献できるだろうか? これは人生で最も壮大で、重要な課題です。自身を超えた何かのために働きかけると、意義と目的を見つけることができます。だから、君たちにこれからは「どうしたら人類に貢献できるだろう?」という問いを持って進んでほしい。
テクノロジーの脅威
幸いなことに、君たちはすでに軌道に乗っています。MITで君たちは、世界をよくするために科学とテクノロジーが持つ力の偉大さを学びましたよね。MITの研究成果のおかげで、何億もの人々はより健康的、より生産的、より豊かな生活を送っています。
そして本日、世界が抱えている最難題――がん、地球温暖化から教育格差まで――がいつか解決されるとしたら、それは技術が貢献してくれることでしょう。ですが、テクノロジーのみでは解決できません。時には、問題の一部にすらなります。
昨年、フランシスコ教皇とお会いする機会がありました。人生で一番すばらしい会合でした。この人は、元首と時間を過ごすよりも、スラム街の悩める人々を慰めたお方です。驚くかもしれませんが、彼はテクノロジーについてよく知っていました。それも膨大な量の知識を。
彼がテクノロジーについて熟考なされていたのは、明らかだった。技術によるチャンス、リスク、倫理性。彼が会合で説教、お話なされたことは、わが社の関心ごとそのもの。しかし、彼は脅威を新見地を用いて表現しました。
「人類は自らに対し、かつてないほどの力を持ち、それが賢明に使われる保証はどこにもありません」と。
現代、テクノロジーは生活のほぼすべての側面において必須となっていて、大概それは世のために使われていますね。ですが、起こりうる真逆の成り行きというのも急速に広がっていて、根深く浸透しています。セキュリティーやプライバシーへの脅威、フェイクニュース、反社会的なソーシャルメディア。時々、我々を繋げるはずのテクノロジーそのものが、私たちを切り離したりもします。
テクノロジーには雄大な可能性が秘められている。ですが、テクノロジーそのものが偉大なことをしたり、欲求を持つわけではない。それらは、我々の役割なのです。テクノロジーは我々の家族、隣人、コミュニティーへのコミットメント、美への愛、全てのことが相互関係を持つという考え、良識、優しさを吸収しています。
テクノロジーとの関わりあい方
私はAIにより、コンピューターが人間のような思考回路を持つことを心配しているわけではありません。むしろ、人間がコンピューターのように道徳的価値や慈悲、結果を関せずに思考するようになることを恐れているのです。こうならないために、みなさんには手助けしてほしい。
仮に科学が暗闇の中の探求だとしましたら、人類は通過点、その先の危険を示す「ろうそく」なのですから。
ジョブズが一度言いました、「テクノロジーだけでは不完全なのである」と。人類、教養、テクノロジーが揃って初めて、幸せになれるのです。何をするにしても、他人中心でものごとを考えると、莫大な影響を及ぼします。
例えば、それは盲目の人がマラソンできるようにするiPhone。例えば、心臓発作を起こす前に、それを察知するApple Watchだったり。自閉症の子どもたちが自身の世界に繋がれるようにしてくれるiPad。つまり、君たちの価値観を反映し、全人類の進歩を可能にするテクノロジー開発です。
いかに生きようとも、そして我々がAppleで何をしようとも、一人一人が生まれ持った人間性を反映しなければなりません。責任だけではなく、可能性も甚大です。卒業生のみなさんの世代、情熱、人生の旅路を信じていますから、私は希望を持っています。私たちの頼りは君たちなのです。
あなた方を冷笑的にさせるであろうものごとは、世の中にあふれています。インターネットは多くのことを可能にし、人々を力づけた反面、良識が見落とされ、ネガティビティが繁栄する場でもありますからね。
そのような雑音に耳を貸し、道をそれてはいけません。つまらないことに捕らわれてはなりません。煽りを気にしたり、どうか煽る側の人間にならないでください。人類への影響をライク(高評価)ではなく、何人のライフ(人生)に触れたかで計りましょう。人気ではなく、何人の人に仕えたかでね。
自分の立場を明確にすること
私は、他人からの評価を気にしなくなって、自分の生きがいをより豊かに感じました。あなた方も生きがいをいつか見つけます。本当に重要なことに集中し続けましょう。あなたの人類への志が試される時が来ます。覚悟しておきなさい。周りには、「キャリアに感情を持ち込むな」と説得しようとする人が現れるでしょう。この誤った考え方を受け入れてはなりません。
数年前の株主総会にて、Appleの環境への焦点、投資に疑念を持った方がいました。その方は、「Appleは投資利益を得られる見込みのある環境イニシアチブのみに投資すると誓え」と要求してきます。私はなるべく好意的な返答を努めました。私は「Appleは多様な分野に手を出しております。例えば、投資利益に頼らない身体障がい者へのユーザー補助機能。私たちはこうすることが正しいと思い、環境を守るというのも同様です」と言う。
しかしながら、彼は納得しない。私は激怒し、「我々のスタンスを受け入れることができないのなら、Apple株を持つべきではない」と伝えました。
自分の志が正しいものだと確信できましたら、立場を明確にする勇気を持ちましょう。問題や不正が行われているのを目の当たりにしたら、あなた以外にそれを解決する人はいないと思ってください。本日をもって卒業するみなさん、心体を駆使して、自分を超えた何かを創りましょう。これ以上のことはない、ということを覚えておいてください。
キング牧師が仰いましたように、「すべての生命は互いに作用し合っている。運命の名のもとに我々は一体となっております」この考え方を何をするにも常に念頭に置いて、テクノロジーと人の架け橋として生き、この上ないものを作る努力をするのだとしたら、「一部」のためだけではなく、「全員」のために最善を尽くしましょう。さすれば、現代を生きる人類は希望を持てます。
ありがとうございました。2017年卒業のみなさん、おめでとうございます!
(会場拍手)
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