2月にアカデミー賞(R)が発表されてから、すでに3カ月。その間、日本では「ラ・ラ・ランド」、「ムーンライト」と主要関連作品が次々に公開されて、そろそろ授賞式の興奮も過去の出来事になりかけたこの時期に、オスカーの冠に関係なく、作品のクオリティのみで勝負できる映画が公開される。
今年のアカデミー主演男優賞と脚本賞に輝いた「マンチェスター・バイ・ザ・シー」だ。
過去のトラウマに苦しむ男の復活劇
映画のテーマはずばり“挫折からの復活”。それも、かつて幾度となく描かれてきた劇的な復活劇ではない。過去に犯した償いきれない罪の重さを今も引き摺る主人公が、兄の死の知らせを受けて久々に帰省した故郷の港町で、否応なく自分を苦しめ続けるトラウマと向き合う羽目になる。
兄が残していった甥を後見人として請け負い、今は別れた妻と対面し、互いに共有する心の傷を探り合いながら、男は徐々に止めていた時間を動かし始める。
時間のシャッフルと名演で魅せる
突如受けた衝撃があまりに大きいと、人はその瞬間から時間の経過にすら無関心になるもの。そんな人間の哀しい習性を絶妙な時間のシャッフルを多用して描く監督&脚本のケネス・ロナーガンの演出と、主演のケイシー・アフレックの感情を意図的に封印した好演は、紛れもなくオスカーに値するもの。
アフレックの演技プランなしに、やさぐれ男のもどかしくも愛おしいサバイバルドラマはあり得なかったはずだ。
人生に於いて失敗は付きもの。そして、多くのルーザーたちに投げかけられる決まり文句は、失敗は恐るるに足りず、成功への布石とすべし、なのだが、この映画が提案するのは、どんな失敗も、やがて許される時がやってくる、という、優しさに満ちた当事者目線からの赦しにも似た教訓に他ならない。
実在するマンチェスター・バイ・ザ・シー
物語の舞台は、アメリカ合衆国東部のマサチューセッツ州エセックス郡に実在するマンチェスター・バイ・ザ・シー。この全部が町名という珍しいネーミングだ。
主人公の閉ざされた心の風景を物語るように、アイボリーとブルーのグラデーションが寒々しくも美しいハーバーの情景は、見終わっても暫く眼底に残り続ける。これほどストーリーとランドスケープが連動した例は珍しいのではないだろうか。
この素朴な風景見たさにマンチェスター・バイ・ザ・シーを訪れる観光客も少なくないとか。ボストンから交通が便利ということもあり、特にハイシーズンの夏はリゾート客で賑わうらしい。因みに、同じくマンチェスター・バイ・ザ・シーで撮影された映画は、「恋する人魚たち」(90)や「あなたは私の婿になる」(09)や「ジョイ」(15)などがある。
もし映画を観てお気に召したら、この夏、ボストンからマンチェスター・バイ・ザ・シーへアメリカ東部観光ツアーはいかがだろうか? 失敗を悔いている若者の心を癒やす“何か”が待っているかも知れない。
【作品情報】
「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
5月13日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
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