日本人からしたら北朝鮮という国は「謎」そのものだ。私たちが知っている北朝鮮は拉致問題や核開発など、怖くて謎多き独裁国家でしかない。
住んでいる人々がどのような服を着て、どのようなものを食べているのかでさえほとんど知らないのである。
そんな北朝鮮の実情を映画に収めようと試みた作品が「太陽の下で—真実の北朝鮮—」だ。撮影交渉に2年、密着に1年もの歳月をかけたこの作品は、思いがけない“北朝鮮の嘘”という真実を見せてくれた。
北朝鮮が見せたかった「理想の生活」
撮影当初の作品の目的は、ありのままの「庶民の生活」を収めること。そのために本作の監督、ロシア出身のヴィタリー・マンスキーは1年にわたってカメラを回し続けた。
平壌に住む8歳の少女ジンミ、その家族や友人を取り巻く生活を「ありのまま」カメラに収めるはずだった。だが、撮影を進めるにつれ、北朝鮮政府の介入によってジンミの周辺が「理想の生活」に演出されている事実が明らかになっていく。
そこで、マンスキー監督をはじめとする製作陣は、政府の検閲を逃れるために禁止された撮影動画を秘密裏に外部に持ち出し。そして、作り上げられた「偽の生活」を白昼の下に晒す決断をしたのだ。
偽の真実を作り出す姿はあまりに異質
出典:www.youtube.com 劇中では、ジンミが朝鮮少年団に入団し、金日成氏の誕生日である「太陽節」の公演に向けた準備を中心に捉えている。少年団の入団式や演技の練習風景の他にも、家族での食事や授業のシーンを撮影。
だが、一つ一つの場面のセリフに政府関係者が指示を出す。上の画像は、ジンミが家族と食事をとっているシーン。セリフから笑い方まで細かい指示をだし、何テイクも撮影する。
家族が台本を読み、演技の指示を受けている画は、庶民の生活ではない異質なものに見える。製作陣はそんな“偽の真実”を撮影するために、関係者に気づかれぬようにカメラ回し続けた。
ジンミが流した涙の意味
出典:www.youtube.com 偽の生活を演出する過程を収めたという点だけでもこの作品は衝撃的だが、ほんの数分のラストシーンがさらなる衝撃を与え、見る人をいたたまれない気持ちにさせる。
太陽節の公演が無事に成功した後のジンミへのインタビュー。インタビュアーが「この少年団に入って期待することは?」と問いかけると、ジンミは唐突に涙を流す。
「泣かせるな」と注意が入り、インタビュアーは「好きなものを想像してごらん」となだめる。しかし、ジンミの答えは「よくわかりません」。
「じゃあ好きな詩を言ってごらん」という問いかけに、ジンミは戸惑ったように少し間をあけてから天才子役のような凛とした表情に戻る。そして、金正恩氏をはじめとする指導者を讃える言葉を口にし、エンドロールが流れる。
不自由が人間の心を蝕む
反射的に指導者を讃える詩は出てくるのに、自分の好きなことは何一つ話すことができない。
劇中には、前述したように「やらせのシーン」がたくさんある。指示を受けるジンミの家族や友人は皆、撮影前はくたびれた顔をしているのに一度カメラが入ると満面の笑みになる。
マンスキー監督はインタビューで「彼らは劇場の中で演技をしている。でもそれもまた劇場の中の劇場じゃないか、そんな疑いをもってしまう」と話している。
ジンミの涙は、そんな劇場の中に生きていても、8歳の少女だからこそまだ失っていない人間としての断片なのではないかと夢想してしまう。
放映中止、同時に数多くの映画賞を受賞
出典:www.youtube.com 検閲を逃れた映像で作られた本作は、もちろん大きな波紋を呼んだ。
北朝鮮政府はロシア政府に公開禁止、フィルムの破棄、製作者の処罰を要求。実際にロシアでは、北朝鮮との関係悪化を危惧し、公開を禁止している。
だが、アメリカやドイツなど20都市以上で公開されており、話題を呼んでいる。香港国際映画賞やサンフランシスコ国際映画賞などで、受賞・ノミネートも多数あり、ドキュメンタリーとしての評価も高い。
金正男氏の殺害もあって注目
日本での公開は今年1月21日。東京で唯一本作を上映している新宿シネマートでは、収容人数の少ないスクリーンで上映する予定だったが、急遽変更。金正男氏の殺害事件を受けて、来場者が急増したためだ。
実際、筆者が観にいった際も、スクリーンは満員。日本での本作品の注目度はそれほど高くなかったことから、驚きであった。
注目度の高まりから公開期間も長くなりそうだ。今のところ5つの劇場のみの公開となっているが、今後全国9箇所で公開予定。詳細は公式HPにて。
「太陽の下でー真実の北朝鮮ー」は、プロパガンダをプロパガンダとして捉えることで、“偽の真実”を映し出した。残念なことに、ジンミを始めとする北朝鮮に住んでいる人は“偽の真実”を一生認識できないのかもしれない。
私たちはそのような状況を怖いと感じ、今の場所に生まれてよかったと実感する。だが、本当にそうなのだろうか。
メディアの没落が叫ばれ、フェイクニュースが出回り、アメリカの大統領は「オルタナティブ・ファクト」を主張する。そんな世界で何が本当で、何が嘘か判断することができるのだろうか。
私たちも劇場に生きているのではないか。「太陽の下で」は、そんな考えを思い起こさせてくれる作品だ。
【作品情報】
太陽の下でー真実の北朝鮮ー
1/21(土)より新宿シネマートほか全国順次公開
配給:ハーク
UNDER THE SUN ©VERTOV SIA, VERTOV REAL CINEMA OOO, HYPERMARKET FILM S.R.O CHESKA TELEVIZE, SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH, MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
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