私たちは常日頃から死の恐怖にさらされている。事件や事故、あるいは有名人の訃報など、死に関するニュースを見聞きすれば、人はいつか必ず死ぬ生き物なのだということを嫌でも認識させられる。
そうした死への恐怖を人間がどのように克服しているか説明するのが、「存在脅威管理理論」だ。差別や偏見との関わりで研究が進められている存在脅威管理理論。
東日本大震災後の日本や、最近アメリカで目立つ排外的な思想について考える上でとても重要な理論なのだ。本記事では理論のメカニズムについて、簡潔に紹介していきたい。
「いつか死んでしまう」恐怖から心を守る:存在脅威管理理論
by [Daniela Brown Photography] 人間は高い知能を持っているが故に、命の危機が目の前に差し迫っている状況でなくとも、「いつか死んでしまう……」という死の恐怖(存在論的脅威)を感じてしまう。
明治大学情報コミュニケーション学部の脇本竜太郎講師は、2005年の論文で存在論的脅威とは、「自己の死の不可避性、死の予測不可能性」のことであると説明している。
そんな「予測不可能な死の恐怖」から心を守り、恐怖を和らげる心のメカニズムが備わっていると仮定しているのが、存在脅威管理理論だ。
心を守る「プライド」「他者との繋がり」
文化的不安緩衝装置と呼ばれる「死の恐怖」から心を守るシステムは、主に3つ。
死の恐怖から心を守る「文化的不安緩衝装置」
- 文化的世界観(集団や文化の中で共有されている価値観やものの考え方)
- 自尊心(自己に対する肯定的な評価)
- 他者との関係性
存在脅威管理理論では、集団内での優位性を主張したり、自尊心を高めようとしたり、また、他者との繋がりを求めたりといった行動は、「死の恐怖」に対処するためのものだと説明されるのだ。
「死の恐怖」を情報が操作している仮定
存在脅威管理理論が正しいとすると、2つの仮説が浮上する。文化的不安緩衝装置仮説と、存在脅威顕現化仮説の2つだ。
文化的不安緩衝装置仮説
- 集団の中で共有される価値観(文化的世界観)や自尊心が強い。状態的に強化されている人は、死の予期から受ける脅威が小さい
存在脅威顕現化仮説
- 死の脅威が高まると、文化的不安緩衝装置に対する欲求が強まる
文化的世界観や自尊心が強い人は、熱心に宗教や政治活動に取り組んでいたり、自分に自信を持っていたりする人のこと。
「状態的に強化されている」という見慣れない言葉は、自分・自分の集団に肯定的なことを記述させたり、そうした文章を読ませて操作したりするという意味。例えるならば、国が「報道」を取り締まる行為だ。
文化的不安緩衝装置仮説では、前述のような人物や操作を受けた人は「死の恐怖」を感じにくくなると予測されている。
東日本大震災を例に考える「存在脅威顕現化」の仮説
by Yuichiro Haga 一方、存在脅威顕現化仮説では「死の恐怖」が強くなったときに、文化的世界観を維持・肯定しようとするとされている。また、自尊心を維持、獲得しようとする欲求が高まることも予測される。
東日本大震災が起きたとき、予測不能な大津波が港町を襲った。連日テレビに流れる津波の映像は、人々の「死への恐怖」を強くした。
想定外の事態が起き続ける中、Twitterでは「災害が起きても行儀よく並んでいる日本人の画像」が話題を呼んだ。「日本人の文化的世界観=行儀よく並ぶことがマナー」と仮定すれば、Twitterでその画像が話題になったのは文化的世界観を維持・肯定する行為だといえるのだ。
死の恐怖(存在論的脅威)に対する防衛反応
存在脅威管理理論に関しては様々な研究が行われており、多くの実験で上述した2つの仮説を支持する結果が得られている。
人は「死の恐怖」に対し、具体的にどのような反応を示すのだろうか。
文化的世界観に関する反応
- 自分たちと異なる宗教に対する批判
- 自分たちの文化の価値観に反する人に対する批判
- 文化的世界観への同調圧力
アメリカなどにおいて顕著だが、大規模なテロなどが起こると、イスラム教を信仰する人々への差別が強まるといわれている。
日本では“謙虚さ”が美徳とされる文化があり、高い目標を口にすると「ビッグマウス」と批判されることもある。また、東日本大震災直後は必要以上に「自粛」を求める空気が高まった。
自尊心に関する反応
- 失敗、成功に関し都合のよい解釈をする
- 内集団バイアスがかかる
死への恐怖が強くなった場合、失敗をより外的・不安定・特殊な原因に、成功をより内的・安定的・一般的に帰属させることが知られている。これは、自分の能力が高いものであると認識することで、自尊心を高めようとする行動である。
また、内集団バイアスとは、集団に関する認知の歪みのこと。自分の所属する集団を肯定的に評価し、外集団を否定的に評価することにより、“優れた”集団に所属する自己の価値を高めようとするものである。
内集団バイアスがかかると、輸入したものより国産の食物を(明確な理由が無いにもかかわらず)高く評価する、ということになる。
文化的不安緩衝装置によって「死に対する恐怖」が和らぐ一方、その代償として、外集団に対する差別や、自分にとって都合のよい認知が行われることもある。存在脅威管理理論は、そうした弊害を自覚するため、非常に重要な考え方といえるのだ。
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