近年の昭和文化再考の動きやアナログレコードブームのなか、最近ではカセットテープを再評価する動きがみられる。
ハイレゾ音源や音楽共有サービスなど、利便性を一層高めていくデジタル音源が主流のいま、敢えて手間を惜しまずカセットテープに注目する理由は何なのか考えてみた。
カセットテープ、誕生から衰退まで
カセットテープが誕生してから衰退するまで、およそ30年。その年月の中で、カセットテープはどのように変化していったのだろうか。カセットテープの再ブームについて考えるにあたって、誕生から衰退までを追う。
1962年:カセットテープ誕生
カセットテープは1962年、オランダのフィリップス社が発表。その後は条件付きで特許を無償公開し、全国で多数のメーカーが参入した。
性能上の問題でその用途は会議録音など限られたものが想定されていたが、その後性能が向上。1970年代にはレコードよりも手軽な音楽メディアとして普及するようになる。
1970~1980年代:カセット全盛の時代
1970年代から1980年代にかけて、FMラジオやテレビ番組を録音して楽しむ「エアチェック」が流行。
また、複数のカセットを入れられるダブル(トリプル)ラジカセや、レコードプレーヤー、アンプ、ラジカセなどの機能を搭載した多機能システムコンポが登場。カセット間、レコードからカセットへの録音がより簡単になった。
1979年、SONYの「ウォークマン」発売も見逃せない。これは家で聴く音楽から、持ち運んで外で聴く音楽へとリスニングスタイルが変化していく契機であったといえる。カセットテープがドライブに欠かせない代物となっていたことも、それをよく物語っている。
1990年〜:MDの台頭により衰退が決定的に
1982年にCDが発売開始。1992年のMD発売は、カセットテープのようなアナログオーディオ衰退の引き金となった。
カセットテープには特有の問題点があった。テープの摩耗・劣化や、再生機器の消耗による回転数の不安定さだ。MDに対抗して発表されたデジタルコンパクトカセットでもそれらの問題は改善されず、カセットテープの立ち位置はMDにとって変わられた次第だ。
以降は演歌やクラシックなどの限られたジャンルで、新しいオーディオに不慣れな世代を中心にひっそりと販売されるに留まっていた。
2010年代:カセットテープ再ブーム到来!
中目黒「waltz」 近年の「アナログ文化再評価」の波に乗じて、カセットもまた再ブームの予兆をふつふつと感じさせている。
音楽シーンでは、サニーデイ・サービスなどのベテランから、でんぱ組.inc、never young beachといった若手ミュージシャンに至るまで、カセットテープでのリリース形態が相次いでいる。
「CASSETTE STORE DAY」のように、世界的人気を誇るミュージシャンが参加するカセット再興の試みも見られた。
今年3月には、USBへのダビング機能を備えたカセット・CDプレイヤーの新商品、『AD-850』がティアック株式会社から発売される。懐かしいカセット音源をデジタル化して楽しんだり、CD音源をカセットに録音し、独特の質感を楽しんだりすることも可能だという。
ティアック株式会社『AD-850』 また、2014年に渋谷にオープンしたHMV record shopを皮切りに、中目黒の「waltz」などカセットテープを取り扱う店が相次いでオープンした。
なぜ今、カセットテープなのだろうか。その理由やカセットテープに特有の魅力とはいったい何なのか。
人気のワケ:“独特の音質”と“音楽を<手に取る>という価値”
独特の音質「温かみ」
カセットの魅力の一つには、そのアナログオーディオ独特の音質がある。
例えばCDの場合、人間の耳の不可聴音域をあらかじめカット(50Hz以下、20,000Hz以上)している。アナログオーディオの場合はこれらの音域まで含まれているので、「原音忠実性」という点ではデジタルオーディオに勝るということになる。
デジタルオーディオの中にもハイレゾ音源といった、圧縮を抑え原音に近い状態をキープしたものが現れてきている。
それでもカセットのようなアナログオーディオの音が、独特な「温かみ」を帯びるとよく言われるのは、音域の再現性と、テープ方式による微妙な音質の劣化具合が関係していると考えられる。
「手に取れる」音楽
また、80年代のカセット全盛期の文化として、「エアチェック」を懐かしむ向きもある。お気に入りのテレビ・ラジオ番組を録音、オリジナルのカセットを自作するという楽しみ方だ。ケース型のメディアであるカセット特有の楽しみ方といえる。
ここに垣間見えるのは、やはり「音楽を手に取りたい」というフィジカルな欲求である。
2000年代に入ってから徐々に浸透し、今ではCDと並ぶメジャーなリリース形態の地位を獲得した音楽配信。一方で、違法アップロードの問題やYouTubeでの大々的な楽曲の宣伝というビジネスの型は、音楽の価値そのものに疑問を投げかけている。
「無駄」を楽しむことこそが「趣味」
音楽ストリーミングサービスの台頭で、ますますデータベース的な様相を呈す音楽産業。こんな時代だからこそ「モノ」のかたちで手に取れることや、デジタル音源にない特徴に価値を見出す人が増えている。
時間をかけてテープを巻き戻したり、アルバムごとに取り出したりする作業は非効率ではないか、という声がどこからか聞こえてきそうだ。しかし、音楽鑑賞は効率最優先の仕事の場とは異なる。趣味の領域に本人の満足以上の効率が必要かどうかは、甚だ疑問だ。
それどころか、無駄と思われたものが省かれていく現代においてこそ、我々は頭出しやテープ入れ替えの作業をも、「音楽鑑賞という行為の一部」として楽しんでいたのだと知るのである。
「無駄だ無駄だ」と効率化を進めるのは結構なことだが、そもそも趣味というものは究極の素晴らしき無駄の集成だ。だとするならば、もっと広く構えて徹底的に無駄を楽しもうというのもまた一興というものである。
現代のカセットテープブーム、ひいてはアナログ文化再考の背後には、音質や懐かしさといった要素以上に、効率化し、データベース化する社会への疲れが見て取れるような気がするのだ。時代の趨勢に疲弊しきった心を、カセットのノイズ交じりの音で癒してみてはいかがだろうか。
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